第146話 「ヴォルトの祭壇」
子供達をイフリートの炎で送った後、オルフェはカトル達の許可を得てから・・・炎の魔法で教会ごと焼き尽くした。
ポイズンスイーツの毒素は血や胃から吐き出した内容物の中にも混じっているらしく、それらも全て始末する為であった。
今まで懸命に・・・存続させる為に守り続けて来た教会までも失った悲しみは、計り知れないものだろう。
オルフェの指示でミラには、この町に駐留している「警察署」に身分証明と事情説明をしに行った。
これだけ派手に騒ぎがあったのだ・・・、憲兵が動き出してもおかしくないと判断して先に手を打っておく必要があったからだ。
首都から来た正式な軍人、しかも契約の旅をする一行だと聞けば警察も納得せざるを得ないだろう。
「なぁ・・・、教会がなくなったらこいつら・・・これからどこに行くことになるんだ!?」
ふと、アギトがそんなことを聞いた。
色々なことがあり過ぎて気持ちがついてこなかったカトルだったが、ようやく判断力が戻って来たのか・・・平常心を保った顔で答える。
「とりあえず、オレ達は今からリヒターを看に行くよ。
その後のことは・・・、レイヴンと考える。」
無理に笑顔を作ろうとするが、肩は震えたままで・・・そっとレイヴンに支えられている。
アギトも一緒に行こうと思ったが、それはザナハに止められてしまった。
部外者が立ち入るものじゃない・・・、彼らなりに整理しなければいけないことがたくさんあるだろうからと言われてしまう。
「それに・・・、こうなったのはあたし達と関わってしまったせいでもあるわ。
恨まれてたっておかしくない・・・。」
その一言だけ告げると、ザナハは懸命に虚勢を張った。
視線を上げて背筋を伸ばし、決して弱さを見せようとしない・・・そんな気丈な態度で振る舞っている。
ほんの少し前ならば、アギトはそんなザナハの態度を「冷たい」と感じていただろう。
焼け野原のようになった光景を見て、カトルはそっと両目を閉じ・・・それからアギト達に向き直る。
とりあえずアビスからまた何か仕掛けて来られたら困ると、護衛という意味も含めて全員でリヒターが運ばれた病院へと向かった。
病院へ向かっている途中で、オルフェがヴォルトに関することをカトルに聞く。
アギトは心の中で舌打ちしていた。
(何もこんな空気の、こんなタイミングで聞くこたねぇだろこのおっさんは!)
しかしカトルは、すっかり平静を取り戻したかのように答えた。
自分達は確かにヴォルトの使いとしての使命を背負っているが、自分達が持っている情報や知識を明かす決定権はリヒターにあると
説明する。
リヒターから認められた者にしか、それらの情報を明かすわけにはいかないらしい。
つまりリヒターが無事に目覚めなければ、永遠に明かされることはないと話した。
オルフェは変わらぬ笑顔で「わかりました」と一言だけ返すと、他に何か考え事でもあるのか・・・そのまま黙ってしまう。
病院に到着して中に入ると、そこにはジャックがいてすぐに駆け寄る。
「施術後の処置が良かったみたいで、今は静かに眠っているだけみたいだ。
でもいつ目覚めるかは本人の気力次第らしいから、肉体的にも精神的にも異常は見当たらないし安心しろ。」
それを聞いたカトル達に、ようやく本物の笑顔が戻ったようだった。
すぐさま病室を聞くとレイヴンが走って行く。
「あの、明日また・・・宿に寄らせてもらいます。
詳しい知識に関してはリヒターが目覚めてからになりますが、彼が光の戦士であると判明している以上・・・精霊ヴォルトが
いるとされている祭壇への道案内なら、オレが出来ますから。
今はアビスからの侵略を受けていてとても大変な状況・・・、そんな時にリヒターが目覚めるまで契約の旅を止めてしまうわけ
にはいきません。」
「え・・・、本当にいいのか!?
お前もあいつん所にいた方がいいんじゃねぇの!?」
本当は明日の朝一にでも案内してもらいたい位だ、しかし身内の者がいつ目覚めるかわからないという状態で無理に頼むのも悪い気がした。
それでもカトルは笑顔で頷き、一礼するとレイヴンの後を追うようにリヒターが眠る病室へと急いだ。
「さて、これで契約の旅は滞りなく進めることが出来ますねぇ!
良かった良かった!」
両手の平をパンっと叩くと、オルフェはあっけらかんと・・・嬉しそうに言った。
その場に似つかわしくない態度に、アギトはイラッと来たが自分も同じことを考えていたのでつっこむのはやめておいた。
あの後、アギト達はそのまま宿に帰って休んだ。
ほどなくしてミラが戻って来ていたようで、翌朝アギト達は再び嫌な思いをすることになる。
翌日、全員が朝の7時頃に食堂に集まって食事をする時・・・ミラが全員集まったのを確認してから昨夜、警察から聞いた話を
し出した。
内容は・・・、さわやかな朝食にものすご〜〜く合わないものだった。
「昨日教会での出来事をかいつまんで説明した時に、警察署で妙な事件について聞きました。
警察署で聞いた話によると・・・、この町で一番の権力者がいたそうなんですが・・・。
その屋敷にいた人間全員が変死していたそうです。
ガードマン、使用人、執事、そしてその屋敷の主人・・・、とにかく屋敷に滞在していた者全員がです。」
コーヒーを飲み干したオルフェが、真剣な顔で口を挟む。
「死因はポイズンスイーツ・・・ですね?」
オルフェの言葉に、ミラが頷く。
「はい、この町の検視官はポイズンスイーツについて知識がなかったみたいですが・・・。
その時、私も検死結果の報告書と一緒に・・・遺体を見ました。
遺体の損傷からいってポイズンスイーツによる死因と一致します、間違いなくフィアナの仕業でしょう。
それから・・・、奇妙な点がひとつ。
この屋敷の主人の遺体なんですが・・・、他の遺体と比べると死後数日は経っていました。
少なくとも一週間以上は経過していたことになります。
しかし事件が起きた日、たまたま休暇をとっていたメイドがいたんです。
そのメイドによると・・・、二日前には確かに休暇をとる為に・・・一度屋敷の主人と話をしたと供述しています。
こうなると、遺体の死亡推定時刻とメイドの供述が一致しないことになるんです。
・・・どう思われますか、大佐?」
ミラが一通り話し終えると、オルフェはエッグトーストを食べ終えてからすぐに謎を解く。
「簡単なことですよ。
あくまで憶測ですが、メイドの供述の中に主人の周囲・・・あるいは室内でも構いませんが、香水の香りがきつかったとか
そういったものはありませんでしたか?」
「はい、確か普段はあまり香水を付けない方だったらしいのですが・・・その日は部屋中に充満する程、香水の香りがきつかったと 言っていたそうです。
それが強く印象に残っていたようなので、二日前に主人に会ったのを鮮明に覚えていたと・・・。」
ミラはチーズパスタを全てたいらげると、口元をナプキンで拭う。
それからオルフェがもう一杯コーヒーを飲み干すと、言葉を続けた。
「主人だけは長期間、意のままに操る必要があった・・・というわけですね。
つまり死亡推定時刻に狂いはないでしょう、主人が殺された後・・・どうせフィアナが魔力の糸を屋敷の主人にたぐわせて
接触する人物に対して、主人が生きているように見せかけていただけですよ。
香水は死体の腐敗臭を隠す為、そんなところでしょう。
いかな傀儡師といえど、腐敗だけはどうしようもありませんからね・・・。
そして私達がヴォルトに関する情報を得る前に、行動を起こした。
用済みになった屋敷では、証拠が残らないように屋敷にいた者全員を消した・・・そんなところでしょう。」
膝にかけていたナプキンをたたんでテーブルの上に置くと、オルフェは食事を終えて回りを見回す。
「アギト、ザナハ姫、食欲がないのですか?
いけませんよ?これから精霊との契約を交わす旅が始まるというのに・・・。」
二人の会話のせいですっかり食欲をなくしたアギトとザナハは、ぎろりと二人を恨めしそうに睨みつけた。
ミラはその視線に気付いて平謝りしていたが、オルフェに至っては最初からわかっていたのか・・・誤魔化し笑いをしている。
アギトとザナハだけまたお腹が空いた時に食べようと、宿の人に頼んで残した料理を折り詰めしてもらった。
ひとまず馬車の御者だけを残して、契約メンバーはカトルが来るのを待つ。
本当ならヴォルトに関する手がかりが見つかった時点で、この地域が雷のレイラインに突入していることに間違いはなかった。
それさえわかれば、トランスポーターを設置することが出来るのだが・・・魔法陣を描く場所に問題があった。
レイラインさえわかれば、ただどこにでも描けばいいというものではない。
火のレイラインがあった時には、おあつらえ向きに廃屋の小屋があったのでそこをトランスポーターの設置場所とした。
だがあの時は火山口の周囲が劣悪な環境となっていた為、たまたまその小屋の回りに住民がいなかっただけである。
トランスポーターを設置する時は、一般人が出入り出来ないようにしないといけない。
そうしなければ一般人が無断で使用したり、最悪の場合トランスポーターの不正使用で異常をきたす恐れがあるからだ。
現在は火のレイラインに設置した場所には、オルフェの部下が見張りをしているのでいたずらに起動されることはない。
しかしこの町は人の出入りが激しく、設置出来るような施設や建物が見当たらないのだ。
オルフェは、汚染さえしていなければあの教会をトランスポーターの設置場所にしていたのに・・・と漏らしていた。
トランスポーターの設置場所が決まるまでは、馬車の御者二人にはこの町に普通に滞在してもらうしかない。
10時頃、ようやくカトルがやって来た。
全員すでに準備万端だったが、とりあえずカトルから話を聞く為に部屋へと通す。
カトルは高級な宿に入ったのが初めてなのか、物見遊山のようにきょろきょろと回りを見渡しながら少し緊張気味になっている。
全員が注目する中、カトルは気を取り直して話し始める。
「えと・・・、話をする前にとりあえずお礼を・・・。
昨夜は色々とありがとう、子供達を供養してくれたり・・・リヒターやレイヴンを助けてくれたり。」
そう言って深く頭を下げるが、アギトは罪悪感で一杯だった。
お礼を言われるようなことは何一つしていない、むしろ災いを持ってきたのはこっちの方だ。
アギトがそんな風にバツの悪い顔をしているとミラがちらりとこっちを見ていた気がしたので、アギトは視線を泳がせる。
「それで?
ヴォルトの祭壇への道のりを教えてくれるそうですが・・・。」
ミラがそう切り出すと、カトルはハッとしたように頭を上げると再び話し始める。
なんとなく話題を逸らせたような感じがしたので、ミラにばっちり見られたとアギトは痛感した。
「あ、はい。
実はヴォルトの祭壇というのは、あの教会自体がそうなんです。
代々あの教会を管理している神父がヴォルトを崇め、守って来たとされています。」
その言葉に全員が息を飲んだ。
まさか自分達がすでに祭壇を目の前にしていたとは、誰も思っていなかった。
「・・・燃やしちまった、よな?」
アギトがひきつった笑いを浮かべながら、横目でオルフェを見た。
しかし何の罪悪感も、後悔も、悪気すらないしれっとした様子でオルフェは、先程のアギトの言葉をスルーしている。
「でも祭壇はあくまで形だけのものだから・・・。
祭壇を失ったからヴォルトは現れない、ということにはなりません。
教会の壇上にあったオブジェには仕掛けが施されていて、その下にはヴォルトの間へと続く地下道があります。
精霊は本来滅多に人間の前に姿を現さないものです、あの教会はあくまで・・・象徴の為の祭壇とされてきました。
地下道を進めば、その奥に本来の・・・創世時代から続く精霊の祭壇があります。
もっともオレは正式な護人じゃないから、地下道にすら足を踏み入れたことがないけど・・・。
地下道の中は複雑な迷路になっているから・・・、でも祭壇へ続く地図は暗記しているから大丈夫。
道案内は出来るから、安心してください。」
カトルが力強くそう言うと、オルフェは満足したように笑みを浮かべて道案内を頼むことにした。
あとの細かいことは歩きながら説明すると言って、アギト達は早速教会があった場所へと急いだ。
そんな時、ザナハが心配そうにカトルに話しかける。
「ねぇ、あなた確かカトルって言ったわよね?
あたしはザナハ、光の神子よ・・・よろしくね。」
右手を差し出して握手すると、カトルは突然の出来事で少し戸惑っている様子だった。
恥ずかしそうに帽子をきゅっと深くかぶって、ザナハの真っ直ぐな視線をマトモに見えないようにしている。
「昨日の・・・リヒターって人の様子、どうだった?」
「あ・・・あぁ、普通に眠っている感じだったよ。
今はレイヴンがついてるから大丈夫、精霊の祭壇へはオレが案内出来るから心配いらないさ。」
カトルがそう答えると、ザナハは少し間を置いてから・・・思い切ったように聞いてみる。
「ねぇ・・・、あなた・・・女の子なんでしょ?
どうしてそんな男の子みたいなフリをしてるの?何か事情があったりとか・・・。」
バレたのがそんなに意外だったのか、カトルはばっとザナハの方を振り向くときょろきょろと・・・他の人には聞こえていないか
確認しながら耳打ちする。
「いや・・・、別にそういうわけじゃないけど。
元々男っぽいし、今更女みたいな格好したらリヒター達に笑われるし・・・。
こっちの方が動きやすくて気楽だから・・・。」
するとザナハはぎゅっとカトルの手を握ると、嬉しそうに微笑んだ。
途端にカトルの顔がカァ〜ッと真っ赤になったのが、少し離れた場所を歩いているアギトにも見えた。
「ねぇ、それじゃあたしと友達になってくれない?
あたし同じ位の年頃の女の子とは、あまり会ったことがなくって!
もしカトルが友達になってくれたら嬉しい、そしたらあたしにとって初めての友達になるから!」
突然の・・・そして唐突な流れに何が何やらわけがわからないカトルだったが、ザナハの言葉に押されてか了解してしまう。
嬉しそうにはしゃぐザナハ、カトルは少し困ったような顔をしていたが・・・いつの間にか自然に笑顔になっている。
一部始終を見るつもりはなかったアギトだったが、落ち込んでいるはずのカトルにはとても良いことだと思って何も言わなかった。