第130話 「イフリートの暴走」
メラメラと燃えたぎる炎が人間の形を成して、真っ直ぐとこちらを見据えていた・・・というより不機嫌そうに睨みつけている。
全員が刺激しないようにと・・・ほんの少しの動きにも細心の注意を払う。
炎の精霊イフリート・・・、筋肉質なマッチョマンというイメージそのものであり全身は真っ赤な炎に包まれている。
いかつい顔つきは元々不機嫌そうに作られており、ジッと怒りに満ちたように睨んだままだった。
アギトは思わずオルフェの方を見た、よくわからないがイフリートのあの顔は明らかに激怒しているように見えたので、ヘタに刺激しない方がいいと判断したからだ。
アギトは精霊の扱い方を知らない、ましてやアギトだとかえって相手を怒らせてしまうような発言をしかねない。
オルフェ達が戦闘出来ないこの状況で、これ以上不利にするわけにはいかないのだ。
するとザナハが前に進み出ると懇願するように、イフリートに向かって勇敢にも発言した。
「炎の精霊イフリート!
あたしはマナの宝珠を持つ光の神子ザナハ・・・、あたし達に敵意はないわ!
お願いだからグレイズ火山周辺を乱している、火のマナを鎮めてちょうだい!!
このままだとこの辺り一帯は異常気象によって生物が死に絶えて、地獄と化してしまう!!」
ザナハが声を張り上げて訴えるが、相手は暴走した精霊・・・こちらの言葉が真っ直ぐに届くかどうか疑問だった。
それでも心のどこかでは、ほんの小さな期待がイフリートの反応を心待ちにしている。
だが無残にもその期待はあっさりと裏切られてしまう、イフリートの顔に苦渋が滲んで・・・全身の炎がまるで煮えたぎる
熱湯のようにグツグツと沸騰しているようだった。
『うぐぁぁーーーーーっっ!!』
突然イフリートが苦しみもがくように絶叫に近い大声を張り上げると、頭を押さえるような仕草をして・・・こちらを睨みつける。
イフリートの様子を窺うオルフェが、何かに気付いたような瞳になって・・・ゆっくりと立ち上がった。
なおも激しく苦しみもがくイフリートの姿に、アギト達も明らかに様子がおかしいことに気がつく。
「なぁ・・・、なんかイフリートのやつ・・・ものすご苦しそうじゃねぇか!?
なんつーか・・・4日位消費期限の過ぎたエクレアを食べて、案の定お腹壊してトイレに何往復もした時みてぇな・・・。」
「だからっ!!
あんたの例え話は分かり難いんだってば!!」
つっこむのさえ腹が立つと言うように、ザナハが義理でつっこむとすぐにイフリートの方に向き直ってその苦しみの原因を探った。
様子を窺っている間も、イフリートは今にも暴れ出しそうな勢いであえいでいる。
「マナ天秤が偏って・・・増量した火のマナの制御に失敗したのが原因、かもしれません。」
ふとオルフェが静かな口調で推察した、アギトとリュートは勿論その言葉の意味がハッキリとはわからず聞き返す。
あくまで推察の域であることを主張しながら、オルフェはイフリートからもう少し距離を置くように促して・・・壁際まで避難してから続きを説明し出した。
「以前中尉がマナ天秤について説明したことを覚えていますか?
マナ天秤が均衡状態を保っている時は、レムとアビスで・・・マナの絶対量が均等に分配されるんです。
通常の値が5としましょう、それがレム側にマナ天秤が偏ったことによって火のマナの絶対量の最大値も増えてしまいます。
今まで5だったものが7〜8まで増えてしまったら、最初に火のマナの状態変化をマトモに受けてしまうのは精霊です。
まず精霊自身に増幅したマナが流れ込んで・・・最初の内は精霊自身でなんとかコントロールしますが、それが許容範囲を超えて
しまった場合・・・精霊の力だけでは制御し切れなくなってしまって、体外に放出されてしまう。
マナをうまく循環することが出来なくなって、次第にマナの密度が精霊の精神をも侵してしまう結果を招いたと・・・。
マナ天秤による精霊の暴走とは、膨大したマナ制御失敗による精神崩壊・・・それでイフリートは苦しんでいるんだと思います。」
「それが事実だとして、どうやってイフリートを助けてやりゃいいんだよっ!?」
このままでは自分達も危ないと察したアギトは、何とか解決法があるのならそれを実行するしかないと・・・オルフェを問いただす。
「ザナハ姫、水の精霊ウンディーネと契約を交わした時は・・・精霊と融合することで完全な契約を交わしたことになったと
思いますが・・・?」
オルフェに聞かれて、ザナハは振り向き・・・思い出すように視線を斜め上に走らせて、それから答えた。
「うん・・・、ウンディーネが言うにはマスターとなる人物と精霊との間に絆を保たせる為に、お互いのマナを分け合うことで融合
することが出来るって言ってたわ。
お互いのマナが融合した状態になれば、精神世界面から精霊を召喚するのが容易になるって・・・。」
最後まで言い終えようとした瞬間、イフリートの精神状態はもはやギリギリ保っている状態なのか・・・突然暴れ出したイフリートは手の平に火球を作り出して、それをこともあろうかアギト達に向かって攻撃し始めた。
ドォーンという衝撃音と共に何とか回避したアギト達だったが、これ以上話し合っている余裕はなさそうだった。
まだ疲労が蓄積した状態のせいか、オルフェ達の動きにキレがなく・・・回避も一瞬遅くなっている。
「やはりここは力ずくでイフリートをねじ伏せて、契約を交わすことで鎮めるしか方法はなさそうですね。
アギト、リュート、ザナハ姫、ドルチェ!
私達も出来る限り援護はしますが足手まといになりかねません、ここはあなた達だけで戦えますか!?」
いつになく弱気な言葉に、アギトは一瞬たじろいだが・・・すぐに返事をした。
ここでアギトが弱音を吐いたら、一生頼られることはなくなる・・・そう思ったからだ。
オルフェ達を後方に下がらせると、アギト達はこちらに注意を引くように反対方向に走って行く。
イフリートを鎮める為に力ずくでねじ伏せるといっても、戦略があるわけではない。
水の結界を保たせる為には、ザナハの水属性の攻撃魔法を当てには出来ないのだから。
それでも自分達で何とかするしかないと思いつめたアギトは、とりあえず全員に指示を出す。
「リュート!
お前は回復魔法に専念してくれ、ミラの話じゃ風属性の攻撃魔法はかえってイフリートの力を増強しちまうらしいからな!
イフリートがそっちをターゲットにしても逃げ回れ!・・・絶対反撃や攻撃はするんじゃねぇぞ、相手の攻撃力は相当だ!」
「わかった!!」
リュートは一言だけで返事を返すと、イフリートから出来る限り距離を取って目立たないようにした。
「ザナハ!
お前には水の結界を張り続けてもらわないといけねぇからな、当然出来る限り戦闘には参加しないようにするんだ!!
攻撃はオレとドルチェだけで何とかする、いいか!?」
アギトの指示にザナハは眉根を寄せた、精霊相手に攻撃するのが二人だけというのは余りにも無謀だと思ったからだ。
確かにザナハは水の結界を保たなければいけないという役割があるが、水属性の攻撃魔法を数種類保持しているのはザナハだけだ。
それを外すとなったら戦況はますます不利になりかねない、ザナハは直感的にそう感じた。
「わかったけど・・・、無理するんじゃないわよっ!?
もしやばそうだったらMPの残量を考えて、あたしも戦闘に参加するからね!?」
アギトの反論を待たずにザナハは後方に下がって、戦闘の状態を見守った。
ドルチェは素早く水属性を持っているケロリンに持ち替えて、指示を待つ。
「ドルチェ、お前は主に後方から水属性の攻撃魔法を放ってくれ。
・・・てゆうか、それって攻撃魔法使えんのか!?」
アギトの質問に、ドルチェは首を横に振ると呟くように付け足した。
「ケロリンが使える魔法は蘇生魔法だけ。
水属性を付加させるけど有効になるのは打撃攻撃と、属性防御だけ・・・。」
戦力的に微妙であることを察したアギトは、戦略を練り直す。
ドルチェの方に指を差したまま硬直していると、イフリートがアギトめがけて突進してきた!
アギトは炎のデカイ物体が目の前に飛び込んできて思わず奇声を上げながら、横に走って回避しようとする。
しかしイフリートの突き出した拳が、アギトの脇腹めがけて飛んできたので・・・焦りながらも意識的に攻撃を受ける場所に
マナを集中させた。
「アギトーーっ!!」
リュートが叫ぶ。
イフリートの巨大な拳がアギトの脇腹に命中して、左側の腹から鈍い感触と音がしたのをリアルに感じる。
加えて衣服と腹が高熱によって焦げた臭いが鼻をついた・・・、自分の肉が焼け焦げた臭いが・・・。
マナを部分的に集中させていたので完全に焼けただれることはなかったが、皮膚だけは完全に焼けただろうと思った。
痛いとか、熱いとか・・・そういったレベルではない。
そのまま意識が飛んでしまうような激痛に、息も出来ない位・・・悲鳴すら出ない位・・・一瞬の出来事が恐ろしく長く感じられてアギトは、そのまま壁に叩きつけられた。
ずずず・・・っと、地面にずり落ちて浅い呼吸のまま何とか意識を保とうと・・・閉じようとするまぶたを懸命に開けようとする。
そんな中イフリートはアギトから次のターゲットへと視線を移して、今度は誰かを襲っている。
たった一撃食らっただけでダウンしている場合じゃない、早く立ち上がって・・・イフリートのターゲットを自分に向けさせないと!
そう必死で自分に怒鳴り散らすが、全身が重くて・・・他人の身体を操ろうとしているようにまるで言うことを聞かない。
指一本動かそうにも全然関係のない脇腹にばかり神経が行って、その度に激痛が走る。
息をするとそのまま腹に響くので、呼吸すら出来るだけ浅くしようと意識して・・・余計に意識が遠のきそうになった。
「ドルチェーーーっ!!」
リュートの悲鳴が聞こえた・・・、ぴくっと体が・・・意識が反応して何とか首を持ち上げて、今一体どうなっているのかその目で確認しようとする。
重たいまぶたを必死で開いて、目の前の光景が飛び込んできた。
イフリートが次に狙いを定めたのはドルチェであった、火のマナがどんどん膨張しているのかイフリートの体がさっきよりも大きく見える。
ドルチェが魔力の糸を長くしてケロリンを操作するが、元々接近戦タイプのぬいぐるみではないので水属性を持っていると言っても
イフリートには全く歯が立たなかった。
遠くからリュートがアギトに回復魔法をかける為に何とか駆け寄ろうとするが、その直線上にはイフリートが立ち塞がっていて、こちらに来ることが出来ない様子だ。
ドルチェに向かってイフリートが幾つもの火球・・・アギトが放つファイアーボールよりも2倍近くはありそうな大きな火球が
次々と襲っている。
ケロリンではどうにもならないと判断したドルチェが、ケロリンから魔力の糸を切って他のぬいぐるみを装備しようとした。
遠くの方で魔力の糸を切られたケロリンは、ぱたん・・・っと地面に倒れてぴくりとも動かない。
火球から走って逃げながらケット・シーを装備したドルチェは、魔法防壁を目の前に張るが・・・火球が3発程直撃したらすぐに消滅してしまった。
そして4発目が無情にも襲いかかってきて、ドルチェに直撃してしまう。
両手にマナを集めるがイフリートの火球のマナ密度はそれ以上だったせいか、両腕が高熱のせいで一瞬にして肉を焼かれたまま・・・火球の衝撃で後方に吹き飛ばされて、ドルチェはそのまま動かなかった。
「・・・・・っ!!」
アギトは目の前の光景が幻か何かだと思った、・・・有り得ない!
信じられない・・・!
歯を食いしばって、アギトは動かない体を必死で動かそうと・・・脇腹の激痛すら無視して何とか立ち上がろうとした。
リュートの、ザナハの悲鳴が・・・号泣が遠くから聞こえる。
ミラの銃声が聞こえる・・・、ジャックの怒声が聞こえる・・・。
アギトは気を抜けば今にでも気を失いそうな意識を、気力と根性だけで何とか保っていた。
早く・・・早く・・・、自分が何とかしなきゃ!
自分がイフリートを鎮めなければ!
思いとは裏腹に、アギトは立ち上がるどころか足腰に力が入らず立ち損ねてバランスを崩し、床に倒れ伏してしまう。
(ちくしょう・・・っ、ちくしょう!!
なんでだよ・・・、なんで動けないんだよ!なんで動かないんだよ!
今すぐ行かなきゃ・・・、みんなが危ないってのに!!)
倒れこんだままアギトはうっすらと開いた視界から、イフリートの背中を確認した。
イフリートが向き合っている相手・・・、それはドルチェを回復しようと駆け寄ったリュートがいた。
「・・・めろっ!」
イフリートは片手を天高く掲げると、手の平から先程の火球より数倍大きな炎の固まりを作り出していた。
リュートがドルチェを盾にするように立ち塞がって、左手に構えたボウガンで応戦している。
しかし実体のない炎の塊をした肉体には物理攻撃が全く通じず、そのままイフリートの体を矢が貫通するだけだった。
ダメージを受けていないイフリートの片手にはメラメラと渦巻く火球が、どんどん形成されていっている。
「や・・・めろっ!!」
アギトの心臓は胸を突き破りそうな位に激しく打っていた、激痛から鼓動が早くなっているだけではない。
息を荒らげて・・・脳を激しく刺激する程の脇腹の激痛に耐えながら、全身の力を振り絞って立ち上がろうとする。
床に手を突いて上半身を起こすが、それよりも目の前の光景から目が離せず・・・次第に焦りと不安が支配していった。
イフリートが片手で作り上げた巨大な火球をリュートめがけて放とうとした瞬間、ジャックとオルフェが武器を手にイフリート
めがけて斬りつけた。
リュートの時とは異なってイフリートは明らかなダメージを受けているようだった。
恐らくボウガンの矢とは違って、オルフェとジャックの武器にはマナを高密度に宿らせて攻撃したんだとアギトは思った。
しかし二人は今、とても戦える状態ではない。
リュートが危機を脱して安心したのも束の間・・・、その安心は絶望へと瞬時に変わってしまった。
思わぬ攻撃を受けたイフリートは殆ど我を忘れた状態に陥っているのか、片手で作った火球をオルフェとジャックめがけて・・・
まるで押し込むように力一杯叩きつけたのだ!
ミラの悲鳴がフロア全体を響かせた・・・。
・・・嘘だ。
巨大な火球は二人を飲み込み・・・、何とか全身に防御の為のマナを張ってはいたが・・・全身の火傷は尋常ではなかった。
それでも全身の皮膚が焼けただれ・・・二人はよろめきながら、どさっと倒れて・・・そのまま動かない。
かなり大きなフロアだが、肉の焼け焦げた臭いが充満して・・・吐き気がしてくる。
・・・実際、吐いた。
ゲホゲホと咳込みながら、口の中で酸味がかった味がしてぜぇぜぇと・・・胃がムカムカして、再び胃から込み上げてくるものを
必死で堪えた。
有り得ない・・・、こんなの絶対に!
何かの間違いだ・・・、夢だ・・・こんなの現実じゃない!!
「現実であって・・・、たまるか・・・っ!!」
次第に怒りと憎しみと・・・、悲しみがアギトの全身を支配して行って・・・わなわなと力が湧き上がってくる。
これ以上好き勝手させてたまるか・・・という思いだけで、アギトは膝をつきながら・・・上半身を起こして立ち上がろうとした。
フラフラと・・・脇腹の激痛でふらついてはいるが、もうそんなものは頭になかった。
呻きながら何とか立ち上がって、後ろの壁にもたれながらバランスを保って前を見据えると・・・状況はなおも悪くなる一方であった。
完全に冷静さを欠いたミラが両手に携えた拳銃を乱射して、イフリートの注意を自分に向けようと躍起になっている。
ミラの銃弾には液体窒素が込められているので、多少イフリートにダメージを与えてはいたものの・・・それでも足止めにはならなかった。
ドルチェ、オルフェ、そしてジャックを欠いた状況に陥ったせいでザナハも判断力を失ったのか・・・、呪文の詠唱に入っていた。
勿論、イフリートはそれを見逃さない。
何とかミラが自分の方に注意を引きつけようとしているが、イフリートが片手で薙ぎ払うとその衝撃にミラは壁に叩きつけられて
そのまま崩れ落ちてしまった。
ザナハはウンディーネを召喚すると、水属性の魔法を放とうとしていた。
それがどんな魔法なのかはアギトにはわからないが、状況は最悪だということだけは理解出来る。
ウンディーネの存在に気付いたイフリートが、ザナハの方に釘付けになる。
リュートとザナハが何か会話して・・・、それからリュートがイフリートに気付かれないように後方に下がった。
「ダメ・・・だっ!」
アギトは腰の剣を何とか引き抜いて、それを支えに歩き出そうとする。
体が全く思うように動かせないもどかしさに、アギトは苛立ちを感じながらみんなの元へ行こうとした。
こんなふらふらの状態で行ったとして、何の役に立つのか・・・そうわかっていても行かずにはいられない。
イフリートを止めようと・・・、アギトが歩き出すと次に映し出された光景では・・・ウンディーネを現実世界に召喚したことで
MPが完全に尽きたのか、その拍子にウンディーネはイフリートに対して攻撃することもなくそのまま消失してしまった。
膝をついて倒れたザナハが叫ぶ。
「リュートーーっ、逃げてぇーーーーっ!!!
リュートとザナハが交わした言葉・・・、ウンディーネに興味を示したイフリートをザナハが引きつけている間にリュートは、
アギトの元へ駆け寄って回復魔法をかけるように指示していたのだ。
そしてそれは失敗に終わる。
ウンディーネが消失したことでイフリートは振り向き、リュートに狙いを定めていた。
リュートは、そのことに気が付いていない。
アギトも声を出す、張り上げる。
しかし・・・声が出なかった、イフリートがこちらを振り向くまでにはまだ時間があるように感じられたのに・・・。
だがそれはアギトの意識がそう錯覚させているに過ぎなかった、実際にはイフリートはすぐさま振り返り・・・攻撃をリュートに
定めていたのだ。
怒り狂ったイフリートの顔が目に焼きつけられる・・・、両手をかざしてこれまでにない巨大な火球を一瞬で作り出し・・・それを
投げつけるように・・・リュートめがけて放った。
「やめろぉぉぉーーーーーっっ!!!」
あと少し・・・、本当にあと少しの距離だった。
すぐ目の前にあったリュートの笑顔・・・、今すぐ回復させるから・・・もう大丈夫だからと・・・そう励ましているかのような
リュートの笑みが・・・、一瞬にして消え去った。
背後から向かってきた強大な火の玉に身を包まれ・・・、一瞬にして黒く・・・消え去ったのだ。
もはや激痛なんて関係がない、アギトはさっきまでとは全くの別人のように素早く駆けだしてリュートに手を差し伸べた。
もしかしたらさっきのオルフェ達のように、全身にマナを巡らせて・・・軽く火傷を負っただけかもしれないと。
必死に伸ばした手が、黒く・・・火に包まれたままのリュートに触れた。
ぼろ・・・っ。
軽く触れただけ・・・、一瞬・・・指の先が少し触れただけで・・・リュートは、人の形をした黒い物体は炭となり・・・灰と
なって・・・アギトの指の間をすり抜けるように・・・地面に降り注いだ。
手の平を見つめると・・・、黒い炭の後がついているだけ・・・。
アギトの思考は完全に停止した。
胸の奥が熱く・・・異物が詰まったように息が出来なくて、口で息をする為にぼんやりと口を開いた。
その口は微かに震えて、瞳孔も開いている。
「リュートーーっ、リュートォーーーっ!!
いやぁぁーーーーっっ!!!」
ザナハの泣き叫ぶ声が聞こえてくる・・・。
ドクン・・・、ドクン・・・と、アギトの鼓動が早くなる。
無意識に、アギトは静かに首を横に振った。
否定するように・・・、拒絶するように・・・首を横に振り続けた。
違う・・・、違う・・・っ!
認めない・・・、認めたくない・・・っ!
これは夢だ・・・、絶対現実なんかじゃない!!
そう、これはきっとイフリートの試練か何かで・・・最悪の状況をオレに見せることでどう乗り切るか、イフリートがオレを
試しているだけなんだ・・・っ!!
でなけりゃこんなの・・・、こんなの・・・っ!!
アギトは足元を見つめた・・・、床には・・・消し炭しか残っていない。
それを確認するとアギトはすぐさま顔を上げて、現実から目を背けた。
「違う・・・っ、これは現実なんかじゃないっ!!
リュートが死ぬわけないんだ・・・っ!!・・・オレ達はずっと一緒だって、・・・ずっと一緒だったんだっっ!!」
悲痛な叫びを上げながら、アギトは片手に持った剣の刃を左腕に当てて思い切り引き裂いた!
剣にはおびただしい血がついて・・・、左腕からは大量に血が滴り落ちた。
その激痛に膝をついたアギトは、右手に持っていた剣を捨てて・・・斬り裂いた左腕を押さえた。
血の温かさが伝わる・・・リアルに。
この痛みも、悲しみも、苦しみも、全部本物としか思えない。
幻だと思いたかった、夢を見せられているんだと。
血の気が引いて頭の中が次第に冴えて来る・・・、そう・・・今のイフリートは暴走した状態にいるのだ。
精神崩壊を起こしかけている者が、試練と称して幻を見せて来るだろうか?
暴走した者が、そんな手の込んだことをしてくるだろうか?
・・・ただそれを認めたくなかっただけなんだと、アギトは現実を突き付けられて・・・崩れ落ちた。
前のめりに屈みこんだアギトは、額を強く床に押し付け・・・強く・・・額を床に打ちつけた。
ガン・・・っ、ガン・・・っと、何度も何度も・・・額から血が出るまで・・・この幻が消えるまで。
「嘘だ・・・嘘だ・・・嘘だ・・・っ!!
誰も死なない・・・っ、オレの仲間は誰も死なない・・・っ!!
リュートだって・・・死ぬはずがない、・・・覚めろよっ。
早く覚めろよぉぉぉーーーっ!!
うああああぁぁああーーーーーーーっっ!!」