第160話 「コピー」
ユリアとの内緒話を終えて、アギトは待合室で待ちぼうけを食らっていたオルフェと
ミラを迎えに行く。
「姉さん、お話はもう終わったの!?」
「えぇ、終わったわよ!
・・・と、帰る前にゲダック先生と話があるんだけど・・・寄り道してもいいかしら?」
「別に急いで帰る理由もないし・・・、いいんじゃない?」
「でも! ジャックを一人にしてるから心配だよ!!」
「大丈夫だろ・・・、あいつ結構タフだし。」
そっけない態度で言い放つオルフェに対し、ミラはその態度が気に食わない様子で
一人でぷんぷんと怒っていた。
オルフェの態度を見て、少なくとも『ジャックのことが全然心配じゃない』というより
むしろ『全然心配いらない』という風に取れる。
ジャックを一人残して王城に向かった時、オルフェは・・・内心穏やかではなかった。
そんな一面を目にしたからこそ、オルフェは心底ジャックのことを信頼しているから・・・
信じているから何も心配いらない・・・という態度を取ることが出来たんだろう、と
アギトは思った。
二人の口喧嘩(殆どミラの一方通行)に慣れているのか、ユリアは適当に促すだけで
さっさと待合室を出て行く。
慌ててついて行くオルフェとミラ。
するとオルフェは小走りにアギトに追いつくと、少し怪訝な表情を浮かべながら
話しかけてくる。
「おいお前、謁見の間で先生は何て報告してたんだ?」
相変わらず先輩を敬わない態度に、アギトはぴきっとなったが・・・相手は子供だから
我慢我慢・・・と平静を保つと、ぎこちない作り笑いを浮かべながら答えた。
「ユリアと一緒に研究してたお前なら、どんな内容だったかなんてすぐわかるんじゃ
ねぇの!?
オレみたいな素人に聞いたって、何て答えたらいいかわっかんねぇなぁ〜!?」
あからさまにしらばっくれた態度を取りながら、アギトはオルフェを蔑むような眼差しで
からかった。
案の定、子供のオルフェはそんなアギトの態度に真っ向から不快に感じている様子で
イラついた表情を浮かべている。
(へっへっへー! やっぱイヤミな大人バージョンと違って、からかい甲斐があるぜ!
こんなチャンス滅多にねぇもんなぁ〜!!
大人バージョンだったらあっさりシカト決め込みやがるし、かえってこっちの気分が
悪くなるってもんだ。)
ここぞとばかりにオルフェをからかいながらユリアについて行くと、城内の中庭がある
場所へは驚くほど早く到着した。
まだからかい足りないアギトだったが、ゲダックとの会話にも何か試練に関するヒントが
あるのかもしれない、そう思ったら・・・楽しんでいる場合じゃなかった。
中庭にあるベンチに腰掛けていたゲダックがこっちに気付くと、立ち上がって手を振る。
あんなフレンドリーなゲダックは見たことがない・・・と、アギトは背筋が凍る思いだった。
「おお、ユリア! 謁見は終わったのか。」
「はい先生、とりあえず資金援助は続けてもらえそうなので・・・しばらくは研究に専念
出来そうです。
ところで・・・、話というのは?」
ユリアがそう促すと、ゲダックはちらりと子供達に視線をやった。
これから話す会話の内容を聞かれたら困る・・・とでも言うように、ゴホンっとわざとらしく
咳払いするが・・・ユリアは笑顔のままオルフェ達も立ち会わせるつもりらしい。
「この子達は、あたし達の研究を引き継げる可能性と才能を持った子供です。
一緒に聞かせても構いませんよね?」
「まぁ・・・、今聞いたところで全てを把握出来るとは思えんしな。
いいだろう。
実は『コピー』に関しての研究が、遂に・・・実を結べそうなのじゃ。
かねてよりお前と共同研究していた内容だったが、無機物によるコピーならば錬金術との
組み合わせで可能にすることが出来たのじゃが・・・これが有機物、しかもアンフィニと
なると話は別じゃった。
類稀なるマナ指数に、生物のクローンともなれば・・・理論上では可能でもそれを実現
するには余りに膨大な情報量が必要となる。
だが、お前の細胞を元に研究を続けて・・・ようやく必要な要素を組み込むことが
出来たのじゃよ。」
瞳をキラキラと輝かせて、ゲダックは実に楽しそうに話していた。
ユリアもその話に真剣に聞き入り、同じように瞳の奥が燃えている。
「それじゃ・・・、アンフィニのコピーを作ることが可能になるんですね!?
あたしのクローンを量産することが出来れば、フロンティア復活だけじゃない・・・。
ディアヴォロにだって対等に渡り合うことが出来るわ・・・!
7億年という歳月をかけて・・・、やっと・・・っ!
ディアヴォロの完全廃棄が実現する・・・っ! 何世代にも渡って犠牲になってきた
神子と戦士が、ようやく浮かばれるんですね。」
「だがその前に、まずはお前のクローンを実際に作成する必要がある。
それに成功して初めて、『アンフィニ=クローン化計画』が実現するのじゃ!
現代より創世時代の方が魔法科学の技術力は上だった・・・、そんな時代でもアンフィニを
大量に生産するという思想は生まれなかった。
ワシらは創世時代の魔術師すら超える偉業を為そうとしておるのじゃ!」
「ちっ・・・、ちょっと待ってくれよっ!!」
突然のアギトの絶叫に、ユリアとゲダックが唐突に会話を中断されて勢いよく注目する。
アギトは呼吸荒く・・・先程の二人の会話の内容を、すぐにでも無理矢理把握しようとした。
把握出来ても、理解出来そうにない。
それ程・・・、二人の会話は常軌を逸してるように聞こえたのだ。
「アンフィニのコピー・・・!? 大量生産・・・!?
あんたら、自分達が何を言ってるのかわかって言ってんのか!?
オレ達の世界でもクローンに関する研究は確かにされてるけど、でもそれを人間に施すのは
タブー視されてんだぜっ!?
人道的に問題があるとか・・・っ、クローンとして作られた人間がどう思うのかとか!
・・・なんで、そんな嬉しそうに話が出来んだよ・・・?
なんでそんな楽しそうに会話が出来るんだよっ!!
人間が人間を作ろうとしてるってのに、ユリアは・・・っ何とも思わねぇのかよっ!!」
言って・・・、アギトは全身の血の気が失せて行くのを確かに感じた。
これは過去の記憶・・・、恐らくは実際にあった過去を再現している光景・・・。
アンフィニのコピーが可能だとわかった今・・・、すでに最初の実験は済んでいるはず。
そう・・・。
アギトは・・・、アンフィニを宿した神子を知っている。
「まさか・・・っ!」
おもむろにユリアを眺める・・・。
淡いピンク色の髪に・・・、水色の瞳・・・。
「まさかザナハが・・・っ、ユリアの・・・コピー・・・!?」
糸が繋がった途端・・・、アギトは全身の力が抜けるようにそのまま地面に倒れそうになった。
寸前のところでユリアが手を差し伸べて、アギトを支える。
「アギト・・・、確かに君の言葉に対して弁解の余地もないのは認めるわ・・・!
でもね、この世からディアヴォロを完全に消滅させるにはこうするしかないのよ。
この世で最初のアンフィニだった初代神子アウラでさえ、ディアヴォロを完全に消滅させる
ことは出来なかった・・・っ!
その為に・・・、何世紀にも渡って神子や戦士に選ばれた子供達が世界を救済する為に・・・!
何人もの子供達がディアヴォロを封印する為に、犠牲になっていったの。
ディアヴォロの復活を阻止するには、世界の均衡を保つ為のマナ天秤を常に均等に保って
いないといけない・・・!
でもアンフィニはごく稀にしか生まれないから・・・、アンフィニを宿していない神子が。
マナ指数が800台として生まれたというだけで、世界の人身御供にされてしまう・・・!
でも、それじゃあダメなのよ! そんなこと、許しちゃいけないの!
世界の悪循環を断ち切る為に・・・、死の連鎖を断ち切る為に・・・この研究は絶対なの!
・・・必要悪なのよっ!」
ユリアの悲痛な言葉が次々と耳に入って来る・・・、しかし全身の力が抜けて・・・頭の芯が
ぼんやりとした今のアギトには、その言葉が流れるように入って来るだけで・・・とても理解出来る
ものではなかった。
今考えられることは・・・、たったひとつだけ・・・。
ユリアがザナハを作った・・・?
ザナハがユリアのコピー・・・、クローン・・・!?
壊れたテープのように、何度も何度も・・・それだけが頭の中を駆け巡る。
必死にアギトに話しかけるユリアだったが、何の反応も示さないアギトに・・・困惑している様子だ。
その時・・・!
ガゴォォーーン!!
城下町の方から、凄まじい爆発音やガレキが崩れる音などが聞こえてきて・・・一瞬耳が痛くなる。
何事かと全員が城下町の方に目をやると、そこには信じられない光景が広がっていた。
黒い煙が立ち込める・・・一番被害が大きそうな場所に、とても巨大な魔物が町を襲っていたのだ。
巨大な角、鋭い牙・・・全身毛むくじゃらでまるで悪魔のような姿をした魔物が町を破壊して
暴れている。
「なんということじゃ! ここはレムグランドじゃぞ・・・あんな魔物が出現するはずがっ!?」
ゲダックが信じられないという口調で叫んだ。
するとオルフェが手にしていた魔物図鑑を開くと、その魔物が巨大化したレッサーデーモンだと
説明した。
「レッサーデーモンは上級魔族で、正式に異空間を渡るか召喚でもしなければ・・・この
レムグランドに現れることはないはず。」
「そんなことはどうでもいいわ!
城下町には一般人がまだ避難しきれていないはず・・・っ、すぐに行かないとっ!!」
そう叫んだユリアは、勇んで城下町に向かおうとした。
瞬間・・・、我に返ったアギトの脳裏に突然、ある記憶が蘇った。
本当に唐突だった・・・、それまで全く頭になかったことなのに・・・急に思い出されて
慌ててユリアの服の裾を掴んで制止する。
「・・・アギト、今はあの魔族を早く何とかしないといけないから・・・話はまた後で!」
「違う・・・っ、そうじゃないんだ!!」
アギトは必死になって懇願した。
泣きそうな位に必死にすがるアギトの言葉に、ユリアは眉根を寄せて立ち止まる。
「ユリアは・・・っ、信じられないかもしんねぇけど・・・オレはずっと先の未来から
この時代に来たんだ。
それはヴォルトの件で、もうわかってるよな・・・。
実はオレっ、ユリアにどうしても話しておかなくちゃいけないことがあるんだ!!」
ユリアが・・・、いつ・・・どこで・・・どうやってかは知らない。
オルフェ達からは何も聞いていないから・・・!
でもハッキリとわかっていることがある。
ユリアは・・・、今からそう遠くない未来に・・・命を落とす!
オルフェ、ミラ、・・・そしてゲダックの言葉からそれがハッキリと示されていた。
もしかしたら、あの魔族と戦って命を落としたのかもしれない。
城下町の人々を助ける為に・・・!
危険が迫っているとわかっている人を目の前にして、何もしないわけにはいかない!
「ユリア・・・、あの魔族はオレが何とかするからっ!
だからユリアは危険なことはしないでくれ、・・・頼むから!!」
そう言ってアギトは腰に装備していた剣の柄に手をやると・・・、不思議なことに剣の柄に
触れるはずが・・・まるで透き通った光のように素通りして、掴み損ねる。
見ると、アギトの右手がうっすらと透明になっていて・・・今にも消えてしまいそうに
なっていた。
「なんだよ・・・これっ!?
まさか元の世界に戻ろうとしてるってわけじゃねぇだろうなっ!!」
冗談じゃない!
やっとこの世界で自分が何をするべきか、自分で判断して・・・決めたところなのに!
こんなところで消えるわけにはいかない!
しかし無情にも、右手から肘・・・やがて肩の辺りまでうっすらと透き通って行くと、
いつの間にか回りの光景が接触不良を起こしたノイズのようになって、静止画のように
止まっていることに気付く。
その中でたった一人・・・、ユリアだけがハッキリと映し出されていて・・・笑みを浮かべている。
「どうやら試練は終わりみたいね・・・、ヴォルトが君を戻そうとしてるのよ。
まだ話したいことは色々あったんだけど・・・、残念だわ。」
「待ってくれっ! ダメなんだ・・・ユリアは危ないことをしたらっ!!」
必死に・・・、しがみつきそうな勢いで叫ぶアギトに・・・ユリアは静かに首を振る。
「無駄よ、・・・言ったでしょ?
ここは『過去』でもなければ『未来』でもない・・・、現実であって現実でない世界。
・・・あたしの『記憶』だって。
仮に今ここで・・・、君があたしの代わりにあの魔族を倒したとしても・・・過去が
変えられるわけじゃない。
君は時間を超えたわけじゃないから・・・、だからあたしの死を回避することは
不可能なのよ。
こればかりは・・・、君が双つ星の戦士であっても変えられない事実・・・。」
「そんな・・・っ、それじゃ・・・オレにはどうすることも出来ねぇのかよ!?
オレに過去を変える力はねぇのかよっ!!
このまま黙って・・・、ユリアを助けることも・・・出来ねぇって言うのかよ・・・っ!」
全身がうっすらと透き通って行くアギトの頬に・・・、ユリアが優しく手を添える。
しかし感触はすでになく、ユリアは宙に手を添えているに過ぎなかった。
それでも・・・まるでユリアの手の温もりが伝わってくるように、温かいものを確かに感じる。
「泣かないで・・・、君は何も出来なかったわけじゃない・・・。
あたしに希望を見せてくれたわ。
君は・・・、双つ星の運命をきっと乗り越えてくれるって・・・。
信じなさい・・・、もう一人の添え星のことを・・・そして自分自身を・・・!
二人が本当にひとつとなった時・・・、必ず奇跡が起きるわ。
それがあたしの・・・、切なる願い・・・。」
そのまま・・・、涙で滲んでユリアの姿がぼやけていると・・・いつの間にか世界は
真っ暗になっていた。
両目の涙を拭って、もう一度よく目を凝らしてみる。
しかしそこは、王城の中にある中庭ではなかった。
目の前には古ぼけた扉・・・、ぼんやりとした頭をフル回転させようと回りを見渡す。
すると・・・。
「扉は普通に開きます。
そもそもこの地下道の複雑な迷路が試練のひとつになっているので、ただの侵入者では
辿り着けないようになっているんです。
ここまで辿り着ける者は護人に案内された神子一行か、自力で辿り着くことが出来た真の戦士か
・・・どちらかになりますから。
それじゃ、開けますね?」
目の前に映し出されたのは・・・、男っぽい格好をしたカトル。
彼女が今まさに、ヴォルトの祭壇への扉を開けようとしているところであった。
アギトは・・・、元の世界へと戻って来ていた。