第154話 「魔獣オリウェイル登場」
薬草探しを始めてから、約2時間程で魔物の血液以外の材料を全て揃えることが出来た。
確かにオルフェやジャックの言った通り、酔い止め薬に必要な薬草は辺り一面に集中して生えていたので
・・・さほど苦労することもなかった。
時間がかかったことと言えば、図鑑に載っているイラストと実際見つけた物とを照合するのに苦労した
程度である。
「さて・・・あとは問題のオリウェイルだな、そんでその魔物は一体どこら辺にいるんだ?
材料は全部ここらで手に入るって言ってたよな、確か・・・。
つまり・・・、この近辺に巣があるって意味なのかよ?」
アギトは剣の柄を握って、弄ぶように鞘から剣を出し入れしながらオルフェに聞いた。
薬草や野草が載っている図鑑をバッグにしまうと、今度は魔物が載っているであろう本を取りだして
パラパラとページをめくる。
「・・・あった、オリウェイルは夜行性で主に夕方から活動を開始する。
普段・・・日中は陽の差さない森の中や、暗い洞窟などで寝て過ごすことが多い。
なお繁殖期や出産後は特に凶暴性を増しており、その時期に限っては昼夜を問わず警戒している・・・。」
「・・・他には?
弱点とか必殺技とか、・・・属性なんかは!?」
矢継ぎ早に質問するアギトだったが、オルフェはパタンと本を閉じると静かに答えた。
「こういった強い魔物に関してはまだ研究中で、詳しく記載されていないことが多いんだ。
とにかく森の奥や洞窟にいる可能性が高い・・・ということだけはわかったんだから、
寝ている隙を突いた方がいいね。」
「でも・・・、あたし達だけで森の奥に入って行くのは危険よ!?
オリウェイルだけじゃなくて他の魔物に襲われる可能性だって出て来るわ!」
「ここまで来て引き返すわけにもいかないだろう。
怖いんなら、先生の所に戻って僕達の帰りを待っていたらいいじゃないか・・・。」
特に気に留める様子もなく、オルフェはあっさりとミラに言い放った。
しかしミラはいつものように強気に反論することがなかったが・・・、同時に引き返すこともない。
ただ地面を向いて・・・、泣きそうな・・・不安そうな顔をしている。
無理もないだろう、今のミラはまだたった6歳の子供なのだ・・・。
そんな小さな子供がここまで来ること自体、とてもスゴイことなのだから・・・。
アギトがそう言ってミラを励まそうと・・・、もたもたしている時だった。
ずっと押し黙っていたジャックが、複雑そうな・・・嫌な予感がしているような・・・。
そんな物憂げな表情で口を開く。
「えっと・・・、繁殖期はマズイってことだよなぁ・・・!?
確かオレの記憶だと・・・、今まさにオリウェイルの繁殖期の真っ最中だった・・・、はずだけど!?」
『え・・・!?』
綺麗にジャック以外の三人の声がハモった時だった。
目の前の森から・・・、とても小さくて可愛らしい小動物がキィキィと鳴きながらアギト達の目の前を
通り過ぎて行く。
全身黒い毛に覆われてて、尻尾は長く・・・見た感じでは狐狸系の動物のように見えた。
全員が無言のまま・・・後から更に2匹程走って来て、目の前で兄弟達が戯れている光景を白い目で
見つめている。
・・・その直後。
バキバキバキィッ・・・!!
目の前の木々をなぎ倒して、巨大な物体がゆらりとアギト達の目の前に現れた。
その大きさは10メートル以上あり、鋭い爪を生やした巨大な前足で次々と大木をなぎ倒していく・・・。
まるでアギト達に狙いを定めたかのように、ゆっくりと近付いて来る。
「・・・でか。」
その一言しか、出なかった。
いつの間にか剣を弄ぶことも忘れ、硬直したかのように・・・突然現れた巨大な魔物に見入っている。
すると・・・全員が石のように固まっている中、ジャックだけがいち早く意識を取り戻したかのように
大声を張り上げた。
「オリウェイルだぁっ!!」
その叫び声に全員が我に返って武器を手にする。
「もしかしなくても、この子達があのオリウェイルの子供なのよね・・・絶対っ!!」
ミラはわかりきったことを、みんなに確認する為・・・悲鳴に近い声で確認した。
アギトとジャックが前に出て・・・、オルフェとミラを守るような陣形を取って戦闘態勢に入る。
「わかってるな!?
オレとジャックで敵を足止めするから、ミラはその援護射撃!!
そんでオルフェは出来るだけ強力な魔術を放て!!」
全員がその指示に従い、それぞれの役割に入った時・・・。
オリウェイルが敵意を向けたアギト達に気付き、耳をつんざく程の咆哮を上げた。
「ぐおおぉぉぉーーーっっ!!」
その咆哮に応えるようにオリウェイルの子供達は、さっき出て来た森の方へと走って逃げてしまう。
アギトは剣を構えて間合いを取るが・・・、巨大なオリウェイルの攻撃範囲が想定出来ない以上どれ位の
距離を取ればいいのかわからない。
そんな時・・・、師匠であるオルフェの言葉を思い出す。
『未知の敵と遭遇した場合、まずは敵を知ることから始めなさい。
魔物を相手にする時は必ず戦闘テロップを参考にすること、知能の高い魔族でないなら・・・
大抵の魔物は戦闘テロップを隠す技術を持っていません。
レベル、攻撃力などで判断しても構いませんが・・・一番重要な点は、敵の攻撃範囲です。
相手のレベルが自分より低いからといって、間合いを詰め過ぎれば手痛い攻撃を受けてしまいますからね。
敵の体長、腕や足の長さ・・・、あるいは敵が持つ武器など・・・。
まずはそれらを視覚的に、攻撃範囲の判断材料にすること。
あとは実際に戦ってみることです。
実戦しながら・・・常に戦略を練ることを忘れないように心がけなさい。』
「そうすれば・・・、よっぽど敵とのレベル差がない限り負けることはない・・・か。」
口ずさみながらアギトは、オリウェイルの戦闘テロップに目をやった。
[オリウェイル、レベル28、HP5200、MP21]
「うわ微妙っっ!! デカイ割にものっそ微妙なレベルじゃんっ!!」
グレイズ火山やネリウス地方に出て来た魔物と比較すると、目の前に立ちはだかっている
魔物のレベルは今のアギトにとったら、まさに楽勝といえるものだった。
しかしよく考えてみれば、あの時はパーティー自体が・・・殆ど無敵状態であったことを思い出す。
レベルが80以上のトリプル師匠達に、レベル50以上を何とかキープ出来ていたリュート達・・・。
そんなことを思い返しながら、アギトはちらりと回りを見回す。
[ミラ、レベル4、HP361、MP67]
[ジャック、レベル11、HP1540、MP31]
[オルフェ、レベル12、HP1070、MP150]
アギトはすぐに視線をオリウェイルの方へと戻すと、口をつぐませながら・・・一瞬目まいがした。
「・・・だよなぁ!?
オレがこいつらかばいながら戦わなくちゃいけねぇんだよなぁ!?」
更に今のアギトは、炎の精霊イフリートも使えない。
しかしユリアに向かって豪語した手前、今更後にも引けなかった。
アギトは剣を構え直すと、オリウェイルの動きに神経を集中させて・・・攻撃パターンを
読み取ろうとしている時だった。
「オレが手始めに攻撃を繰り出すから、お前等は敵との距離を取りながら様子を見てろ!
基本的にオルフェの魔術で・・・・・・っ。」
・・・と、アギトが視線だけ後方にいる仲間の方へ移した時だった。
「・・・・・・って、逃げんの早っっ!!
ちょっ、待てお前等ぁーっ!! 」
後ろを振り向くと、オリウェイルの巨大さに完全にビビッてしまって号泣するミラを脇に抱えながら、
ジャックは思い切り猛ダッシュで遥か彼方まで走って逃げていた。
かくいうオルフェですら、いつの間にか必要以上に距離を取っている。
無理もない・・・、無理もない・・・が。
「ぐぉぉおおぅっ!!!」
完全にアギト単体に狙いを定めたオリウェイルが、前足を振り下ろして地面をえぐった!
間一髪のところでアギトがそれを避けると、とりあえずオルフェ達のことより・・・まず目の前の
オリウェイルに集中するべきだと判断した。
「確かに言ったぜっ!?
オレが何とかするから大丈夫だとかさぁ!! でもタイマンだなんて一言も言ってねぇぞっ!!
レベルが低いからって、こんなデカイ敵を相手にどうやって斬りかかれっつーんだよっ!!」
余裕があるのか・・・愚痴を吐き続けながら、アギトは次々と前足や尻尾で繰り出して来る攻撃を
ことごとく避けていった。
前足で地面を深くえぐった瞬間、オリウェイルの脇部分に隙を見つけたアギトは素早く剣で斬り付ける。
ガリガリガリィッッ!!
「・・・・・・っ!?」
斬り付けた瞬間、奇妙な感触が両手に伝わって・・・アギトは体勢を立て直す為に後方に後ずさった。
見ると、剣の刃先がわずかに刃こぼれしていることに気付く。
(・・・もしかしてあの黒い毛が硬過ぎて、皮膚まで刃をよせつけないってことかっ!?
俗に言う『物理攻撃耐性』ってやつか・・・。
こりゃちっと厳しいな・・・。)
殆ど全身を黒い毛で覆われている為、普通の攻撃ではオリウェイルに傷一つ付けられないことを
察したアギトは・・・なおも暴れ回るように攻撃を繰り出して来る一撃一撃を確実に回避しながら
対処法を必死で考える。
「つーか、物理攻撃が効かないんじゃ・・・魔法攻撃しか残されてねぇじゃん!
でも今のマンツーマン状態だと、オレが呪文の詠唱出来る余裕なんてねぇし・・・。」
アギトはオルフェを信じて、オリウェイルの攻撃を一手に引き受けることにした。
あれだけ自信たっぷりに豪語したんだ・・・、きっと時間を稼いでいれば後方からオルフェが
強力な攻撃魔法を放ってくれるだろう。
そう考えたのである、・・・というよりそうしてもらわなければ勝つ見込みがない。
作戦なら一番最初に言った・・・、今の状況を察してオルフェが自分の役割を果たしてくれる
ことを・・・アギトは信じることにした。
アギトがオリウェイルの攻撃を回避し続けて、およそ3分位過ぎた時・・・。
さすがにもう待っていられないと判断したアギトはイライラしながら後方に視線を送った。
つーか、呪文の詠唱にどれ位かかってんだ!?
それ以前にジャックもなんで増援に来ないんだよっ!?
遠くの方で・・・、3人の姿が見えた。
どうやら別にアギト一人を置いて逃げた・・・という事態だけは、起きていないようである。
「なぁーにやってんだオルフェーーーっ!!
さっさとこのヤローに魔法ぶちかませっつってんだろうがぁーーっ!!」
業を煮やしたアギトが怒鳴りつける。
すると遠くから返事が返って来た。
「アギトーーーっ!!
魔物の血ならさっき森の中に逃げた子供から採取したから、もう目的達成したぞぉーっ!!」
「・・・・・・はぁ!?」
アギトの顔面がひきつる。
「だから早く逃げてぇ〜〜っ!!」
ミラの声がした。
よ〜く目を凝らして見ると、確かにオルフェの足元にはさっき目にした小動物がウロウロしている。
そしてジャックの手元には小さな小瓶のようなものが・・・。
え・・・?
つまり・・・、オリウェイルがアギトに狙いを定めた時。
ジャックは泣き叫ぶミラを魔物から遠ざける為に走って逃げたが、オルフェだけは一旦逃げたと
見せかけて・・・そのすぐ後に森の中に戻って、オリウェイルの子供を捕獲したと・・・?
そんで力の弱い子供から数滴だけ血液を採取して、・・・材料を揃えたと!?
(・・・じゃあ何か? まさかオレは・・・。)
考えたくもなかったが、ただひとつの真実に導かれて・・・アギトは怒りを露わにした。
「オレはただのオトリかぁーーーっっ!!」
まんまとしてやられた・・・、アギトは自分より年下の子供にいいように扱われてしまったのである。
しかし目的を達成したとして・・・オリウェイルに完全にマークされたアギトは、どうやって逃げ切るか。
それが問題だった。
そして運が悪いことに・・・、オルフェ達によってちょびっとだけ傷付けられたオリウェイルの子供が
あろうことか、親の方に向かって鳴いて・・・走って逃げて来たのである。
「キィィィーーッ、キィィィーーーッ!!」
泣き叫びながら走って来る我が子を見つけたオリウェイルは、・・・更に凶暴性を増した。
まるでアギトのせいだと言わんばかりに・・・!
「ちっがぁーーうっ!! オレは何もしてねぇだろっ!!
つーかずっとお前とここにいたのに、そいつを傷付ける余裕がオレにあったと思うかぁ!?」
魔物相手に弁解するが・・・、当然無駄なあがきだった。
目が血走り、怒りのバロメーターが最高潮に達した親は・・・牙をむき出しにして威嚇してくる。
なんで・・・? なんでオレばっかこんな目に・・・!?
理不尽な状況に、アギトは思わず本音を叫んだ。
「オルフェなんか・・・っ、大っっ嫌いだぁぁーーーーっっ!!!」