第136話 「契約の旅、続行」
リュートが戻らないまま更に2日経過しようとしていた。
以前は2〜3日で戻ったが今回はやけに長い、というより戻る保障すらない。
リュートが最初にアビスグランドへ連れて行かれた時・・・、その時は龍神族の青年・サイロンが一緒だったこともあってすぐにレムグランドに戻ってきたのだ。
しかし今回は完全な拉致・・・、よくよく考えてみればそのままアビスの闇の戦士として祭り上げられていても不思議じゃなかった。
次第に不安が増すアギト・・・、だがそんな中でもこの男はいつも通りの態度でこんなことを口走った。
「さて、それじゃ次は雷の精霊ヴォルトとの契約を交わしに行きましょうか。」
久しぶりに主要メンバー全員が円卓会議室に集まったので何事かと思いきや、オルフェのこの一言に半数以上が絶句した。
真っ先に椅子から立ち上がって反論を述べたのはアギトとジャックだった。
「ちょっと待てよオルフェ、これから旅の続きをしに行く・・・って!
リュートのことはどうするつもりなんだ!?」
ジャックが至極マトモな意見を述べた。
だがしかしオルフェはいつもと変わらぬ平然とした笑みを浮かべたまま、さらりと返す。
「どうしようもないでしょう。
レム側からアビスへ行く手段がない以上、我々でリュートを奪還することは出来ませんからね。」
「だからってこのまま旅を続けることなんて出来るわけないだろっ!?
もしオレ達が洋館を留守にしている間にあいつが戻ってきたらどうすんだよ、ただでさえ敵国に拉致られて心身ともにズタボロに
なってっかもしれねぇのに・・・っ!
そんな時にオレ達でリュートのことを支えてやらねぇでどうすんだよっ!!」
頭に血が上ったアギトはテーブルを力一杯叩きながら、オルフェに真っ向から反発した。
すぐにキレる性格のアギトに慣れているのか、全く動じていない様子でオルフェが冷たく見据える。
「我々に力を貸し、この戦争を少しでも早く止めようと決意した者の台詞とは思えませんねぇ・・・。
仮にリュートが精神的ダメージを負った状態で戻って来たとして、支えがなくては立ち直れない程やわな人間なんですか?
そんな弱い人間ならばこちらとしても必要ありません。
私はリュートが・・・そんな弱い人間ではないと信じているからこそ、旅を続けるべきだと判断したまでです。」
オルフェの言葉には・・・オルフェ自身が本心を語っているというより、アギトとジャックに「リュートを信じる」という気持ちを刺激して、無理矢理納得させようとしているようにしか聞こえなかった。
ここで更に反論すれば、自分達が「リュートを信じていない、リュートは弱い人間だ」と認めることになる。
それを何より嫌う二人だからこそ、オルフェにとってこれ以上説得しやすい人間はいない・・・と思った。
案の定二人は急にしぼんだ風船のように勢いがなくなり、黙って腰をおろしている。
そんな勢いのなくなった二人を見たザナハが、真っ直ぐにオルフェの方に視線を戻す。
「もし向こうがリュートを返す気がないというなら・・・、あたし達がアビスよりも先に上位精霊と契約を交わして二国間に道を
作ってしまえば・・・、レム側からアビスへ行くことが出来る・・・!
リュートを奪還するなら、その時がチャンスだって言いたいんでしょオルフェ?」
ザナハの言葉に二人は視線を上げてオルフェの反応を窺った、そしてオルフェもまた・・・にっこりと微笑んで頷く。
オルフェの回りくどい言い回しにアギトとジャックは若干ストレスを感じたのか、小さくため息をもらしながら納得したようだった。
隣に座っているドルチェに向かって、アギトが耳打ちする。
「なぁ、オルフェって他人に誤解されやすいクチだろ・・・!?」
その言葉にドルチェはこくんっと頷いて、・・・気のせいかほんの少し微笑んだように見えた。
初めて見た・・・かもしれないドルチェの笑顔にアギトが戸惑っていると、話はどんどん進んで行っていた。
リュートが戻らない以上・・・このまま待っていても時間を無為にするだけだと判断して、アギト達は精霊との契約の旅を続行する・・・ということに決めた。
話の中で、もしかしたらそれが向こうの狙いのひとつかもしれないという意見も出たが、それはあくまで憶測の領域なのでそれに関しての結論を出すのは後回しにした。
今回の円卓会議で決定したこと・・・。
リュートを除いたメンバーで、このまま雷の精霊ヴォルトとの契約を交わしに行く。
雷の精霊ヴォルトとの契約は、ザナハが交わすこと。
リュートが戻らない以上、アギトはリ=ヴァースへ還ることが出来ない。
向こうの世界のことがかなり心配であったが、今はそんなことよりもリュートの方がもっとずっと心配でたまらなかった。
リュートのことだ・・・、魔術か何かで強制的に操られない限りリュートが自分の意志でアビスに与するとは思えない。
現時点でアギト達がリュートを助けに行ったり出来ない以上、とにかく今はリュートが無事に安全にいることを信じて待つしか道はなかった。
親友が敵国に幽閉されているのかもしれないという時に、自分の力ではどうしようもないという無力さにアギトは無性に腹が立った。
こんな時、いつも光の戦士というのは名前ばかりの・・・名前だけの存在なんだと改めて実感させられる。
特別な力を持っているといっても、結局は異世界間を渡る能力があるわけではない。
地道に修行しなければ身体能力が上昇するわけでもない。
本来なら・・・異世界召喚タイプといえば、自動的に身体能力が通常の何倍か上昇するのが王道のはずなのだが・・・ここではそんな都合の良い展開は期待出来なかった。
加えて・・・、いまだにイフリートとの融合も為し得ていないのだ。
マナコントロールの未熟さ故に、今回ヴォルトと契約を交わすことになったのもザナハに決定している。
みんな特に何か文句を言ってくるわけではなかったが、みんなの足を引っ張っているという考えがたまにアギトの脳裏をよぎる。
人一倍負けず嫌いなアギトはそれが悔しくてたまらなかった。
光の戦士という立場にありながら、精霊ひとつマトモに掌握することも出来ない・・・。
レムグランドに長く滞在すればする程、回りの人間が自分より凄ければ凄い程、自分がいかにちっぽけな存在か痛感してくる。
いつもの前向きな性格がこのマイナスイメージをかき消しているのだが、無力さを痛感した場面に出くわすと・・・つい心が折れそうになってしまう。
そんな時・・・、いつも自分の心を真っ直ぐ・・・強く矯正してくれたのは他の誰でもない、紛れもなくリュートだけだった。
リュートがいない今、頼ることは出来ない・・・。
頼ってばかりはいられない。
自分の足で立つことを覚えなければいけない。
アギトはしっかりと自分にそう言い聞かせて、改めて強く決意した。
10日もの時間を使ってイフリートとの融合を考慮したが、結局完全な融合は果たせなかったこともあり・・・旅の続きはすぐにでも再開することになった。
雷の精霊ヴォルトがいる地域は、この世界がまだ1つの世界として存在していた頃・・・ラ=ヴァースと呼ばれていた頃。
アビスグランドに近い場所にあった。
そこへ向かうにはまず炎の精霊イフリートがいた火山地帯を経由して、更に西へと進んだ先にあるという。
何でもヴォルトがいる地域ではレイラインの力が非常に強くなっているせいで、それに比例して魔物の強さも尋常ではないらしかった。
オルフェが言うには、ラ=ヴァース時代の名残からアビスグランドとの次元の境目という特殊な環境・・・という条件も手伝い、レイラインのマナ容量が他地域に比べると強くなっているという話だった。
火山地帯ではザナハの水属性の魔法やウンディーネが活躍したが、今度の地域は雷属性を主体としたもの。
水属性では逆効果を生んでしまう。
雷属性に対抗するには土属性が有効だという、つまり今回・・・戦力としてはオルフェとジャックに大きく頼ることになるだろう。
翌日・・・、早速アギト達は地下室にあるトランスポーターで火山地帯に向かうことになった。
メンバーはいつも通りだ。
アギト、ザナハ、オルフェ、ジャック、ミラ、ドルチェ・・・そして移動の際にお世話になる馬車の御者。
積み荷などはすでにメイド達が用意してくれていて、アギト達は夜明けとともに出発するだけだった。
「なぁ・・・、今回はまぁ・・・リュートがいないからリ=ヴァースへ還る心配はいらないんだけどさ。
火山地帯からヴォルトがいる地域まで延々と馬車を走らせる旅になんの?
途中でレイラインがあって、たまに洋館に戻る・・・とかそういった趣向は用意されてないわけ!?」
ヴォルトがいる地域がどんな所なのか、会議中ずっと上の空だったアギトはよく覚えていなかった。
何となく火山地帯の時のような劣悪な環境を想像していたので、そんな中で数日過ごすなんて考えられなかったのだ。
レイラインを発見する度に洋館に戻っては補給をして、たまにゆっくり過ごすことが出来たらなぁ〜という甘い考えに浸っていた。
「レイラインのある場所まで行くことが出来れば、補給の為に一時帰還・・・というのは大いにありますよ。
でも火山地帯の時とは違ってヴォルトがいる地域・・・、ネリウス地方は雨期こそ長いですが割と盛んな地域だと聞いています。
龍神族の里との流通の拠点となっていますから、物資に関して・・・わざわざ洋館に戻らなくてもここで補給は事足りると思う
のですが・・・。」
そこでミラが言葉を切った。
そのワケはアギトにもすぐに理解出来る・・・、現在このレムグランドはアビスはおろか龍神族までも敵に回してしまっている。
そんな状態で未だに物流が行われているとは到底思えない。
誰も口にしなかったことだが、龍神族との物的流通で生計を立てている町ともなれば・・・取引先と交渉決裂に持ち込んでまで戦争に発展した今の状態を、快く思っていないことは誰が考えても明らかだろう。
物資が不足しているのかもしれない・・・、それどころか開戦を良しとした王家に対して敵対心が芽生えていても不思議じゃない。
またこの間のように同じ国の人間に非難され、襲われてしまう可能性だってないとは言えなかった。
恐らくみんな・・・、そんな想像をしているのだろう。
誰一人として続きの言葉を引き受けようとはしなかった。
そんな中・・・。
「さぁ、ネリウス地方に向けて出発しましょう!」
能天気なおっさんの声が・・・、地下室中に響き渡った。