第12話 「作戦会議」
アギト達は緊張感漂う洋館の一室で、魔物2匹を相手にしようとしていた!!
相手はレベル3のおばけキノコに、スライムがレベル1と、ご丁寧に味方だけではなく相手のステータス表示までされる異世界なんて今までにあっただろうか?
そんな違和感を感じながらも、アギトにとっては便利なシステム以外のなにものでもなかった。
アギトの趣味は、テレビゲーム。
特にRPGなど、いわゆる『剣と魔法』のファンタジー世界を軸としたゲームが大好きだった。
新作が発売される度に全て片っ端からプレイして、それら全て一か月も経たずにクリアしてしまう。
ネットで体験版を調べるのも欠かさず、特にネットゲームではアギトの真価が発揮された。
オンラインゲームでアギトは全てのミッションをクリアしていき、ネット内で『勇者の称号』が与え
られる程やり尽くす熱狂的ゲーマーである。
ネット上のプレイヤーとパーティーを組むと、なぜか決まってアギトがパーティーリーダーとなり、仲間達に的確な指示を出していく。
アギトにとってオンラインゲームの一番の魅力は、やはりリアルタイムの戦闘だった。
リアルタイムならではの迅速な判断力や、それまで経験を重ねてきたキャラクターのレベルが物を言わせる。
そしてそのあまりの強さに、結局そのゲームで殿堂入り、『伝説の勇者』としてネット内にその名を刻んだ。
他の者にしてみれば『ただのヒマ人』だが、アギトにとって学校以外のプライベートは他にすることがなかったので、ゲームで憂さ晴らし、もとい現実逃避、もといストレス発散??
それだけアギトが、ゲームにひたすら情熱を注ぎ込んでいく内に芽生えたもの。
それは『異世界へ行ってみたい!』という強い願望だった。
普通の人間には有り得ない、『青髪・青い瞳』で生まれてきてそんな自分が平凡な人生を生きていいはずがない!!
きっと自分は何かに選ばれた人間、特別な人間なんだと!!
もしかしたらいつか異世界から自分を探しに、連れに!
迎えが来るのかもしれない。
そんなことを心のどこかで本気で思っていた、願っていた。
そして今、現実にそれが叶ったのだ。
異世界に迷い込んで、姫と呼ばれる性格の悪い小娘に出会って、イヤミなメガネヤローに捕まって、金髪のナイスバデー美女に拳銃で後頭部をゴリゴリされて、何か知らない間に気を失って。
……あれ? ロクなことがねぇじゃんっ!!
とにかくっ!!
そんな波乱万丈な展開は異世界ではよくあること!! と、アギトは無理矢理納得させた。
実際、今こうしてバトルな展開になっている!!
それはアギトがずっとゲームをしながら自分と重ねてきた、冒険の幕開けに違いないっ!!
そう思うと、アギトは嬉しくてたまらなかった。
にやにやと今のこの状況を楽しむかのように、アギトは上の空で戦闘に集中していないように見えた。
「ちょっと!! なにニヤニヤと気持ち悪い笑い浮かべてんのよっ!? ねぇ、こいつ本当に大丈夫なわけ!? 本当にこいつが今のこの状況を何とかしてくれるって本気でそう思ってんのっ!?」
白いイブニングドレスを着たまま武闘家のような構えを取って、ザナハは疑惑の表情でリュートに聞いた。
「だ、大丈夫だと思うよ? 多分」
だがしかしその言葉には、もはやさっきまでの威勢と自信が少しだけ消え失せていた。
つつつっとアギトの方に近寄って、もっとちゃんとしっかりするようにリュートが小声で訴える。
「アギト、お願いだからちゃんと真面目にしてくんないかな? これでも一応僕、アギトのことめちゃくちゃ頼りになる風にアピールしちゃってるんだからさ」
リュートの不安を他所に、アギトは相変わらず満面の笑みを浮かべて能天気に受け答えた。
「だーいじょーぶだって!! 心配すんなよリュート!! このオレに任せろっつーーのっ!!」
そう言って、リュートの背中をバンバンッと思いきり強く叩いた。
すると。
『リュート 5のダメージ HP3 瀕死』と、戦闘テロップが表示された。
「ちょっとぉぉっ!! 仲間からのダメージも受けちゃうんですかコレっ!? 僕すでに瀕死の状態になっちゃってるんですけどぉーーっ!!?」
急に体が重くなって、本当に全身の力が抜けるように膝からガクンっと地面についた。
リュートの質問に、淡々とドルチェが説明する。
「魔法以外の攻撃はマーキングの適用がされないから、物理攻撃はそのままダメージとして加算されてしまう、気を付けて」
「もぉ〜っ、面倒臭いんだから。ちょっと待って、今回復魔法かけるからジッとしててよ!!」
そう言うとザナハがリュートの方に駆け寄って、アギトから攻撃を受けた背中に手をかざすと呪文の詠唱をする。
「ヒール!!」
ザナハの手の平から薄紫色の優しい光が輝いて、リュートの背中のダメージを癒す。
ジンジンしていた痛みが、だんだんと引いて行くのがハッキリとわかる。
そしてついでに戦闘前にザナハによって与えられたダメージも回復して、アゴの赤みも引いて行った。
『リュート HP35 回復』
ようやく自分の生命力が最大値まで回復して、一息つくと。
ドガッ!!
安心したのも束の間、突然おばけキノコが突進してきてリュートにダメージを与えた!!
さっきまでこちらとの距離を保っていたのに、こっちはこっちで好き勝手に無視をし過ぎていたせいか、おまけキノコは本能のままにリュートに攻撃を仕掛けてきたのである。
思いきり不意を突かれたリュートは、その衝撃をモロに食らって後ろに飛ばされてしまった。
そしてリュートの戦闘テロップに表示されたのは。
『リュート 20のダメージ HP15』という文字だった。
「あぁっ!! せっかく回復してもらったのにぃ〜!!」
「もう!! あんた達ってホント面倒臭いわねっ!!」
「やかましいわっ!! ちょっと回復魔法使えるからって、偉そうにしてんじゃねぇよこのブスっ!!」
バキィッ!!
ザナハの不意打ち攻撃をマトモに食らって、今度はアギトが後ろに倒れこむ。
そして言うまでもなく。
『アギト 26のダメージ HP126』と、表示された。
「テメーはまた何しやがんだコラァッ!!」
思いきり裏拳で右頬にダメージを食らったアギトが、右頬をさすりながら文句をたれる。
「だからザナハ姫っ、学習してください。またアギトを戦闘不能にするつもりなんですか?」
ふらふらになりながら、リュートが切実そうに制止する。
「仲間割れは無益。このままでは自滅しかねないです」
無表情でドルチェが小さく注意をしたが、ザナハの気はまだおさまってはいないようだ。
アギトも雑魚相手に戦闘に敗北するのがさすがにイヤだったのか、気を取り直してようやくマジメに作戦を練る姿勢を取る。
「もういい、とにかく戦いに集中しろお前ら!!」
(それは特にお前がだよ)という三人の心の声は無視して、アギトはとにかく考え込む。
「とりあえず状況はあのレベル3のおばけキノコと、レベル1のスライムを倒せばこの戦闘に勝利する、ということになるんじゃないかな?」
そう言って、リュートは自分の言ってることが本当に正しいのかどうか、思わず自信なさげな視線で、ザナハやドルチェに同意を求める。
二人とも黙って軽く頷いた。
「おばけキノコの特性は、攻撃時に『眠り攻撃』を与えてくること。そして攻撃方法は主にさっきのような突進攻撃が中心になるはず、大佐の魔物図鑑に載ってた」
ドルチェはかえるのぬいぐるみ『ケロリン』を抱き抱えながら、小さな声で情報を提供する。
「それとスライムの体はブヨブヨしてるから、物理攻撃が利きにくいっていう特徴があるわね。敵の攻撃を避けつつ地道に物理攻撃を与えていくか、それとも一気に魔法でダメージを与えるか。スライムに関しては、そのどちらかの攻撃方法がメインになると思うわ。」
二人から敵に関する情報を得たアギトは「ふ〜ん」といって、先程の攻撃方法に関する肝心な質問をする。
「んで? この中でその攻撃魔法を使える人間は、いるのかよ?」
二人は黙った。
「正確には、オルフェとミラだけ」
と、がっかりしたようにザナハが答える。
「そのぬいぐるみは?」と、これはアギト。
「ベア・ブックは物理攻撃専門。そしてケロリンは水属性だけど、蘇生魔法しか使えない」
ドルチェがそう言うと、ぬいぐるみがよく見えるように上に掲げる。
「僕とアギトは、魔法の使い方なんて知らないし。それにさっきあんなことがあったばかりだから、仮に使えたとしても今は使わない方が無難だよね。正直何が起こるかわからないし」
まるで打つ手なしという風に、リュートが肩を竦めながら呟く。
そんな中ザナハは会話の合間に渋々ながら、再び二人に回復魔法をかけて全快の状態にしておいた。
さっきの不意打ち攻撃を再び受けないように、全員魔物の動きには十分注意を払いながら、
それでも結構余裕な感じで作戦会議を始める。
オンラインゲームだと、こんな余裕なんてなかった。
作戦会議のためにキーボードで文字を打ってる間に、敵からの攻撃を受けてしまうことだってある。
それよりも敵が自分達より弱いレベルなら当然作戦会議などしなくても、皆それぞれが独自の判断と経験で攻撃を仕掛けて、既に敵を全て倒してしまっている頃合いだろう。
レベルが低い、あるいは知能の低い魔物を相手にした戦闘というのは果たして本当にこんな感じなのだろうか!? とリュートは心の中で呟いていた。
こういう感じの、いわゆる『ゆるい』戦闘のゲームだったら、自分みたいな初心者でもきっと安心してプレイ出来ているかもしれない。
少し思考が脱線してるリュートのことには全く気付かずに、アギトは作戦を立てた。
「とにかく相手はオレ達よりずっと数が少ないし、タコ殴り状態に持ち込めば勝てない相手じゃねぇ! レベルもそんな差があるわけじゃねぇから、絶対何とかなるだろ。そこで、だ!! この戦闘テロップってやつでHPの残量とかを確認できるのはわかったとしてだな。それぞれの攻撃力とか、防御力とか。そういうのを把握するための方法とかはないのかよ? レベルが低いからって、攻撃を受けたらめっちゃダメージ食らいました……じゃ、シャレになんね。てゆうか戦闘ではまず自分の戦闘能力値を知ることが、一番基本中の基本だし」
スライムがうねうねとアギトに体を伸ばして攻撃を仕掛けるが、アギトはそれをジャンプして回避した。
そしておばけキノコが頭を振り回してザナハに攻撃するも、それもあっさりと避けられている。
全員がこんな感じで敵の攻撃を回避しつつ作戦会議をする、という芸当を見事にこなしていたのだ。
これも敵の攻撃スピードが、結構遅かったのが救いだったが。
アギトの言葉にドルチェが今思い出したかのように、どこからか書類の束を取り出してアギトに差し出す。
「これは?」と、中身を見るアギト。
中身を見ている間は敵に注意を向けられないので、リュートが代わりに注意を払ってやる。
「それは二人の検査結果報告書。ついでに姫とあたしのステータス情報も記載してある」
「ちょっと!! 三サイズとか体重まで載ってないでしょうねっ!!?」
「六十二キロ!?」と、冗談交じりにアギトが冷やかす。
「ンなワケないでしょ!! ふざけてるヒマがあったらさっさと作戦練りなさいよ!! てゆうかなんであんたが作戦練る役になってるの!?」
小さな疑問はみんな無視して、アギトは書類の束を食い入るように眺めていた。
思えばゲームの攻略本とかテレビ画面に出てくる仲間や敵のステータス画面も、同じように穴が開く程眺めていたなぁ〜と、リュートは思い出す。
「そういえばアギトって、常日頃からステータス情報は作戦を立てるためにものすごく重要だっていつも言ってたよね」
「そんな情報見て何がわかるっていうの!? 今の状態から格段強くなるわけでもないし、レベルが上がるわけでもないでしょ? それ調べたからって、新しい魔法を習得するわけでもないじゃない!!」
と、アギトの行動に思い切りケチをつけるザナハに対して、ドルチェがまたしても小さな、とても聞き取りにくい声で説明する。
「情報は重要。思わぬところで、戦局を見出す手がかりになる」
そう言われて、まるで自分だけが間違っているような気分になり、ザナハは拗ねた子供のように、プイッとそっぽを向く。
すると突然、おばけキノコが頭から花粉のようなものを巻き散らかしてきた!!
ドルチェはいつの間にやら、くまのぬいぐるみの『ベア・ブック』へと持ち替えていて、魔力の糸で操作する。
ベア・ブックはボクサーのようなステップを踏むと、右手を(前足か?)地面に突き立ててひっかくように
前方へ向けて勢いよく衝撃波を繰り出した!!
その衝撃波は地面をえぐるようにおばけキノコめがけて突き進み、それが手前で上空に進路を変えると空中で漂っていた花粉のような粉が、その衝撃波によって四散する。
「ナイス、ドルチェ!!」
歓声を上げるザナハ。
その横でアギトが一通り書類に目を通し終えて、ふっふっふっと不敵で不気味な笑いをしだした。
不気味な笑い声を聞いて、明らかにテンションが下がるザナハ。
しかしこれ以上ギクシャクさせるまいと、リュートはザナハの態度をスルーしてアギトに駆け寄る。
「何か作戦立てられたの!? アギト!」
期待の眼差しで答えを待つリュート。
「ま、この戦況自体そんな苦戦を強いられるような状況じゃねぇんだけど。出来たぜ!!」
そう宣言したアギトは、自分が先頭に立って全員に指示を出し始める。
ようやく異世界からやって来た二人の少年によって、本格的な反撃が始まろうとしていた!