第134話 「ルイドの目的」
グレイズ火山のあった場所から遥か彼方の世界・・・、リュートはひどい乗り物酔いでもしたような・・・激しい頭痛と吐き気で
目が覚めた。
ガンガンと脈打つように激しく痛む頭を押さえながら、ゆっくりと目を開ける。
するとどこからか・・・か細い、透き通った声がした。
「まだ横になっていた方がいいわ・・・。」
聞き慣れない声、・・・初めて聞く声。
誰かと思ってリュートは声がした方向に視線を向けると、リュートが寝ているベッドの横に長い黒髪をした少女が座っていた。
肌の色がとても白くて余計に黒髪が目立つ、ほわんとした雰囲気・・・という表現がとても似合うような感じだ。
リュートは少女の言う通りにしているつもりではなかったが、頭痛がひどくてとても起き上がれる状態ではなかった。
首だけ少女の方に向けると、何とか力を振り絞るように声をかける。
「・・・君は?」
リュートの問いかけに応じた少女が柔らかく微笑むと、ベッドのすぐ横にある棚の上に水の入った洗面器のようなものが置いてあり
タオルを水に浸して絞ると、リュートの額に乗せて・・・それから答えてくれた。
「あたしはジョゼ、この世界では・・・闇の神子と呼ばれているわ。」
その言葉に反応したリュートは驚きの余り飛び起きそうになって、まるで頭の上にタライが落ちて来たような衝撃が走った。
苦痛に顔を歪めていると、ジョゼは額から落ちたタオルを手に取ってリュートの脂汗を拭う。
「いっつつつ・・・っ!!」
奥歯を噛みしめながら何とか激痛の波が過ぎ去るのをジッと堪えて待つリュートに、ジョゼが汗を拭い終えると二の腕まであるアームウォーマーを外し・・・素手でリュートの額に触れた。
ひんやりとした素手が、だんだんと温かみを帯びて行く。
不思議と触れている素手から後頭部にかけて、じわじわと痛みが引いて行くのがわかった。
まだ少し痛みは残っているが、さっきよりは随分マシになってリュートの顔に安堵の色が現れる。
「今のあなたの症状は外傷とは異なるから、回復魔法だとほんの少しだけ痛みを和らげることしか出来ないの。
・・・ごめんなさい。」
「なんで君が謝るのさ・・・?
お陰で殆ど痛みを感じなくなったよ、ありがとう。」
リュートの言葉にジョゼは笑みになり、それからまたタオルを水に浸して・・・ひんやりとした冷たいタオルが再びリュートの額に置かれた。
ここが一体どこなのか、・・・それはジョゼの存在で明らかになった。
自分はまたアビスグランドに連れてこられたのだ、・・・そして恐らくここはルイドの本拠地だろう。
アビスグランドで最も大切な存在である闇の神子をそこら辺にほったらかしにするわけがない。
以前連れてこられた時の記憶はないが、自分を利用しようとする人間は限られているはず。
その中心人物としてルイドが関わっているのは、まず間違いない。
なんてことだろう、いつの間に攫われたのか全く覚えがないが・・・とにかくマズイ状況に陥っているのは確かだった。
今はサイロンという後見人のような存在もいない。
どうやってここに来たのかもわからないのに、どうやってここから抜け出すのか全く見当もつかない・・・そんなことを考えている時だった。
急にジョゼは辺りを警戒するように真剣な表情になると、リュートに顔を近付けて・・・まるで耳打ちするように小声で話しかけて来た。
「あなたが闇の戦士のリュートね?
・・・あなたにお願いがあるの、とても重要なことよ。」
張り詰めたような口調で囁くジョゼに、リュートはあまりに突然だったのでどう反応していいかわからなかった。
しかし他の人間が来たら困るような内容なのか・・・、ジョゼはしきりに出入り口であるドアの方に何度も視線を送りながら返事を待っていた。
横目でジョゼの顔を覗き見ると、とても切羽詰まったような真剣な眼差しだったので・・・リュートはとにかく話だけでも聞こうと思った。
「・・・お願いって、一体・・・?」
そう言いかけた時、ジョゼはすぐさまその言葉を了解のサインだと受け取って話し出した。
その瞳は、思いつめたような・・・そしてどこか悲しみを帯びたように見えた。
「兄様を・・・、ルイドを止めてほしいの!」
「・・・えっ!?」
突然の言葉に、話が全く見えてこなかった。
ルイドはアビスグランドの元・闇の戦士だと聞いたことがある、マナ天秤の偏りによってマナ枯渇の危機に陥ったアビスを救う為に剣を取り、レムグランドに・・・もとい光の神子達に宣戦布告をした男。
そんな彼の妹である闇の神子のジョゼが、なぜこんなことを言い出すのか・・・。
「兄様はあなた達に対して、表向きにはこう言っているはず・・・。
マナの枯渇によって絶滅の危機に瀕しているアビスグランドを救う為に、自分達は光の神子の旅を妨害しているんだって。
でもそれは本来の目的を明かさない為のただの隠れ蓑、本当の目的はもっと別のところにあるの。
兄様達はとても恐ろしいことを企んでいるわ、・・・あたし一人じゃどうにもならないの!」
一息ついて、それからジョゼは落ち着きを取り戻すように呼吸を整えた。
「兄達の本当の目的は、ディアヴォロの復活・・・っ!
ディアヴォロを制御出来ると信じている兄は、ディアヴォロを使って世界を滅ぼそうとしているの。
軍団長達もそれを承知の上で兄に加担しているわ・・・、悲しいけれどブレア先生も・・・。
ベアトリーチェ様は兄を完全に信頼しきっている、どんなに訴えようと・・・きっと届かないわ。」
有り得ない、途方もない話にリュートは完全にジョゼの言葉を疑っていた。
「そんな・・・、何かの間違いじゃないのっ!?
ディアヴォロの恐ろしさなら僕だって・・・って、・・・あれ!?
僕・・・どうしてディアヴォロの恐ろしさを知ってるんだろ・・・!?
まるで肌で感じたみたいに・・・、って今はそんなことどうでもいいか。
とにかく!!どうして君はそう思うの!?・・・ルイドがそんなことを口にしていたのを聞いたとか!?」
視線を落としたジョゼは、小さく頷いた。
「・・・以前、龍神族の里の族長様が亡くなられる数日前に。
珍しく軍団長全員を呼び出して話をしていたことがあったの、あたしは・・・立ち聞きするつもりはなかったんだけれど。
そこで兄は恐ろしい計画を口にしていたわ、レムとの間で戦争を引き起こして・・・人間達の負の感情を増幅させるって。
ディアヴォロは負の感情を何より好むからそれを取り込むことによって、封印が解かれるのも早くなるらしいの。
兄は・・・、闇の戦士であるあなたを使ってディアヴォロを制御すると言っていたわ。
その為にはまずアビスの精霊全てと契約を交わして、レムとアビスの間に全面戦争を引き起こさせる必要がある・・・。
最終的には・・・闇の精霊シャドウを取り込んだあなたを使って、同属性であるディアヴォロを制御させるって。
その方法は詳しく言ってなかったけど、・・・きっとあるんだわ。」
急きこむように話し続けるジョゼに、リュートは何とか今聞いた言葉を頭の中で整理しようとした。
ジョゼ自身は、直にルイドが話しているのを聞いたと言っている。
しかしそれを全て鵜呑みにしていいのだろうか?
この話を信じるには、筋が通っていないことが多すぎる。
ディアヴォロを完全に制御するなんて、そんな方法が本当にあるのかどうか・・・まずそれが疑わしかった。
それに仮にディアヴォロを完全に制御出来たとして・・・この世界を滅ぼして、ルイドに一体何の得があるのか?
肝心な内容が欠けていて、ジョゼの言葉を真っ直ぐに信じることが出来なかった。
いや・・・、今まで信じようとしてきたものがことごとく覆されてきたという経験が、かえって疑う心を生み出しているせいもある。
信じることより・・・、まず疑ってばかりいる自分に少し嫌気が差しながら・・・それでもリュートは事の真実がどちらにあるのか
見極める必要があった。
もしジョゼの言っていることが真実だとしたら、それはかなり重要で・・・重大な問題になるからだ。
「・・・君はそれが真実だって言うんだね?
それじゃルイドはアビスの女王であるベアトリーチェを裏切って、・・・アビスを裏切ってディアヴォロを復活させようと
している?
どんな方法かはわからないけど、僕を使ってディアヴォロを制御して・・・この世界を滅ぼそうと?」
自分にもう一度確認する為・・・という意味も含めて復唱したつもりなのだが、ジョゼはリュートが信じていないのだと察して
ショックを受けたような表情になると両目を閉じて・・・、まるで感情を殺したかのような瞳に切り替わった。
「・・・あたしが馬鹿だったわ。
こんな話、誰だって信じられるはずないものね・・・。
話の内容だって筋の通っていないものばかり、何の証拠もないのに・・・憶測だけで話を進めてた。」
ジョゼの辛そうな顔を見て、リュートは罪悪感に襲われながら言葉を付け加えようとする。
「別に信じないってわけじゃないんだ・・・!
ただ・・・、内容があまりに予想もしなかったことだったから・・・整理するつもりであんな言い方になっただけで!」
「いえ、いいの。
あなたの反応はまともよ・・・、確かに突然こんなことを言われたって混乱するだけだものね・・・。
ただ・・・、あなたにひとつだけ注意しておくことがあるわ。」
再び真剣な眼差しになると、ジョゼは立ち上がって・・・リュートを見下ろした。
今度は一体何だろうと・・・リュートは少し緊張気味になって言葉を待つ。
「兄は・・・、ルイドは・・・。
これから起きる未来が視える・・・、予言とは少し違うわ・・・。
今こうしてあたしがあなたに話している出来事ですら・・・、兄はすでに知っているのかもしれない。
覚えておいて・・・、あなた達がどうあがこうと・・・兄はそれを全て知った上で行動しているわ。」
それだけ告げて、ジョゼは踵を返すとドアの方に向かって歩き出した。
部屋から出て行こうとするジョゼに、リュートは慌てて声をかける。
「ちょっと待って・・・、未来が視える・・・って!
今この場面もルイドが知っているのかもしれないなら・・・、どうして君は僕にさっきの話をしたのっ!?」
ドアノブに手をかけて、ぴたりと止まると・・・振り向き様にジョゼが答える。
「あなたなら、未来を変えられるから・・・。
例えその目でこの先起きる未来が視えたとしても・・・、闇の戦士であるあなたには敵わない。
・・・それだけよ。」
最後に言葉を紡いだジョゼの瞳は、気のせいか濡れているように見えた。
部屋に一人残されたリュートは上半身だけ起き上がると、さっきのジョゼの言葉を思い返す。
考えてみれば自分はいつも、「この世界の常識を知らない」という理由をつけて・・・流されてばかりいた。
自分で考えようとはせず・・・調べようとも・・・確認してみようとも。
オルフェが言ったから。
ルイドが言ったから・・・。
今までそこに「自分の考え」というものがあったのだろうか?
どちらを信じるかは・・・、結局は自分がどうするか・・・しかない。
他人の意見に振り回されてばかりいるんじゃなくて、何が真実なのか・・・自分の目で・・・自分の手で確認しないことには
きっと本当の意味で心から、本心から納得出来ないだろう。
ルイドは本当に、別の目的で動いているのか?
そしてそれを確認出来るのは・・・自分しかいないと思った。
アギトやオルフェ達では、まず無理だろう。
何の違和感もなくルイドに近付けるのは、アビスに属する者だけだから。
もしここでルイドに加担すると・・・、そう言ってみたら?
ルイドは快く受け入れるだろうか、さっきジョゼが言ったように・・・今この瞬間もルイドに知られているのだとしたら?
きっと警戒するに違いない。
しかし・・・それは同時に、ルイドが本当に未来を視ることが出来るのか?・・・という証拠を掴むことになる。
リュートは、意を決して自分の進むべき道が・・・ほんの少しだけ見えた気がした。
きっとこの方法でしか、ルイドの真実を知ることは出来ないと。