第147話 「精霊の加護」
アギト達は早速カトルの案内の元、教会があった場所へと出向いた。
町の中は相変わらず店が立ち並び・・・昨日となんら変わりない風景だったが、町のあちこちに憲兵が立っているところを見ると
またアビスからの静かな襲撃があるのかもしれない・・・という警戒に備えていた。
オルフェやミラと目が合うと敬礼してくるので、二人が身分を隠す為に衣装を変えてもまるで意味がないように感じられる。
ごく普通の魔道士ルックに身を包んだオルフェと、ロングコートの中身の露出度を控えたミラ。
しかし二人の奇妙なまでに背筋を伸ばした姿は、やはりどことなく軍人・・・という空気をかもしだしていた。
再び教会を訪れて、アギトは少しだけ・・・胸がちくりと痛んだ。
まだ焦げくさい臭いが残っている、殆ど焼け落ちてしまってるのでこれといった痕跡は残っていないが一か所・・・。
黒くくすんでしまっているが、レイヴンがフィアナに両手を打ちつけられていた・・・何かのシンボルだと思われる銅像が建っていた場所へと、カトルは迷わず進んで行った。
アギトがこの教会を訪れたのは、これで三度目。
一度目はカトル達に追い剥ぎされていたので、教会の中を注意深く観察していなかった。
誤解が解けた後もゆっくり話す時間はあったが、それでも教会の中にあった物をひとつひとつ見ていた記憶はない。
二度目はフィアナの襲撃があった時、その時はレイヴンを助けるのに必死だったので勿論何かの銅像がある・・・という程度にしか目に入っていなかった。
そして改めて銅像を見てみたら、丸い・・・何かの奇妙な形を象っているように見える。
とりあえず、キリスト像とか・・・マリア像でないことだけは確かだった。
カトルがその銅像に手を触れると、何かを探っているように見える。
黙って見守るアギト達・・・。
恐らくあの銅像に何か仕掛けがあって、スイッチか何かを押すと銅像が動いて・・・その下に地下道へと続く階段があるんだろうとアギトは推察した。
(まぁ・・・、大体そういった感じだよな。)
ゲームだったらそういうノリで、隠された道が開かれる・・・という流れになっているはず。
そして案の定、カトルは何かを見つけたようでそれを力強く押すと銅像が低い唸り声を上げながら横にスライドしていく。
ゴゴゴゴゴッと音を立てて、・・・途中ガレキに引っ掛かってしまいジャックが力任せに動かしたが・・・、とにかく地下道へ続く道が現れた。
早速中を覗き込むと、思ったより中は暗く・・・松明かランプなど、明かりがなければとても進めるような状態ではなかった。
「随分暗いのね・・・。」
ザナハが呟くと、小さく漏らした声にも関わらず地下道の中で反響して・・・まるでエコーがかかったように、地下の奥底でザナハの声がしつこく響いた。
アギトはおもむろにオルフェ達の方へ向き直る、こういう場合は経験豊富で準備の良い大人に丸投げしてしまおうという算段だ。
ジャックが背負っていたリュックからランプを取りだすと、それに明かりを灯す。
「とりあえず何があるかわからんからな、オレが先頭を行こう。」
ジャックがそう切り出すと、ランプを手に地下道へと進み出した。
順番で言えばジャック、アギト、カトル、ザナハ、オルフェ、ドルチェ、ミラ・・・といった具合だ。
ジャックは野生の本能で、ある程度の危険を回避する術を心得ているので、こういった状況で率先するに相応しい人物である。
2番手に案内役のカトルが来てしまうと、危険な状況に陥った場合巻き込まれる可能性が高いので3番手に回っている。
ジャックの後ろにアギトが来ることで、魔物が出現した場合に備えて応戦・・・あるいはカトルの護衛と、臨機応変に対応出来るように2番手に来ている。
複雑な迷路をクリアする為に、カトルが出した指示をアギトが聞いてジャックに伝える・・・といった感じである。
真ん中にザナハが来ることで、更に臨機応変に対応出来るように配置した。
前衛のサポート、回復などが主な役回りになるが・・・勿論この中で最も守られるべき人物なので、逆に前後からザナハを護衛出来るように・・・という点も考慮されている。
後衛には更に注意深く見渡す為に、オルフェとドルチェが配置。
前衛が戦闘になった場合、素早い指示が出来るように・・・そして後衛のミラにもすぐさま対処出来るように、最も難しい配置についている。
ランプは全部で2個持ってきていたので、先頭のジャックと後衛のオルフェがランプを持った。
中は少しジメッとしていて、陰気な感じだ。
長い間閉ざされていた為だろうか、周囲が少しカビくさくて・・・奥へ進む度に湿度が増すように思えた。
地下道を進んでしばらくはカトルが案内する声だけが聞こえてきたが、これといったトラップや魔物が出現するといった感じはしなかったので、この場に慣れてしまった為か・・・だんだん私語が増えだした。
「カトル、ひとつ聞いてもよろしいですか?」
唐突にオルフェが質問しだすと、カトルは複雑な道順を完全に覚えているのか・・・普通に対応している。
「話の中で時折出て来る、この教会の神父は・・・一体どうしたのですか?」
アギトはジャックについて行きながら、さり気なく聞き耳を立てていた。
自分もカトルやリヒターの話の中で何度か神父が出て来たのは気付いていたが、カトル達を引き取ってこの教会で育てていたということや、ある日神父が亡くなった・・・という断片的な情報しか得ていない。
詳しくはまだアギトも知らなかったのだ。
「神父様はこの教会の・・・、ヴォルトの祭壇の護人をしていたと聞いています。
代々この教会の神父を務める人は、創世時代から続く伝承や教えを説きながら・・・精霊信仰に尽くしたとされていました。
オレ達も・・・、元は孤児なんです。
親が魔物に殺されたとか・・・、中にはこの教会に捨てられたとか・・・。
そういった子供達が寄り集まって、ここの神父様を親のように慕って生活していました。
でも半年前に・・・神父様が隣町へ、珍しく説法の仕事をしに馬車で出かけることになったんです。
その馬車が凶暴な魔物に襲われてしまって・・・、神父様は二度と帰ってきませんでした。
それからオレ達はみんなで力を合わせて、何とかこの教会を守っていけるように・・・必死で生活してました。」
だんだんとカトルの声から元気がなくなっていっているように聞こえた。
ザナハが優しくカトルの背中を叩くと、カトルは安心したようにそっと微笑み返す。
しかしそんな心境などそっちのけで・・・オルフェは話の本筋だけに聞き入り、何か思うことでもあるのか・・・更に追及するように続けた。
「つまり神父が健在だった時に・・・選ばれた君達三人が、ヴォルトの使いとしての知識や教えを授かったと・・・?
しかし見た所、創世時代に遺された碑文があるようには見えませんでしたが?
あれは永久不変に朽ちないように、現代の文明では計り知れない物質で作られた遺物ですから・・・私の炎ごときで消失するなど
有り得ないんですがね。
まさかとは思いますが・・・、口伝ですか?」
オルフェの言葉に、カトルは普通に頷いた。
しかし創世時代というものが一体どれ位昔の話なのか、さすがのアギトでもわかっている。
当然、驚きは隠せなかった。
「口伝・・・って、口伝えで代々受け継がれてきたってことか!?有り得ねぇだろ!
創世時代っていやぁ・・・確か、7億年前だって聞いたことあるぞ!?
教えの中に色々伝え漏れとか・・・、間違って伝わったとか・・・そういった間違いがあってもおかしくねぇじゃねぇか!
大丈夫なのかよその教え・・・、伝言ゲームかっての。」
アギトの言葉に、カトルは少しムキになって否定した。
どうやら今の言葉はカトルにとって、神父だけでなく自分達が信じてきたものすら侮辱されたように感じたらしい。
「この口伝は絶対だ!間違いなんて有り得ない!
それにもし間違いだって言うのなら・・・、この地下道の迷路だってどこかで間違っているかもしれないことになるんだぞ!?
もし道を間違えたらトラップだらけの道になったり、魔物がたくさん出現する道に出ることだってある!
でも今は現にトラップはないし、魔物も出ない。
神父様の教えが正しく伝えられているってことだろ!?」
カトルの絶対的な自信の前に、アギトはまだ納得がいかない顔のまま・・・ぷいっと正面を向いてジャックの背中を見つめ続けた。
すると後ろの方でオルフェがアギトの疑問を晴らす言葉を話し出す。
「この地の精霊はヴォルトです、ずっと引っ掛かっていたことなんですが・・・ヴォルトの属性は雷。
つまり電気を帯びている・・・そうですよね、中尉?」
「はい、ヴォルトの属性は私達が使う機械工学には欠かせないマナになっています。」
すぐさま答えが返って来て、オルフェはようやく確信が持てたという風に説明を始めた。
「これで合点がいきました。
昨晩フィアナが、リヒター・・・でしたか?
彼を支配していた時、一瞬フィアナのマナが乱された場面があったのを覚えていますか?」
そう聞かれ、アギトは昨晩の襲撃をよく思い出そうとした。
あの時・・・フィアナの魔力の糸で体の自由を完全に奪われていたリヒターは、頭のこめかみ部分に大きな釘のような物が刺さっていて・・・それがフィアナのマナと、リヒターの脳が一時的に繋がっている状態になっていた。
オルフェの話では、こめかみに刺した釘が媒介となってリヒターの記憶の一部を強制的に引き出す術だと言っていたのを思い出す。
「あの時・・・マナを抑制していたとはいえ、殆ど無理矢理・・・彼の脳内を探ろうとフィアナはマナを強く加えていました。
しかしフィアナは突然慌てだして、こんなことを口走った。
・・・なぜ彼の脳の中にヴォルトがいるのか、と。
その後フィアナは、力の制御に失敗したかのようにマナをリヒターから離しています。
私はその時の言葉・・・、現象がずっと気にかかっていました。
そして先程カトルが教えてくれた口伝の話のおかげで、ようやく謎が解けました。」
オルフェの・・・、わかりやすく説明しているようで回りくどく感じる言い回しに、オルフェとドルチェ・・・そしてミラ以外の
全員が首をかしげていた。
「あ〜・・・、つまり?」
みんなを代表して、ジャックが聞く。
「ヴォルトの性質は電気です。
人間の脳・・・つまり肉体を操作する時に脳へ直接指示する方法は、電気による伝達方法で命令されるんですよ。
人間の体内には微量ですが、電気を帯びています。
フィアナがリヒターの脳を侵している時、彼の脳内にはヴォルトのマナが蓄積していたと考えられます。
口伝とはつまり、人間の脳内へ直接ヴォルトのマナを注入することによって、より正確に知識が記憶されるようにこの方法が
使用されたのでしょう。
確かリヒターは君達三人の中では、より護人としての素質を備えていた・・・そうですよね?」
カトルが驚いたように、オルフェの言葉に聞き入りながら返事をする。
今まで神父から色々と教わっていたのは確かだが、まさかこの記憶力がそういった方法で記憶させられていたとは思ってもいなかったからだ。
「はい・・・、神父様はオレ達の中でも特にリヒターに付きっきりで教えを説いていました。
ゆくゆくはリヒターがこの教会を継ぐように・・・、護人として立派に引き継げるようにって。」
「では、君達の中でも特にリヒターがヴォルトのマナを脳内に蓄えていた・・・と考えられますね。
リヒターが侵されていた時、脳内に蓄積されていたマナが創世時代の記憶を防衛する為か・・・。
はたまた護人の身の安全を確保する為か・・・?
それは私にはわからないことですが、とにかく脳内のマナがフィアナを攻撃したと思われます。
それに耐えかねてフィアナは退いた・・・。」
オルフェは、ここで言葉を締めくくった。
理論的に・・・、フィアナが退いた理由と・・・口伝の方法がわかっただけで、オルフェは満足しているようだった。
しかしザナハはこれまでの説明を聞いて、とてもオルフェでは想像すらしないであろう・・・もうひとつの結論を導き出す。
「きっとリヒターは、ヴォルトの加護が強く現れていたのね。
カトル達三人には・・・、精霊ヴォルトの守りがあるのよ!
精霊に守られるということはとても凄いことよ?カトル達は・・・、ヴォルトにとても愛されているのね。」
ザナハにそう言われ、カトルは頬を真っ赤にしながら微笑んだ。
どうも真っ直ぐに褒められることに慣れていない様子で、カトルは再び前だけ見据えると道案内に専念しだす。
時折態度が余所余所しくなるカトルに、ザナハは「何か気に障ることでも言ったかな?」と首をかしげる。
また地下道をただ進むだけの時間が訪れる中、後方ではオルフェが顎に手を触れながら考え込んでいた。
「それにしても・・・、代々この方法で口伝されていたというなら・・・護人という存在は一体どんな人物なのか。
今度はそっちの方が気になりますね。
ヴォルトのマナを操ることが出来る人間・・・、基本属性が雷でも・・・操れるのはその力の一部のみになるはず。」
いつの間にかオルフェの横についていたミラが、同じように疑問を繰り返していた。
「私の基本属性も雷ですが、ヴォルトのマナ自身を操ることはかなり難しいです。
ましてやマナ自体に意思が込められる程の高密度のマナとなると・・・それは精霊そのもの、ということにもなりますが?」
何か閃いたようにほんの少し顔を上げると、オルフェは一瞬思いついた考えを・・・すぐさま否定するように首を振った。
「いや・・・、まさか。
もしそうだとすれば・・・、ここに住んでいた子供達にとっては・・・残酷過ぎます。
・・・この話はもうやめましょう。」
そう締めくくると、オルフェはミラに目線で合図を送ると・・・そのまま何もなかったかのように振る舞った。
ミラもそれ以上追及することなく、配列に戻る。
長い長い地下道を進み、やがて奥から別の明かりが見えて来た。
気付けば周囲の壁の材質がいつの間にか変わっていて、それは炎の精霊イフリートがいた場所と同じような幾何学文様が施された壁になっている。
アギトは手で壁に触れながら、見覚えのある文様を見て・・・精霊の祭壇が近いことを認識した。
雷の精霊ヴォルト・・・、今度は一体どんな試練が待っているのか。
だんだんと心臓が騒ぎだして、それを片手で押さえながらアギトは緊張をほぐそうと、無意識にイフリートの鼻歌を歌っていた。