第152話 「同じ二人」
翌朝、アギトは・・・けたたましいユリアの奇声によって叩き起こされた。
部屋の時計を見たら9時を指している、確か昨夜はアギトが先に部屋へ戻ったので睡眠時間はユリアの方が短いはずだ。
・・・にも関わらず、このテンションの高さといったらどうだろう。
「アーギートーっ!!
ほーら、ミラはもうとっくに準備終わってるわよー!
早く起きて来なさぁーい!!」
正直アギトは、心の奥底でユリアのことをウザイと感じていた。
今さっき寝たばかりのような感覚で、十分に睡眠を取った気がしない。
ハッキリいってアギトは、朝がめちゃくちゃ弱かったのだ。
しかしこのまま無視していても何も解決しないだろう、むしろこのまま延々とドアの前で叫び続けられるかもしれないと思ったら
ゾッとする。
何よりこのまま置いてけぼりな目に遭うのも、望ましくない。
思い切り不機嫌な顔のままアギトはベッドからイヤイヤ起き上がると、そのままの格好で剣を装備して・・・ドアを開ける。
「オハヨー、アギト!
なぁに!? 随分髪の毛がボサボサじゃないの・・・、まぁいいわ。
とにかく支度が出来たら玄関に集合よ、朝食は馬車の中でするから・・・急いでね。」
ユリアはそれだけ言い残すと、そそくさと早歩きで廊下を突き進み・・・階段を下りて姿が見えなくなってしまった。
後に残されたアギトは呆然としながら、まだ頭の中は眠ったままの状態で洗面所を探しに行く。
階段を下りようとした時、手前のドアが開いてミラが出て来た。
腰の辺りまで長い金髪をリボンで束ねており、少しシンプルなワンピースを着ている。
(うわ・・・、ミラのワンピース見んの初めてじゃん!
つーかワンピース着るんだ・・・。)
ミラの女の子らしい格好を見た途端アギトは、かなり前にオルフェがミラにフリフリのワンピースをプレゼントした話を思い出す。
結局それはガセネタだったが、こうしてワンピース姿のミラを実際に見ると・・・違和感どころか似合って見えた。
これなら仮にワンピースをプレゼントしたとしても、不思議じゃないなと思った。
「あらアギト、おはよう。
姉さんはもう馬車の準備に行ったの!?」
「おはよ〜・・・、多分そうじゃねぇかな?
めっちゃ急いでたみたいだし、・・・それよか早く支度しろってせがまれてんだけどさ。
顔とかどこで洗ったらいいんだ? ユリアに聞く余裕なくって聞きそびれたんだよ。」
「ついてきて。」
アギトはミラに色々教えてもらいながら、ようやく出かける準備が出来て外に出る・・・すると。
「ダーーーーメ!!」
ユリアの厳しい声が聞こえてきて、アギトは何事かと思ってドアを開けた。
するとそこにはいつの間に来たのか・・・、オルフェとジャックが何やらユリアとモメているように見える。
「先生、首都に行くんでしょう!?
だったら僕も連れて行ってください、僕も先生が提出する研究結果に興味があるんです。」
よく見ると、オルフェとジャックは遠出用の衣装なのか・・・昨日のようなお坊ちゃん風の衣装ではなく随分ラフなものに変わっている。
ジャックは2〜3泊する位の荷物を持って・・・、オルフェの後ろで困り果てた顔をしていた。
(はぁ〜ん・・・、さては昨日ユリアが急ぎの書類をまとめるって聞いて・・・首都行きを予想したみてぇだな!?
そんで自分もついてく気満々で、いい旅夢気分な身支度をしてここまで来た・・・ってわけか。)
しかしユリアは両手を腰に当てて、仁王立ちするとオルフェとジャックを睨みつける。
オルフェも負けてはいなかった。
相変わらず無愛想な表情だったが、その涼しい瞳の奥には「絶対ついていく!」という固い意志が込められている。
ジャックは・・・、どっちでもいいというか・・・面倒事は勘弁してほしいという顔つきだ。
一触即発な場面にミラが口を挟む。
「ちょっと、何あんたまでついてくつもりでいんのよっ!?
あんたが勝手について来たら、あんたのお父さんに怒られちゃうのは姉さんなんだからねっ!?」
ミラはユリアと全く同じように両手を腰に当てて、ぺったんこの胸を張って豪語した。
オルフェはムッとした表情になると、しれっとした風を装って反論する。
「別にどうってことないさ、どうせ僕が屋敷にいてもいなくても・・・あの人は存在に気付いていないだろうからさ。
今までずっと放任してたんだ・・・、僕がどこで何をしてようが関係ないよ。」
ふてくされた顔でそう言い放つと、すかさずユリアがオルフェのこめかみを両手でゴリゴリしごいて攻撃した。
さすがに苦痛で顔を歪めるオルフェに、ユリアは本気で怒っているのか・・・大声で叱りつける。
「あんたはまだそんなこと言ってんのっ!?
父親が自分の息子をそんな風に思うわけないでしょ、ひねくれた態度を取るのもいい加減にしなさい!!
でないと本当に連れて行かないわよっ!?」
「え・・・ちょっ!
そんなこと言ったらオルフェが本気にしちゃうじゃ・・・っ!」
「・・・すみません、先生。」
ジャックの言葉もむなしく、オルフェは急に聞き分けの良い子供に早変わりしたように・・・しゅんとなって素直に謝った。
その姿を見たユリアは・・・勿論それがその場しのぎの態度であることは十分にわかっていただろうが、ともかく・・・
ちゃんと謝っているからと・・・、その気持ちだけは汲んでやることにした。
勢いで言ってしまったことに半ば後悔しつつも、ユリアは肩を竦めてオルフェ達がついて行くのを許可してしまう。
「言っちゃったもんはしゃーないわね・・・、わかった。
その代わり、あたしの言うことはちゃんと聞くのよ!? 何があっても絶対服従! いいわねっ!?」
「はい。」
「・・・はぁ〜。」
素直で聞き分けの良いオルフェとは裏腹に・・・恐らく半ば強引に付き合わされているであろうジャックは、大きな溜め息を
漏らしていた。
ユリアが馬車に荷物を詰め込んでいると、オルフェがようやくアギトの存在に気付いたのか・・・ジッとこっちを見つめている。
「・・・何だよ!?」
思わず普通にそう言ってしまうアギト、向こうは勿論アギトに関して何も知らない・・・というより初対面なのだが、アギトは
ついいつもの調子でそう言葉が出てしまった。
しかし特に後悔もない、昨日と今日の態度から見て・・・アギトが知ってる大人バージョンとそう大して性格に違いがないと判断したからだ。
「お前、昨日もここにいたけど・・・先生とどういう関係なんだ?」
アギトは思わずズッコケそうになった。
まさかオルフェの口からタメ口が聞けるとは全く思っていなかったからである。
確かに今のオルフェは、言ってみればアギトと同世代・・・というよりアギトの方が今は年上だ。
(つーか、オレの方が今は先輩じゃん!
敬語使えよコイツ!)
かくいうアギトも・・・オルフェ達年上に対して敬語を使っていないという事実を棚に上げて、子供バージョンの
オルフェの偉そうな態度にちょっぴりイラッと来ていた。
「別にどうだっていいじゃん!
そんなことよりオルフェ、お前オレより年下なんだから敬語使えっての!
ったく・・・、親から一体どんな教育受けて育ったんだよ!」
言って・・・、アギトは全身の血の気が引いた気がした。
まるで心臓を鷲掴みにしてえぐり取られたように・・・、ズキンと胸に激痛が走る。
その時のオルフェの顔を・・・、きっと一生忘れない。
あの顔は・・・、かつての自分と同じ気持ちが込められた表情だったから・・・。
オルフェは酷い侮辱を受けたように・・・、瞳孔が開きながらアギトを睨みつけた。
しかし別に何かを言うでもなく、心を閉ざしたまま・・・オルフェは馬車の方へと歩いて行ってしまった。
アギトは後を追うことが出来なかった・・・、追えなかった。
(今の・・・、オレ・・・っ!
前にもオルフェに言われた言葉だ・・・。)
唐突に記憶が遡って・・・、あの日の出来事が鮮明に蘇る。
自分の言葉遣いに、態度に・・・礼節さを欠いた行動で、オルフェを怒らせてしまったあの日・・・オルフェは言った。
『君は今まで・・・、親からどんな教育を受けて育ったんです?』
そう・・・、オルフェは言った。
その後もアギトの両親について聞かれたことが、今まで何度かあった。
その度にアギトは何とか誤魔化した。
話したくなかったから・・・、話す程の思い出すらなかったから。
一番触れて欲しくない内容だった・・・、だから聞かれる度に胸がえぐられる思いがして・・・つらかった。
そして次第に・・・、どうしてオルフェにはわかったんだろう・・・と疑問に感じた。
一度も両親について・・・、家庭環境について話したことは・・・一度だってなかったはず。
なのに・・・、不思議に思った。
どうしてオルフェには、わかったんだろう・・・って。
アギトは、ぎゅっと両手の拳を強く握り締めて・・・自分を蔑んだ。
(きっと同じだったんだ・・・、オルフェも・・・オレも。
親から無視されてるって、存在すら忘れられてるって思って・・・ずっと強がってた。
平気なフリして、自分は親なんていなくてもやっていけるんだって言って・・・一人で生きてるつもりでいたんだ。
だから自分が一番正しいんだって・・・、どうせ親ですら無関心なんだからどうでもいいって思い込んで・・・。
他人に対する態度ですら、どうでもよくなって・・・。
オルフェにはそれがわかってたから、あの時・・・オレに教えようとしてくれてたんだ・・・!
自分と同じだから・・・、今のオレに何が必要なのかを・・・オルフェにはわかっていたから・・・。
きっとオルフェ自身が・・・ユリアに教わったことを、オレに教えようとしてくれてたんだ・・・。
なのにオレ・・・、サイテーだ・・・っ!)
アギトは自分で自分を蔑んだ、・・・子供のオルフェを傷付けたのは自分なのに・・・その自分が傷ついてどうするんだって
思いながら。
その時、馬車に乗り込んだオルフェを見送っていたジャックが・・・アギトに向かって声をかける。
「悪かったな・・・、オルフェって昔からああいうヤツなんだ。
でも悪く思わないでくれよ、本当は・・・あんな冷たいヤツじゃないんだよ。
・・・本当は奴隷として連れて来られたオレを、あいつは同等に接してくれた・・・いいヤツなんだ。
アギト・・・だっけ?
ところどころムカつくことがあるかもしれないけど、大目に見てやってくれよ・・・な?」
それだけ言うと、ジャックは持っていた荷物を馬車に乗せる為に・・・そのままユリアの元へと走って行った。
後に残されたアギトは・・・、オルフェとジャックは本当に親友同士なんだと・・・。
自分とリュートを重ね合わせて、心からそう思った。
リュートのことを懐かしむようにジャックを見つめていると・・・、突然後ろからバシッと衝撃が走る。
「ほら、ボ〜ッと突っ立ってないで・・・早く馬車に乗りましょ!
陰険オルフェも・・・お人好しジャックも・・・、みんなして色々あるけど・・・細かいこと気にしてちゃ今の時代
明るく楽しく生きていけないからねっ!?
・・・ま、今のは姉さんの受け売りなんだけど!」
場の空気を取り繕うように、努めて笑顔で振る舞うミラに・・・アギトはホッとした。
同時に、少なからず違和感を感じていたりもする。
(・・・はは、いつもなら場の空気を凍らせてばかりいるのはミラの方だってのに。
なんか・・・、みんなどこか今と違うな。
ジャックは今も昔も相変わらずお人好しでお節介って感じだけど・・・。)
そんなことをふと思いながら、アギトは和んでいる場合ではないことにようやく気付く。
とりあえずみんながすでに馬車に乗り込んでいたので、アギトはダッシュで駆け乗ったが・・・頭の中は試練のことで
一杯になっていた。
(つーか、マジ試練の目的がワケわかんなくなってきたぞっ!?
こんな過去の一場面を見せてオレに何を伝えようとしてんだ、ヴォルトのやつ!?
つーか、マジで普通に時間が流れてるけど・・・これってどれ位続くんだよ。
まさか何か事件が起きるまで延々とこの、サザエさん一家的な日常が続くってんじゃねぇだろうなっ!?)
普通に一日が過ぎたことに焦りを感じ始めているアギトとは裏腹に、他のみんなは遠足気分で首都に行く気満々であった。
ユリアが手綱を持って、御者台に座ると威勢の良い掛け声が聞こえて来る。
「それじゃあ首都に向けて出発するわよぉー、弟子どもぉーーっ!!」
「おぉーーーっ!!」
ミラとジャックが乗り気で号令に応えるがオルフェは、フンと鼻を鳴らしながら返事をした二人に向かって・・・
小馬鹿にしたように「まるでガキだな・・・」という顔つきで、そっぽを向いている。
(・・・ところどころの騒ぎじゃねぇな、コレ・・・。
オレよりひでぇじゃん!)
全く可愛げのないオルフェに対して、アギトは自分の方がまだ可愛げがあるなと・・・本気でそう思った。