第126話 「キャラバン隊」
リュート、ジャック、ドルチェはアギト達とは正反対の方角へ向かって歩いていた。
オルフェから課せられた任務、グレイズ火山周辺に人里がないか確認すること・・・。
かなりの気温のせいで汗が滝のように流れ落ち、持ってきたタオルで拭きながら何度も絞っては拭いてを繰り返していた。
出来る限り水分補給を欠かさないようにしているが、喉の渇きが全く潤せないので口の中に含んだまま歩き続けている。
加えて日差しも相当強かったので馬車から日傘を持ってきて三人とも差しているが、気温自体高温なので意味がないようにも思える。
暑さで干からびきった地面を歩きながら、リュートはジャックに尋ねた。
「ジャックさん・・・、本当にこの火山付近に村なんてあったんですか?
火山活動が活発でないっていっても、危なくないですか!?」
しゃべるだけで口の中が乾いてくるが、このまま黙って歩き続けるのも相当辛かった。
ジャックは片手に地図を持ちながらリュートの質問に答える。
「別に火山が噴火して、マグマや土石流が雪崩れ込むってわけじゃなかったらしいがな・・・。
オレもこの近辺はあまり詳しくないから何とも言えんが・・・、ある程度火山から距離を取って村を作ってるのは確かだぞ。
一応観光地としてそれなりに有名らしいし、グレイズ火山内で取れる鉱石はレムグランドじゃ希少価値が高いからな。
元々、土の精霊ノームの加護が薄いレムグランドじゃ、鉱石なんかが採れる地帯は保護区域にされたりしてる。
鉱山発掘の為に労働者が派遣されたりするから、グレイズ火山周辺に誰も住んでいない・・・ということはないと思うんだが。」
リュート達が歩いている場所・・・、そこは石で出来た簡易的な民家が建っている・・・無人の村だった。
数年間無人だったというわけでもなく、この間まで人々が生活をしてきた・・・という感じはまだ残っている。
辺りを一応見渡してみるが、やはり人の気配だけは全くしなかった。
その代わり、民家の中を覗いてみたらそこは魔物の住処になっていて突然戦闘になったりしている。
・・・完全なゴーストタウン状態だった。
「・・・これも炎の精霊イフリートの暴走が原因、なんですか!?」
さびれた村を一通り見回したリュートが、ぽつりとそう呟いた。
難しい表情のままジャックは肯定も否定もしない。
ドルチェがふと、遠くの方を指さした。
その方角を見ると遠くの方で、馬かラクダか・・・遠すぎてよくわからなかったが何かの集団が往来しているのが見えた。
「まるで砂漠のキャラバン隊みたいな連中だな・・・、もしかしたらこの辺りの異常気候について何か知ってるかもしれん。
危険かもしれんが、このまま見過ごして何の手がかりもないよりはマシだろう。
追いかけるぞリュート、ドルチェ!」
ジャックにそう促されて二人は頷くと、この暑い中キャラバン隊が通っている方向へ向かって走り出した。
まだ元気が残っていたなら大声でも上げてこちらの存在をアピールしていたところだが、そんな気力はどこにも残っていなかった。
ぜぇぜぇはぁはぁと息を切らしながら走っていくと、キャラバン隊の方がこちらの存在に気付いてくれて馬に乗った一人が駆け寄ってきた。
見ると、頭には真っ白いターバンを巻いており太陽の熱で日焼けしないように全身をマントで覆っていた。
真黒い口髭をたくわえた30代後半位の男が、馬にまたがったままリュート達に話しかける。
「お前達こんな所で何をしている、もしかして避難者か!?」
男はリュート達の身なりを見ると、少し怪訝そうな表情を浮かべながら・・・馬から降りてジャックと握手を交わすと気さくに語りかけた。
「オレはこのキャラバン隊を指揮しているラピードだ。
この通り、この辺り一帯はイフリートの怒りにより荒らされている。
オレ達はグレイズ火山近辺で逃げ遅れた村民がいないか、定期的に見回りをしているんだ。
・・・見た所、お前達はこの辺の者ではないようだが?」
ジャックは頷きながら、男の言葉に丁寧に返答した。
「あぁ、オレ達はイフリートの暴走・・・という噂を聞きつけて様子を見に来たんだ。
オレはジャックっていう名だ、そしてこっちがリュートにドルチェ・・・よろしく頼む。」
自己紹介をしながら、ジャックはさりげなく自分達が契約の旅をしているガード・・・ということを伏せながら説明した。
先程の村での一件があった為か、もし国王反対派のグループだった場合・・・何をされるかわからないからだ。
ここは慎重に彼等がどういった集団なのか見極める必要があると、ジャックはそう判断したようだった。
ラピードという男は、子供連れで様子を見に来た・・・という言葉に多少疑っているような表情を見せたが、リュート達がかなり
疲労しているところを察して、キャラバン隊の方へと案内してくれた。
キャラバン隊の他の連中には少し休憩を取る為だと理由をつけて、ラピードはリュート達を休ませる為にテントを張って・・・更に水もくれた。
リュートは遠慮したが、子供は遠慮するものではないとラピードに言われて・・・ごくごくと美味しそうに水を飲み干す。
その勢いにラピードは笑顔になって、それから詳しい話をする為に話題を切り換えた。
「それで?
グレイズ火山周辺を見渡して、どう感じた?」
急に真剣な表情になって、ラピードがジャックに問う。
ジャックは片手に水の入ったジョッキを持ちながら、真剣な面持ちで答えた。
「オレはこの土地の人間じゃないから何とも言えんが・・・、ひどいものだな。
気温のせいで作物が育たない上、とても人間が住めるような環境じゃない。
さっき村があったと思われる場所を見て感じたんだが・・・、この異常気候はつい最近起こった出来事なのか?」
水をくいっと飲みながら、ラピードが3人を交互に見据えながら・・・静かな口調で肯定する。
「あぁ・・・、2週間程前かな。
これまで噴火することのなかったグレイズ火山が突然噴火して・・・、まぁそれは小規模なものだったから噴火自体にはそれ程の 被害は出なかったそうだが・・・。
その噴火を合図に周囲の気温は瞬く間に上昇していき、突然近辺に生息していた魔物達が凶暴化し始めたんだ。
当然さっきお前達がいた村の連中は真っ先にその異変の犠牲者となり、殆どは魔物に襲われて命を落とした。」
死傷者が出たことに、リュートは息を飲んだ。
さっき自分達がいた場所で・・・、たくさんの犠牲者が出たことに鳥肌が立つ。
ジャックも穏やかではない表情になり、少し声が大きくなっていた。
「確か国立研究所の方から研究員が数名と、駐留する兵士がレイライン近辺にいたはずだ。
そんな大惨事が起こっていたのなら、定例報告を待たずとも即刻国へ救援部隊の要請をする決まりになっているだろう!
駐留していた兵士は一体何をしていたんだ!?」
「・・・研究員は全員魔物に襲われて死亡した。
兵士は・・・、何人かが生き残って村人達を避難させる為に尽力していたそうだが・・・逃げるのに精一杯だったらしい。
村を捨てて住民達は兵士の指示に従って、近くの村へと移動した。
しかしその後からも魔物が押し寄せて・・・どんどん近辺の村々が襲われて行って・・・。
ここから5キロ先にあるカトルズの村まで行かないと、生存者から詳しい話を聞くことは出来ないぞ!?
オレ達はカトルズの手前にあったルウレンの村の者だ。
そこで魔物から命からがら逃げて来た村人達を保護して、このキャラバン隊を急きょ結成した。
毎日この周辺を見回って、今のお前達みたいにさまよっている者を安全な場所へ連れて行くのが仕事なんだ。」
わざわざ生存者から詳しい話を聞かずとも、知りたいことはおおよそラピードから聞けた。
とても深刻だという事実を。
全員水を飲む手が止まって、何て言ったら良いのかわからない・・・とでもいうように深刻な表情を浮かべる。
するとドルチェが無表情のまま、ラピードに質問をした。
「この2週間の間、国家に救援部隊の要請をしなかったのは・・・なぜ?」
その問いに、ラピードの顔に一瞬だが・・・怒りと苦渋が滲んで見えた。
水を飲むフリをしながら、苦笑いを浮かべて答える。
「ここから首都まで何日かかると思う!?
オレ達は少ない物資の中、魔物の襲撃に備えて・・・戦うことの出来ない村人達を守らなければならない。
それに・・・勿論鳩を飛ばしたが、それから数日経っているところを見ると・・・途中魔物に襲われた可能性が高い。
ここはまるで絶海の孤島だ・・・、自分達で何とかするしかないんだよ。」
ラピードの言葉に、ジャックは探るような瞳で見据えながら・・・手に持っていたジョッキを置いた。
リュートもジャックの態度の変化に勿論気付いていた、不安そうな眼差しで見つめるも・・・どこに不審なところがあったのか理解できずにいた。
するとドルチェがリュートの裾を引っ張ると、さっきまでジャックが持っていた地図を広げてリュートに見せる。
ドルチェは村の名前が書かれているであろう場所に指をさして、小声で説明する。
「このルウレンという名の村・・・、あたし達が昨夜泊まった村の名前よ。」
「・・・・・・!!」
昨夜泊まった村・・・、昨夜の恐ろしい体験がまざまざと蘇ってくる。
村人全員に追い詰められ、危うく殺されていたのかもしれない・・・住民達の殺気を思い出す。
リュートは身構えるようにラピードを警戒しながら、疑惑の眼差しを見せる。
ラピードもその態度でようやくリュート達が何者であるのか悟ったのか、すっと両目を閉じて・・・息をついた。
「お前・・・、あの村の者なのか!?
それならオレ達のことも最初から知っていたはずだな・・・、何が目的だ!?」
ジャックが腰に帯びていた斧の柄に手をやりながら、警戒した。
するとラピードは「くっ」と、笑って・・・やがて大笑いしながら語り出す。
「あっはははははっ!!・・・す、すまんっ!・・・つい!!
そうか・・・、やっぱりお前達が昨夜の客人だったか・・・どうりでおかしいと思ったんだ!!」
なぜそんなに大笑いするのかワケがわからないリュートは、唖然とした顔でラピードが落ち着くのを待つしかなかった。
ラピードの大爆笑にジャックも、警戒はしたままだが・・・斧に手をかけるのはやめて、再び腰を落ち着けた。
ようやく笑い終えると、ラピードは目に涙を浮かべながら・・・まずは謝罪する。
「昨夜はすまなかった・・・、村人達も精霊の暴走の被害で気が立っていたんだ。
謝って済むものでもないが・・・、安心してくれ。
ここにいるキャラバン隊はお前達に危害を加えようと思って近づいたわけじゃない・・・、と言っても近付いてきたのはお前達の
方だがな・・・。」
そう言って再び笑いだすが、必死でこらえて続ける。
「ルウレンの村には、被害に遭って逃げてきた連中も身を寄せていた。
一部の者は確かに王国に連なる者達への敵意があった・・・それは認めよう、だが一部には神子様を崇める者がいたのも事実だ。
それは信じてほしい。」
ラピードの目は嘘を言っている目ではない、リュートは・・・この男のことは信じてもいいと思った。
ジャックもそう判断したのか、彼の正体が判明したと同時に・・・もう自分達のことを故意に隠さなくてもいいとわかって、さっきより言葉を砕いて色々と質問をする。
「オレ達の方もすまなかった、神子には敵が多いのも事実だからどうしても警戒せざるを得ないところがあってな。
察しの通り、オレ達は世界救済の為に旅をする神子のガードだ。
救済といっても・・・こうしてアビスとの戦争が始まった今となっては、その名目も疑わしいと思うのは当然だろう。
だが信じてくれ、オレ達はこの世界に住む全ての者が・・・平和に暮らせる世を作る為に、旅をしているということを。
少なくとも・・・今の神子は、国王よりも国民達の為に旅をしている。」
ジャックの誠意ある言葉に、ラピードは頷きながら・・・静かに言葉を返した。
「あぁ・・・、オレは神子様を信じている。
しかし他の多くの者がそう思っていないのも事実だ、・・・気をつけるといい。
オレ達が国家に救援の要請をしないのも、国王を信じ切れていないせいもある。
言っちゃ悪いが・・・、今では国民達の神子に対する信頼はすこぶる悪いぞ・・・中には神子が全ての元凶だと言う奴も少なくない。
それからお前達がここに来た・・・ということは、イフリートとの契約を交わしに来たと見受けるが?
もし暴走したイフリートを諫めて、この異変を治めた暁には・・・神子派が少しは増えるかもしれんぞ。」
ラピードの言葉に、リュートは真っ向から反論した。
「僕達は支持する人を増やす為に旅をしているんじゃありません。
少しでも早くこの戦いを終わらせる為に、旅をしているんです!
・・・確かに今ではアビスと開戦状態になったり、精霊が暴走したり・・・色々悪い方向へ進んでいますけど。
ザナハはこの国に住む国民を心から大切に思っているから、恨みを買ってでも神子の使命を果たそうとしています。
ですから・・・、もう少しだけ・・・我慢して頑張ってください。
僕達も頑張りますから!」
リュートの真っ直ぐな言葉に、ラピードは目を瞠って・・・まるで敬うような口調で呟いた。
「もしかして・・・、君は光の戦士なのか?
この世界に異形の戦士が現れた時、未曾有の大繁栄が約束されるという・・・あの異界の戦士なのか?」
ものすごい例え方に、リュートはむず痒くなって・・・全く正反対の存在だと訂正しようとした。
しかしジャックがそれを制止する。
まるでリュートが闇の戦士であることを明かしてはいけないような・・・、そんな感じであった。
「そうか・・・、遂に真の戦士が現れたのか!
それならばオレ達にも希望がある、・・・ありがとう!
お前達に会えてよかった・・・、これで少しは国王反対派への抑止力になるだろう。」
「あ・・・、あぁ。
それからこの辺にはオレ達の兵力を当てるように進言しておくよ、・・・大丈夫だ。
オレ達の部下は直接国王に関わるような表立った組織じゃない。
せめてイフリートの暴走を治めるまで、お前達の安全を保障しよう。」
ジャックの申し出に、ラピードは感謝しきれない程の感謝の意を表して・・・再びジャックと厚い握手を交わした。
・・・いや、ここは暑い握手といった方が合うかもしれない・・・とリュートは心の中で思った。
それからジャックはラピードから、更に情報を得た。
火山地帯周辺の異変が起きた時期、魔物の異常発生及び凶暴化など。
近くの村への物資補給は期待しない方がいいというアドバイスももらった。
この近辺自体、物資不足の為・・・そして神子に敵意を持つ人間がいる為に足を踏み入れない方が無難だと。
リュート達はラピードにお礼を言って、そろそろ帰らなければいけない時間となって・・・キャラバン隊のテントを後にした。
歩き出した時、リュートはあることを思い出してすぐに駆け戻るとラピードに最後の質問をした。
「あの・・・、昨夜のことなんですけど・・・!
村の住人じゃない・・・見知らぬ人物がいたのを覚えていませんか?
黒いマントを頭からすっぽりとかぶっていて、話し声はものすごくか細くて冷たい感じだけど・・・耳元で囁かれているように
不気味な雰囲気をした・・・顔色の悪い男の人なんですけど。」
リュートの質問にラピードは上を向いて考え込むが、全く心当たりがないのか・・・すぐ視線を戻して返事をした。
「いや・・・、覚えていないな。
そもそもオレはキャラバン隊を指揮していて、あまり村には顔を出さないもんでな。
お前達のことを知ったのも今朝、村の連中から話を聞いたからであって・・・その場にいたわけじゃないんだ。
でもその時は、そんな男はいなかったと思うぞ?」
男の存在を知らないと聞いて、リュートは肩を竦めながらがっかりとした表情で落ち込んだ。
もとはと言えばそのマントの男が村人達をけしかけたから、あんな大変な目に遭ったんだと思うと悔しくて仕方がない。
その手がかりを掴めなくて、とても悔しかったのだ。
「あ〜・・・、すまんな。」
がっくりと落ち込んだリュートを気遣ったラピードに、ハッと我に返って謝る。
「僕の方こそすみません・・・変なことを聞いて。
あ、でも・・・もしまたマントをかぶった奇妙な男に会ったら・・・その人には気を付けてください。
とてもイヤな感じがするんです・・・、だから・・・。」
「わかった・・・、オレの方からみんなに伝えておこう。
それじゃ光の戦士よ、幸運を!」
そう気さくに手を振って、リュートはとても申し訳ない気持ちになった。
光の戦士はアギトの方なのに・・・と思いながら。
リュートは再び駆け足で、戻ってくるのを待っているジャックとドルチェの方に向かって走って行った。
とりあえず、収穫はあった。
それからラピード達の為にも、彼等に救援部隊を派遣する約束をした手前・・・オルフェにそのことを話して頼みこまないといけない。
でもルイドの部下である軍団長をザナハが見逃すと言った時、オルフェがあっさりとその言葉に従ったところを思い出してリュートは、まずはザナハに事情を説明してオルフェにお願いしてもらうのも一つの手かもしれないと・・・そんなことを画策していた。