第124話 「ミラとゲダック」
そこには微妙な空気が流れていた・・・。
アギト達の目の前には敵国から差し向けられた刺客が二人もいる、熱中症から回復したばかりの敵が・・・。
それも敵であるアギト達に介抱され、武器も取り上げられ、慣れ合っているわけではないがレベルの低い口喧嘩が繰り広げられていた。
このまま放っておけばグダグダな感じから抜け切れない・・・と察したリュートが、多少遠慮気味に間に割って入る。
「あの・・・、あなた達が大佐達とどういう関係なのか僕達にはわかりませんけど・・・とりあえず体調は回復されてるみたい
だし、ここはひとつ・・・お互い解散しませんか?」
しかし・・・、誰一人として賛成する者はいない。
たじろぐリュートに、アギトが助け舟を出す。
「だからさー、あんたらがどんな因縁なのかオレ達の知ったこっちゃないっつーーのっ!!
こっちはさっさと快適な場所に帰りたいんだから、そうやって不毛な睨み合いされたら迷惑なんだよ!!」
胸を張って堂々と文句を言うアギトに、勿論敵であるヴァルバロッサとゲダックは敵意剥き出しの表情で反論してきた。
「ワシらはお前等の妨害をしにここまで来たのじゃ、このまま黙って帰れるはずがなかろうが!!
さっきは病み上がりのせいで調子を崩したが、ここからが本番じゃ!武器を取れいっ!!
お前等まとめて相手をしてやるわいっ!!」
豪語しながら立ち上がると、ゲダックはミラから離れてヴァルバロッサが座り込んでいる場所まで後退すると目配せをした。
ゲダックの合図が、自分も武器を取って戦闘態勢に入るように指示している・・・ということに気付いているヴァルバロッサは、バツの悪い表情を浮かべながらオルフェの足元の方に目をやる。
ヴァルバロッサの目線に気付き、ゲダックがその視線の先を追っていくと・・・そこにはさっきまでヴァルバロッサが装備していた鎧と剣が転がっていた。
それを確認してから、再び文句を言いたげな目線でヴァルバロッサを見つめる。
だんだん空気が悪くなる二人をかばうように、オルフェが平然とした口調でフォローした。
「あぁ、気にすることはありませんよ。
なにせ熱中症にかかっていたんですから、無理もありません。
別に恥じる必要は全っ然ないんですよ?・・・仕方がなかったんですからねぇ。」
「お前は黙っとれーーいっ!!」
血管がブチ切れそうな位に激昂するゲダックに、気にも留めていない様子でオルフェは黙った。
またさっきと同じ展開に戻ってしまってアギト達は呆れてものも言えなかった。
「なぁ・・・、これっていつまで続くんだよ!?
つーかウンディーネが張ってくれた結界が保っている間に、早く洋館に帰りたいんだけどな・・・オレ。」
「そんなの僕に聞いたってわからないよ・・・、どっちかが戦うか解散するか決めてくれないことにはさ・・・。」
ぼそぼそと相談し合うアギト達のことは全く無視して、グダグダな展開は未だ続いていた。
恐らく敵の方は武器を取り戻して早く対決したいと思っているんだろう・・・と、アギトは推測した。
しかしジャックとミラはきっと戦いを避けたがっているはずだ、二人が倒れていた時に真っ先に助けようとしたのだから。
その反面オルフェに関しては、最初は二人の息の根をそのまま止めるつもりでいたがザナハからの言葉もあって、今は敵である二人を無視してでもトランスポーターを起動させたいと思っているはずだ。
炎の精霊イフリートとの契約の旅を続行するには、今の状態では少し無理がある。
これまでの馬車移動での疲労も随分と蓄積されている上に、ヴァルバロッサ達の言った言葉・・・。
『マナ天秤の均衡が崩れたことによる、精霊イフリートの暴走・・・。』
これについて調査をしなければいけない・・・という問題も発生しているのだ。
状況がよくわかっていない状態で、このまま火山口へ突入するのは無謀なのかもしれない・・・とオルフェは思っているはずである。
よって、今彼等と無意味な戦闘をしている場合ではないと判断しているはずなのだ・・・きっと。
「ミラ!!
なぜお前はそんな薄汚い根性をした男に加担するんじゃ!?
お前は仮にもユリアの義妹であろうが・・・、その才能も頭脳も・・・全てはユリアの為に使ってこそ価値があるのじゃぞ!」
声を荒らげながらミラを批判するゲダックに、初めてオルフェが静かな怒りを見せた。
「これだからもうろくしたご老体を相手にするのはイヤなんですよ・・・。」
「な・・・っ、なんじゃとこの小童がっ!!」
ドアに背中をもたれさせながら両手を組んだ姿勢で、オルフェの口元から笑みが消えて・・・声を押し殺したように続ける。
「私のことを何と言おうが・・・何も反論しませんよ、おおよそ正論ですし自覚もしてますからね。
ですが私の部下を卑下する言葉だけは許しません。
彼女が先生の義妹であろうとなかろうと、彼女の歩む道は・・・彼女自身が決めるものです。
その選択肢を強制することは誰にも出来ませんよ、・・・この私がさせませんから。」
今までにない位、はっきりとした強い口調で・・・オルフェがそう断言した。
それを一番驚愕した表情で見つめていたのは紛れもなく、ミラ本人だった。
ようやく正気に戻って立ち上がると、ミラは申し訳なさそうな顔でゲダックに向き合い・・・思いを告げた。
「ゲダック先生・・・、私はあなたの研究に賛同出来ません。
それが姉さんの生涯をかけた研究であったことは、すぐ側で見ていた私がよく分かっていることです。
それでも・・・、やはり人道的に反する研究だけは・・・禁忌の術に手を出しては・・・いけないことです。」
そう言って、ミラは深々と頭を下げた。
思いもよらない言葉に、ゲダックの怒りは頂点に達して・・・そして一気に怒りを鎮めた。
「どこまでワシを馬鹿にすれば気が済むのじゃ・・・。」
ゲダックは呟くように言葉を発すると、視線を真っ直ぐとザナハの方に向けて・・・そして指をさして再び声を荒らげた。
「ではこの娘のことはどう説明するつもりじゃっ!?
この娘は光の神子・・・、初代神子アウラと・・・そしてユリアと同じくアンフィニを宿しておるのだろうが!?
ディオルフェイサ、げに恐ろしきは貴様のその頭脳・・・そして残酷なまでの非道さよ。」
ゲダックの言葉にザナハは硬直していた。
なぜこの会話の中に自分が出て来るのか、どんな関係があるのか・・・全くわからないという顔で戸惑っている。
さすがにアギトとリュートも、話が全く見えてこない状態で頭の中が混乱してきた。
「なんだよさっきから!?
ワケわかんねぇことばっかしゃべってないで、一体何を言ってるのか説明しろよっ!!」
混乱したアギトは、ゲダック・・・そしてオルフェに苛立ちをぶつける。
オルフェは頭を抱えるように溜め息をつくと、ドアから離れて側に待機していたドルチェに命令した。
「ドルチェ、彼等に武器を返してください。
二人には早々にここから出て行ってもらいます、これ以上論議しても無駄のようなので。」
「オルフェっ!!」
アギトが叫ぶが、オルフェの視線に・・・これ以上の追及をすぐさま諦めた。
笑みのない顔・・・そして氷のように冷たい視線、これは「話すつもりがない」と暗黙にサインを送っている証だと察したのだ。
「ヴァルバロッサ・・・、そしてゲダック。
今はお互い引くことにしましょう、・・・私達は道中の疲労と精霊暴走の調査の為に時間がない。
そしてあなた達は病み上がりで万全の状態ではないはず・・・、決闘ならそれ相応の場所と状態で臨んだ方が良いでしょう?
どちらにしろ私達は精霊と契約を果たすまでは、何度もここを通うことになりますからね。
なにも今すぐ決着を着けなければいけないということもないでしょう。」
交渉として持ちかけているような台詞だが、その顔と口調はイエス以外言わせないという迫力があった。
オルフェの言う通り、今の自分達がとても不利な状況にあることを十分理解しているヴァルバロッサは交渉に応じる。
ゲダックが反論するも、ヴァルバロッサがそれを許さなかった。
複雑そうな表情でドルチェを見つめながら、鎧と剣を手に取って・・・オルフェの言葉に従うようにドアの方へ向かって歩いていく。
ジャックが何か言おうとするが、ヴァルバロッサは無視してすぐ横を通り過ぎた。
ゲダックも・・・ミラのすぐ横を通り過ぎて、小屋から出て行こうとする。
「・・・不本意だが止むを得ん。
しかし次こそは必ず任務を遂行するぞ・・・、手足が千切れてでもお前達を妨害するから・・・覚悟しておけ!」
「・・・ワシは認めんからのう。
ワシより先にお前が研究を完成させたなど・・・、その為にユリアを失ったなど・・・決してな!」
それだけ告げると、二人は小屋から出て行った。
全員彼等が本当にこの場を引いたと、信じることにした・・・だから誰も追わなかった。
アギト達はオルフェ、ミラ、そしてジャックに視線を送るが・・・やはりそれ以上の言及は避けた。
彼等の・・・もといオルフェ以外の辛そうな表情を見ていたら、そんな気持ちがなくなっていく。
あくまで想像の域を超えないが、きっとこの因縁は相当根深いものなんだと・・・そう感じ取れた。
相変わらずオルフェ達を取り巻く環境は謎だらけだったが、それらひとつひとつを追及して説明を求めても・・・恐らく無駄だろうと自重する。
今までが今までだ・・・、時間はかかってもいつも最後には教えてくれたのだ・・・今回のこともきっと何かしら説明してくれる日が訪れるだろうと・・・期待しないで待つことにした。
しかしザナハは納得のいかない、浮かない顔をしている。
それも無理のないことだ、ゲダックとの会話の中に不自然にもザナハの存在が出て来たのだから。
一体自分と何の関係があるのか・・・、恐らくキーポイントはアンフィニに関わることなのだろうが・・・謎は消えないままだ。
突然パンッと両手を叩いたオルフェが・・・、この場の空気を切り替える為にそれぞれに任務を与える。
「さぁみなさん、こんなところで悶々と悩んでいる場合じゃありませんよ!?
私達にはやらなければいけないことが山のようにあるのをお忘れですか?
私は早速この室内にトランスポーター起動の為の魔法陣を描きます、その間みんなには手伝ってほしいことがあります。」
いつもの笑顔で、オルフェが一人一人に指示を出した。
「ジャックとリュート、そしてドルチェの三人は近辺に人里がないか探索してみてください。
発見したら後日その村に行って聞き込みをします。
時間があまりないのと・・・疲労もだいぶ溜まっているでしょうから、1時間後・・・この小屋に戻って来てください。
いいですね?」
三人とも異論なく返事をすると、早速ジャックに促されて小屋を出て行ってしまった。
「ミラとアギトとザナハ姫は、火山口へ続く洞穴の探索をお願いします。
奥まで入らないように・・・、とりあえずイフリートの暴走がどれ程の規模で影響を与えているのか確認してほしいのです。」
「わかりました、それでは魔法陣の方はよろしくお願いします。」
そう言って軍隊式の返事をすると、三人ともそのまま小屋を出て行って洞穴がある方向へと歩き出した。
小屋の中に一人残されたオルフェは早速魔法陣を描く作業に移る。
全員が小屋を出て行ってドアを閉め切った途端、オルフェの顔からは笑顔が消え・・・わずかに苦痛が見えた。
「まさかこんな所で再び私の罪を再認識させられるとは、思ってもいませんでしたね。
彼がまだ生きているかもしれない・・・という予想はしていましたが、本当に生きていたとは・・・。
ゲダックも・・・例の研究をほぼ完成させてると思って、まず間違いないでしょうね。」
誰もいない小屋の中で、オルフェは自分に言い聞かせるように言葉にしながら作業を進める。
しかし言葉を言い終えると、そこで雑念はすぐに消えてなくなり・・・魔法陣を描くことに全神経を集中させた。
その表情も・・・いつものように無感情のまま、淡々とした様子で作業を続けていた。