第13話 「采配」
数字の表記(一と1)が混同してますが、地の文や基本的な表記は「一」、レベルなどのステータス表記では「1」と表記するようにしてます。
洋館の一室で魔物二匹と戦闘するアギト達。
異世界での戦闘に心躍らせるアギトに、全くの戦闘初心者であるリュート、回復魔法しか使えないザナハ(時々仲間すら攻撃しがち)、ぬいぐるみの特性に応じて戦闘手段を変えられるドルチェ。
敵のレベルが低く数も少ないという好条件にも関わらず、アギト達の息が全く合わないという決定的な弱点のせいで苦戦を強いられていた。
だがそんな中、アギトはオンラインゲームでの戦闘を活かそうと作戦指揮者を志願した(いつの間にか)!!
そして、敵の攻撃スピードが遅いおかげで攻撃を回避しながら作戦会議をして、ドルチェから提供された全員のステータスに関する資料も参考にした結果、アギトは作戦を全員に発表することとなった。
かといって、敵の攻撃が遅いからと目の前でダラダラと話し込むまでの余裕はない。
アギトは手始めに隊列を指示した。
「前衛がオレ、中衛にドルチェとリュート、そしてザナハは後衛にまず配置するんだ!!
細かい指示は今から戦いながら出すから聞いてくれ。まずドルチェは『くまのぬいぐるみ』を装備して、攻撃力を強化!! そして隊列は前衛から中衛の間に立って、敵の攻撃や自分の状況を見て臨機応変に対処してくれ!! ドルチェの役目は、敵のHPを削ること。お前自身のHPと防御力はそんなに高くないから無理はすんな!?」
アギトの指示に、まずはドルチェが従った。
「了解」
ドルチェは魔力の糸をくまのぬいぐるみである『ベア・ブック』にたぐらせて、ファイティングポーズを決めた。
「リュートはこれ使え!!」
そう言ってアギトは足元に落ちていた、おそらくテーブルの脚が折れたと思われる木の棒を投げ渡した。
「それを使って、敵の注意を引いて翻弄させるんだ。背後を取れれば攻撃しても構わねぇが、お前も防御力があんまなかったから無理は禁物な? お前はあくまでドルチェのサポートだ!! お前は素早さと逃げ足の速さだけはピカイチだったからな!!」
「それ、褒め言葉になってないってば」
小さく反論しながらも、リュートはアギトから受け取った木の棒を左手に構えて敵の動きに集中した。
相手の気を引いて、ドルチェが攻撃しやすいタイミングを作るんだなと納得してリュートは、絶対に敵から目を離さなかった。
敵の動きやパターンを把握することで、こちらも動きを決められるし。それにドッジボールで逃げ回るのは得意だったから、敵の背後を取るのも結構それなりに自信があった。
何より、敵のスピードはかなり遅かったから何とかなるはずだと、リュートは高まっていた緊張を懸命にほぐそうとした。
そんな時、一番後ろの方からものすごく不機嫌な大声が聞こえてきた。
「ねぇ、なんであたしが一番後ろなわけ!? あんたは知らないかもしれないけど、これでもあたしは格闘術が得意なのよ? いわゆる武闘家僧侶ってやつよ!? だからあたしだってその気になれば接近戦もイケるんだから!!」
自分の地味な配置に、堂々と文句を言うザナハ。
自分だけ『のけもの』にされた気分がして、納得がいかなかったのだ。
それでもアギトは言うことを聞かなかった。
「ダメだ!! お前はこのメンバーの中で唯一回復魔法が使える貴重な存在なんだ。前衛に回って敵の攻撃を受けて、万が一大怪我でもしてみろ!! 一体誰がオレ達の傷を癒すと思ってんだ!?」
いい加減に見えたアギトから正論を聞かされて、反論する言葉が出てこなかった。
それを横で聞いていたドルチェは、声には出さず静かに納得していた。
(正論。偶然か、理解してのことか。事実、この中で最も守るべき人物はザナハ姫。後衛に位置していれば、とりあえず身の安全は確保される。彼の指示した配列は、ザナハ姫を守ることを前提とした最も効率的な采配)
ベア・ブックを構えながら、ドルチェはアギトの作戦に深みを感じていた。
ただし本当にただの偶然という可能性は、全く否定出来なかったが。
しかし、ザナハはそれに気付かずアギトの正論めいた言葉に動揺していた。
確かにそうだ、他の者はある程度ダメージを受けたとしてもザナハのMPが続く限り何度でも傷を癒すことが出来るが、もし自分が戦闘不能状態になったとしたら。
おそらくドルチェの残りMPからして(アギトに蘇生魔法である『リザレクト』を使用したのだから)、もう二度はないだろう。
『リザレクト』はものすごく大量のMPを消費する。
今のドルチェだったら一度が限界だ。確かに作戦としてはマトモだった、しかしなぜだか釈然としない。
なぜだかわからないが、何かケチをつけないと気がおさまらない!!
でなければ、彼を『光の戦士』として認めてしまったようでなんだか悔しかったからだ。
「そ、それじゃ、あんたは一体何をするのよ!? ドルチェに攻撃役をさせて、あの子は敵の翻弄役、あたしは回復役。じゃああんたは一体何の役があるっていうのっ!?」
挑発的な口調で叫ぶザナハに、アギトはザナハの方を軽く振り向いて不敵な笑みを浮かべていたように見えた。
そしてまたゆっくりと前を見据えて、静かな口調でこう言った。
「へっ、んなの決まってんじゃねぇか」
そう言った矢先、スライムが最後の力を振り絞ってドルチェに向かって体を伸ばし、攻撃してきた!!
ドルチェはレベルの高いおばけキノコの方に集中していて、魔力の糸でベア・ブックをすぐに手繰り寄せることが出来ずにいた。
リュートも急いでフォローに回ろうとしたが、おばけキノコが頭を振り回していたので駆けつけることが出来ない。
その時!!
バシィッッ!!
ドルチェに向かって来たスライムの体は、盾となったアギトに直撃した。
アギトはかろうじて両腕でガードしたため、大事には至らずに済んだが両腕が真っ青になりひどい打ち身の状態になった。
「ドルチェ、イケるか!?」
アギトの声に、ドルチェは静かに首を縦に振ると再びベア・ブックの操作に集中した。
「リュート、ドルチェ、無茶だけはすんじゃねぇぞ!? オレがみんなの盾になるから、危なくなったらすぐ駆けつける!! このメンバーの中でオレが一番HPと防御力が高かったから、遠慮すんなよっっ!? さっき言ったそれぞれの役割を守れば、ぜってー楽勝で勝てるからなっ!!」
アギトの言葉に、みんなの気が引き締まる。
ザナハはそれを見て、自分が情けなくなった。
何も出来ないからじゃない。
アギトのことを頭から否定し続けて、理解しようともせず、ただ子供みたいにグチばかり言っていた自分に。
確かに普段は下品で、ちゃらんぽらんで、無礼で、口が悪くて、どうしようもなく生意気であっても、いざ戦いとなったら仲間のために自分の体を張ってまで、みんなに勝利を約束する。
ただ文句ばかり言っていた自分とは、明らかに違っていた。
しゃんとしなければいけないのは、自分の方だった。
そんな風に心の中で反省したザナハは、この戦いに勝利する為にアギトに言われた役割を果たそうと努めた。
ちまちまとおばけキノコのHPを削り続けて、ようやく1匹仕留めることに成功した。
あとはなかなか物理攻撃の利かないスライムだけとなった。
スライムが今の自分の状況を理解したのか、それともヤケになったのか。
ぐにゃぐにゃの体を上下左右に激しく揺らして、そして素早くステップを踏んでこちらの攻撃を当てにくくするような動きをしてきた。
スライムの激しいジャンプに、全員が間合いを取りながら攻撃するタイミングを計る。
すると突然、スライムは後衛にいたザナハめがけて素早いジャンプで迫って行った!!
「ザナハ姫っ!!」
距離の離れていたリュートが叫ぶ。
ドルチェもベア・ブックで追いかけるが、傀儡の術は繊細な魔力のコントロールが必要になるので思うように追いつくことができない。
ザナハは回避しようとするが、最悪にも足元に落ちてあった花瓶で足を滑らせて体勢を崩してしまう!!
アギトがザナハの方へ向かって、素早く走って行く。
ザナハはもうダメだ!! と思った瞬間だった。
「……っ!!」
ドガバキィッッッ!!!!
スライムの体当たりが、思いきりザナハのみぞおちに鈍い音と共にめり込んで、ザナハは胃の中にあったモノを吐きそうになったが、すんでのところでこらえた。
そしてそのスキを待ってましたといわんばかりに、嬉々とした声が部屋一面にこだました。
「いっただきぃ〜っ!!」
見事に不意を突かれて、後ろを取られたスライムはアギトの攻撃を避けることが出来ずに、アギトが両手に構えたイスによって思いきりぶん殴られた。
全てのHPが尽きたスライムは、おばけキノコの時のように死体としては残らず、まるで光となって昇天したかのように肉体が消滅して、そのまま光の粒となってキラキラと空中で消えてなくなってしまった。
リュートとドルチェは、唖然としていた。
勿論アギトの不意打ちに、驚いたのではない。
ついさっき、数分前に「オレが盾になる」と豪語した本人が、ザナハをオトリにして不意打ち攻撃を食らわせたことに唖然としていたのだ。
全ての敵を倒して満足気なアギトは、いい汗流した〜みたいなさわやかな笑顔でリュートの方に向き直る。
しかし、そんなアギトを見てリュートは褒めるでなく、胸ぐらをガシィッと掴んで大声で怒鳴った。半泣きで。
「アギトーっっ!! なに一番重要なザナハ姫をオトリにしてんのさ!? さっきの説明はっ!? 自分が盾になるって話はっ!? 作戦の意味わっ!?」
青ざめた表情で必死で責め立てるリュートに対して、何の悪びれた様子もなくアギトが笑顔で流す。
「さっきのはなかなかな作戦だと思わないか!? オレが盾になるって言っておいて、アイツを襲わせてる間に後ろから一撃必殺!! まさかあんな偉そうに盾になるって言った奴が、攻撃してくるとは誰も思うまい!!」
「思わないよ!! だってスライムだもん!! 脳みそあるかどうかも疑わしい、げにょげにょの反液状の物体だもん!!」
二人の漫才を他所に、ザナハはうつむきながらゆっっくりとアギトに近寄って行く。
「おう!!ご苦労さ」
ばきごしゃあっ!!
ザナハの全身全霊を込めた怒りの鉄拳が、アギトの両頬、頭、背中、腹と、殆ど拷問かリンチに近い
殺戮の連劇が繰り出されていた。
アギトは悲鳴はおろか、うめき声さえ上げる余裕もなくただのサンドバックと化していた。
そしてそれを制止する者も、誰一人としていなかった。
「ごめんアギト、さすがにさっきのはやっぱり非道に見えるからっ! アギトのが悪かったからっ!」
親友がメタメタにされているのを、ツライがこれも報いだと思ってリュートは目を逸らした。
「大丈夫、ミラ中尉も蘇生魔法が使えるから」と、淡々と補足するドルチェだった。