第145話 「送り出す炎」
フィアナが去ってから、すぐさまリヒターを介抱するザナハとミラ。
教会の外には8人の子供達の遺体、そして泣き崩れたままのカトル。
アギトが会って記憶しているだけでも、子供達は恐らく・・・全員亡くなってしまった。
「・・・もう一人、あたしの髪を切った子がいるはず。」
ドルチェの言葉に、確かもう一人・・・14歳位のオレンジ色の髪をした少年がいるはずだ。
名前はレイヴンと言ったか・・・、まさか彼も他の子供達のように!?
一瞬心臓が跳ね上がって、アギトは駆け足で教会の中へ入って行った。
すると教会の正面に立っている何かのシンボルのような銅像の台座に、レイヴンを見つける。
彼は硬直したように引きつった泣き顔で、両手を五寸釘位はありそうな大きな釘で打ちつけられて動けずにいるようだった。
アギトを見つけるとレイヴンはかすれた声で助けを求める。
「助け・・・てっ、みんなが・・・!
・・・リヒターがっ!!」
アギトとドルチェが駆け寄って、もう大丈夫だと声をかけてやる。
ドルチェは回復魔法が使えるケット・シーに持ち替えると、アギトと目線で合図を送った。
一体何をしているんだろうとレイヴンが怪訝な顔で見つめていると、すぐにその意味がわかる。
「おらっ、我慢しろっ!!」
そうアギトが叫んだ途端、手の平に打ちつけられていた釘を思い切り引き抜いた!
その瞬間レイヴンが強烈な悲鳴を上げる。
ドルチェがすぐさま治癒魔法をかけて、すぐに痛みだけでも取れるように・・・アギトとタイミングを合わせていたのである。
片方の傷が癒えた後、すぐにもう片方の手の釘を引き抜き・・・同じようにレイヴンは地獄の激痛に何とか耐えた。
あとはドルチェに任せると、アギトは教会を出て再び辺りを見回す。
・・・言葉も出ない。
ジャックの手を借りて何とか立ち上がったカトルが、リヒターの様子を心配そうに窺っている。
アギトはカトルが少し心配だったのか、その姿を見つけると静かに歩み寄った。
カトルは放心したように、ただ一点を・・・リヒターを見つめていた。
今声をかけても、恐らくマトモな反応は返ってこないだろうと判断したアギトはオルフェの方へとそのまま移動する。
オルフェはフィアナの魔力の糸から解放されて地面に倒れている子供達の遺体を、一人一人調べ回っているようだ。
「・・・何してんだ?」
アギトが声をかけると、オルフェはちらりと振り向いて・・・すぐさま仰向けに横たわっている女の子の遺体に視線を戻す。
何を調べているのかわからないが、アギトは早く今のこの状態を何とかしたかった。
このままずっと子供達の遺体を見ているのは、・・・つらかった。
「この子達が含んだ毒の経過を見ていました。
ポイズンスイーツを含んだ人間の体内からは、死んだ後も・・・毒の効果は消えません。
そのまま放置すれば周囲に害を及ぼす危険性があるんです、例えば・・・死体を貪るウジやカラス。
埋葬するにしても、このまま埋めるわけにはいきません。
ポイズンスイーツは非常にしぶといですから、埋葬した後も・・・周囲の土を穢してしまう可能性も否定出来ないんですよ。」
オルフェが下を向きながら、アギトに説明する。
そんな毒を・・・、彼は作ってしまった。
視線を合わせようとしないオルフェの姿に、少しは罪悪感を感じているんだろうか?と・・・アギトは複雑な気持ちになっている。
アギトは誰かを本気で慰めた経験が少なすぎる・・・、だからこんなことしか言えなかった。
「・・・厄介な毒だな。」
「ええ・・・、我ながら本当に迷惑な毒です。」
オルフェが自嘲気味に低い声でそう呟くと、すっと立ち上がって真剣な面持ちのままアギトに面と向かう。
何を言われるのかドキドキしながら、アギトは無意識に姿勢を正していた。
「この子達は、全員・・・火葬するしかありません。
灰になるまで焼き尽くさなくては、ポイズンスイーツは消滅しないでしょうから・・・。」
やっぱりそうなるのか・・・と、アギトは思った。
アギト達の世界では火葬なんて一般的なものだが、こういった中世を舞台にしたような異世界では火葬は死者への冒涜とか・・・そういったことになるだろうと予想していたからだ。
だからオルフェは重たい口調で、あまり気乗りしない声色で・・・アギトにそう言ったのだろう。
他の者が・・・、カトル達がどう思うのかは・・・きっと今のオルフェの反応で十分にわかる。
きっと許されないことだろう。
しかし、こちらの世界での埋葬方法に馴染みのないアギトにとったら・・・オルフェの言った火葬でも、それが最も安全な方法ならば仕方ないとさえ思っていた。
アギトは、小さく頷くと・・・思いがけないことを宣告される。
「本当にいいんですか?
私は君の・・・、イフリートの炎で彼等を焼いてほしいと頼んでいるんですよ?」
「・・・は!?」
途端に、アギトは聞き返した。
眉根を寄せて・・・、アギトは頭の中で今の言葉を何度も反復する。
オレが・・・、こいつらを・・・!?
その時、頭の中から声がした。
今まで自重して語りかけてこなかったイフリートが、久しぶりに話しかけて来たのである。
『マスターよ、ここはこやつの言う通り・・・我を使え。
我もマスター同様、激しい憤りを感じておる!・・・だからこそ、この子らが安らかに逝く為に・・・我の炎で送り出して
やろうではないか・・・!』
「・・・でも、何もイフリートじゃなくたって・・・!
この世界には火葬用の焼却炉とかってないのかよ・・・!?」
イフリートの言うことは最もだと思いつつ、それでもアギトは気が進まなかった。
自分の手で幼い子供を燃やすなんて・・・、普通の神経じゃとても出来るようなことじゃない。
眼鏡の位置を直しながら、オルフェは口の端に笑みを作ると少し面白がっているように言葉を返してきた。
「人間用の焼却炉と来ましたか・・・、君もなかなかのことを言いますね!?
いや、もしかしたら君達の世界では火葬が一般的な方法・・・というわけですか。
・・・残念ながら、ここレムグランドでは土葬が一般的な埋葬方法なのですよ。
それに私はね、どうせこの子達を送り出すなら・・・君の手で送り出してやった方が一番ではないかと思っているんです。
光の戦士の・・・、精霊の炎で送り出してもらえるのならば・・・この子達も未練なく逝くことが出来るでしょうから。」
アギトはぽかんとした表情で、オルフェを見上げる。
その視線に気付いたオルフェが不思議そうな目で、見つめ返していた。
「あ・・・いや、オルフェがさ・・・人間が死んだ後のことをそんな風に言うなんて思ってなかったからさ。
あの世とか、霊魂の存在とか・・・。
今のってそういう系の意味で言ったんだろ!?
今までのオルフェだったら、魂とか天国とか・・・そういうのは存在しない!とか言いそうな感じだったし。
だからなんか、意外だなぁ〜って・・・。」
アギトにそう指摘され、自分でも初めてそのことに気付いたのか・・・オルフェはきょとんと目を丸くしていた。
そしてすぐ・・・苦笑して、困った風に笑うとアギトの頭をぽんぽんっと軽く叩いてザナハ達の方へと歩いて行ってしまった。
「・・・もしかしてオレ、はぐらかされたのか?」
軽く叩かれた頭をさすりながら、ぶす〜っとした顔でオルフェの背中を睨みつける。
遠くでオルフェがザナハ達に何かを話している。
ザナハ、ミラ、ジャック・・・そしてカトルの表情からして、恐らく先程の火葬についての説明を淡々としているようだった。
オルフェのことだ、また余計な・・・感情に関する説明を省いて結論だけを述べているに違いない。
みんなの非難する顔を見れば、それは明らかだった。
ザナハとミラでリヒターを看ていたが、どうやらすぐに意識が回復するのは難しいようで・・・そのままジャックが背負って病院まで運んで行った。
カトルとレイヴンは普通に動ける程度まで回復したので、早速みんなで子供達の埋葬を始める。
全員で子供達の遺体を一か所に集めると、その場にいた全員で祈りを捧げた。
黙とうして祈っている最中、すすり泣く声が聞こえて来る。
多分カトルか・・・、レイヴンに違いないとアギトは思った。
無理もない、子供達は自分の家族も同然で一緒に暮らしていたのだから・・・。
しかしリヒターがいないところで、勝手に埋葬を始めてもいいものだろうかと・・・正直思っていた。
オルフェ曰く、すぐにでも火葬してしまわないと毒がどれだけ勢力を広げていくか見当がつかないらしい。
火葬するならすぐがいいと、そう言われたのだ。
黙とうが終わり、全員がアギトに注目する。
みんなの視線に少し緊張しながらも、アギトは精神集中をして・・・イフリートを召喚した。
久しぶりの召喚だった。
思えば契約を交わしたばかりの頃には何度か召喚していたのだが・・・、その時に激しい精神疲労に襲われて召喚するのが億劫に
なっていたのを思い出す。
アギトはおもむろに、カトル達の方へと視線を送った。
火葬自体に抵抗はないのだが、自分の手で幼い子供達を焼くなんて・・・進んで出来るはずがない。
一応、念の為・・・自分の心の整理も含めてカトル達の了解を得ようとしていたのだ。
カトルとレイヴンは、大粒の涙を流しながらも・・・アギトに向かって小さく頷いて返事をした。
「・・・お願い。」
そう頼まれて・・・、アギトはようやく決心がついた。
精霊との契約の証が刻まれた右手で空を薙いで・・・、イフリートに命令する。
火炎龍のように空を駆け回りながら・・・、それから子供達を優しく・・・激しく包み込む。
メラメラと音を立てて、燃えて行く。
何も悪いことをしていない、そんな・・・まだ幼い子供達がゆっくりと炎に包まれて燃えて行く姿に・・・誰一人として目を逸らさなかった。
その姿を目に焼き付けるように、その場にいた全員が・・・。
灰となった子供達が空へと舞っていくのを、ずっと見つめ続けた。