第151話 「ジュノユリアロス・メガロフレデリカ」
スパゲティをたいらげて満腹になったアギトは、ふと・・・リュートがしていた行動を思い出す。
食べ終わったタイミングがユリアとほぼ同時だったので、アギトはユリアの挙動をじろじろ観察しながら言い出すタイミングを窺った。
「えと・・・、片付けるの手伝うよ。」
アギトの申し出に、ユリアは片付けかけていた手を止めると嬉しそうにアギトの言葉に甘えた。
「そう? 悪いわね〜、・・・キッチンはこの奥にあるから。
もしわからないことがあったら聞いてね!」
ユリアの続きを引き継いだアギトは、ユリアが平らげた大皿と自分の皿などを重ねてキッチンへ持って行く。
思えば・・・リュートの家に泊まっていた時も、洋館にいた時も・・・アギトは食後の後片付けというのを手伝ったことがない。
食器を片付けて洗って、食器棚にしまうんだな・・・という雰囲気だけは掴んでいたので簡単だと思っていた。
しかし・・・。
「あわわわ・・・っ!」
食器やコップを全部まとめて持っていこうとした為、落とさないようにバランスを取るのに必死なアギト・・・。
ゆっくりと慎重に歩きながら、キッチンへと向かう。
シンクを見つけるとようやく食器類から解放されて一息つき・・・、そしてアギトはきょろきょろと洗剤とスポンジを探した。
「つか・・・、異世界にも食器専用の洗剤とかスポンジってあんのか!?
ジャックん家でリュートが片付けを手伝ってるの何となく見てたけど・・・、何の違和感もなさそうにしてたから
全然疑問に感じなかったけど。」
それでもアギトは、いきなりユリアに助けを求めるのが・・・何だか癪に思えてならなかった。
意地になってそれらしき物を探しまくる。
(台所なんだから、近くにそれらしいのがあって当然だよな!)
洗剤らしきものとスポンジは見つかったので、蛇口から水を出しっ放しにしながら食器を洗う。
回りをきょろきょろと再び探したが、・・・ない。
「あれ・・・、食器乾燥機ってどこにあんだ!?」
アギトは完全に自分の家の感覚になっていた。
システムキッチンや食器洗浄機などの装備は当たり前だった為、それらしい大きさの機械を探すが・・・勿論見つからない。
探し回っても見つからなかったので、アギトは目の前に掛けてあった真っ白いふきんで食器の水気を拭き取ると食器棚に戻した。
そんなこんなで・・・、アギトは二人分の食器類を片付け終えるまで約20分も浪費してしまう。
くたくたになりながらアギトは「後片付けを自分ひとりの力でやりきった!」という満足感で、ユリアの元に戻って行く。
リビングに戻ると、ユリアがコーヒーを飲みながら目が合って・・・手を振る。
「お疲れさ〜ん!」
アギトにはまだ聞きたいことがあったので、何気なく自分もユリアの向かいにあるソファに腰掛けて話の続きをしようとした。
寝室に戻る気配のなかったアギトを見ると、ユリアは足を組み・・・殆どソファにのけぞる状態で話しかける。
「他にもあるんだ? 聞きたいこと。」
アギトの態度を見れば見透かされて当然だが、動揺は隠せない。
明らかにユリアから色々と情報を得ようとしている態度だったのかと思い返すが、アギト自身自覚がなかった為よくわからなかった。
しかし、だからといって怪訝な表情はしていない。
それがかえって不安をかきたてられる・・・、ユリアは自分の何を知っているんだろう?
口止めをされていたが、今ここにはアギトとユリアしかいない・・・他に誰かがいるとも思えなかった。
むしろ、今しか聞くチャンスはないと判断したアギトは思い切って本題に入る。
「あのさ・・・、ユリアって本当は神子なんだろ!?
一応ミラから口止めされてたんだけど・・・、なんで隠す必要があんのさ。
神子って言ったら世界の救世主みたいなもんじゃん、なんでこそこそしたりすんのか不思議に思って・・・。」
内心ハラハラしながらも、アギトは返答を待った。
色々な意味で・・・聞くチャンスは今しかないと思っている、なぜなら元の世界にいるオルフェは色々と話したがらないからだ。
物事には順序があるかもしれない、でも・・・何も知らないままという状態がどうしても耐えられなかった。
自分は、オルフェが思ってる程・・・ガキじゃないんだから。
ユリアは、静かに溜め息を漏らすように・・・一息ついてから話し出した。
その瞳はとても真っ直ぐで・・・、思わず水色の瞳に吸い込まれそうな感覚に陥った。
「やっぱわかっちゃうもんなのね・・・、これでも経歴を詐称するのは得意だったんだけど。
・・・そう、あたしは神子の資質を持って生まれて来たわ。
あたしの本当のマナ指数は888、正真正銘の・・・アンフィニよ。」
アギトは耳を疑った。
マナ指数888というのは、・・・ザナハと全く同じ数値だったからだ。
オルフェの話では、アンフィニとして生まれて来る神子はごく稀のはず・・・それも初代神子アウラ以来、アンフィニは出現しなかったと聞いていた。
アギトが驚いているのを察してか、ユリアは苦笑しながら続ける。
「アンフィニはマナ指数を自在に操れるの。
例えば・・・マナ指数を683にしたり、951にしたり・・・色々ね。
相手が君だから話すけど、そもそもあたしはレムグランド出身の人間じゃないわ。
両親が龍神族の里に亡命して・・・、あたしはそこで生まれたの。
父親がレム人で、母親がアビス人・・・。
・・・あたしはレムとアビスの混血児として生を受けたわ、そのせいで基本属性が混同するという現象が起きた。
君も知ってると思うけど、本来レム人は『光』『水』『火』『雷』を・・・。
そしてアビス人なら『闇』『氷』『風』『土』のどれかを持って生まれて来るものなのよね。
でもあたしの場合は、『光』と『闇』を持って生まれたの。
上級属性を行使出来る者は、それらに属する下級属性をも行使出来るようになる・・・みたいね。」
レムとアビスのハーフだ・・・というだけで、アギトにとっては十分驚くべきことだった。
いや、むしろなぜそんな可能性を今まで考えなかったのかが不思議だった。
自分達の世界でだって、色んな種族同士での婚姻なんて・・・ごくごく一般的なもののはず。
なのになぜ、今まで一度としてレムとアビスとの婚姻について全く頭になかったのか・・・。
それだけではない。
不思議で疑問に思えることは、まだ他にもあった。
ハーフだというのはわかったとして、基本属性がレムとアビス・・・両方のものを持って生まれて来たということもわかった。
問題は台詞の後半部分だ、・・・正直アギトにはさっぱり意味がわからない。
「ち・・っ、ちょっと待って!!
ユリアがハーフってのはまぁ・・・わかったけどさ、上級属性がどうのとか・・・下級属性がどうのって!?
基本属性が『光』と『闇』の2種類を持って生まれて来たなら、使える魔法の属性はその2種類だけじゃねぇのか!?」
「確かに理屈でいけばそうなるわね、でも・・・精霊とマナの関係を辿って行けば・・・それは覆されるの。
属性の説明ばかりになっちゃうけど、そもそも計11種類の属性は3つに分類されるのね!?
まず下級属性と呼ばれるのが、『水』『火』『雷』『風』『氷』『土』の計6種類。
そして上級属性と呼ばれるのが、『光』『闇』の計2種類。
更に最上級属性と呼ばれるのが、『元素』『時』『次元』の計3種類。
その中で・・・人間が生まれる時に持つことが出来る属性は、下級属性と・・・上級属性だけになるの。
ここまではいいかしら?」
長い説明に、ユリアは一旦話を切った。
多分ものすごく混乱したような表情をしてたんだと・・・、アギトは思う。
最もアギトはゲームなどで、ファンタジー世界の設定や構成などを把握する為の予備知識があったので・・・さほど苦労する
こともなかった。
自分が最初から知っている属性に、3種類追加されただけ・・・。
それらを分類するにも、ユリアの説明は非常にわかりやすかった。
つまり自然的なエネルギーを基本にした属性が下級、そこからちょっとランクが上がった感じが上級、名前からしてものすごい
イメージがあるのが最上級・・・。
とりあえず、アギトはそんな風に解釈した。
親指を立ててOKサインを出すと、ユリアはそのまま説明を続けてくれる。
「一般人なら基本属性の殆どが下級属性を持って生まれて来るわね、それも1種類のみで。
ただし創世時代から続く家系の者は、血統が良い場合・・・上級属性を持って生まれて来るわ。
今で言うなら・・・、そうね。
レムグランドでは、ガルシア国王とその息子・・・アシュレイ王子が『光』属性を持って生まれて来てるわ。
アビスグランドでは、リディオン陛下とエルディア王妃・・・そしてその娘ベアトリーチェ姫が『闇』属性を持っている。
特に王族の者が創世時代から続く由緒正しい血統を貫いているから、・・・ただそれだけの理由なんだけどさ。
あたしの両親は両方共・・・下級属性の持ち主だったんだけど、もしかしたらアンフィニも関係しているのかもしれないわね。
レムとアビスの血が混じり合って・・・、上級属性を2種類持って生まれて来た。
ここから先がやっと・・・、さっきのアギトの疑問ね。
下級属性は元々、上級属性に支配されている位置関係にあるの。
詳しい説明は創世時代の元素理論に記されているんだけど・・・それはものすご〜〜く難解だから、はしょるわね?」
今でさえすでに難しくなってきているのに、更に学者レベルな話をされるとついて行けそうにないと思ったアギトは
ユリアの大雑把な性格に感謝した。
「うんうん」と相槌を打ちながら、省略大いに結構! というサインを送る。
「まぁ・・・わかりやすく言えば、『光』属性を持つ者はその下に位置する属性をも行使することが出来るのよ。
最もそれには扱う本人の先天的な才能は勿論、マナ指数・・・、技術力やら何やらと・・・とにかく色々なものが必要に
なってくるけどね。
だからいくらあたしでも、下級属性全てを操れるわけじゃないわ。
あ・・・、間違いがないように言っておくけど。
一人の人間が持てる基本属性の数は、一般人が1種類・・・神子や戦士が2種類って決まってたでしょ?
創世時代の文献でようやく解明されたことなんだけど、行使出来る属性はその限りじゃないみたいなのよ。
特に神子や戦士は必ずと言っていい程、上級属性を持って生まれて来るわ。
その場合、『光』属性を持つ光の戦士や神子なんかは・・・本来の基本属性に関係ない属性を行使出来るの。
例えば・・・アギト、君の属性は何かしら?」
若干混乱気味になりながらも、何とか話について行ってるアギトは・・・虚ろになりかけながら質問に答える。
「えと・・・、『火』と『光』だけど・・・?」
「そう、それじゃ今までの解釈で行くならば・・・アギトは『火』と『光』の属性しか魔術を発動させることが出来ないことに
なるわよね?
でも光の戦士であるアギトなら、それ以外に『水』や『雷』も操れるようになる可能性が十分にあるのよ。
特に『雷』属性は下級属性の中でも特殊とされているから、精霊と契約を交わす時なんかは基本属性に『雷』を持っていな
くても契約を交わせる・・・。
でもそれって・・・ちょっと考えれば、矛盾してるでしょ?
難しい解釈は省く約束だからパパッと説明しちゃうけど、『雷』属性は基本的に『光』属性の派生タイプに位置するの。
だから基本属性に『光』を持ってさえいれば、『雷』も扱えるようになるってわけ。
アビス属性でも同じことよ、『闇』属性の派生タイプは『土』属性になるの。
これで属性に関する疑問は解決したかしら!?」
ちょっと首を傾げそうになったが、まだまだ全ての謎が解明されていないのでアギトは大きく首を縦に振る。
(せめて・・・、ちょっとでもヴォルトに関する手がかりや神子に関する詳しい話を聞くまでは・・・!)
そんな熱意がアギトから更に眠気を奪ったせいか、ものすごい形相で聞き入る姿に・・・ユリアは時計を確認することなく
話を続けた。
「それじゃ次は、あたしのバラ色の経歴について語るわね?
さっきも言ったようにあたしは龍神族の里出身だから、両親共に亡命したままになってるのよ。
世界が3つに分かれてからは、レムとアビスとの婚姻は基本的にタブーとされていたからね。
でも長く続くマナ天秤を懸けた戦争で両親を失ったあたしは、初めは神子の使命を果たそうかとも思ったけど・・・
結局は神子を放棄したの。
あたしが生まれた時、両親があたしのマナ指数を知って・・・ひどくショックを受けてね。
物心ついた頃にはマナ指数を改竄する方法を学んだわ、・・・殆ど自力だけど。
神子の資質を持っていることがバレなければ、マナ天秤を懸けた戦争に巻き込まれないで済むって理由でね。
両親は喜んでいたけどあたしは逆にこの力を使って、・・・マナ天秤とは関係なく精霊との契約に興味を持ったわ。
元々あたしは神子である以前に学者肌の方が強くて、研究の為に精霊と契約を交わしたの。
創世時代の文献や碑文の内容を知りたくて、ここ・・・レムグランドに来たわ。
勿論、マナ指数を変えて・・・精霊と契約したことも隠してね。
あたしは・・・どうしても完成させたい研究があったから、世界の咎人と言われようが・・・成し遂げないと
いけないの。」
ユリアの顔に・・・、陰りが宿る。
アギトはただ黙ってユリアの話を聞いていた、だが・・・一体何を研究しているのかどうしても聞きたかったのが本心だった。
しかし視線を下に落としたユリアの姿を見たら、その言葉が出て来ない。
やっとの思いで出た言葉は、他愛もないことだった。
「なんで・・・、みんなに絶対バレたらいけない内容なのに・・・。
どうしてオレに全部話したんだ?」
その言葉に、ユリアは少しホッとしたのか・・・わずかに笑みが戻ると答えてくれた。
「君が・・・、似ているからよ。」
「・・・え?」
その意味はわからなかったが、ユリアはようやくここで時間切れを告げた。
時計はすでに夜中の3時を回っている。
確かユリアは何かの書類をまとめる為に徹夜すると言っていたはずだ・・・、アギトはそのことを今頃になって思い出して
ほんの少し・・・罪悪感で胸が痛んだ。
ユリアは大きく伸びをしながら立ち上がると、アギトを急かすように・・・ちょっとだけ芽生えていたアギトの罪悪感を
一瞬にして忘れさせた。
「さぁさ! 子供が寝る時間はとっくに過ぎてるわよぉ!!
明日は君も一緒に首都へ向けて出発するんだから、今の内にゆっくり体を休めておきなさい!!」
「はぁっ!? 何それ!?
首都に行く・・・って、いつ決まったんだよ!? てゆうか何でオレも一緒なわけ!?」
「この家に一人ぼっちで置いて行くわけにいかないでしょ〜!?
首都へは、ミラも連れて行くんだから。」
「・・・確かに。
勝手が何もわかんねぇこの家に置いてかれたら、すんげぇ〜困るかも・・・。」
ユリアに背中をバンバン叩かれながら、アギトは殆ど逃げるように階段を駆け上がった。
最後の段を上り切る前に、「おやすみ」と言葉を交わして・・・アギトはあてがわれた個室へと戻って行く。
その姿が見えなくなるまで見送ったユリアは、足音が完全に聞こえなくなると・・・ため息交じりに笑みをこぼした。
「ホント・・・、よく似てるわ。」
それからソファへ戻り、寝そべりながら天井を見上げる・・・。
「ヴェルグ・・・、あんたが転生してたら・・・あんな風に成長しているのかしら!?
・・・双つ星の運命を変えたくて、こんな悪魔のような研究をしてるけど。
それでも・・・、救われる命があるのなら・・・いいわよね!?」
そっと瞳を閉じ・・・、一筋の涙が頬を伝う。
かつて・・・、ユリアは誓った。
自分の身勝手な研究のせいで失った戦士を思い、・・・想い続ける余り禁忌に手を染める決意をしたことを。
悲劇を繰り返さないように・・・、繰り返させない為に・・・。
その為ならば自分の命すら捧げる覚悟で、ユリアは研究を完成させることを・・・強く心に誓った。