第142話 「ヴォルトの使い」
最初は半信半疑だったリヒターは、アギトの青い髪が地毛であること・・・。
そして目の前で炎の精霊であるイフリートを召喚したことで、アギトが異世界から来た光の戦士だとようやく納得した。
まだ完全にイフリートとのマナが融合しきれていないアギトは、召喚したことでかなりのマナを消耗してバテてしまう。
認めざるを得なくなったリヒターは、教会の子供達3人を使いに出した。
「オレ達の仲間に、アギトとドルチェは町はずれの教会にいるって伝えてくれ。
仲間の特徴は・・・、まぁこの辺じゃ見かけない連中だからすぐにわかると思うけど。
そうだな〜、その中でも金髪で軍服を着た陰険メガネがいれば・・・そいつがオレの仲間だ!
わかったな!?」
アギトが悪巧みを含んだ笑みを浮かべながら、子供達に情報を提供した。
純真無垢な子供達は、笑顔でそれを聞き入れる。
「うん、わかった!
金髪のインケンメガネだね!?」
「そ〜そ〜!お前達は賢いなぁ〜!!」
「・・・あとで仕打ちを食らうの、アギトなのに。」
隣でドルチェがぼそりと呟いたが、アギトには聞こえていなかった。
子供達は3人一組となって教会を駆け足で出て行く、それを見送りながらリヒターはアギト達に向き直って真剣な顔をした。
「お前が本当に光の戦士ならば、オレ達はお前に仕えなければならない。
オレとカトル、そしてレイヴンは・・・この教会の神父により選ばれた使者なのだ。
本来なら精霊ヴォルトに関して戦士や神子に理を説き、精霊の祭壇へ案内する役割は神父が行なうものなんだが・・・。
神父がすでに亡くなっている今、その役目はそのままオレ達に受け継がれている。」
さっきとは態度を改めて、アギトは教会の壇上にあった台の上に座らずに・・・壇上の段差部分に座っていた。
どうやら埃まみれだったのは教会の入り口付近だけで、イスが並んでいる最前列の辺りは綺麗なものだった。
ドルチェはアギトの隣に、そしてリヒター達はアギト達に向かい合って床に直接座っている。
「・・・神父から大層な使命を受け継いでた割に、セコイことして生活してたんだなお前等・・・。
それでも罪悪感とかはねぇのかよ。」
彼らがこれまでどうやって食い繋いでいたのか、まだそれを聞いていないアギトは思ったままを述べた。
言われても仕方がないと言う風に、カトルと・・・ドルチェの髪を切り落としてしまった少年レイヴンが申し訳なさそうにうつむく。
しかし、未だに自分達のしてきたことが悪いことだと認めていないリヒターは、ぎろりとアギトを睨みつけた。
どうやら光の戦士に対する忠誠心より、アギトに対する憎しみの方がまだ強いと見える。
「とにかく・・・、オレ達は光の戦士と神子を精霊の祭壇へ連れて行く使命がある。
そこでヴォルトと契約を交わせば、晴れてオレ達は使命から解放されるんだ。」
「でも・・・ヴォルトを信仰する為のこの教会は、ちゃんと再建しなくちゃいけないよ!?
それも神父様との約束のひとつなんだし・・・。」
弱々しくレイヴンが口を挟むと、「わかっている」と・・・リヒターはツンとした表情のまま頷いた。
「このヴォルト信仰はずっと昔から続いていて、少し前までなら信者もそこそこいたんだ。
でもここ最近の状況からいくと、この地域の人達は精霊を信仰するよりも経済の方に力を入れ出して・・・。
商業の町として発展してからは・・・、信者は数える程度にまで落ち込んでしまったんだ。
それでも何とか神父様が切り盛りしてくれてたんだけど、過労からか・・・神父様は亡くなってしまった。
オレ達は神父様に拾われた孤児で、その中でも年長者であるオレ達が選ばれて・・・ヴォルトの使いに任命されたんだ。
その役目はさっきリヒターが言った通りだよ。
光の戦士と神子が現れたら、精霊ヴォルトが眠る地・・・精霊の祭壇へと案内すること。
この祭壇がある場所は代々この教会の神父様しか知らなかったんだけど、それはそのままオレ達が教わっている。
そして無事に契約を交わすことが出来たのなら、次の世代に語り継ぐ為にこの教会とヴォルト信仰を守り続けなきゃいけない。
それがオレ達・・・、ヴォルトの使いの使命なんだ。」
カトルがこの教会にまつわることを、あらかた説明した。
つまり、町中であれこれと情報収集しなくても彼等について行けば精霊の祭壇へと辿り着くことができるというわけだ。
「ふ〜ん、ま・・・それはわかったとして。
次の疑問な?
お前達がどうしてもこの教会を守らなけりゃいけないっていうのは、よ〜〜くわかった。
でもなんで町の人間は誰一人として手を貸しちゃくれなかったんだよ?
今の話を聞いてたら、この教会もヴォルト信仰も・・・めっちゃ大事なモンに聞こえるんだけどさ。
むしろ見た感じ・・・ここを今にでも取り壊そうとしているようにしか感じられねぇんだけど?」
アギトの鋭い問いに、リヒターはムッとした表情になった。
こんなヤツに事情を理解されるなんて心外だ・・・とでも言いたそうに、リヒターは唇を尖らせながら説明する。
「その通りだ、この町のやつらは金に目がくらんだ亡者共だ。
宗教なんて一銭も儲からないと判断して、無駄なものを順に潰していくつもりなんだよ。
確かに宗教だけでは何も作れない・・・、生産性もないし・・・寄付や援助がなければ成り立たない・・・。
でも・・・、宗教ってのはそういうんじゃないんだよ!
別に金儲けとか・・・、そんなのじゃなくって・・・心を豊かにする為に、創世時代に生きた人達と同じように・・・
自然と共生する理を学び、受け継ぐ為に・・・ヴォルト信仰はあるんだ。」
今にでも床を殴り付けそうな勢いで、リヒターがどれだけこの教会を大事にしているのか・・・アギトにもその気持ちだけは、
ほんの少しだけだがわかるような気がした。
だからこそ、余計に腹立たしい。
「だったらなおさらじゃねぇか・・・、そんだけこの教会が大切なら・・・その神父ってやつの教えを大事にしたいんなら!
なんで犯罪になんか手を染めるんだよ・・・、オレはそれがムカつくって言ってんだ!
そんなことしてたら、そりゃ信者も減るだろうよ!
神父の教えを直接受けてた弟子自身が・・・っ、道を外れりゃ誰だって宗教ってもんを疑いたくなるってんだ。
この教会をさびれさせたのは、町の人間達のせいだけじゃねぇ・・・お前自身の手で穢してるようなもんじゃねぇかよ!!」
リヒターは衝撃を受けた。
悔しくて・・・、反論することも出来ずにリヒターは胸をえぐられる思いだった。
アギトが言った言葉は、正論だった。
自分でもわかっていた・・・、アギトなんかに言われなくても・・・自分自身が何度も悔やんで悔やんで、悔やみ続けてずっと
目を背けてきた真実だった。
わざと考えようとせず、ただがむしゃらに自分を頼って来る子供達の為だと言い訳をして・・・ずっと、いけないことだと
わかっていながら手を汚してきたのだ。
こんなヤツに・・・、理解されるなんて・・・っ!
リヒターは、それ以上何も言わなかった。
それが答えだった。
図星をついたはいいが、リヒターが思いの他すぐに自分の矛盾を認めてしまって張り合いをなくしてしまうアギト。
かえってやりづらかった。
大人しくなったリヒターにかける言葉が見つからず、アギトは視線を泳がせると自然にカトルの方を見つめていた。
アギトの視線に気づき、リヒターが落ち込んでいるのがわかっていたカトルは別の話題に切り換える。
「なぁ、オレ達はお前がずっと待ち続けて来た光の戦士だってことがわかったし・・・これ以上お互い警戒する必要はないと
思うんだ。
だから、話の続きは明日・・・お前達の仲間が揃ってから改めてしないか?」
カトルの申し出に、異論はなかった。
第一印象はかなり最悪だったが、彼らがヴォルトの使いだとわかった今・・・これ以上疑う理由はない。
それはカトル達も同じだろう。
「そうだな・・・、それじゃさっきのガキ達を使いに出したのは可哀想だったなぁ。
よし!その詫びに、明日たくさんお菓子を持ってきてやるよ!
それから・・・オレって国の権力者にコネがあるから、この教会がすぐにでも再建出来るように頼んでみるぜ。」
アギトの言葉に、三人は息を飲んだ。
目が点になって・・・、口もぽかんと開きっ放しになっている。
「い・・・、いいのか!?そこまでしてもらって・・・。」と、レイヴン。
「う〜ん・・・、保証は出来ねぇけど多分大丈夫だと思うぜ?
オレの仲間にさ・・・ものっそ人助けすんのに熱心な女がいるから、そいつが何とかするかもな。」
手放しで喜び、カトルは今までの非礼を詫びまくった。
レイヴンなんかドルチェの綺麗な髪を切って悪かったと、土下座してまで謝罪している。
その横で・・・、今までずっとつっぱねていた自分を恥じているのか・・・リヒターは両手をぎゅっと握りしめて、そのひねくれた
キレ長の瞳からは・・・わずかに涙があふれていた。
アギトからのお使いを頼まれた子供達は、『金髪のインケンメガネ』を探していた。
道具屋のおじさんに尋ねると、さっきこの先にある宿屋に向かって歩いて行ったという情報を得て・・・嬉しそうに駆けだす。
その時・・・、一人の少年が突然立ち止まる。
「・・・どうしたの?」
「えっと・・・、ちょっと用事を思い出したから・・・僕行くね。」
「・・・ヘンなの、ちゃんと教会に帰っておいでよ!?」
「わかってる、じゃあね!」
少年はそのまま二人と別れると、反対方向へ向かって走り始める。
辿り着いた先は、この町の権力者の屋敷だった。
門の前にいるガードマンに話をすると、なぜか中へと通された。
屋敷の中に入り、玄関前で待機していた執事らしき老人に案内されると・・・とある一室に入る。
もう夕方のせいか、西日が部屋を照らし・・・大きな執務用の机に座っている者の顔がよく見えない。
「あのね、おじさんが言ってたひかりのせんしっていう青い髪のお兄ちゃん、本当に来たよ!」
「そうか・・・、教えてくれてありがとうよ。」
「ねぇ・・・、青い髪のお兄ちゃんがこの町に来たらお菓子をたくさんくれる約束でしょ!?
早くちょうだい!」
すると、机に座っている男が合図すると執事が紙袋に溢れんばかりのお菓子を少年に手渡した。
「わぁ!ありがとう、おじさん!」
そのまま部屋を出て行こうとした時、キャンディが袋から落ちて床を転がる。
「あ・・・っ!」
少年はこれ以上袋の中のお菓子が落ちないように気をつけながら、転がって行くキャンディを追った。
すると・・・、黒いブーツを履いた誰かの足にコツンと当たると・・・、その誰かがキャンディを拾い上げ少年に渡す。
「ありがとう、お姉ちゃん!」
薄暗い西日の当たる部屋で、黒いブーツを履いた少女が冷たく笑みを浮かべる。
その少女の顔を近くで見た少年は・・・、不思議な事に気がついた。
「・・・あれ?
お姉ちゃん・・・、さっきレイヴンお兄ちゃんに髪の毛切られたんじゃなかったっけ!?
あれ〜、おかしいなぁ・・・!?
・・・あ、そうか!!髪の毛伸びるのが早いんだね!」
それだけ言うと、少年は何の違和感も感じずに・・・そのまま屋敷を出て行く。
ゆっくりと沈む夕日が・・・、さびれた教会を血のように赤く染めていた。