第131話 「アギトの怒り」
何もかもが信じられなかった・・・。
暴走したイフリート相手に、次々と倒されていく仲間達・・・。
幻だと信じていた・・・、これはきっとイフリートが試練として見せている夢なんだと・・・。
フロア中に漂う肉の焼け焦げた臭い・・・、自分の手で傷つけた腕・・・。
どれもリアルにしか感じられない、これが夢だとは・・・幻だとは思えなかった。
イフリートの火球をまともに食らって腕が焼けただれてしまったドルチェ、同じように攻撃を受けて倒れ伏したオルフェとジャック。
壁に叩きつけられて気を失ってしまったミラ・・・。
指先でほんの少し触れただけで・・・一瞬にして消え去ってしまったリュート、それを見て悲鳴を上げるザナハ・・・。
何もかもが悪夢のような光景だった。
最後の一瞬だけ・・・自分の目の前で儚く消え去った親友の笑顔が、不思議と目に・・・脳裏に焼き付いて離れない。
・・・その刹那だった。
最も大切な者を失った喪失感、虚脱感・・・そして絶望。
それを一瞬の内に全て体験したアギトの心が、まるで誰かに背中を押されたように・・・唐突にブチ切れた。
全身のマナが一気に解放されていく感覚がハッキリとわかる。
アギトが今までに習得した魔法の中に回復系は含まれていない、というよりオルフェから聞いたことだがアギトはオルフェと同様に
回復系や補助系の魔法は全く習得することが出来ない性質だと聞かされていた。
しかしアギトの全身のマナが急激に解放されたことによって、回復系の魔法を習得していないにも関わらず・・・イフリートに攻撃された脇腹部分のダメージ、そして自ら傷つけた左腕の傷がまるで回復魔法をかけたかのように・・・ものすごいスピードでみるみる回復していったのだ。
アギト自身は知らないことだが、一般的な人間がコントロール出来るマナは全体の約30%程しかないという。
残り70%は眠っている状態であり、もし人間がその全てのマナをコントロールして解放することが出来たのなら、それこそ無限の
マナ・・・アンフィニにも引けを取らない程のパワーを操ることが出来るというのだ。
しかしどんなにマナコントロールの巧みな人間でも、50%以上ものマナを自らの意志で覚醒させることは不可能に近かった。
アギトは・・・、昂った感情によって通常よりも高いマナの覚醒を促すことが出来た状態にある。
元々アンフィニの可能性を持ったマナ指数の持ち主、光の戦士であった為・・・覚醒させる力は十分に秘めていた。
ただ・・・、そのきっかけを掴むのが余りに困難だっただけである。
怒りに支配されたアギトは床に転がった剣を拾い上げると、親友の命を奪った精霊イフリートに向かって鋭く睨みつける。
キッ・・・とイフリートを睨みつけた瞬間、ゴォォォッとアギトの周囲から禍々しいとも言える異様なマナが発せられて・・・
その覇気に押されたイフリートからは、今まで見せつけていた凄みが消え失せていた。
アギトの攻撃的なマナに圧されたイフリートは、それまで暴走してたマナが急に萎縮したようになっている。
力の限り剣の柄を握り締めながらアギトは、イフリートを睨みつけたまま・・・ゆっくりと歩み寄って行く。
肉眼で確認出来る程のマナを見せつけられて、もはやイフリートから零れ出る暴走したマナですら上回っており・・・逆にアギトに
対して恐怖すらしているように見えた。
躊躇も、恐怖もなく・・・怒りという感情だけでイフリートに立ち向かっていくアギトに、畏怖を感じたイフリートがこれ以上
近づけさせないようにと左右の手で小規模の火球を作り出し、それを交互に投げつけていった。
マナ濃度よりも数でいった火球は、そのひとつひとつの威力が小さく・・・アギトはその火球に込められたマナの濃度が大したことないと瞬時に判断して、剣で弾き・・・そしてオーラのように全身を覆っている自らのマナで、向かってくる火球を弾き返す。
歩むスピードを変えることなくどんどん近付いて行き、イフリートはますますヤケになった様子だった。
本来抱えていた苦しみと、アギトの圧力による焦燥感が・・・余計に冷静さを欠いた行動を取らせる。
唸り声を上げながらイフリートは先程より大きな火炎球を作り出して、それをアギトめがけて放つ!
怒りに満ちた恐ろしい形相のアギトは・・・、自分に狙いを定めた巨大な火炎球に向かって剣を構えて迎え撃った。
「いい加減にしやがれぇぇーーーっっ!!」
その怒声と共に更なるマナを解放して、それが構えた剣を伝い・・・魔法防壁の役割を果たす程のマナの結界を作り出して火炎球を消失させた。
次々と攻撃するも、それをことごとく弾き返されるイフリートはアギトに対して恐怖を確実に覚えて行った。
だがここで思わぬ展開が訪れる、アギト達との戦闘によってイフリートは火炎系の攻撃や魔法を大量に使い続けた。
攻撃、防御、魔法などに使用されたマナは消費したも同然になる。
マナ天秤がレム側に偏ったことによって火のマナが膨張して、イフリート自身の力で抑えられなかったマナですら「戦闘による
消費」という扱いになって、「蓄積されていたマナを減少させる」という状態にまで持っていくことになったのだ。
つまりイフリートは、自身の抑制許容範囲内にまでマナを減少させることが出来たということになる。
マナを完全に抑制出来る状態になったイフリートは、精神崩壊を免れて正気を取り戻す。
精神崩壊を起こしかけていても、それまでの記憶はちゃんと残っていた。
イフリートは自ら犯した事態を全て把握し、彼らが何者であるかを悟って語りかけた。
『待て・・・、光の戦士よ!
お前達のおかげで暴走したマナを抑制することが出来た・・・、我は正気となったのだ。
よってお前達の願いを聞き入れる代わりに、お前の武器を収めるといい。』
イフリートの顔はいかついままだったが、先程までの怒りと苦痛に満ちた表情はなかった。
しかしアギトは強く握りしめた剣を轟音と共に薙いで、殺意に満ちた眼差しでイフリートを見据える。
「何勝手なこと抜かしてやがる・・・!
お前はオレの大事な親友を殺しやがったんだ・・・、オレがテメーを殺すまで気が済むワケねぇだろうがぁーっ!!」
完全に怒りと殺意に支配されたアギトは、イフリートの言葉に全く耳を貸す様子もなく怒声を上げる。
なおも全身のマナを全開にしたまま、今度は右手に携えた剣にマナを宿らせて・・・刃先に炎を走らせた。
炎の剣・・・、アギトは計算も理論も・・・何もなく本能のままに魔法剣を発動させたのだ。
食い下がる様子を全く見せないアギトの殺気に、大幅にマナが減少したイフリートは慌てたようになおも説得する。
『待てと言っている!!
貴様・・・、我が誰なのか・・・わからぬはずがないだろう!
この世界の自然を司る・・・っ!』
「炎を統べる精霊なんだろうがっ!
そんなもん今は関係ねぇんだよっ!!・・・テメーは黙ってオレに殺されろぉーーっ!!」
「やめてアギトーーっ!!」
全身にまるでイフリートのように炎のマナを走らせたアギトに・・・、ザナハが駆け寄って制止した。
後ろから押さえ付けるように、・・・抱きしめるように。
「アギトが怒るのも当然だわ・・・、大切な人を失うのはとっても悲しいことだもの。
でも・・・自分を見失わないでっ!
アギトがイフリートをただ力任せに倒しても・・・、仮に殺したとしてもっ!!
そんなことをして・・・リュートが喜ぶと思うの!?
誰にでも優しくて、いっつも回りに気を使ってばっかりで・・・、自分のことよりも他人の心配ばっかりして・・・。
そんな心の優しいリュートが、アギトの手が汚れてしまうのを・・・嬉しく思うはずがないでしょ?
今のアギトを見たら・・・、きっと悲しんでるわ・・・っ!
自分のせいでアギトが罪を犯した・・・って、きっとリュートは自分のせいにしちゃうのよっ!?
あんたは・・・この世界で一番大切なリュートを、悲しませたいのっ!?」
ザナハの涙声に・・・、必死の叫びに・・・、悲痛な言葉に・・・、アギトの手が緩んで・・・剣を落とす。
優しく包み込まれるように、アギトから放たれていたマナが次第におさまっていって・・・そして平静を取り戻した。
アギトの心を支配していた怒りがおさまって・・・全身の力を抜いた時、アギトの体が震えているのをザナハは感じた。
肩を震わせて・・・、さっきまでとは全く違った力の入れ方でアギトは・・・全身を小刻みに震わせて、泣いていた。
「・・・くっ、・・・うぅっ!!」
声を押し殺して泣くアギトに、ザナハは抱きしめたまま・・・アギトをその優しさで包み込んだ。
他に何も出来ないから・・・。
慰めの言葉なんて浮かばない、何を言っても慰めにはならないのだから・・・。
きっとアギトにとっては本当に・・・、この世でたった一人と言っても・・・きっと過言ではないんだろう。
この世でたった一人の親友だったから・・・、だからこんなにもツライんだ。
まるで自分の半身を失ったように、・・・その喪失感はきっと言葉では言い表せない程のものだ。
勿論、ザナハにとってもリュートは大切だったのだから・・・。
「死なせた・・・っ、オレが死なせたようなもんだ・・・っ!」
呟くように、囁くように・・・今にも風に吹かれたら消えてしまいそうな位の小声で、アギトが言葉を漏らした。
そんなことない・・・と言いたかった。
しかし、今そんなことを言っても・・・きっとアギトは自分を責め続けるだろうと思った。
人は大切なものを失った時、慰めの言葉をそう容易く・・・真っ直ぐに受け止めることが出来ないものだ。
全て自分のせいにしてしまって・・・、自分を責め続ける。
それでも、支えとなって「アギトのせいではない」と言ってあげるべきだと、ザナハは思った。
「誰のせいでも・・・。」と、言いかけた時だった。
「そうですね、リュートは死んでないと思いますよ?」
「・・・・・・・・・・!?」
唐突なまでにしれっとした言葉に、一瞬二人の思考回路が停止した。
二人は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔のまま、声が聞こえた方を振り向くとそこにはピンピンしたオルフェ達が立っていた。
「・・・・・・・・・・・???」
またしても頭の中が真っ白になる。
・・・・・・あれ?
ザナハは一旦アギトから距離を離して、それから二人は一生懸命記憶を辿らせて・・・この光景の理由を考える。
頭を押さえながら考え込む二人を見たオルフェが、その時間すら面倒臭いと感じたのか・・・二人の思考を遮って説明し出した。
「元々誰も死んでなかったんですよ、・・・イフリートの攻撃によって倒されたのは事実ですが。
私達がこうして復活出来たのもドルチェのお陰なんです。」
そう言ってオルフェはドルチェを前にして、称えるように頭を撫でてやった。
ドルチェはかえるのぬいぐるみ、ケロリンを取り出すと説明する。
「ケロリンがレベルアップして習得した魔法、リヴァイブのおかげ。
リヴァイブを直前にかけられた者は、戦闘中一度だけなら戦闘不能状態から蘇生することが可能になる。
全員にリヴァイブをかけていたから死傷者は・・・出てない、はず。」
唐突な展開についていけず、ゆっくりと整理するように話を聞くが・・・それでも納得出来ない内容は山ほどあった。
「ちょっと待て・・・、そのリヴァイブってのはいつかけたんだよっ!?」
アギトの言葉には、ドルチェではなく何かを思い出したような表情のザナハが答える。
「あれ、ちょっと待って!?
確かアギトがみんなに指示してた時、ドルチェの指示の時に一旦中断してたわよね?
あの後アギトが吹き飛ばされてから・・・、すぐにドルチェが指示を待たずに全員に何かの魔法をかけてた・・・!
もしかしてあの時の魔法が、そのリヴァイブだったってこと!?」
ザナハが言いきると、ドルチェはこくんっと小さく頷いた。
そしてまた沈黙が走る。
「全員イフリートによって倒された時、リヴァイブの効力が働いて・・・実はすぐに蘇生していたんです。
その時に追加効果で、HPも多少は回復しました。
蘇生してからすぐに援護したかったのですが、大佐が待機命令を出されて・・・私とジャック先輩、そしてドルチェは
倒されたフリをしていたんですよ・・・、すみません。」
イフリートによって倒された後、全員がずっと伏せっていた理由をミラが話した。
アギトは殆ど凝視するようにオルフェに向き直ると、にっこり平然と憎たらしい笑みを作ったオルフェが悪びれた様子もなく
言い放つ。
「全く私の予想通りの展開でした。
君が目の前でリュートを倒されたら、完全に我を失って・・・秘められたマナを解放するだろうと推測してたんですよ。
その上頼りになる仲間が次々と倒されて追い詰められて、正直賭けに近かったんですけどね。
しかし、君は元々感情の昂ぶりによって能力を上下させる特異体質の持ち主でした・・・、ジャックと同じで。
ですからよっぽど追い込んでやらないと、イフリートをねじ伏せる程の力を発揮させることは出来ないと判断したんです。」
「おいおいひどいな・・・、しかもさり気なくオレまで蔑んでたよな今?」と、ジャック。
オルフェの言葉に、しかしアギトはイヤな顔ひとつせず聞き入って・・・むしろ笑顔をこぼしていたことにオルフェは不気味さを感じた。
「それじゃあ・・・、リュートは生きてるんだな!?
どこにっ!?
あいつだけは倒されたっていうよりも、完全に消滅してたからな・・・!!
はぁ〜〜〜、なんだ〜〜っ!!
いつもならここでオルフェに向かって怒声罵声叩きこむところだったけど、今回ばかりは安心感の方が勝ってるぜ!!
なぁ!リュートが生きてるんなら、早くここに連れて来てくれよ!!」
だが・・・、アギトの言葉にザナハ以外の全員が言葉を失ったように・・・あからさまに視線を逸らした。
その態度の意味が理解出来ず、アギトは4人の顔を順番に眺めて・・・誰かがリュートの居場所を言うまでずっと見据えた。
「なんだよ・・・、早くリュートを出してくれって言ってんじゃんか!
どっかに隠れてるんだろっ!?
もったいつけてないでハッキリしろよっ!!」
怒りが再び込み上がって来て、アギトは声を荒らげた。
やがて観念したようにオルフェが神妙な面持ちのまま、顔を上げる。
「リュートにもリヴァイブの魔法はかかっていました・・・、それはドルチェがハッキリとそう断言しているから間違いありません。
しかし・・・、リュートの生存に関してはハッキリとした確証を持てていないので・・・断言出来ないんですよ。」
「意味がわからないわ・・・!?
一体どういうことなのか、ちゃんと説明してよっ!!」
ザナハも堪え切れず声を張り上げる。
「リヴァイブという魔法は、戦闘不能状態から蘇生させる魔法であって・・・死亡した人物を生き返らせるような奇跡の
魔法ではないんですよ・・・。
戦闘テロップに表示される戦闘不能状態というのは、瀕死の重傷を負った場合に気絶する状態のことを指します。
いかなる魔法であっても、死者を復活させるような魔法技術は・・・存在しないといっていいでしょう。
私達は瀕死の重傷を負った状態でリヴァイブが発動しましたから、気絶状態から復活してHPも回復しました。
しかしリュート君だけは・・・、私も見ていましたが・・・あれは瀕死の重傷というレベルではありません。
まさに一瞬の消滅・・・、あの状態でリヴァイブが発動した場合・・・どうなるのか私にもわからないんです。」
ミラは視線を伏せたまま、リヴァイブという魔法に関しての説明をした。
しかし今の言葉で大体把握した、現状がとても最悪だということに。
「でも・・・、言ったじゃない。
リュートは生きてると思うって・・・!」
再び涙を潤ませながら、ザナハはその言葉を放った人物を見つめて・・・説明を求めた。
メガネのブリッジに指を当てながら、うつむき加減にオルフェが二人を見る。
「えぇ、あくまで可能性のひとつとして・・・です。
あの時、イフリートの火球を受けてリュートは一瞬にして消滅したかのように見えました。
しかし私は消し炭となったリュートを見て、違和感を感じたんです。
人間が業火に焼かれる時、あんな風に消失したりはしないんですよね・・・。」
そう言葉を放った表情から、一瞬だけ・・・冷徹な悪魔のような顔が映った気がした。
しかし二人には、その言葉の意味が・・・重みがわかる。
実際目にしたわけではないが、かつてオルフェは「獄炎のグリム」という二つ名で戦場を駆けていた時代があった。
そして得意とする魔法は炎系の攻撃魔法、それも小規模なものではなく広範囲を巻き込む程の強力な魔法だ。
戦争という時代でそんな魔法を放っていれば、炎によって焼かれる人間の様がどんなものか・・・オルフェならイヤという程
目にしたことだろう。
その彼が言うのだから、恐らく間違いはない。
「そこでここからは憶測なのですが、リュートの消し炭を調べたところ・・・あれは土くれによる焼け跡に近かったんです。
どんなタイミングで計られたのかはわかりませんが、恐らくあの時イフリートの火球によって消失したのはリュートではなく
・・・ゲダックが使うゴーレムだったのではないかと・・・、私は考えています。」
意外なところで再び出たゲダックの名に、アギトは目を丸くした。
「いつの間にっ!?
つーか、そんなことより・・・もしそれが事実だとして、それじゃますますリュートはどこに行ったってんだよっ!?」
そこまで叫んで・・・、アギトはハッとなる。
全員が同じような反応をしていたので、まさかと思い・・・口にする。
「また拉致られた・・・、そういうことか!?」
ふ〜っと溜め息をつきながら、オルフェは両手を組んで頷く。
「そう考えるのが妥当でしょうね、この消し炭をきちんと調べてみないことにはハッキリとした確証は持てませんが。
元々アビス側は闇の戦士を欲している・・・。
火山口最深部に私達だけならともかく、闇の戦士ごと閉じ込めておいたという方法にはどうも納得がいきません。
誰にも悟られないようにリュートとゴーレムを入れ替えて、それからこのフロアに閉じ込めておいた方が・・・アビスとしては
都合が良いでしょうからね。」
あらかた筋の通った説明に、アギトはイライラと地団駄を踏みながら声を張り上げた。
「何度も何度も拉致られやがって・・・っ、お姫様かっちうーーーーのっ!!」
アギトの言葉に、その場にいた全員が苦笑しながら・・・心の奥ではリュートの無事を祈っていた。
『あの・・・、それで我は一体どうしたらいいのだ?
契約を交わしに来たんじゃないのか、お前等・・・?
・・・誰か、我の存在に早く気付いてくれぬか・・・?』