第140話 「窃盗団の事情」
大きく腫れ上がった頬をさすりながら、アギトとドルチェは窃盗団の幹部達と向かい合っていた。
目に入った砂を水ですすいで痛みが取れると、教会の奥の方から再び子供達が姿を現したが・・・リヒターがそれを制止したのだ。
アギトは教会の壇上にある台に腰掛けて・・・片手には剣を抜いたまま、幹部達が妙な真似をしないように注意を払っている。
「・・・んで?
つまりお前達は、精霊ヴォルトを崇めるこの教会を元に戻す為に・・・資金を稼いでたって言いたいわけか。」
アギトに強烈なビンタをお見舞いしたカトルが小さく頷くと、後ろ手にロープで縛られたまま話し続けた。
「オレ達はみんな孤児なんだ。
行く当てのないオレ達を引き取って育ててくれた神父様が亡くなってから、町の人間はこの教会を潰そうと動き始めた・・・。
元々この教会は信者達の献金で生計を立てていたようなモンだから、・・・そんな無駄金を使う余裕はないって。
信仰心を失った町の連中は、利益を生まないこの教会が邪魔なんだ・・・っ。」
悔しそうにうつむくと、カトルはそのまま黙ってしまう。
ひねくれた表情が板についてしまっているリヒターは、アギトを睨みつけながら言葉の続きを引き取った。
「だからオレ達は・・・そんな罰当たりな連中から金目の物を奪って、この教会を建て直すって誓ったんだ!
この教会はオレ達のモンだ!
オレ達が食いつなぐにも・・・、金が必要だ。
生きる為には何でもする、そうしなきゃ待ってるのは死だけだからな!!」
リヒターの言葉にアギトは全くと言っていい程、共感していなかった。
むしろ言葉のひとつひとつに苛立ちさえ感じて、ふつふつと湧き上がる怒りを抑えつけているようにも見える。
彼等の訴えを一通り聞いてから、その行動に同情するべき点があったのならば・・・アギトは彼等に対して、自分に出来る範囲でならば協力してやろうという気持ちさえあった。
ドルチェの身に起こったことは、元を正せば彼等だけのせいには出来ない。
それは自分の落ち度であると・・・、アギトはそう認めていたからだ。
こんな子供達だけで、どれ程の事情があって他人から窃盗せざるを得なかったのか・・・その理由が知りたかった。
しかし出て来た答えは・・・。
「はっ・・・、全くの問題外だな。
馬鹿らしい・・・!」
「な・・・っ、なにぃっ!?」
アギトの吐き捨てるような言葉に、真っ先に突っかかって来たのはリヒターだった。
両手を後ろに縛られながらリヒターが立ち上がろうとした時、ドルチェはすぐさまベア・ブックで威嚇する。
1メートル程のぬいぐるみが自分に向かってファイティングポーズを決めていて、それ自体にそれ程の脅威を感じなかったがくまの
ぬいぐるみの真っ黒いつぶらな瞳を見つめると、何かしら不気味な恐怖感が込み上がって来る。
リヒターはチッと舌打ちすると、渋々元の場所に座り直した。
しかしアギトの言葉に反感を抱いたのはリヒターだけではない、カトルも侮辱されたも同然でアギトを睨みつけていた。
彼等が自分達の矛盾に気付いていないところを見たアギトは、剣の切っ先を3人に向ける。
「ようするに・・・、オレはお前達が何をしたいのかって聞いてんだよ。
教会を建て直したいのか?
それとも生活費を稼ぎたいのか?
・・・町の連中に仕返しがしたいのか?
お前達が言ってるのは全部めちゃくちゃなんだよ、一見正当っぽいこと言ってるように聞こえるけど・・・結局のところお前達は
一番間違った方法を選択しているに過ぎねぇんだ。
仮に教会を建て直したいのが本音だったとしようじゃねぇか・・・、でもな・・・他人から奪った金品で教会を建て直して・・・
お前達の育ての親だったって言う神父がそんなことされて・・・本当に喜ぶとでも思ってんのかよ!?
それこそ神父に対しての裏切り行為にならないかって・・・、ほんの少しでも思ったヤツはいねぇのかっ!?」
アギトの言葉が痛かったのか・・・、3人が反論する術もなく・・・ただ黙って、悔しそうにうつむいた。
「オレはこの町に関して何もわかっちゃいねぇがな・・・、信者ってのは神父がいなくなった途端に信仰心がなくなって、信者を
すぐにでもやめてしまうようなもんなのかっ!?
心から信仰していた信者ってのは、もう誰一人としていないのか・・・他に頼れる人間はいなかったのかよ!?
生活費だってそうだ・・・、ここは商業の街なんだろ?
だったら働き口のひとつやふたつ位あったんじゃねぇのか、どうして誰も地道に働こうって思わなかった!?
なんで真っ先に窃盗することを思いついたんだよ!?
最初っから歪んでんだよ、お前達のしていることは!!同情する余地なんかねぇじゃねぇか・・・これじゃあよっ!!」
「好き勝手言ってんじゃねぇ!!
余所から来たお前なんかにオレ達の何がわかるっていうんだ!?
知った風な口聞いてんじゃねぇよ、オレ達が何の努力もせずに・・・真っ先に盗みに手を染めたとでも言いたいのかよっ!!」
睨み合うアギトとリヒター、そんな時・・・奥の方から子供達がわらわらとアギトの目の前に立ち塞がった。
まるでリヒター達をかばうように・・・。
「リヒター達をいじめないでっ!!
悪いことしたのは謝るから・・・、だからリヒターを捕まえないで・・・お願いっ!!」
「悪いのは全部ボク達なんだ・・・、ボク達のおなかがすくのがいけないから・・・!」
「だからお願い、カトル達を許してっ!!」
口々にそう涙ながらに訴える子供達に・・・、アギトはドルチェの方に視線を送るとそのまま剣を鞘にしまった。
「んだよ・・・、これじゃこっちが悪者みたいじゃんか。」
「許してしまうの?
窃盗はれっきとした犯罪・・・、憲兵に引き渡すのが道理。」
無表情のままそう真実を告げるドルチェに対し、アギトはバツの悪そうな顔になると小声で尋ねた。
「やっぱ・・・、髪の毛のこと恨んでるか?」
「別に・・・、それとこれとは関係ない。」
全く意にも介さない口調でそう淡々と告げるドルチェに、アギトは台の上から飛び降りると毛先がバラバラになった髪に手を触れて
謝った。
「髪の毛に関してはオレが悪い・・・、だからこいつらを憲兵に引き渡すのは・・・もうちょい待ってくんねぇかな?」
「・・・アギトがそうしたいなら。」
ドルチェの許しを得たアギトは、もう一度剣を引き抜くと3人を縛っていたロープを切って解放した。
3人はロープが食い込んだ手首を痛そうにさすりながら、リヒターに至っては未だアギトに対して敵意満面な視線を向けている。
しかし子供達が泣きながらすがって来ると、困ったような表情になって・・・温かくなだめようとしていた。
その光景を目にしたアギトは、根っから腐っているような人間ではないことを理解してしまって複雑になっている。
剣を再び鞘に納めると、カトルが謝罪してきた。
「あの・・・、色々悪かったな。
騙したこととか・・・暴力振るったこととか・・・、えっと・・・ビンタのこととか・・・。」
後半になるにつれてどんどん声が小さくなって、顔を真っ赤にしながら申し訳なさそうにもじもじとするカトル。
アギトはビンタで腫れ上がった頬の痛みより・・・、右手で胸を揉みほぐしてしまった感触の方がリアルに蘇って来て、思わず
カトルの胸の方に目が行ってしまう。
その視線に気付かれそうになった途端、間一髪で視線を逸らすと頭をぼりぼり掻きながら適当に言い繕う。
「あ〜・・・いや、別に?
気にしてねぇし・・・、もういいよその話は。
んなことよりオレ達を襲った理由はわかったからさ、もっと詳しい事情を教えてくんねぇかな!?」
アギトは少し不自然だと感じながらも話題を逸らした。
その言葉にドルチェは意味深な視線をアギトに向けるが、単に話題を変えようとしただけのアギトにはその視線の意味を理解することはなかった。
「えっと・・・、お前達の事情をある程度知っちまった以上このままそれじゃ!って帰るわけにもいかねぇし。
そもそもこの教会に起こった出来事とか、色々教えてくれよ。
もしかしたら何か力になれるかもしんねぇからさ、・・・迷惑か?」
アギトの申し出にカトルと、もう一人の少年は歓迎したような表情になるが・・・リヒターはカチンとした目で迷惑そうだった。
勿論その視線にアギトも気付いていたが、とりあえずここは無視しておくことにした。
「とんでもない、お前が何者かは知らないけど・・・協力してもらえるなら大歓迎さ、な?カトル!」
「え・・・、オレにそんなすぐ協力出来るようなことでもあんのか?」
事態は思ったよりも早く解決出来るようなものなのかと、アギトは瞳を輝かせる。
どんな協力をしたらいいのか聞く為、二人に近寄った時だった。
何の悪気もなく、屈託のない表情でカトルはアギトに協力を申し出た。
「お前の装備品全部を質屋に入れてくれるなら、相当な金額が入るよ!
それとお前の青い髪・・・、ものすごく珍しいから高値で取引される可能性が大きいし、全部刈っても構わないか!?」
「ざけんなお前らぁーーーーーっっ!!」
力の限り怒声を上げると、カトル達を囲っていた子供達が全員・・・アギトの大声で形相に驚いて泣き叫んでしまった。
ドルチェはそんなアギトを見下したかのように、呆れながら小さく呟いた。
「ヴォルトに関する情報を得る為に、わざと協力すると申し出たのかと思えば・・・とんだ誤算。」