第141話 「疑って、疑われて」
アギトとドルチェは相談していた。
この教会は雷の精霊ヴォルトを祀る教会だということがわかり、このまま見過ごすわけにもいかなくなったからである。
アギトの場合は彼らがヴォルトに関わりがなかったとしても、正義の味方として協力する気満々だった。
逆にドルチェの場合は、ヴォルトのことさえなければすぐにでも憲兵を差し向ける気満々だった。
しかし彼等に協力することでこちらの利益にも繋がるとわかった以上、結局のところはアギトに有利となる。
「だからさぁ、このまま二人でこいつらに協力してたらオルフェ達が不審がるだろ!?
誰かがここに残って・・・、もう一人が状況を説明しねぇとこのまま大事になりかねねぇって。」
不審がるリヒター達を余所に、アギトとドルチェは教壇にある台の陰に隠れながらこそこそと話し合っている。
お互いとりあえずのところは和解した・・・ということで、みんな自由にしていた。
勿論まだ信用しているわけではないアギト達のことを、このリヒターが監視しているわけだが。
他の子供達は外で野草を摘んだりと、今夜の食事の材料集めに励んでいる。
「それじゃあたしが大佐達に連絡しに行けばいいの?」
「それはダメだっ!!」
ドルチェの言葉にアギトが慌てて反対した。
その理由は、彼女の姿を見れば一目瞭然だろう。
薄汚れた衣服、そしてバラバラに切り落とされた無残な金髪・・・。
こんな姿で外を歩かせるわけには・・・、それ以前にこんな姿をオルフェ達に見られたら・・・。
考えただけでも恐ろしかった、もしかしたらドルチェの姿を見ただけでこの教会に戦車とかが押しかけて来るかもしれない。
アギト自身よくわからないが今までずっと見てきて、妙にオルフェはドルチェのことを可愛がっていたような気がしないでもない。
いつも綺麗なドレスを着せて、以前何度か入ったことのある美少女趣味のドルチェの部屋はオルフェ作だという。
まるで実の娘のような溺愛ぶりに思えてならなかったのだ。
ドルチェの姿を見る度に心が痛むアギトは、口をつぐんだまま反対した理由を話さなかった。
「それじゃ・・・、あたしがここに残ってアギトが行けば・・・。」
「あ〜・・・、それもどうかな。
女の子一人がこんな場所に残るのも危ねぇだろ、まだここの奴らを信用しているわけじゃねぇし・・・つーかアイツだけだけど。
とにかくお前を一人置いて行くわけにはいかねぇよ。」
打つ手なし。
ここにいる二人が行くわけにいかないとなれば、一体誰がオルフェ達に報告しに行くんだろうとドルチェは少し不機嫌そうな表情を見せた。
するとアギトが、ドルチェの抱いているベア・ブックを指さして提案する。
「てゆうか、お前のぬいぐるみは?
さっきとりのぬいぐるみがこの教会に飛び込んできた時、なんつーの?
遠隔操作みたいなのしてたじゃん!
それじゃお前がここから遠隔操作で、ぬいぐるみをオルフェ達のところに差し向ければさぁ・・・。」
「それは出来ない。
傀儡師が操れる魔力の糸は、直径50メートル以内と決まってる。
どうひいき目に見ても、この教会を中心とした距離は50メートル以上ある。
そもそも大佐達が現在どこにいるのか確定されていないし、仮に宿屋に待機していたとしても中尉がチェックインした宿屋が
どこにあるのかあたしにはわからない。」
「ダメか・・・。」
がっくりと肩を落としたアギトは、残された方法があとひとつしかないことに不満そうだった。
しかし四の五の言っていられないと判断したアギトは、すっくと立ち上がってリヒター達の所へ向き直る。
「背に腹は代えられねぇ・・・か。
やっぱここはオルフェ達への連絡係を、あいつらに頼むしかねぇわな。」
今ひとつ信用しきれていないアギトは、まるで値踏みでもするような目線でリヒター達を眇める。
視線を感じたリヒターがあからさまに視線を逸らした時、カトルが気付いて近寄った。
「話は終わったのか?」
どうもカトルが近付くと調子が崩れてしまうアギトは、頭をぼりぼりと掻きながら視線を泳がせる。
「実はオレ達、他に仲間がいてさぁ・・・仲間が心配しないように連絡したいんだけど、オレ達二人がここを離れるわけには
いかないじゃん?
だから他に誰か伝言を頼まれてくれないかなぁ〜って思ってさ・・・。」
アギトの言葉に不信感を募らせたリヒターは、思い切り睨みつけたまま怒鳴った。
「仲間をここへ呼ぶつもりかっ!?
それとも仲間と称して本当は憲兵を呼んで来るつもりじゃないだろうな・・・、やっぱりよそ者は信用出来ないぜっ!!
協力するフリをしながら、オレ達を連行するつもりだぞカトル!!」
「リヒターは少し黙ってて!・・・話が進まないから。
・・・で?
どうしてお前達二人がここを離れるわけにはいかないんだ?
どちらかが連絡しに行くとか・・・、別に二人一緒に行っても問題ないんじゃないのか?」
カトルが冷静にリヒターを鎮めると、落ち着いた口調でアギトに尋ねる。
この様子を見ていると、実質ここを取り仕切っているのは実はカトルの方なんじゃないかと思ってしまう。
「それはオレも考えた。
オレはドルチェを一人にさせるわけにはいかねぇし、二人一緒に連絡しに行ったとして・・・オレ達がそのまま帰って来ないかも
しれないって・・・どっかの誰かが疑う可能性もなくはねぇだろ?
だからお前達の誰かに伝言を頼みたいんだ、その間・・・時間を無駄にしないように詳しい話を聞かせてもらいたい。
・・・どうかな?」
そんな頼みは論外だという勢いで、リヒターは真っ先に大声を出して反論した。
「信用出来るか!!
大体お前達の素性すら明らかになっていないのに、オレ達の仲間に伝言を頼む・・・だと!?
もしその仲間とやらが危険な連中だったら、伝言役の命の保証はあるのかよ!?
得体の知れない連中の元へ、オレ達の仲間を差し向けられるはずがないだろう!!」
それはカトルも納得がいったように、黙ったまま・・・アギト達を見据えた。
はぁ〜っと深く溜め息をついたアギトは、観念したように真っ直ぐリヒター達に視線を向けて・・・白状した。
「本当ならオレ達の正体をバラすわけにはいかなかったんだけどな、そうもいってられないし・・・いいだろ。
ドルチェ、構わないよな?」
アギトの問いに、ドルチェは静かに首を縦に振った。
二人のやり取りの意味が全くわからないリヒターとカトルは、互いに目を合わせて・・・警戒している。
「・・・オレ達は、光の神子ご一行様なんだよ。
そんでオレは異世界から来た光の戦士・・・、アギトだ。
待たせている仲間って言うのは、光の神子とそのガード達・・・。
オレ達が今回ここに来た目的は雷の精霊ヴォルトとの契約を交わす為に、首都方面から馬車で来たんだ。
本来なら身分を隠したままこの町を調べて、ヴォルトの居場所を突き止めたら契約を交わして・・・そのまま出て行くつもり
だった。
でもな・・・、世界を救う神子一行が困ってる国民を見捨てるわけにはいかねぇ。
使命にばかり捉われて契約だけ交わせばそれでいい・・・ってのは、オレの性に合わねぇんだよ。
目の前で困ってるヤツがいたら見過ごさない、出来ることがあるなら協力してやるってのがオレ達一行の心意気なんだ!」
どーーんっとばかりに豪語したが、隣でドルチェが呆れていた。
後半部分はどう考えてもアギト一人の意向だと感じたからである、少なくともオルフェならドルチェと同じように思っただろう。
しかし自分達の正体を明かして、果たして彼らがどんな反応を見せるのか少々不安があったのも事実だった。
普通なら・・・、世界を救う勇者一行だと言えばその世界の住民達は歓迎し協力的になるはずだ。
しかしこの世界ではそうはいかない、アギト達一行がしていることは決して世界を救うことにはならない。
そのせいで敵国との戦争が勃発し、一方的な侵略を受けて、魔物まで急激な勢いで強力になってきている。
それらは全て、アギト達が世界を救う旅をやめなかったせいなのだ。
警告は受けていた。
旅の発端となった、マナの均衡を保つ為の天秤・・・。
それを長年に渡って自分達の側に動かし続けたレムグランド、そのせいでマナの均衡は破られて今や敵国であるアビスグランドは
マナの枯渇による滅びの一途を辿っているのである。
それを重く見たアビスグランドの女王ベアトリーチェが、二国間に休戦条約を結ばせた第三勢力である龍神族に助けを請うた。
マナの均衡を保つ監視者としての役割を同時に持っていた龍神族は、ベアトリーチェの申し出を受けてレムグランドに警告を促した。
レムグランドの光の神子の旅は、マナ天秤を動かす為の旅・・・。
それをやめなければ宣戦布告とみなして、一方的な制裁を受けることになるだろうと。
しかしこの警告を無視して開戦を決定的なものにしたのは、他の誰でもない・・・レムグランド国のガルシア国王だった。
ガルシア王、つまりザナハの父親は龍神族の使者を斬り捨てると逆に宣戦布告してしまう。
国王は自国の民全てを人質にとって、光の神子であるザナハ姫に契約の旅を続けるように強制した。
・・・これが、今アギト達が行っている旅の実態である。
現に今、このレムグランドはアビスグランドから侵略されている。
本隊は国王がいる首都シャングリラに集中しているが、地方は例外・・・というわけにはいかなかった。
アビスグランドの軍隊が攻め入って来ないと言っても地方の方には、魔物がいる。
今まで以上に強力になった魔物に襲撃された村も、実際にあった。
そしてオルフェ達の話によれば、この地域は他の場所と比べても魔物のレベルは高い。
以前までの平穏さはないはず・・・、それ以上に龍神族と市場取引をしているこの地域では・・・魔物の襲撃よりもむしろ、
経済状況の方が大打撃を受けているはずだった。
開戦と同時に、龍神族との物資供給を遮断・・・里への出入りも禁じられてしまった。
それらを踏まえると、彼らがアギト達の正体を聞いてなお・・・それでも心を開く、という理由が見つからない。
しかし包み隠さずありのままを語る・・・、それがアギトにとっての正義だったので自分達のことを信じてもらうにはそれしかなかった。
アギト達が光の神子と共に旅をする一行・・・、しかも光の戦士。
それを聞いたリヒターとカトルの顔は、勿論困惑していた。
嘘を言っているかもしれない、当然そんな風にも考えられたがアギトの真っ直ぐな瞳を見れば嘘はないと断言できる。
そしてアギトのこの青い髪・・・、青い髪は光の戦士の証。
それを彼らが知っているかどうかは別として、青い髪をした人間が今までこの世界に現れなかったのもまた事実である。
半信半疑のまま二人は互いに目配せするように、驚き戸惑っていた。
すると、それまでの沈黙を破るようにリヒターが押し殺した口調で口を開く。
「そうか・・・、それじゃこれもヴォルトのお導きってやつなのかもしれないな。」
そう言うと、リヒターは目線を向けることもなくアギトの前にひざまずいて・・・まるで忠誠を誓う騎士のように振る舞った。
初対面の時からずっと敵意満々だったリヒターの、あまりに意外な態度にアギトの方が驚き戸惑っている。
「え・・・っ、なにっ!?」
すっと顔を上げて、リヒターは続ける。
「ずっと・・・、長い間待っていました。
オレは亡くなった神父より、光の戦士への伝言を預かっている者です。
同時に神父の代理として光の戦士と神子様に永遠の忠誠を誓うべく、ずっと・・・このヴォルトの祠を護る守護者として
身を潜めて来ました。
数々の無礼な振る舞い、・・・お許しください。」
リヒターの紳士的な振る舞いに、アギトはひくひくと顔を引きつらせながら・・・言葉を返した。
「・・・んで?
言葉とは裏腹に、ものすんごい敵意剥き出しなその目つきは一体何なのかな!?」
光の戦士であるアギトに対し忠誠の言葉を述べたリヒターの顔は、屈辱に耐えるような・・・敵意に満ちた眼差しをアギトに向けていた。