第14話 「双(ふた)つ星」
リュート達の壮絶なバトルから、約数十分前。
洋館の周辺が騒がしくなり、一定の間隔で見張りの配置についていたはずの兵士がいない。
そして遠くの方では、おそらく巡回中の見張りの兵士であろう人物の悲鳴らしき声や怒号、剣と剣がぶつかり合う金属音まで聞こえてくる。
これは何者かがこの近辺に不法に侵入している、と判断した大佐と中尉は外の様子を見に行くと、建物の中に数人の使用人とアギト達を残して森の中へと消えて行ってしまった。
建物には守るべき人物、ザナハ姫がいるにも関わらず。
騒ぎが聞こえてくる方向へ、真っ直ぐに走って行く大佐と中尉。
金髪の長い髪を頭の上で団子に結って、毛先を上の方にツンツンにした丸メガネの知的美人であるレムグランド国第一師団の中尉、マリィミラベル・メガロフレデリカーー通称ミラが自分の前を走って行く大佐に向かって怪訝そうに質問する。
「大佐、様子を見に行くのなら私一人で十分だったはずです。なぜ姫様を置いて大佐まで来られたのですか? 敵の狙いが姫様や、異世界から来たあの戦士二人だった場合、彼らを置いて出て行くなんて」
ミラの言う通りである。
この国は今、『光の神子』と呼ばれるザナハ姫と、異世界からやってきた二人の青い髪の少年二人が敵に一番に狙われやすいことになっている。
巡回中の兵士と争い、わざわざ騒音を立てて怪しませるなど陽動作戦以外に考えられないとミラは考えたのだ。
だがしかし、『大佐』と呼ばれた金髪長髪で、細長い小さなメガネを鼻にかけた男性、色は白く口元はオート仕様なのか、常に笑みを浮かべてはいるが、その表情は見る者を凍りつかせるような冷徹な微笑に見えてならなかった。
彼はレムグランド国第一師団の大佐であり、レムグランドきっての魔術の天才と称される強さを持つ。
名をディオルフェイサ・グリムといって、『獄炎のグリム』という通り名で恐れられている。
そんな恐ろしい異名を持つオルフェは、ミラの言葉にあっさりと笑顔で受け答えした。
「陽動で間違いないでしょうね。あの少年二人が双つ星の流星となって、このレムグランドに降り立ったのはアビスからも確認出来たでしょうし、何よりつい先程『闇の波導』を放ったばかりです。それを感知して、すかさず闇の戦士を引き込もうとこのレムグランドに侵入したと思って、ほぼ間違いないと思いますよ?」
「そこまでわかっていながら、なぜ彼らを置いて出たのですかっ!? 私は護衛のため、引き返します!! 大佐は、ご自分の身はご自分でお守りください!!」
と、踵を返そうとしたミラをオルフェが真面目な表情で制止する。
「大丈夫ですよ。別に彼らを殺そうとか攫おうとかそういう目的で私達を引き離したわけじゃない。そうでしょう? ……ルイド?」
オルフェの笑みの消えた顔にハッとしたミラが、オルフェが見上げている目線の先を追った。
そこには、不気味な骨で形作られたようなコウモリのような大きな羽根をバサバサとはばたかせて、黒い大きな影が月明かりの中、大空に映し出されていた。
満月の光で、その人物の青く長いクセのある髪が風であおられ美しくたなびいている。
黒く長いマントを翻し、腰には細長い剣を差していた。
「陽動とわかっていてここまでノコノコやって来たというわけか、ディオルフェイサ?」
不敵な笑みを浮かべたまま、ルイドは空中から下りてくる気配がない。
オルフェはメガネのブリッジを中指で軽く押さえながら目線は下を向き、まるで瞳どころか心の内まで相手に悟られまいとしているように、口の端だけ笑みを作って答えた。
「貴方の左頬の傷跡が教えてくれましたから」
そう一言だけ言うと、オルフェは『それが全ての答えだ』とでも言うように、言葉を終えた。
それを察して、ルイドは己の左手で左頬の十字傷に触れて、そして苦笑した。
「そうだったな。この左頬に刻まれた十字架は、お前の唯一無二の武器ホーリーランスによって刻まれたものだった。これで俺の気配を察知したというわけか」
「それに貴方は決してザナハ姫に危害を加えないという確信もありましたから」
さらりとルイドを信用したかのような意外な言葉に、ルイドは少々虚を突かれて聞き返した。
「なぜそう思う? 俺がその気になれば姫を拉致することも、その手で息の根を止めることも容易だというのに?」
だがオルフェは、確信のある言葉で断言した。
「いいえ、貴方はそんなことはしませんよ。もしそんな気があるのなら九年前、ザナハ姫を誘拐した時にすでに息の根を止めていたでしょうから」
にっこりと、目を細めて満面の作り笑いをしながらオルフェはそれでも武器を手にしなかった。
ミラはそんなオルフェとルイドの会話を横で聞きながら、攻撃のチャンスをうかがっていた。
ルイドの見ている前で堂々と拳銃に手を触れるような真似はしなかったが、即座に銃身に手をかけられるよう細心の注意だけは怠らなかった。
ルイドも腰の剣の柄に手をやることはなかったが、彼には魔法とーー精霊がある。
決して油断は出来なかった。
「お前相手にくだらぬ駆け引きなど持ちかける必要はなかったな。今は龍神族を仲介人とした『休戦条約』が成されていて、こちらから敵対行動を見せることは出来ない。このレムグランドへ降り立つことを許可されたのも、それを第一条件としたからだ」
ルイドに敵対行動はないという言葉を突き付けられて、ミラは凛としたよく通る声で詰問した。
「では何をしに我が国レムグランドまで降り立ったのですっ!? 休戦条約が成されているとはいえ、今の緊張状態にこちらの国に降り立つとなると、よほどの理由があってのことなのでしょう!? 答えなさい!!」
今にも拳銃に手をかけようかという勢いで、ミラが叫ぶ。
オルフェがなだめようとしてミラに目をやると、彼女は威嚇しているわけではなかった。
先の大戦でルイドの実力を目の当たりにした経験のあるミラは、彼の実力を恐れて吠えていたのだ。
微かに震えているのが、側にいるオルフェにはすぐにわかった。
いつも気丈に振舞うミラでさえ、かの大戦での経験が冷静な彼女をこれ程までに動揺させるのだと、そう感じた。
そんなミラに対して、慰めの言葉も、激励の言葉も、何一つ、言葉をかける権利がないと理解しているオルフェは、ミラの注意を少しでもルイドから外れるように、代わりに答えた。
「異世界からやって来た、双つ星の少年を見にきたのですね?」
オルフェの言葉に、ルイドはほんの少しだが、ぴくりと反応した。
どういった意味で反応したのか、それはオルフェにも、ミラにもわからなかった。
「すでに闇の波導を感知しているはずですから隠すような真似はしませんよ。二人共青い髪、青い瞳をした戦士の資格を有する少年でした。一人は属性から見て、光の戦士と見ています。もう一人は闇の波導を発動させた正真正銘、闇の戦士で間違いありませんでしたよ。連れて行くのですか?」
オルフェの威嚇に近い質問に、ルイドは、ふっと笑みを浮かべてようやく地面に降り立った。
ばさばさとコウモリの羽根のような骨格がむき出しになった翼をはばたかせて、ゆっくりと地面に足を着いてからまるで骨格がボキボキとマントの中に収納するように、ルイドの背中の中に消えて行ってしまった。
途端、ミラの警戒が最大になってほんの少しだけ後ずさりをして距離を取る。
オルフェは両腕を後ろに組んで、知人と話しをするかのような余裕すら見せていた。
彼に敵対行動がないという言葉を信じ切っているというよりも、龍神族を間に入れた休戦条約が彼に武器を持たせないという自信の方が大きかったからだ。
改めてオルフェ達に向きあい、ルイドは一息ついてから話し出した。
「新たに現れた戦士がどれ程の実力を持っているのかが知りたくてな。少々強引ではあるが、闇の眷属でも最低レベルの者を何匹か召喚して試してみた。戦士自身の実力が知りたかったから、回りにいた兵士にも魔物をけしかけて今頃仲良く鬼ごっこでもしているさ。安心しろ、誰一人として死傷者は出していない。そしてこちらの思惑にわざわざ乗ってくれた大佐殿のおかげで、彼らの実力は大体理解した」
そう言い切る前に、オルフェ達の後ろの方から、何やら騒がしい騒音が近づいてきた。
どどどどっと、数人が駆け寄ってくる足音がみるみる近づいてくる。
「何の音ですか?」
その騒がしい音に、気が散ってさっきまでの警戒心が解けてしまうミラ。
オルフェは、やれやれとでもいうように、肩を竦めた。
がささっと、木々の間から突然小さな物体が一番に飛び込んできた!!
「勇者リュートと、その仲間達けんざーーんっ!!」
「だから何で僕が主役になってんのさっ、やめてって言ってるのにーーっ!!」
「もうあんた達うるさすぎるのよ、もっと静かに警戒しなさいってのぉーーっ!!」
「ザナハ姫の声が、一番大きい。」
森の間から飛び込んでくるように現れたアギト達が、すたっとオルフェ達のいる少し開けた場所に着地した。
しーーん。
大騒ぎな登場から一転、到着したと同時に重苦しい空気がその場にいた全員を襲った。
肩を竦めるオルフェ。
白い目で見つめるミラ。
明らかにドン引きしている知らない人。
片足を地面につき、両手はまるでVの字のように上へ上げたポーズのまま、アギトはあれ? とした表情になる。
「えっと、もしかしてオレ、KYでした?」
その言葉に反論する者は誰一人としていなかったのは、言うまでもない。