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【長編・完結済】ツインスピカ  作者: 遠堂 沙弥
異世界レムグランド~雷の精霊ヴォルト編~
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第144話 「フィアナとドルチェ」

 まるで地獄のような光景に、オルフェ以外の全員がフィアナへの攻撃を躊躇っていた。

幼い少年少女達の遺体に魔力の糸をはわせて、・・・自分の盾として使っている。

オルフェは槍を構えると、少し焦ったフィアナが先制攻撃として・・・少年の遺体を突進させた。

動揺の気配すらないオルフェが、向かってくる遺体を槍で薙ぎ払おうとした時・・・槍での攻撃が一瞬遅れてしまう。

前もって仕込んでいたのか、突進させた遺体の手にはナイフを握らせていて・・・地面にポタリと血が滴る・・・。


「・・・馬鹿なことを!」


オルフェは眉間にシワを寄せると、少年の遺体が持つナイフで刺されてしまったアギトを睨みつけた。

そしてアギトの体を片手で支えると遺体の手を取って、そのまま地面に叩き伏せる。

ナイフが刺さったお腹は、まるで高熱であぶった金属を押し付けたみたいに熱と痛みが集中していて、息をするだけで激痛が走った。

アギトが呻きながら膝をついて崩れ落ちた時、放心状態のカトルをドルチェに任せて・・・ザナハが駆け寄り回復魔法を施す。

今の行動を不可解に感じているオルフェはフィアナの方には目もくれず、アギトの様子に見入っていた。

フィアナも・・・、同じようにアギトの行動を不可解に感じていたからだ。

そうでもなければ目の前の敵から目を逸らすという単純なミスを、オルフェが冒すわけがない。

ザナハの回復魔法に、アギトは痛みが和らいでいくのを感じる。

温かくて・・・、それでいて心が落ち着くような・・・そんなぬくもりを感じていた。

完全に治癒するとアギトは再びフィアナに向き合い、キッと睨みつけている。

そんなアギトに、ザナハはほんの少しだけ笑みを浮かべると・・・礼を言った。


「・・・ありがと、あの子を傷つけなくて・・・。」


その言葉に、オルフェはハッとした。

自分の盾になったアギトの行動の意味・・・、それはただ単にオルフェをかばっただけではない。

無感情で攻撃しようとした自分を止める為でもあったのだ。

オルフェにとってはただの屍だとしても、目の前にいる子供達を・・・生きていた頃の子供達を知っているアギトやカトルにとったら・・・、彼等はまだ『生きている』のだ。

思いが・・・、感情がそう認識させている。

ザナハにはそれがわかっていた、だからこそアギトの行動に・・・感謝をこめた。


「そんなことよりさっさとあの性悪女を何とかしねぇと・・・、リヒターがやべぇ!

 どうやばいかは知らねぇけど、あの状態はあんま良くねぇんだろオルフェ!?」


照れ隠しか・・・座り込んだまま尋ねるアギトに、少しばかり衝撃を受けていたオルフェはすぐに我に返ってリヒターの状態を探る。

こめかみに埋め込まれた釘のようなもの、そして魂が抜けたように意識のない状態を見てからオルフェが答えた。


「あの術は人間の脳内に直に接触して、記憶を探るものなんです。

 元々は敵から情報を得る為の尋問用の術でして、執拗に刺激すれば脳を傷つけ・・・最悪の場合、死に至ります。

 術の制御が困難で、直接脳に媒介を突き刺すという強引な方法から・・・現在では使用が禁じられている術なんです。

 人間に使えば、高確率で死んでしまいますから・・・。 

 今は必要な情報だけを抜き取る為に脳に送り込むマナをセーブしているようですが、安全とは言えません。

 さっきフィアナ自身が言っていたように、力のセーブを誤れば・・・脳に障害を与えてしまう危険があります。」


「それじゃ・・・、早くあの釘を抜けば・・・。」


アギトがそう言うと、オルフェはすぐさま首を振り・・・提案を却下する。


「いけません。

 今フィアナのマナと彼の脳は間接的ではありますが・・・互いに繋がっている状態にある。

 無理に遮断すれば、そのショックで彼の脳が破壊されてしまいます。」


「じゃあどうすんだよ!

 あいつが大人しく言うこと聞いて、ゆっくりマナを送るのをやめるはずがねぇじゃん!

 それ以前にまだあれだけの死体を操って・・・簡単に向こうには行けない状態だし、それに・・・出来れば傷つけたくねぇ・・・!」


アギトの言葉に素直に賛同出来ないオルフェだったが、カトルの状態を見れば・・・目の前で子供達の遺体を八つ裂きにするのは

あまり好ましくないと判断した。

仮に子供達の遺体を全て八つ裂きにするなり、魔法で薙ぎ払うなりすれば・・・容易にフィアナの元へ辿り着けるだろう。

しかしそれにはデメリットな部分が多すぎた。

かつての身内の遺体が人間の形を成していない状態で事態を治めた場合、それを恨んでヴォルトに関する情報をカトルから聞き出せなくなる恐れがある。

そして仮にリヒターすら見殺しにした場合、リヒターしか知り得ない情報があったとすればもっと不利になる。

ここは彼等を尊重した上での戦い方をした方が無難だと、そう判断したのだ。

・・・決して、感情や道徳上で出した結論ではない。


「あたしがやる・・・。」


後ろの方から声がした。

ドルチェが前に進み出て、魔力の糸を両手から伸ばしていく・・・。


「・・・フィアナと力比べをするつもりですか!?」


オルフェが言うには、ドルチェは自分が伸ばした魔力の糸を子供達の遺体に同じようにはわせて・・・動きを止めるということだった。

しかしその方法はドルチェの方があまりに不利なのか、オルフェは否定的になって引き止めようとする。

ドルチェが自分と同じように魔力の糸を伸ばしたのを見て、フィアナは高笑いした。


「あんたじゃ無理よ、お人形さん!

 あんたなんかがあたしに敵うはずがないでしょう!?

 力も・・・、能力も・・・、存在も!!

 全部あたしのものなんだから・・・っ!あんたなんかに食い殺されてたまるかぁーーっ!!」


そう激しく怒りを露わにすると、フィアナはありったけのマナを遺体の方に注ぎ込んで・・・8体全てが襲いかかって来た。


「・・・くっ!」


表情を歪めながら、確実に一体一体を仕留められるように・・・ドルチェは慎重に魔力の糸を操る。

しかし実際はフィアナが操る遺体のスピードが早過ぎて、うまく遺体の急所にはわせられずにいた。

襲いかかる子供達の攻撃を回避しながら、誰一人として遺体を傷つけることはしなかった。

殆ど体当たりに近い攻撃は、地面に追突したりして・・・自分自身の肉体を傷つけている。


「・・・めてっ。」


カトルは座り込みながら、目の前の光景を・・・ただ呆然と眺めていた。

ついさっきまで元気な笑顔を見せていた子供達が、生ける屍となってアギト達に襲いかかっている。

そんな悪夢のような光景が信じられず、どうしたらいいのかもわからず・・・それでもなんとか声を絞り出そうとしていた。


「やめ・・・てっ、こんなの・・・ひどすぎるっ。

 これ以上・・・誰も傷つかないでっ、・・・お願いだから!」


涙が溢れてきて、視界がぼやける。

カトルにはわかっていた、アギト達が子供達を傷つけないように戦ってくれていることを。

そのせいで苦戦を強いられていることを・・・。

自然とリヒターの方に視線をやって、心の中で必死に助けを求めた。


いつも頼りになって、みんなに道を示してくれていたリヒター。

ぶっきらぼうだが・・・、それでもみんなを大切にしていたリヒター。


死んだように横たわるリヒターを見て・・・、カトルは本当の絶望でも味わったかのように・・・絶叫した。


「もう誰も傷つけないでぇぇーっ、お願いだぁあぁーーーっっ!!」


カトルの絶叫と共に、一瞬で周囲の空気が変わった。

その時フィアナの圧倒的ともいえる魔力の糸で操られていた子供達が、瞬時にドルチェの魔力で支配されていた。

全員の動きが止まり、アギト達も何が起こったのかと・・・無意識にカトルの方に視線をやる。

しかしカトル自身も何が起こったのか把握していない様子で、地面に座り込んだまま・・・あえぐように泣いているだけだった。


「なっ・・・、なによこれぇーーっ!!」


フィアナの金切り声に、全員が一斉にフィアナの方に注目する。

見ると・・、フィアナは床に倒れ伏したままのリヒターに向かって何やらもがいている様子だ。

子供達の支配がドルチェに切り替わったのも、どうやらフィアナが遺体へはわしていた魔力の糸を切断して、リヒターに集中的に注いでいたのが原因らしい。

両手から視覚出来る程の高密度のマナをリヒターに送り込むが、何かに妨害でもされているのか・・・うまくいかないようだ。


「なんでこいつの脳にヴォルトがいるわけっ!?

 こんなの聞いてないわよ、・・・これじゃあたしの方がもたない!!」


そう叫ぶとフィアナはゆっくりと魔力の勢いを弱めて行って、完全に互いの繋がりを遮断させた。


・・・刹那。


オルフェの槍は、フィアナの喉元を捉えており・・・静かな殺気にフィアナは息を飲んだ。

その様子を見守るアギト達、オルフェを取り巻く殺気は・・・これまでと全く変わりがない。

しかしオルフェはトドメを刺すことなく槍を突き付けたまま・・・、フィアナに詰問をしだした。


「これはルイドの命令か?

 それとも・・・、お前の判断か?・・・答えろ。」


怒気の込められた言葉にフィアナは、ふっと嘲笑を浮かべる。


「ルイドの命令通り、契約の儀式妨害の為の作戦行動でもあるし・・・。

 あたしがただ単に・・・無差別に大量殺戮して、お兄様を苦しめたかっただけでもあるわ・・・。」


バシィッ!!


フィアナが笑顔で答える姿を見て、・・・台詞を聞いて、ドルチェはフィアナの頬をぶった。

キッと鋭い眼差しで睨みつけるフィアナに対し、ドルチェは全く感情のない顔のまま・・・向かい合っていた。

まるで合わせ鏡のように、全く同じ姿をした二人が向かい合って・・・アギトはその光景を複雑な思いで見つめている。


「人の命は尊いもの、いたずらに弄んではいけない・・・。

 一度でも死を体感したあなたなら、それがわかっているはず・・・!」


自尊心を傷つけられたのか、それとも核心を突かれたのか・・・フィアナは怒り狂った表情で罵声を浴びせた。


「人の手で作られただけの存在であるあんたに!!・・・このあたしがっ!!

 どうしてそんなことを言われなくちゃいけないってのよっ!!

 偉そうに・・・、誰に向かって言ってるのっ!!

 あんたなんか嫌いよ・・・、大っ嫌いなのよっっ!!

 あたしとおんなじその顔も・・・っ、瞳も・・・、声も・・・!!

 髪の色も!!何もかも生き写したあんたを見てると反吐が出るわっ!!

 どうしてよ・・・、どうしてあたしと何も変わらない・・・何もかもおんなじなのにっ!!

 ・・・どうしてあんただけがお兄様に愛されてるの?

 どうしてあんただけが幸せなのよっ!!あたしが欲しかったものを全部持ってるのよっ!!

 それは全部あたしのものよ、元々あたしのものだったのよ!?

 この泥棒猫っ!!

 あたしから何もかも奪ったあんたなんか、苦しみ悶えて死んでしまった方がいいのよっ!!」


悲痛なまでに泣き叫ぶフィアナの姿に、誰も・・・何も言わなかった。

ドルチェは・・・、それでも表情ひとつ変えることなく・・・ただフィアナの罵声を黙って受け止めている。

そんな姿を見てフィアナは自嘲気味に笑うと、涙の乾いた瞳から悪魔のような瞳へと変わっていた。


「ほらね・・・、あんたは空っぽ。

 感情が欠けた・・・、ただのあたしの模造品でしかないのよ。」


その言葉と共に、フィアナは視覚出来ない程の魔力の糸を全員の手足に付着させていた。

気付いた時には体の自由が効かず、全員が何とか自力で動かそうと悶えている・・・が、無駄だった。

滑稽なその姿にフィアナが高笑いすると、オルフェの槍から抜け出し・・・走り去った。


「あんな小芝居に騙されて・・・、この馬鹿どもが!!

 このあたしが、出来損ないのクズ人形に対してあんなこと思うはずがないでしょう!?

 欲しいものはもらったし、あたしの役目はこれで終わりよ。

 ・・・じゃあね。」


フィアナはくうを薙ぐように片手で魔法陣を描くと、そこからグリフィンを召喚して背に乗り・・・空の彼方へ飛んで消えてしまった。

大空を羽ばたいた瞬間にアギト達を縛っていた魔力の糸は遮断されていて、全員が体の自由を取り戻す。

しかし・・・周囲を見渡せば、決して一件落着とはいえない。

これからがもっと大変で、・・・もっとツライということが・・・誰でも容易に想像出来たからだ。



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