第133話 「好転の兆し」
アギト達が火山口から続く抜け道を通って、ようやく小屋へと続く階段を上って隠し扉を開ける。
意気揚々と扉を開けたアギトの目の前に飛び込んできたのは、拳銃を突きつけたチェスだった。
「どああああぁぁぁーーーっ!!」
アギトとチェスの声がハモる。
突然見知った顔が現れて、チェスは驚きの余りそのまま尻もちをついてしまった。
アギトはアギトで誰もいないと思っていた小屋に男がいたので、階段から転げるように落ちて行ったが・・・誰一人として受け止めてくれなかった。
何事かと思ったミラが階段を駆け上がって隠し扉から顔を覗かせると、小屋の中には軍服を着た軍人が数人不思議そうに隠し扉を覗いていた。
警戒するような状況ではなかったことに胸を撫で下ろすと、隠し通路から出て行って全員に向き直った。
「大丈夫、これは火山口最深部へと続く隠し通路です。
神子と戦士・・・、それに私達ガードが通ってきたので警戒する必要はありません。
それよりあなた達は一体どうしたというんですか!?
我々契約班が出発した後に、あなた達には火山口周辺の住民保護を命じたはずですよ。」
上官であるミラに問われると、慌てて立ち上がったチェスが敬礼をしてから答えた。
「それよりも、まず報告です。
実は大佐達が火山口へ向かわれた直後に、アシュレイ殿下から手紙が届きました。
それによると、アシュレイ殿下のご厚意により何とか火山地帯への人材派遣と救援物資を送ってもらえるとのことです。
我々は少数で一足先に救援物資を届ける為、トランスポーターを使ってここまで来ました。
・・・オレ達だけで行動したのは、マズかったでしょうか?」
「いえ、助かります。
私達の方もイフリートとの契約に成功して、火山口周辺の異常気象と魔物による問題があらかた片付いたところです。
あとは精霊暴走による被害を受けた地域の後始末、及び住民への状況説明と援助をする必要があります。
あなた達は引き続き、住民保護を最優先として地域一体の復興援助をお願いします。
・・・アビス進軍は主に首都に向けられるから、この辺り一帯はアビスからの侵攻はないと思われますが念のため・・・
警戒はしておくように、いいですね?」
「了解!」
再びびしっと敬礼するとチェスは、小屋で待機していた軍人に檄を飛ばしながら命令を伝えた。
そのすぐ後に、ようやく隠し扉から出てきたザナハ達が、一体何事かと思いながら小屋の中へ入ってきた。
「救援隊でも到着したの!?」
「朗報です、アシュレイ殿下が火山地帯へ人材を派遣してくれるそうですよ。
それから首都は戦時中ですが、何とか救援物資も届けてもらえるそうです・・・よかったですねザナハ姫。」
ミラは笑顔でそう伝えるが、ザナハは少し複雑そうな表情で聞いていた。
嬉しいのは確かなのだがどこか違和感のあるような瞳になりながら、誰にも聞こえないような小声で「アシュ兄様が?」と呟いていた。
小屋の中がドタバタと何やら騒がしいことに、オルフェやジャックも後から追い付いて顔を覗かせる。
「おい、階段下でアギトがひっくり返ってるぞ・・・って、一体何事だ!?」
「・・・どうやら少し事態が好転しているようですね。」
ジャックの言葉に、オルフェは一通り辺りを見回しただけで言い当てた。
二人が出て来るとそのすぐ後からふらふらになりながら頭にたんこぶを作ったアギトが、ようやく小屋へと辿り着く。
「お前等・・・っ!」
階段を転げ落ちてから、誰一人として助けようとはせず小屋の騒がしさを見に行くのを優先されたアギトはキレる寸前だった。
・・・と、ようやくさっき出会い頭に驚いた相手がチェスだとわかって、アギトはすぐさま駆け寄って蹴りを入れた。
「なんだよチェス驚かすなっつーの!
・・・つーかなんでチェスがここにいんの!?」
アギトの蹴りに「いてっ!」と短く声を上げると、悪ガキをたしなめるような顔で頭をぼりぼりと掻きながら視線を泳がせる。
「・・・オレがさっきミラ中尉に報告したの聞いとけっての。
大体驚いたのはお互い様なんだからよ・・・って、そういやリュートはどうした!?」
チェスのさり気ない言葉にアギトは突然暗い表情になると、まるで近しい人物の通夜のようなどんよりとした空気を作る。
アギトの態度の豹変ぶりに「何かマズいことでも聞いたのか?」とでも言うように、チェスは少し戸惑いながらザナハ達に
助けを求めた。
小さく溜め息をつきながら、ザナハがとりあえず助けてやる。
「火山口の最深部でアビスからの刺客の軍団長が襲ってきてね、その時に攫われちゃったのよ。」
そういうことか、と納得したチェスは何とかアギトを励ましてやろうと無理矢理笑顔を作って肩を叩く。
「心配なのもわかるが・・・ほら、こないだだってすぐ戻って来たんだから大丈夫だって!
リュートのやつ草食系で頼りなさそうに見えるが、あれで実はしっかり者なんだから自分で何とかしてるさ・・・な!?」
しぃ〜〜ん。
あまり慰めになっていなかったのかアギトは変わらず暗いままだったので、チェスは思わず心の中で「めんどくさっ!」と叫んだ。
ちらりとオルフェ達の方を向いてさり気なく助けを求めるが、誰もチェスに視線を合わせようとはしなかった。
(うーわ感じ悪っ!これって絶対オレに押し付けてるよな!?面倒臭いことオレに押し付けようとしてるよなっ!?
なんだよ・・・、泣きたいのはオレの方だっつーのに・・・。
ついこないだ遠征期間が長いから遠距離は耐えられないって言われて、彼女にフラれたばっかだっつーのによぉ!)
そんな時小屋の外から部下達の呼ぶ声が聞こえて、チェスは「天の助け!」と言わんばかりに歓迎した。
ぽんぽんっとアギトの頭を軽く叩くとチェスはさっきよりも自然な笑顔になって、退散した。
「おっと、オレはこれから任務があるから行くけど・・・あんまり気ぃ落とすなよ!?
そんなこっちゃリュートに笑われるぞ!?
じゃーな!」
それだけ言うと、チェスはそそくさと小屋から出て行ってしまった。
しかしアギトは、先程のぎくしゃくした励ましの言葉より・・・今の言葉で少し元気が出て来たような気持ちになった。
チェスに優しく叩かれた頭をさすりながら、アギトは軽く笑みを浮かべる。
すると後ろの方からオルフェが呼んだ。
「アギト、私達の方は洋館に戻りますよ。
早くこっちに来なさい。」
そう言われて振り向くと、ザナハやミラはとっくに洋館に移動していた。
残っているのは自分を含めると、ドルチェとオルフェだけだったので慌てて魔法陣の中に入る。
洋館に戻ってきたら、すっかりこっちの方が居心地が良くなっていて・・・まるで我が家に帰ってきたように安心する。
その代わりどっと疲れも襲ってきて、アギトは大きくあくびをしていた。
「そういや火山地帯の方によく人材を派遣出来たよなぁ!?
確か戦力は全て首都に集中させるとか何とか言ってなかったっけ?」
眠気に襲われながらも、アギトは自室に戻るまでの間・・・オルフェに話題を振ることで何とか睡魔と戦っていた。
こつこつと軽快に歩きながら、オルフェはアギトの方を振り向くことなく答える。
「チェスから手紙を預かっています、これによると・・・。
・・・・・・やれやれ。」
先に一通り手紙に目を通したオルフェは、苦笑気味に・・・そしてどこか困惑したような笑みを浮かべながら言葉を続けた。
「どうやらこの件に関しては、首都で会った黒衣の剣士が絡んでいるようですね。」
久々に黒衣の剣士が話題に出てきて、アギトは完全に睡魔に打ち勝ったように瞳を輝かせて話に食いついた。
「黒衣の剣士っ!?
首都で会ったあの超かっけぇ正義の味方のっ!?
んで続きはっ?何て書いてあんだっ!?」
アギトの食いつきように、オルフェは白い目を向けて・・・それからにっこりとイヤミ交じりな笑みを浮かべる。
(・・・そういえばアギトは黒衣の剣士の正体を知りませんでしたね。
まさか彼の正体が、アギトの大嫌いなアシュレイ殿下だと知れば・・・かなり面白い展開になりそうですが・・・。)
しかしここはやはりオルフェだった、とても面白い展開は後にとっておくかのように包み隠したまま説明する。
「どうやら火山地帯に派遣される人間は、軍人や騎士ではないようです。
以前私がアシュレイ殿下に宛てた手紙に書いてあったことを信じて、一般市民から募集をかけたみたいですよ。
イフリートの暴走さえ鎮めれば、異常気象や魔物の凶暴化も・・・鎮静化する可能性が高かった。
魔物に対する防衛策さえ何とかなれば、別に派遣するのは軍人でなくても良かったですからね。
そこで市民から支持の高い黒衣の剣士が立ち上がってくれたようです。
軍人や騎士が他に派遣出来ないようなら、市民から募集をかければ良い・・・と。
魔物に対しては私の部下が数人加われば問題ありませんでしたから、市民には派遣労働と称して仕事にあぶれた人間を
かき集めたようです、それでなくとも首都は現在厳戒態勢な上・・・このレムグランドで最も危険な場所になっています。
そんな中、正当な理由で首都を離れられて・・・なおかつ賃金を稼げるとなれば、そりゃあ結構集まるでしょう。
火山地帯の異常がなくなれば、あとはその土地の住民達と力を合わせて復興作業に専念すればいいだけですからね。
これで首都は戦力を欠くことなく、こちらの地域に人材を派遣することが出来る・・・というわけです。」
「首都に住んでる人間を安全な場所に逃がす・・・ってのも、含まれてんだな〜。
やっぱさすがだぜ、黒衣のレイさんわ!!」
完全に憧れの眼差しになっているアギトを見て、思わず本気の笑いが出てきそうになったのを・・・オルフェは相変わらずの
ポーカーフェイスで堪えていた。
「それよりアギト、体の方は大丈夫ですか?」
突然話題を切りかえられて、アギトは虚を突かれたようにぽかんとしたまま振り向いた。
「君はイフリートと契約を交わしたばかりです。
精霊と契約を交わせない私にはどういった症状が現れるのか、正直わかりませんからね。
何か異変があったらすぐに知らせてください、いいですね?」
「うんわかった、つーか・・・契約が関係してるかどうかわかんねぇんだけどさ、今ものすご眠いんだけど?」
「それはただの疲労でしょう、イフリートの暴走を止める際・・・君は今まで発したことがない程のマナを放出しましたからね。
外傷を癒すことが出来ても精神的負担は避けられません、今日はもう部屋に戻って休みなさい。」
なんだか今日のオルフェは妙に優しい・・・、という気持ち悪さを感じながらアギトは素直に従った。
オルフェは、アギトが途中で生き倒れないようにと・・・ドルチェに付き添うよう命じた。
足取りがかなり重いまま、二人は真っ直ぐアギトの部屋へ向かう。
二人の姿が見えなくなるとオルフェは考え込みながら、ゆっくり地下室の石の廊下を歩いて行った。
「そういえばジャックと二人でアギト達を迎えに行った時、リュートは今までにない魔法を使っていましたね。
空を飛ぶ技術、・・・あれは風属性の魔法では習得出来ないもののはず。
・・・ということはやはり今回リュートが攫われたのも、・・・次なる精霊と契約させる為でまず間違いないでしょうね。」
オルフェの顔に微笑が現れる、とても冷たく・・・冷徹な瞳が眼鏡の奥で光っていた。