第155話 「ワンマン攻防戦」
自分の子供を傷付けられたことで怒り狂ったオリウェイルは、アギトに向かって連続で前足蹴りを繰り出してきた!
しかしオリウェイルの動きをある程度読めるようになって、攻撃を全部回避しながらアギトは考える余裕が出来ている。
(とにかく黒い体毛がある部分に剣で斬りかかっても傷を付けられないとなれば・・・、あとは目を狙うか・・・。
もしくは攻撃を回避しながら詠唱が出来るか・・・だな。)
しかしいくらタイマン勝負だといっても、相手の休みない攻撃に対して呪文の詠唱をするだけの余裕はないと判断した。
そもそもアギトの魔法攻撃力でオリウェイルにダメージを与えられるかどうかも疑わしかったが、アギトは自分の魔法
攻撃力に問題があることよりも・・・詠唱時間や魔法を放った時の命中率の方に問題があると、そうこじつける。
自分の魔法が弱っちいだなんて、認めたくないだけだった。
「はぁ・・・っ、はぁ・・・っ!」
オリウェイルに確実なダメージを与えられないまま、10分程逃げ回っていたせいでアギトは体力を削られていた。
次第に息が上がって来て・・・敵の単純な攻撃でさえも、回避するのにギリギリになってきている。
このままではどんどん自分の方が不利になると思ったアギトは、思い切った行動に出た。
今までの攻撃の殆どは、前足による地面えぐり攻撃がメイン・・・。
そして咆哮と共に、再び前足を地面に向かってえぐった瞬間!
「おらぁっっ!!」
オリウェイルの前足から生えている鋭い爪が地面をえぐった時に、わずかの間だが・・・爪が地面に
食い込んで一瞬動きが止まる。
アギトはその隙を見逃さず、思い切り助走を付けてダッシュすると・・・地面と一体になったオリウェイルの前足を
足場にして駆け上がった。
突然アギトが自分の腕を駆け上がって来たことに驚いたのか、オリウェイルはすぐさまもう片方の前足でアギトを
叩き落とそうと振り回す。
しかしオリウェイルの後頭部まで走り込むと、アギトの姿を見失って勢いよく首を振り回しながら探している様子だった。
やがて地面から爪を引き抜くと、二足歩行のように後ろ足で立ち上がって・・・アギトはバランスを崩しそうになる。
獣臭い後頭部の体毛にしがみつきながら、アギトは何とかオリウェイルから落ちないように踏ん張った。
頭の辺りの気配が気になるのか・・・オリウェイルは、しきりに前足を振り回しながらアギトを叩き落とそうとするが
自分の爪で自分を傷付けるわけにもいかず、上手く排除出来ずにいる。
(全身殆ど体毛で覆われてるみたいだから・・・、どうにか顔面まで回り込みたいんだけどっ!)
しかし相手も暴れ回るように動くので、アギトも思い通りに動くことが出来ず・・・しがみつくのに精一杯だった。
正直・・・このままアギトのことを諦めて大人しくしてくれれば、アギトもわざわざオリウェイルと戦わなくて
済むのに・・・と思っている。
(・・・ったく、誰のせいだ!! 誰のっ!!)
ムカムカしながら・・・、金髪のメガネを思い出すとはらわたが煮えくりかえる思いだった。
目的がなくなってしまって・・・途端にやる気が失せて来たアギトは、どうやってオリウェイルを傷付けずにやり過ごそうか。
そんなことばかりが頭の中を巡って来る。
(・・・だよなぁ。
酔い止め薬を作るのに必要な材料はもうとっくに揃ってんだから、わざわざオレがこいつと戦う必要性なんて・・・
全くないんだよなぁ・・・。
こいつのがむしゃら攻撃を避け続けるのにも飽きてきたとこだし・・・、早くオレのこと諦めてくんねぇかな。
・・・このまま静かにしてれば諦めるかな?
あ〜〜〜、帰りてぇ。)
敵の後頭部にしがみつきながら、アギトは溜め息を漏らす。
・・・そんな時だった。
グォォオオォォッッ!!
爆炎が巻き起こったような轟音が聞こえて来たかと思うと、突然オリウェイルが絶叫を上げて体勢を崩し・・・倒れ込む!
後頭部にしがみついていたアギトも、突然の揺れに驚きながらも・・・必死で体毛にしがみつきながら落ちないようにした。
「おわぁっ!! な・・・っ、なんだぁっ!?」
見ると、恐らく魔法による攻撃だろうか・・・。
後ろ足で立っていたオリウェイルの腹は隙だらけで、魔法が腹に直撃して・・・もうもうと煙を上げていた。
横に伏せったまま苦しそうに唸るオリウェイル。
遠くの方に目をやると・・・、どうやらオルフェが炎による魔法でオリウェイルを攻撃したようだった。
そして・・・、オルフェ達は3人一緒にこっちへ向かって歩いて来る。
アギトはそれを見るや否や、喉が張り裂けんばかりの大声を上げて3人に向かって叫んだ。
「バカヤローーッ!! まだこっち来んなぁーーっ!!
こいつはまだ生きてんだぞっ!!」
アギトはオリウェイルのすぐ近く・・・、殆ど密着した状態にいるからよく分かる。
オリウェイルは苦しそうにしながらも、呼吸がだんだんと落ち着いてきた。
もし今オリウェイルが立ち上がったら・・・、こっちへ近付いて来てるオルフェ達に気付き・・・襲いかかるだろう。
アギトの叫び声が聞こえなかったのか、オルフェ達はどんどんこっちへ近付いて来る。
遠くからアギトとオリウェイルの攻防戦をずっと傍観してて・・・、ジャックがさすがにしびれを切らした。
必要な血液を採取出来たとはいえ、アギトをオトリにして手に入れたことに・・・少なからず罪悪感を抱いていたのだ。
「オルフェ・・・、やっぱ助けに行った方がいいって。
アギトが剣を使って進んで攻撃しないところを見ると、多分物理攻撃が効かないってことじゃないか!?
このままだとヤバイぞ!」
しかしアギトに対して全く興味のないオルフェは、平然とした顔で遠くの戦いを他人事のように眺めている。
ようやく恐怖が消えて涙を拭ったミラも、ジャックの意見に賛成してオルフェを説得した。
「そうよ・・・、早く助けに行った方がいいわよ。
あんたの魔法なら何とかなるかもしれないし・・・、それにアギトを助けたら後はみんなで全力疾走で
逃げたらいいんだし・・・!」
溜め息をついて・・・、ようやく二人の言葉を聞き入れたオルフェが渋々ながら従った。
「はぁ・・・、わかったよ。
それじゃ魔法がギリギリ届く範囲まで戻るから・・・、もし魔物がこっちに向かって来たら・・・。
ジャック・・・、お前の番だからな!?」
そう言われ、ジャックは槍を片手に返事をする。
面倒臭い・・・と言わんばかりの歩調で、オルフェ達は増援に向かった。
大体20メートル程まで近付いた時、オリウェイルと戦っていたはずのアギトの姿が見えないことに気が付く。
腰を屈めて様子を窺っていると、何やらオリウェイルは二本足で立って・・・陽気に踊っているように見えた。
どこを見てもアギトの姿がない・・・。
青ざめたミラが、不吉なことを口走る。
「もしかして・・・、食べられちゃったのっ!?」
「まさか・・・っ!!」
否定してみるものの、自信がないジャック。
オルフェは立ち上がると・・・呪文の詠唱を始めた。
「ちょっと待てよオルフェ!
アギトがいないんじゃ・・・今から増援に行っても、今度はオレ達を襲ってくれって言ってるような
もんじゃないか!?」
もはや、アギトはオリウェイルに喰われたことになっている。
「ああいう大きい魔物なら獲物を食べる時、丸飲みする場合がある。
魔物を殺して消化寸前で引きずり出せば・・・、助かるかもしれないだろう?」
さらりと言い放つオルフェに、ジャックとミラは想像して「うぇっ」となった。
呪文の詠唱に集中すると・・・オルフェの周囲に炎のマナが密集してきて、特にマナを集中させている右手部分に
光が収束していく。
「・・・バーンストライク!!」
炎のマナが密集した右手を薙ぐと、眼前に巨大な炎の塊が現れて・・・それが勢いよくオリウェイルに向かって
飛んで行った!
そしてその巨大な炎の球は奇妙な踊りをしているオリウェイルの腹に、見事命中する。
絶叫を上げて倒れ込むオリウェイルを目にしたオルフェは、今ので仕留めたと思い・・・三人で近づいて行った。
「オリウェイルって、魔法攻撃がよく効くみたいだな。」
そう言いながら、ジャックはすたすたと前を行くオルフェについて行く。
魔法が命中した腹から煙が上がっているのを確認しながら、それでも注意を怠らないように距離を縮めた。
起き上がらないところを見て安心した時だ。
「逃げろぉーーっ!!」
突然アギトの叫び声が聞こえたかと思うと、倒したかに見えたオリウェイルが勢いよく立ち上がり・・・オルフェ
めがけて鋭い爪で襲いかかって来た。
一瞬のことだったが・・・まるでスローモーションのように、オリウェイルの爪がだんだんと近付いて来るのが
ハッキリとわかっているのに、体が反応しなかった。
頭では「殺される!」と・・・逃げるように命令を下しているが、オリウェイルの攻撃と同じように自分達の体も
スローモーションになっていて動けない。
悲鳴すら出なかった。
ガキィィィーーーンっっ!!
両目を閉じていた。
しかし・・・何かの衝撃音が聞こえただけで、・・・どこも痛くなかった。
死んだら痛くないものなのだろうか?
ふとそう思った。
オリウェイルの爪が体を斬り裂いて・・・、血が大量に出ているんだと考えただけで気が遠くなる。
両目を開けてそれを確認するのが怖かった。
そんな風に思っていたジャックとミラは、それでもあまりに静かすぎる状態を不思議に思って目を開けた。
「あ・・・、アギ・・・トっ!?」
オリウェイルの爪を剣で受け止めて・・・、苦痛に顔を歪めながら・・・こっちを見据えているアギトの姿が映った。
あの巨大な前足を・・・小さな体で受け止めて、3人を守ったのだ。
「はや・・・く、逃げろっ!!」
精一杯声を出すと、ジャックはミラの手を取ってその場から離れようとした。
しかしオルフェは・・・その場で呪文の詠唱に入ろうとしている!
「オルフェ!! こんなところで詠唱をしてる場合じゃない!!
アギトが保たないから今はここから離れるんだ!!」
ジャックがそう促すが、オルフェは動こうとしない。
「今のこの至近距離なら、ダメージは倍になる!」
「そんなこと言ってる場合じゃないってば!! 危ないから早く逃げよっ!?」
また泣きながらミラが叫ぶ・・・が、オルフェは詠唱をやめない。
するとオリウェイルはアギトに受け止められた前足を引っ込めると、もう片方の前足で更に追撃してくる。
さすがに二撃目は受けられない・・・、いくらアギトの方がレベルが上だといっても・・・腕力に差があり過ぎる。
アギトはオルフェを睨みつけるとそのまま片手を掴んで、無理矢理この場から離れようとした。
しかし・・・逃げようとするアギトの手を振り払うと・・・、オルフェはこんな状況でも涼しい瞳のまま拒絶する。
その態度に・・・、さすがにアギトはキレた。
「いい加減にしろっ!!」
アギトが、そう叫んだと同時・・・。
「危なぁーーーーいっっ!!」
ジャックとミラの叫び声と共に、アギトとオルフェの背後から・・・オリウェイルの爪が襲いかかる。
振り向く・・・暇すらなかった。
わずかに視界に入ったのは・・・、オリウェイルの鋭い爪が・・・すぐ目の前にあったことだけだった。
頭の中が真っ白になる・・・。
ただその一瞬、アギトに出来たことといえば・・・。
襲いかかる爪を受け止めることではない・・・。
オルフェの盾になることでもない・・・。
ただ出来たことは・・・、オルフェをその手で引き寄せることだけだった。