第11話 「傀儡師」
ぐちゃぐちゃに荒らされた部屋の中で、魔物二匹を相手に戦おうとしているリュート達。
武器もなく、アギトは戦闘不能の状態。
レベルや人数からして、勝てないこともない相手だが何しろリュートには全く経験がなかった。
戦うなんて、自分達の世界でも喧嘩すらマトモにしたことがないのに言ってみればこれは命と命のやり取り、『殺し合い』だ。
例え相手がおばけキノコとか、スライムであったとしても生物だ。
それを自分達が生き残る為に、命を奪う戦いをしなければならないなんて、リュートにとって苦痛以外の何物でもなかった。
しかし、そんなことで悩んでいても向こうはこちらを襲う気満々でいる。
戦わなければ、こっちが殺されるだけだ。
あれこれ悩んだり考えてる場合ではないのは確かだった。
ちらりと、リュートは失神したアギトの方に目をやる。
「せめてアギトがいてくれたら」
リュートは本気でそう思った。
アギトに喧嘩や戦闘の経験があるのかどうかはともかくとして、こういう展開には経験がある。
ことゲームに関してのみだが、魔物相手に戦うといえばリュートよりアギトの方が専門家みたいなものだった。
一緒にゲームをしていても、的確に指示してくれたしアドバイスもしてくれた。
現実とゲームは違うってわかってはいるが、それでもリュートはアギトを頼りにしていたのである。
不安そうなリュートの様子を見てか、金髪で頭に大きなリボンをした人形のような少女・ドルチェが
手に持っていた一メートル程の大きさの『くまのぬいぐるみ』を足元に置くと、どこからか今度は少し小さめの『かえるのぬいぐるみ』を取り出す。
(てゆうか、なんでぬいぐるみ!? どう見てもただのぬいぐるみにしか見えないんだけど、一体どういう役割をするって言うんだろ!? 全然意味がわからないんですけど)
心の中で彼女の行動の意味が全くもってわからないと、リュートはずっとそう感じていた。
なぜなら二匹の魔物との戦闘が始まった時も、ドルチェは『くまのぬいぐるみ』をすかさず構えていたのだ。
ぬいぐるみが武器なのか? ともいえる仕草が、ずっと気にかかっていた。
リュートがドルチェの行動を見ていると、彼女は『かえるのぬいぐるみ』を右手で持って空高く振りかざす。
するとそのぬいぐるみから透明な水色のオーラのようなものが輝きだして、気のせいか「ゲコゲコ」と微かに鳴いてるように聞こえて、少々不気味に感じてしまう。
ぬいぐるみ自体はデッサンの狂ったような不格好さが、かえって可愛く見えるデザインだったが、それが鳴く姿は正直見たくも聞きたくもなかった。
不思議そうに眺めるリュートを横目で見て、ザナハが仕方なくドルチェの代わりに説明してやる。
「ドルチェはね、このレムグランドでは希少な傀儡師なのよ。傀儡師って知ってる?」
というザナハの問いに、勿論リュートは首を振る。
「あ、そう。やっぱりね。傀儡師っていうのはね、ああやって人形に自分の魔力の糸をたぐわせて人形を自在に操る術のことをいうのよ。つまりは、ドルチェにとってあのぬいぐるみが武器ってことになるの。ドルチェのぬいぐるみは種類によって様々な特殊能力を持ってるわ、例えばさっきまで持っていたくまのぬいぐるみの『ベア・ブック』は、物理攻撃専門の能力を持ってるって言ってたわね。そして今持ち替えたかえるのぬいぐるみの『ケロリン』は、水属性の魔法を使えるようになるって。ドルチェのぬいぐるみは全部自分で作成したもので、作成中に魔力を込めながら所有させる特殊能力を決定させるらしいの。全部、オルフェから聞いた話なんだけど。ある意味でいったら、傀儡師は色んな可能性を秘めた能力を発動できるから万能タイプになるわね」
ザナハから傀儡師に関するレクチャーを受けて、リュートはわずかに納得した。
だからいつもぬいぐるみを持ち歩いていて、いざという時にはその場に応じたぬいぐるみに持ち替える。つまりはそういうことなのだと。
しかし、数種類ものぬいぐるみを持ち替えるということは、一体それだけのぬいぐるみをどこに隠し持っているのか、今度はそっちの疑問が新たに生まれる。
そうこう悩んでいる内に、ドルチェの方は淡々と展開が進んでいた。
見ると水色のオーラが輝きだし、ドルチェは静かな声で魔法の詠唱らしきものを唱え出してアギトの方へと、そのかえるのぬいぐるみの『ケロリン』を、上から下へ勢いよく振りかぶった。
「彼の者を蘇らせたまえ!! リザレクト!!!」
『ケロリン』から虹色のような七色の光がアギトに向かって飛んで行き、接触する。
その輝きがアギトの体を包み込んで、これは目の錯覚だろうか?
上空の方からアギトめがけて光が差し込んでくると、そこから天使の輪っかを付けた
穏やかな表情をしたアギトの魂? とでも言うべきなのか。
それがスーッと、倒れているアギトの体の中へと入っていったのだ。
「今のエフェクト、ゲームで見たことあるんですけど」
あんぐりと、呆然と、そして釈然としない面持ちでリュートはアギトの様子をうかがう。
観察していたらそれまでずっと身動き一つしなかったアギトの右手が、ぴくりと動いた!!
「ま、まさか、やっぱり今のって。ゲームによくある蘇生魔法っ!?」
リュートの顔に明るさが戻る。
こんなゲームの中でしか存在しないと思っていた、都合の良い魔法が本当にあったなんて!! と、リュートは思わず感激していた。
確かにアギトがこの世界に初めて来たばかりの時、異世界というものはこっちにとって都合の良いように出来ているんだと言っていたことがあったが、本当にそうだった。
都合良すぎて、本当にゲームをリアルに実体験しているみたいな、そんな感覚だった。
そしてっ!!
「六郷アギトっ、 ふっかぁーーっつ!!」
ウル〇ラマンの登場シーンのように、右手を高々と上空に突き上げてジャンプしながら飛び起きた。
とても感動的な、そう、感激な光景だった。きっと。
それまで失神していて、全く身動きも取れなかった親友が意識を取り戻したこともそうだが。
目の前で、本物の『魔法』を目の当たりにしたこと。
この世界では本当に魔法が実際に存在する!
本当に異世界なんだと、半信半疑だったリュートがようやく実感できた瞬間でもあった。
リュートは急いでアギトに駆け寄ると、アギトもそれを見てにたりと満面の笑みを浮かべる。
親友との感動的な再会!!
アギトはてっきりハイタッチとか、ハグとか。そういう展開が来ると思って準備していた。
ーーが。
「アギト!! 戦闘不能って一体どんな感じだった!?」
開口一番がそれだった。
「リュートお前、他に言うことはねぇのか」
せっかく作った笑顔にヒビが入って、ひくひくと痙攣するアギト。
ひきつった笑いになっているアギトを無視して、リュートはドルチェの方に向き直り礼をする。
「えっと、ドルチェだっけ? アギトを復活させてくれてありがとう!! これで絶対この戦いは、良い方向に変わるよ! 保障する!!」
リュートのお礼に、ドルチェは全く感情を表わさず、実は本当に機械なんじゃないのか?
と疑うような態度だったが、それでも感謝していることに変わりはなかったのでリュートは気にしないように努める。
ただ、感情を表に出すことが苦手なだけかもしれないし、何かの理由で希薄なのかもしれない。
それ以上つっこむのは失礼かもしれないと、リュートは無理矢理そう思うことにして、あえてそれ以上は考えないようにする。そしてそのことにも、触れないでおこうと心の中で思った。
「そいつが加わったところで、状況が変わるってどうしてそう言い切れるのかしら」
疑わしそうに、ザナハが軽蔑した眼差しでケチをつける。
そんな態度を少しでも和らげようと、リュートはギクシャクしない程度にフォローした。
「アギトは本当に凄いんだってば!! 少なくとも僕よりは……だけど、こういうファンタジーものの戦闘に関しては呆れる程細かい指示を出すからね。今の状況なら武器なしでも、僕達だけで何とかできるようにしてくれるよ、ね? アギト!!」
「あんまフォローになってねぇ気がするが、まぁいいか」
あまり納得いかないような感じを見せたが、それでもアギトは武者震いがおさまらない。
この展開はまさに、アギトが望んでいた理想のシチュエーションだった。
魔物との戦い。
そして、剣と魔法の世界!
アギトはずっとファンタジーのような世界に行くことを、心の底から本気で望んでいたのだ。
初めての戦いでようやくというか、やっとアギトが戦線復帰となった。
果たしてアギトが加わったことによって、本当に戦局を変えることが出来るのか?
未だにアギトのことを光の戦士かどうか疑わしく思っているザナハに、名誉挽回することは出来るのか!?
「てゆうか、最初から好感持ってないんですけど?」
アギト達と自分との間にかなりの温度差を感じながら、ザナハは冷めた口調で呟いた。