第149話 「魔法科学研究都市・サイフォス」
ゴトゴトと馬車が走る中、アギトは隣に座る少女をちらちらと横目で何度も見つめていた。
ミラと名乗った少女・・・、金髪に紫色の瞳・・・。
(間違いない・・・、ミラじゃん!)
アギトは心の中で確信した。
思えば馬車を操る謎の美人・・・彼女の名前に聞き覚えがあったのも、以前炎の精霊イフリートとの契約を交わしにグレイズ火山へ行った時。
そこへ契約を妨害しに来た二人の刺客がいた、その一人・・・ゲダックという名の魔道士風の老人が確か「ユリア」という名を何度も口にしていたのを、ふと思い出す。
あの時は自分達にそれ程関わりのないような話題で喧々囂々(けんけんごうごう)としていたので、ちゃんと会話を聞いていなかったせいか・・・すぐに思い出すことが出来なかったのだが、改めて思い出すとつじつまが合う。
だいぶ昔のように感じられるので、アギトは必死に記憶をたぐりながら会話の内容を断片的に拾い上げる。
(あの時確か・・・、ミラの姉の名前がユリアで・・・。
その弟子がオルフェだとか何とか言ってたよな!?
つーことは、今目の前にそのユリアって人と幼いミラがいるってことは・・・ここは過去の世界ってことになるのか!?)
だんだんと自分がいる状況が少しずつわかってきたので、アギトは考えることをやめようとしなかった。
このまま推理を続けていけばきっと、ヴォルトが自分に一体どんな試練を課しているのかわかるかもしれないと思ったからである。
しかしその思考も突然の急ブレーキで中断させられてしまう。
馬車が止まったかと思うと、御者台から降りたユリアはアギト達が乗っている客車のドアを開くとにっこりと微笑む。
「ミラ、ちょっとお願いがあるんだけど。
こないだ例の魔道器が完成したって言ってたわよね?それを使いたいんだけど・・・出来るかしら?」
アギトには何の話をしているのかさっぱりわからなかったが、ミラは姉ユリアの言葉に頷くとソファから立ち上がり客車を降りてしまった。
一体何が始まるのかと、アギトも何となくついて行くように客車を降りる。
二人が向かったのは馬車の後方にある荷台、その中にしまいこんであった何かの装置を取り出すとミラが何やら準備を始めた。
ぽかんとしながら見つめるアギトに、ユリアがようやく説明してくれる。
「今からサイフォスという町に入るんだけど、君の髪の毛は目立つからね・・・。
この子が開発した装置を使って髪を染めさせてもらうわ。
君・・・、事情はよくわからないけど戦士の資質を持った子供でしょう?
こんな所で一体何をしていたのかは知らないけれど、ひとまず休憩出来る土地・・・つまり町に入って休まないことにはどうし
ようもないでしょうからね。
不本意かもしれないけど我慢してちょうだい。」
どうやらこのユリアという女性には、アギトの正体がわかっていたようだ。
最もオルフェ達の話によればこの世界では・・・アギト達の現実世界でもそうだが、青い髪を持った人間はそうそういないらしい。
というより、光か闇の戦士という資質を持った人間にしか・・・青い色素を含む髪の毛を持つことが出来ない。
それにしてもアギトには疑問に思えることが山のようにあった。
そもそもなぜ青い髪のまま、町に入ることが好ましくないのか・・・?
この時代では、戦士が現れると何か都合が悪いことでもあるのだろうか?
アギトは色々聞きたいことがあったが、きっとこの試練が続く限り話を聞く機会は他にもたくさんあるだろうと勝手に判断して・・・とりあえず今はユリアの言う通り、髪を染めることに賛成する他ないだろうと思った。
荷台から取り出した装置は思ったより大きな物で、両手で抱えなければ持ち運び出来ない位の大きさである。
しかし見た目は至ってシンプル、まるで大家族専用の炊飯器のような形をしていた。
ミラがその装置を起動させる為に、あちこちから伸びている配線やら何やらを発電機用の機械に接続して、起動準備をしている。
慣れた手つきで作業している光景を見ていると、何だか自分が知っているミラとは別人のように思えて来た。
今までミラが機械関係をいじっている姿を一切見たことがないせいかもしれない。
不思議そうに眺めているアギトを見て、ユリアが話しかけて来た。
「ミラはね、こう見えて機械工学の天才なのよ?
普通なら機械に関する知識とか数式とか・・・、大人でも難しいと感じるものを全て把握しないといけないんだけど。
ミラの場合・・・、まるでインスピレーションのように理解することが出来るのよね。
物心ついた時から機械いじりが大好きで、よく色んな装置を開発しているわ。
この子の実力はあたしが保障するから安心して? 痛いこととか・・・変なことにはならないはずだから。」
「・・・はず?」
不安げにアギトが聞き返すと、ユリアは誤魔化すように笑って訂正した。
「あはははっ、今のは言葉のあやってやつよ!
だいじょーぶだいじょ〜〜ぶ!!」
何だか随分いい加減な人だなと思いつつミラの方に視線を送ると、機械の準備はすでに終わっていたようだった。
「出来たわ、頭髪染色装置。
これを頭にかぶって時間が経つと、色んな髪の色に変えることが出来るわ。
ピンク、金髪、水色、緑・・・どんな色にでも対応出来るけど、何色にするの?」
ユリアに促されてアギトは不安を残したまま装置を頭からかぶると、機械の重さで頭がもげるかと思った。
どうしても不安定になるので、両手で機械を支えながら何とかバランスを保っていると・・・ユリアが機械を起動させる。
「髪の色は黒がいいかもね、青い髪の上から染めるんだもの・・・。
ヘタに明るい色にしようとすれば変な色に染まるかもしれないし、この方が一番無難だわ。
それじゃ始めるわよ?」
アギトは神に祈りつつ、両目を閉じて二人を信じることにした。
仮に失敗したとしてもこれはヴォルトが試練として見せているだけの幻かもしれない・・・それなら試練が終わって元に戻った時、この世界で起こったことはチャラになる可能性が高い・・・、と思ったのだ。
だが本当に過去の世界へ飛ばされているとすれば、・・・きっと元に戻っても頭の状態が継続している恐れはじゅうぶんにあるが。
機械が小刻みにブルブルと震えて、しっかりと両手で押さえる。
何だか熱くなったり冷たくなったり、ピリピリと静電気が走ったようになったりと・・・色々と不快な感覚があったりした。
およそ5分位そんな状態が続くと突然機械が「チーーン」と、まるで電子レンジでよく聞く音が鳴ってアギトはどきんとする。
「出来たわよ!」
ミラがそう言って機械を頭から外すように指示した。
機械を外すと外のさわやかな風が髪をなでて、とても気持ちが良かった。
しかし髪の状態を鏡で確認しないことにはまだ安心出来ない、それまでは恐ろしくて手で触ることも躊躇われた。
それを察してか、ユリアが手鏡をアギトに渡して確認させる。
「うまく染まっているわ・・・よかった、これでサイフォスに向けて馬車を進められるわね。
あと・・・、とりあえずアギトの目的が特にないならあたしの所にいらっしゃい。
土地勘がないなら現地の人に話を聞くのが手っ取り早いし、何か調べたいことがあるのならあたしが力になれるかも
しれないし・・・。
ともかくこんな所で一人で呆然としているよりはマシでしょ?」
鏡で確認して、アギトがホッとしている横でユリアがそう提案してくれた。
確かに今はどんな試練が用意されているのか、その主旨も目的もわからない以上・・・一人でうだうだと頭を悩ませていたって何も解決しないだろうと踏んだ。
それならここでユリアやミラと出会ったのも、何か意味があるのかもしれない。
むしろユリアに会わせることがヴォルトの目的かもしれないと、そう思えないこともなかった。
「わかった、とりあえず何かわかるまでしばらく一緒に行動してもいいかな?」
「そうと決まればちゃっちゃと行きましょうか!」
腰に両手を当てて声を張り上げたユリアは、再び二人を客車に詰め込むと馬車を走らせる。
あとどれ位馬車を走らせればサイフォスという町に到着するのかわからなかった為、情報収集という意味も含めて隣に座るミラに
色々聞いてみることにした。
「あのさぁ・・・、今から行くサイフォスっていう町はどんな町なんだ?」
アギトの質問にミラはイヤな顔ひとつせず笑顔で答えてくれる、その姿からは・・・自分の知っているミラとは全くの別人のように思えてならなかった。
アギトが知るミラは、常に沈着冷静、凛としていて・・・いつも軍人らしい厳しい口調でその顔から笑顔が現れることは滅多にない。
時に表情が砕けることもあるが、それは本当に数える程度のことだ。
特にオルフェといる時は勤務中のせいか、常にポーカーフェイスであった印象が強い。
やはり目の前にいるミラがまだ幼い子供だったから・・・、というのが一番かもしれないが。
子供の時からあんな無愛想だったら、たまったもんじゃないだろう。
「サイフォスってのは、あたしが確か3歳位かな?
その時に姉さんと一緒に引っ越してきた町なの、首都程大きくはないけどレムグランドじゃかなりの都会ね。
首都に近いこともあってこの町には研究施設なんかがたくさんあって、姉さんはそこの施設で学者をしているわ。」
「へぇ〜〜、ユリアって学者なんだ?
・・・確か神子じゃなかったっけ?」
アギトは、以前オルフェから聞いた話を思い出して何の考えもなく口を衝いて出た。
するとミラはまるでショックを受けたような・・・、言ったらマズイことだったかのように急に言葉を失ったように固まる。
その反応の意味が今ひとつ理解出来ていないアギトは、何か変なことを口走ったのか?と眉根を寄せていた。
ミラは怪訝な顔になりつつもアギトに耳打ちするように、小声で囁く。
その仕草はまるでどこで聞いてるともしれない不審な輩に聞こえないようにしているかのようだった。
「どうして姉さんがアンフィニだって知ってるのかわからないけど、それはもう絶対に口にしたらダメだからね!?
姉さんは自分が神子であることを隠してレムグランドに来たんだから、それがバレちゃったらレム人に何をされるか
わかったもんじゃないわ。
お願いだから約束して? 町に入ったら二度と・・・姉さんが神子だなんて言わないって。」
強く念押ししてくるミラに、アギトは不可解に思いながらも・・・こくんと頷いて約束した。
それからは・・・、まるで空気が張り詰めたかのようにギスギスとした異様な空間へと変わってしまう。
先程のミラの台詞・・・、どうにも気になるアギトだったがミラの態度は「これ以上何も聞くな!」とでも言ってるように感じられたので、それ以上アギトも深く追求ことはなかった。
異様な雰囲気のまま馬車に揺られていると、御者台の方からユリアの能天気で明るい声が聞こえて来る。
「二人ともー、ついたわよぉー!」
その声に反応してミラは嬉しそうに客車の窓を開けると、外を眺めた。
アギトもサイフォスという町に来るのは初めてだったのでミラと同じように反対側の窓から外を眺める。
確かに一見すれば首都のような派手な華やかさはなかったが、それでもそれなりに大きな町だと窺える。
人の多さ、建物、綺麗に整備・舗装された街並み・・・アギト自身は行ったことがないが、まるでフランスのシャンゼリゼ通りみたいな雰囲気を思わせるような場所だった。
馬車はそのまま大通りを通って行くと、だんだん大きな屋敷が立ち並ぶ一角へと入って行く。
恐らくこの辺りは金持ちや貴族なんかが住む、いわゆる高級住宅街なんだろうと推察した。
その証拠に町の入り口で見かけた一般市民の姿が一気に減って、随分閑散とした雰囲気に変わっている。
歩く人も綺麗なドレスを着た貴婦人か、プライドの高そうな紳士などがツンとした表情をしていて・・・ちらりと人を見下したような視線でこちらを一瞥するだけだった。
大きな敷地、大きな屋敷を次々通り過ぎていくと・・・ようやく目的地に到着したのか、立派な木々が生い茂るアーチをくぐった目の前に屋敷が見えてきてその入口の前で馬車が止まった。
御者台からユリアが降りると、続けてミラも降りる。
「それじゃあたしは馬を休ませてくるから、ミラ。
あんたはアギトを中へ案内してくれるかしら? 頼むわね。」
そう頼むユリアに対し、ミラは何か別に思うことがあったのか・・・渋ったように反論しだした。
「でも、確か今日は・・・っ!」
言いかけてユリアが「わかってる」と、一言だけ返すとそのまますぐに御者台に乗り込んで勢いよく馬車を走らせどこかへと行ってしまった。
取り残されてぶつぶつ文句を言っていたが、ミラはすぐに気を取り直すとアギトの方に向き直って案内した。
「ついてきて!
姉さんは使用人とかメイドとか雇うのがあまり好きじゃないから、中には誰もいないけど。
今からアギトが使う部屋へ案内するわね、あと・・・シャワー室とか、リビングとか・・・。」
言いかけた時、突然屋敷のドアが開いてアギトは飛び上がるほど驚いた。
ついさっきミラが「中には誰もいない」と教えたばかりだ、そのすぐ後に誰もいないはずの屋敷のドアが独りでに開けば誰でも驚くだろう。
条件反射のせいか腰に携えていた剣の柄に片手を触れながら、ドアの方に向き直って姿勢を整えている。
何が飛び出してきても即座に反応出来るように・・・、これも師匠であるオルフェから叩きこまれたものだ。
しかしドアから出て来たのはメイドでも使用人でも、はたまた魔物でもない。
そこにいたのは肩程まである金髪に不健康な程の色白で、まるで貴族のお坊ちゃんのような格好をした少年がすました顔で立っていた。
片手にはぶ厚い本を持ってミラの方をちらりと見ると、すぐさま誰かを探すように視線だけを動かして・・・自分の目の前にはミラと、もう一人知らない少年がいるだけだというのを確認する。
その少年が現れるや否や、ミラは不機嫌な顔に早変わりすると腕を組んでふんぞり返りながら怒鳴った。
「ちょっとオルフェ!!
何勝手に人ん家に入り込んでるのよっ!!
つーかどうやって入ったのよ、家を出る時確かに鍵をかけておいたのに!!」
威勢良く怒鳴るミラに対し、オルフェと呼ばれた少年は全く動じた様子もなくさらりと言葉を返した。
「鍵開けの呪文・・・、そんなことよりユリア先生は?
今日は先生が出した課題の提出日だから、僕の考え出した理論を先生に聞いてもらう予定なんだけど。」
「姉さんなら馬小屋よ!
ったく・・・、だから言ったのに。
今日は陰気なオルフェが来る日だから、家にいたくなかったって!」
そう文句を言うミラに対して、オルフェの後ろの方からもう一人・・・誰かがなだめるような口調で話しかけて来た。
「ミラ、確かに勝手に入ったのは悪かったけど・・・そこまで言うことないだろ!?
あのオルフェがこの日をどれだけ楽しみにしていたか・・・、まぁお前じゃわかんないだろうけどさ。」
子供の声だがどこか落ち着きのある、・・・黒髪の少年がひょっこりと奥から顔を出している。
オルフェよりは身長が少し高く、格好は少し貧相なものだった。
いかにもいたずら好きのやんちゃ坊主といった風で、顔や腕にはアザや引っかき傷がたくさんある。
「ジャックはオルフェに甘過ぎるのよ!
・・・まぁ、使用人じゃ仕方ないんでしょうけど。
それにしても何でもこいつの言いなりにしてたら、その内痛い目見ることになるわよ!? わかってんの!?」
そう怒鳴りつけるミラに対し、ジャックは曖昧に誤魔化すように「あははは・・・」と笑うだけだ。
隣ではまるで他人事のようにオルフェが完全にミラとのやり取りを無視している。
そんな・・・、どこかで見たことがあるようなそんな絵面をアギトは石のように硬直したまま黙って見つめていた。
ミラ、オルフェ、そしてジャックと・・・順番に視線を移して、やがて疲労なのか精神的ショックからなのか・・・。
自然と目まいがしてきて、バターーンと卒倒してしまった。
「ち・・・、ちょっと!
アギト!? 大丈夫っ!?」
「ミラ・・・っ、急いで先生呼んで来てくれ!! オレが中に運んで横にしておくから!!」
「・・・てゆうか、これ誰?」
そんな3人の、デジャヴのような対応が耳に入りながら・・・アギトは夢見心地のようにブツブツと呟く。
「え・・・?・・・え?
なんだよこれ、ガキバージョンのトリプル師匠がなんでここに・・・!?
何の試練!? 神経衰弱!? オレに一体どうしろと・・・!?」
ジャックに運び込まれながらアギトは、現実逃避するかのように両目を閉じて・・・そのまま意識が失っていくのを快く受け止めた。
そして早くこの夢が覚めますようにと・・・、心の中で強く願った。