第153話 「予期せぬ事態」
馬車を走らせてからすぐに、アギト達は遅い朝食を取った。
オルフェとジャックは自分の家ですでに食べて来たようなので、ミラがバスケットからサンドイッチを取りだすとアギトと・・・
馬車の手綱を握っているユリアに渡す。
「ミラ! あ〜〜〜ん!!」
そう言うとユリアは、御者台と客車の境目にある小窓から顔を出すと口を大きく開いてサンドイッチを要求した。
どうやら手が離せない様子で、口で受け取るつもりらしい。
「・・・先生、行儀が悪いです。」
オルフェがすました顔で注意するが、ユリアは全く気にしていない様子で・・・軽く謝りながらもぐもぐとほおばっている。
サンドイッチを食べながら、アギトは首都に着くまでの間・・・トリプル師匠達と会話を楽しむつもりは全くなかった。
むしろ早くヴォルトの試練を終わらせて元の世界・・・元の時間軸に戻らなければいけないからだ。
その為にはまず一刻も早く試練の内容を解明して・・・、それからやっと試練開始になるのだから。
(あ〜〜〜、試練とかそういうのが関係なかったらオルフェ達と色々喋って弱点とか探ったり、今の内にいじめ抜いたり
出来たんだけどなぁ〜。
今はそれどころじゃねぇし、むしろこうやってダラダラと普通の日常満喫してる場合じゃねぇっつーんだ。
何かヒントみたいなのがあっても良さそうなもんなのに・・・、マジでわけわかんねぇ!)
正直、アギトはお手上げ状態だった。
どんなアクションを取れば試練に繋がるのか・・・、全く予想がつかない。
アギトがむしゃくしゃした顔でサンドイッチをほおばっていると、突然小窓の方からユリアの苦しそうな声が聞こえて来た。
見ると、ユリアの顔色は真っ青で・・・今にも吐きそうな表情をしている。
「ど・・・、どうしたの!? 姉さんっ!?」
ミラが慌てて声をかけると、ユリアは死んだ魚の目のように虚ろなまま・・・ジャックを見つめて頼み込んだ。
「ジ・・・、ジャック・・・! 悪いけどあたしと代わってくれないかしら・・・!?
殆ど寝てない状態でサンドイッチを食べたら・・・、馬車酔いしちゃって・・・っ、・・・おえっぷ!!」
「うわぁぁああーーっっ!! エ・・・エチケット袋ーーっ!!」
アギトが慌ててぶ厚い本が入ったオルフェのバッグを、ユリアの口元に持っていこうとする。
当然オルフェはムキになって取り返すが・・・。
「と・・・、とにかく一旦馬車を止めよう!
でないと本当に馬車の中が、さっき先生が食べた巨大サンドイッチのなれの果てで埋め尽くされちまうっ!!」
ジャックはすかさず客車のドアを開けて、客車から御者台へとステップを踏み外さないように注意しながら伝って行った。
その後すぐにミラが客車のドアを閉めて・・・小窓から御者台の様子を見守る。
ミラが持っていた手綱を受け取り、馬に停車するよう・・・ジャックが手綱を操って馬達に指示する。
やがて馬車はスピードを落とし・・・ゆっくりと止まった。
「・・・悪いわね、しばらく休憩しててもいいかしら!?」
気分悪そうにしながら、ユリアはそのまま御者台の腰掛け椅子に横になる。
ジャックは仕方ない・・・という顔で、みんなに納得させた。
「誰か酔い止め薬とか持ってねぇの!?」
アギトが一応聞くが、誰一人として持ち合わせていない様子だった。
「とりあえず姉さんの容体が良くなるまで、ここで待機するしかないわね。」
ミラの言葉に、客車から降りたオルフェが本を片手に反論する。
「いや、先生の体調が良くなるまで待っていたら日が暮れるかもしれない。
夜になったらこの辺は強い魔物が出るようになるから、少しでも早く首都までの距離を縮めておくべきだと思うね。」
ツンとした口調にミラがカチンと来たのか・・・、ムッとした表情で客車のドア越しから見下ろすように言い返す。
「それじゃあどうするのよ!
姉さんの具合はものすごく悪そうだし・・・、このまま馬車を走らせても悪化させるだけよ!?」
するとオルフェは持っていた本をパラパラとめくり・・・、あるページで止めると・・・それをみんなに見せるような形で
本を見開きながら提案する。
「それなら・・・、さっきこいつが言ったように酔い止め薬を調合すればいいだけの話さ。
都合良く酔い止め薬に必要な材料は、この辺で全て入手出来る。
それなら先生の体調が良くなるまで待たなくても、馬車を進めることが出来るわけだ。」
そう言われ、ミラは半信半疑な顔で客車から降りると・・・見開いた本をジッとガン見する。
同じようにジャックも本を見て、必要な材料を確認している様子だ。
アギトだけは・・・この世界の文字が読めないので、どんな決断が下されるのかを見守った。
「・・・シラキリ草に、ケズメイヤの花弁、・・・それにホロヨイ草か。
確かにこの辺の草花を調べればすぐに見つけられるものばかりだな・・・。」
ジャックが本に書いてある材料を口に出しているのを聞いたアギトは、心の中でその内容を疑った。
(ホロヨイ草って・・・、余計酔いそうな名前じゃねぇか。
本当に大丈夫なんだろうなぁ・・・!?)
「でも・・・、ここにオリウェイルの血液ってあるわよ!?
オリウェイルって確か巨大な魔物でしょ!? そんなヤツの血液なんてどうやって手に入れるっていうのよ!?」
「そうだなぁ〜、実際の薬剤調合師なら・・・ハンターが狩ったオリウェイルを市場に卸して買い取る、っていうのが
普通だよな・・・。」
どっちにしろ無理だ・・・と言い張るミラに、腕を組みながら困った風に肩を竦めるジャック。
しかしオルフェは全く問題ない・・・という風に普通に言い放った。
「バカだな・・・、そんな魔物・・・僕達で退治して手に入れればいいだけの話だろう。
それに何も馬鹿正直に退治しなくたって、ちょっと皮膚を傷付けて血液さえ採取出来ればいいだけなんだ。
全然難しいことじゃないさ。」
さらりと言う台詞に、ミラ、ジャック、アギトは無言になる。
最もアギトに関してはオリウェイルがどんな魔物なのか一度も見たことがないので、反応しようがないだけだが・・・。
しかしこのままいつ復活するかわからないユリアの様子をただ窺っているだけでは、前に進まないということは確かだった。
それに・・・、何といってもアギトはレベル50を超える程の実力を持っている。
オリウェイルがどんな魔物であろうと、今のアギトならば決して負けるようなことはないだろうと考えた。
(ドラクエだったらレベル40位でラスボスまでいったことがあるし・・・、別に倒す必要もねぇみたいだし?
だったらイケるんじゃねぇの!?)
そう判断したアギトは、両手を頭の後ろに組むと・・・あっけらかんとオルフェの意見に賛成した。
「いいんじゃねぇか? それで。
オルフェが言ったように剣でちょっと傷付けて、刃先に付いた血痕でもいいんだろ?」
確認するように聞く。
「あぁ、血液といってもそんな大量に必要ってわけじゃないよ。
そうだな・・・、大人一人分作れればいいだけだから・・・せいぜい20ミリグラム位あれば、十分足りる。」
「んじゃ決まりだな!」
そう決定しかけた時、馬車の方から苦しそうな・・・呻き声のようなものが聞こえて来る。
「ダ・・・、ダメよ・・・危険なことしちゃ。
あたしはあんた達のこと・・・よろしく頼まれてんだから・・・っ!
あと10分も休めば・・・大丈夫、だからっ!」
上半身を起こして、そう訴えるユリアの顔色は・・・死人のようで更に不気味だった。
「・・・全っ然回復する気配ゼロじゃん!
いいから寝てろって、ここはオレが何とかするから・・・こいつらに危ないことはさせないからさっ!」
「でも・・・っ!」
「これでもオレは戦士だかんな、レムグランドに出る程度の魔物なら全然平気だって!
だから安心して寝てろよ!
そのオリ・・・何とかって魔物なんか、このオレの剣さばきでちょちょいのちょいだからなっ!!」
剣を柄から抜き取って天高く掲げながら、アギトはユリアを安心させる為に豪語する。
半分不安が隠せない顔をしていたが・・・ようやく横になって、渋々納得した様子だった。
「・・・わかった、信じる。
でも、危険だと思ったら速攻で逃げんのよ!? ・・・いいわね?」
「オッケーオッケー! そんじゃこれで本当に決まりってことだな!」
ピースサインをしながらアギトは嬉しそうに声を上げると、オルフェ達の方に向き直る。
オルフェの表情としてはあまり変わった様子がないが・・・、何となくアギトと同じ気持ちで行く気満々な感じだった。
しかしミラとジャックは、何となく乗り気じゃない様子である。
「なんだよ・・・、ジャックまでシケたツラしやがって!
オレが先頭切ってやっつけるから、お前等は心配する必要ねぇんだし・・・そんな暗い顔すんなって!」
励ますが、むしろ別の意味で心配しているように見えるのは気のせいだろうか? と、アギトはふと思った。
するとミラは、これ以上何を言っても無駄だと察したのか・・・そそくさと馬車の荷台から何かを探している。
何をしているのかと思いながら見ていたら・・・、ミラはとんでもない物を持ちだしてきた。
ガコン・・・。
「ミラ・・・、なんだそれ?」
縦・横1メートル程の鉄の塊を持ってきたミラに、アギトは引きつりながら聞く。
だが・・・、本当は聞かなくても・・・アギトにはそれが何なのか、砲台のようなものが付いた鉄の塊を見れば一目瞭然だった。
「ふっふっふっ・・・、あたしの力作・・・その名もガトリングガン!
小型拳銃よりも威力を増し、連続射撃が可能で弾薬充填も素早く出来るように改良済み!
これさえあればオリウェイルだって目じゃないわ!」
自信満々に紹介するが、アギトがひとつだけ欠点を見つけてしまう。
「でもそれ・・・、持ち運びはどうすんの?
まさかそんな大きな物を抱えながら歩き回んのか? ぶっちゃけ邪魔じゃね?」
がぁーーん!
全く考慮していなかったのか・・・、やっとの思いで出してきた兵器の欠点を指摘されて・・・ミラはショックを受けている。
「いいから、ミラは普通にライフル使ったら?」
オルフェがにべもなく言い放った。
しかし反論する理由が見つからないのか・・・、ミラは大人しくガトリングガンを再び荷台に乗せ直すと小型のライフルを
代わりに取り出して来る。
じゃきん・・・と弾倉に弾を込めて、すっかり戦闘準備完了の様子だった。
その光景を見て、アギトはとても複雑な気持ちになる。
(あんな小さな美少女がライフル片手に・・・っ!
何か・・・この世界どんだけ危険一杯胸一杯なんだよ、サバイバルかってーの。)
戦う気満々なミラを見て、ジャックは深く溜め息をつきながら・・・ようやくこの流れに覚悟を決めた様子だった。
渋々馬車の荷台からあらかじめ持ってきていた武器、ギサルメを取り出して肩にトンっと柄部分を乗せながら歩いて来る。
「メンバーは・・・剣使いのオレ、銃使いのミラ、槍使いのジャック。
そんで、オルフェの武器は?」
聞かれ、オルフェは平然と答える。
「武器はいらない、そもそも僕は魔術使いだからね・・・そんな野蛮な物は必要ないよ。」
「でも敵に接近されたらどうすんだよ?
魔術師って、敵との距離が勝敗を決めるようなもんだろ?」
アギトの言葉にも全く耳を貸していない風に・・・、オルフェはうざったそうな態度を取る。
「何の為に接近戦主体のジャックとお前がいるんだよ?
他の奴らがちゃんと敵を足止めしていれば、後は僕の魔術で一掃出来る・・・。
これが本来の戦法だろ。」
「オルフェ・・・、アギトはもしもの時を想定して言ってるんだ。
魔術師ならメイスやワンド位、みんな装備してるもんだろ?
オレ達はプロの傭兵や軍人と違って万能じゃないし、いざという時・・・ってのがあるだろ。」
「その前に敵を片付ければいいだけの話だよ。
さ、もういいだろ? さっさと材料を集めに行こう。」
アギトとジャックのアドバイスに全く聞く耳を持たない様子のオルフェに、みんな呆れてしまう。
ミラは最初からオルフェとの無駄な押し問答をするつもりはなかったのか・・・、むすっとした表情で会話が終わるのを待っていた。
一応出発することにした一行だが、内心アギトは腑に落ちなかった。
(まだガキだから・・・ってのがあるかもしんねぇけど、オルフェがまさかここまで自信家だとは思わなかったな。
ま・・・今でも十分自信家なんだけど・・・、そういうのとはちょっと違うんだよな・・・。
オレが知ってるオルフェだったら、戦闘に関することはどんなに細かいことでも用意周到なのに・・・。
もしかしてそういう考え方って軍人になってから身に付けたモンなのかな・・・?)
ちらちらとオルフェに目をやりながら、アギトは大人バージョンとのギャップに違和感を感じていた。
しかし当の本人は武器を持たなくても全く不安がないのか、堂々と歩き続けている。
(ま、このまま薬草を探していれば弱っちい魔物の一匹や二匹は出て来るはずだからな。
そん時に後悔することになるだろうよ。)
アギトは心の中でそう判断した、いくら有能な魔術師といえど・・・発動させるには呪文の詠唱が絶対条件になる。
そんな時、もし複数で襲われれば・・・例えアギトといえど全ての敵の足止めをするのは困難になる恐れだってあるだろう。
ジャックの言うように、その時になって初めて武器の有難みがわかるはずだ。
そんなことを考えながら歩いていると、突然ジャックが足を止めて辺りを見回す。
「確か・・・、この木陰辺りにホロヨイ草が生えてるはずだ。
とりあえず魔物は後回しにして、まずは簡単に見つかりそうな薬草系を集めよう。」
そう言うと、ひとまずアギト達はジャックの指示通り・・・そして本に記載されているイラストと同じ植物を探す為に
各自・・・薬草探しに奔走した。
悪夢がこの先に待ち受けていることを、何も知らないまま・・・。