第121話 「夜間の襲撃」
アギト達は途中で立ち寄った村で一泊することになった。
泊めてもらう家では夕食も御馳走になり、それぞれ用意してもらった部屋で休むことになる。
一部屋にベッドが2つずつ・・・、どうやらこの家は元々宿屋として経営をしていたらしいのだが、ここ最近ではこの近辺を訪れる旅人や観光客が減って殆ど使われていなかったらしい。
久々の客とあって歓迎されたかと思えば、遠慮も少しはなくなる・・・というものだ。
部屋の割り当てで人数が合わなかったので、ザナハとミラの部屋にもう一つベッドを用意してもらう。
洋館にあった部屋とは違い、質素で少し手狭に感じたが野宿に比べれば数段マシだったのでアギトも文句は言わなかった。
「はぁ〜〜、久々のベッド!!もう野宿は勘弁だな!!」
枕にすりすりと顔をすりつけながら、アギトは嬉しそうにのたうち回っている。
その様子を見ながらリュートも同じ気持ちでベッドに横になった。
野宿していた時は、馬車の客室には女性陣が寝ることになっていたのでアギト達男性陣は外に簡易的なシーツを敷いて寝ていた。
寝袋もあったのだがそれだと魔物に突然襲われた時に、すぐさま戦闘態勢に入れない・・・ということもあって誰一人として寝袋を使用しなかったのだ。
御者二人も、戦闘になった時にはすぐさま逃げられるようにと・・・アギト達同様シーツを敷いて寝ていた。
シーツを敷いていても地面の上で寝ていることに大差なかったので、ごつごつとしていて非常に寝苦しかった。
そんな日々を思い返せば、まさにここは地獄に仏・・・砂漠にオアシス・・・という状態だ。
「アギト、ここはもう火山地帯に入っているって大佐が言ってたから・・・イフリートがいるって言われている火山口へはもうすぐ
到着する・・・ってことなんだよね。
僕達まだパーティー戦闘が満足に出来ていない状態なのに、こんなことでイフリートとの一戦に本当に勝てるのかな?」
不安げに訊ねるリュートに、アギトはそれ程深刻そうでもない表情で答える。
「大丈夫だろ・・・、さっきも言ったようにお前が提案した作戦があるんだ。
その作戦をちゃんと練っておけば、少なくともこれまでみたいなバラバラな動きを防ぐことは出来るはずだし、それに火山口に
突入したからってそんなすぐに最深部まで辿り着けないだろう?
火山口に入ってすぐイフリートが現れるような場所じゃ試練になんねぇじゃん!?
そもそも精霊っていうのは、そんな簡単に人間の前に姿を現さないような場所に身を潜めているから、神聖化されんだよ。
最深部に到着する頃にはパーティー戦闘に慣れて、今よりかはだいぶマシになってっだろ!?」
アギトの言葉は正当っぽく聞こえるが、しかしどこか適当にも聞こえる。
どうやらこれまでの道中が相当体に響いているせいか、マトモな食事に気持ちの良いベッドのせいで睡魔に襲われている様子だった。
銀時計を開いて見ると、時間はまだ9時ちょっと過ぎ・・・そんなに遅い時間ではないが電気のないこの世界では外が暗くなっただけで、随分と夜が更けているように感じてしまう。
これもランプの明かりだけという環境のせいだろうと、リュートは思った。
これ以上アギトの眠りを妨げることに抵抗を感じたリュートは、そのまま「おやすみ」と声をかけてアギトとは反対方向に向いて寝たフリをした。
正直リュートはまだそれ程眠くはない、というよりもどんどん精霊のいる場所へ近付いて来ている・・・と考えただけで緊張のせいか、眠りが浅くなってしまっているのだ。
アギトは緊張していないのだろうか?
そもそもイフリートの試練をクリアしたら、その精霊と直接契約を交わすことになるのはアギト本人なのだ。
(・・・考えてみれば、僕はオマケみたいなものなのに・・・どうして僕の方がこんなに緊張してるんだろう?)
普段から上がり症だったリュートは、このままじゃ寝付けないと判断したのか・・・アギトを起こさないようにゆっくりとベッドから抜け出ると、音をたてないように静かに部屋を出て行った。
廊下を歩く時も床が軋む音で他の仲間を起こしてしまわないように、ゆっくりと息を殺すように外へ向かう。
宿屋といっても一応ここには老人と奥さんが住んでいる、リビングでくつろぐわけにはいかないだろうと思ったリュートは他に行く当てもなかったので、とりあえず迷惑がかからないであろう外へ行くことにしたのだ。
静かな村・・・、というよりどこか陰気で閑寂としていて・・・少し不気味に思えた。
そういえば村に入った時も、この宿屋の人達以外とは誰とも言葉を交わしてはいない。
女子供が何人かいたが、会話どころか挨拶もしていなかった。
首都に行った時には・・・その時はジャックの知り合いがたくさんいたというのもあったが、何人かの人達と会話をする機会があったものだが、ここではどこか他所者を避けている傾向があるように思える。
「まぁ・・・、長い間旅人や観光客が来なかったって聞いたけど・・・突然馬車2台で村を訪れたから驚いてるのかな?
それともここが火山口の近くだから、僕達が契約の旅をする一行だって知っているから・・・あえて無視されてるのかも。」
途端にザナハの言葉が思い出される。
『アビスとの戦争を引き起こす旅を、快く思っていない国民も・・・確かにいる』と。
ゲームやアニメに詳しくないリュートだが、アギトから聞いて知る限りでは世界を救う旅をする勇者一行は、確かに色々苦労するけど魔王を倒す旅を良く思っていない輩は魔族とか・・・明らかに敵と分類されるような者だけだったはずだった。
それなのに自分達は、特に世界征服を企むような魔王がいるわけではないし・・・この場合レムグランドの国王がその類に入るかもしれないが。
魔族による「敵」がいるわけではないが、むしろ世界の均衡を保とうとするアビス人や龍神族の妨害に遭う予定・・・である。
考えれば考える程、自分達の置かれている立場や状況がとても複雑に思えてきた。
「これじゃ僕達の方が魔王の手先みたいじゃないか・・・、世界のマナを自分だけのものにしようとする国王のいいなりになって
旅をして・・・。
その妨害をしてくるアビス人や龍神族を敵に回して・・・、これじゃ戦争を快く思ってない国民から石を投げつけられたって文句
言えないよ。」
それでも自分達は、前に進むしかない。
進まなければこの世界の国民は・・・、国王の命令によって虐殺されてしまうかもしれないからだ・・・。
決して国王に逆らうことが出来ないオルフェ達が、一体どんな方法で万事解決させるのかわからないが・・・信じる他ない。
少し夜風に当たって気が紛れたリュートは、小さく溜め息をついて・・・部屋に戻ろうとした。
・・・と、暗闇の中からぽつぽつとランプの明かりが見えて思わず物陰に隠れてしまう。
よく見るとこの宿を経営している老人と奥さんが、神妙な面持ちでランプを手にどこかへ向かっている様子だった。
(こんな夜更けにどこに行くつもりだろ・・・?)
なぜかイヤな予感がした。
こんな時アギトなら絶対こう言っているだろう・・・。
(僕達を歓迎したフリをして・・・、実は食人鬼の村でした・・・とか。
実際は国王反対派で、僕達の契約の旅を邪魔する為に食事の中に毒薬を混ぜて寝込みを村人全員で襲う・・・とか。)
ただの想像でしかなかったが、背筋が凍るような悪寒が走ったリュートは彼らに気付かれないように急いで部屋へ戻ろうとする。
しかしここでも慎重派なリュートは、決してしてはいけないことが頭をよぎった。
(こういう時って絶対足元にあった小枝とか踏んで音を出して、村人に気付かれるんだよね・・・!?
映画とかでよく見たよ、そういうパターン・・・。
ここはあの人達の姿が完全に見えなくなるまで待った方がいいかも・・・。)
ドキドキしながらリュートは物陰に身を隠したまま、ランプの明かりが完全に見えなくなるまでジッとした。
しかしそれはかえって逆効果で、ランプの明かりはひとつ・・・またひとつと、なくなるどころかどんどん増えて行く。
村人の殆どが外に出て集まっているように見えた、中には外がまだ明るい時には見かけることのなかった若い男も交じっている。
何かを話し合っているように見えたが、言葉までは聞き取れない。
集会・・・というわけでもなさそうだったが、明らかにリュート達がこの村に来たから何か問題が起きた・・・というようにも感じ取れる。
どう見ても普通の状態ではないので、リュートはこのまま彼らがどこかへ消えるまで待っても無駄だと悟った。
回りを十分に警戒しながらなんとか部屋に戻れないか、回りを確認する。
村人は何か口論しているようで、恐らくこっちの方まで気が回らないはずだと決めつけ・・・リュートは身を屈めたまま出入り口に向かって小走りした。
急いで戸口に手をかけてドアノブを回すが、ドアが開かない。
(うそ・・・っ、カギがかかってる!?どうして・・・!!)
がちゃがちゃと必死に回すが、やはり開かない。
気が動転してるせいかもしれないと思って、ドアノブを回しながら押したり引いたりするが・・・やはり開かなかった。
もしかしたら宿の人が出て行った際に鍵をかけたのかもしれない・・・、そう思ったリュートは他に出入り口がないか探し回りたかったが、それはさすがに危険だと判断した。
宿屋の回りをうろつくなんて、あまりに怪しすぎるし絶対に見つかる。
アギトは一度眠ると朝まで絶対起きない・・・、睡魔に襲われまくっていた状態ならなおさらだった。
あとは最後の希望を託すように、オルフェ達が異変に気付いてくれるのを祈るが・・・それも望み薄だろう。
リュートは頭を振りながら何とか冷静さを取り戻すように、落ち着くように深呼吸する。
(まだ村人が僕達に対して敵意を持っているとは限らないじゃないか・・・!
彼らから決定的な内容を聞いたわけでもないし・・・、もしかしたら僕達とは関係のない問題でモメてるかも・・・。
期待薄だけど、何とか会話の内容を聞き取ってから・・・それから判断しても遅くない、よね!?)
リュートは意を決して物陰に隠れながら、なんとか村人達の会話を聞き取れる範囲にまで近付こうと試みる。
しかし元々この村はそれ程賑やかなほうではないので、隠れる場所がそんなになかった。
近付くのにも限界がある、一瞬村人のフリをして集団の中に紛れようかとも考えたが・・・これ程小さな村だったら村人全員顔見知りなのは当然だろうし、何よりリュートの髪は青い色をしているので目立ちすぎる。
自分達の世界でも、この世界でも・・・青い髪はやはり珍しかったからだ。
民家の蔭に隠れながらどうにか少しだけ聞きとれる場所まで辿り着いたリュートは、耳を澄ませて何とか内容を掴もうとする。
「・・・っただろ、だからあいつらを・・・すれば、・・・−トに差し・・・・・・ったんだ!!」
「でもそれは・・・、・・・子が・・・・・・っ!!
・・・・・子様に・・・・・て、・・・れば・・・・・・じゃ!?」
どうしても肝心なところを聞き逃してしまう、会話の内容がさっぱりわからない状態だったが・・・わかったこともある。
村人は何かに恐れ、そして焦っている状態にあること。
怒りを露わにする者がいれば、それを諌めようとする者も確かにいること。
言葉のひとつひとつを拾い上げて推察する。
会話の中には確かに「神子様」という言葉に近い単語を聞き取ることが出来た、やはり彼等はリュート達が契約の旅の為にこの村を訪れたことを承知していたんだと・・・そう確信する。
となると彼らがモメているのは、神子達をどうするか・・・それを問題定義して集会しているんだろうと思った。
(そうなるとやっぱり・・・、村人達の雰囲気から見て怒っている方は神子反対派で・・・諌めている方が神子推進派・・・という
ことになるのかな?
まぁ・・・「推進」というよりも、敵意を見せてないってだけかもしれないけど・・・。)
このまま敵意を持っていない村人側が優位に立てば、リュート達は恐らく無傷で明日・・・この村を発つことが出来るだろう。
しかし反対派が押し切った場合には・・・、今の勢いだとこのまま宿屋までなだれ込んで行きそうな感じだ。
ハラハラしながら村人達の様子を見守っていたリュートだったが・・・、事態は最悪な方向へと向かってしまう。
集団の中の様子を窺うには少しでも顔を覗かせなければならない、しかし見つかることを必要以上に恐れていたリュートは身を隠したまま、村人達の会話を聞き取ることだけに集中していた。
そんな時・・・、明らかに村人達とは雰囲気の違う・・・静かだが回りの者の注意を十分に引くだけの説得力のある声が突然聞こえてきた。
それまで大声で怒鳴っていた者の声しか聞き取ることが出来なかったのに、なぜかその静かな声だけは背筋が凍りそうな位に・・・まるで耳元で囁かれているようにハッキリと聞き取れたのだ。
「僕は彼らの意見に賛成するよ・・・。
炎の精霊が正気を失ったのも・・・、全ては世界の均衡を崩そうとしている光の神子のせいなのだから・・・。
今ここで神子を見逃せば今度こそ・・・、・・・最後まで言わなくても、わかるだろう?」
「そうだ・・・、みんなあいつらが悪いんだ!!
この人の言う通りだぜ、みんな!?今・・・神子を止めなければ今度はオレ達の命が危険にさらされる!!」
「この村が衰退していったのも、みんな世界のバランスが崩れたせいだ!!」
「しかし・・・、神子様は聖なるお方!
精霊の使いとして・・・、イフリート様を諌めてくれるのではないのか・・・っ!?」
「今までの神子がそんなことしたかっ!?
諌めるどころか契約に失敗して・・・、その被害を被ったのは一体誰だと思っている!?・・・オレ達だぞっ!!」
「そうよそうよ!!それに私、聞いたことがあるわ・・・っ!?
神子が精霊と契約を交わしたらアビス人がここを攻めてくるって・・・、戦争が始まるなんて私はごめんよっ!!」
話しがどんどん険悪な方向へ向かって行く中、リュートは眉根を寄せて村人の勢いに息を飲んだ。
呼吸が荒くなり・・・、気温は夜でも蒸し暑い位なのに・・・寒気がおさまらない。
リュートは先程の男の声が・・・、声色が・・・頭から離れないでいた。
背筋が凍る程に静かだが、射るようなとてつもない殺気のこもった口調・・・。
村人の怒りが最高潮に達したのも、この声の主がけしかけたから・・・そうとしか思えない。
それもあることないことを言って・・・、村人達から冷静な判断力を失わせるかのような言い回し。
とても恐ろしかったが、リュートは村人をけしかけた者が一体何者なのか・・・姿を見てやろうと試みる。
そ〜っと顔を出し、村人に見つからないように物陰を利用しながら集団の中を探す。
数人いる中・・・明らかに村人ではない格好をした者を見つけた。
頭からすっぽりと真っ黒いローブを着て、顔は全然見えなかった。
背の丈からしても男か女か判断しづらかった、しかし・・・ローブの隙間から一瞬見えた横顔はまるで死人のように青白い顔色をしており、その口の端は・・・まるで自分がけしかけた言葉にまんまとはまって騒ぎだす村人達を嘲笑うかのように、笑みを浮かべていた。
その笑みを見た瞬間、リュートはまるで背後から大きな鎌でメッタ刺しにされたような言い知れぬ恐怖を感じた。
素早く・・・再び民家の蔭に隠れて、呼吸が更に荒くなる。
まるであの男と目が合っただけで殺されるような・・・、そんな殺気を目の当たりにしたような感覚だった。
あの男はヤバイ・・・、そう瞬時に判断したリュートはこのままでは全員がマズイことになると悟る。
村人達のテンションは今にでも宿屋ごと焼き打ちしかねない、そんな殺気に満ちていたのだ。
この感じ・・・、何かに似ていた。
「そうだ・・・、村人達を取り巻く負の感情・・・っ!
これはまるで・・・、ディアヴォロの負の感情に操られているみたいだ・・・っ!!」
しかし今は村人の殺気の正体を暴いている場合ではない、一刻も早くアギト達にこのことを・・・今の状況を伝えなければ大変なことになるだろう。
リュートはこの場から再び宿屋の方へ駆け寄ることが出来るかどうか・・・、震える足を押さえながら必死で考えた。
もし今見つかったら・・・、絶対タダではすまない・・・それだけは手に取るようにハッキリと理解出来る。
「さぁ・・・、まずは手始めに・・・そこに隠れているマヌケなアビス人を、・・・狩ってしまえ。」
「・・・っっ!!!」
リュートの心臓が跳ね上がり、血の気が一気に下がって全身が石にでもなったみたいに動けなかった。
まるで金縛りにあったみたいに硬直して、冷や汗だけがぽたりと地面に落ちる。
喚声を上げながら村人達がリュートのいる方へと近付いて来るのが、わかった。
立ち上がって逃げようにも、体が言うことをきかず・・・腰が抜けたようにうまく立ち上がれない。
「あ・・・っ、あぁ・・・!!」
四つん這いの状態で、ようやくその場から動けたものの・・・後ろを振り向くと大勢の村人が各々、手につるはしなどを武器にしてリュートに向けていた。
その目は殺気に満ちて、とても同じ人間の目とは思えない。
恐怖で竦んでしまったリュートは、思わず・・・ちらりと後方に目をやった。
黒いローブを纏った男が・・・、暗くて顔はハッキリと確認出来なかったが・・・口の端を横に引いて不気味な笑みを浮かべている。
その笑みが合図のように、リュートの目の前にいた村人が、つるはしを天高く振りかざす・・・。
自分めがけて振り下ろされた時、リュートは両目を閉じて瞬時にうつむき・・・死を覚悟した瞬間だった。
パァンっ!!
離れた場所から銃声がした。
その銃声に反応したリュートは、すぐさま回りをきょろきょろと見回して・・・探す。
「リュートっ、無事かっ!!」
宿屋があった方向からアギトが寝起きの状態で、こっちに向かって駆け寄って来る。
その後ろには仲間全員が村人に向かい合うように睨みつけながら立っていた。
しかし手に武器は持っていない、例え殺意を持って立ち塞がっていても相手は国民・・・そう判断したからなのかもしれない。
リュートの目の前には、銃弾の跡が煙を上げて軽く地面に穴を開けているが。
アギトが肩を貸してくれて立ち上がらせ、そのまま警戒しながらリュートを仲間の元へ連れて行く。
「アギト達・・・、どうして・・・!?・・・寝てたんじゃないの!?」
弱々しい声で訊ねると、アギトが苦笑しながら答える。
「いや・・・オレは寝てたんだけどさ、オルフェ達が荷物まとめて起こしに来るから何事かと思って。
起きたらお前はベッドにいないし・・・、言われるがまま外に出て行ったら殺気立った村人がお前を襲っているのを見てさ。」
そうだ・・・、話さなくてはいけない。
リュートはアギトの手を遠慮気味に振り払うと、すぐさまオルフェとジャックの方へよろよろと歩いて行き事の真相を明かそうとする。
「大佐・・・、村人達は悪くありません。
確かに何人かは神子に対して敵意を持っている人もいましたが・・・、全ては一人の男がけしかけたことなんです!
あそこにいる・・・、黒いローブを着た男が・・・っ!」
そう言って指をさすと、リュートは自分の目を疑った。
村人達の後方には黒いローブを頭から纏った人物が、どこにもいなかったのだ。
「黒いローブの男のことは後にしましょう、それより今はここから離れた方が良さそうですね。」
「見たところディアヴォロの影響を受けているみたいだけど・・・、今のあたしじゃ浄化する力がないから・・・。
こんなに大勢だと無傷で取り押さえることも出来ないわ。
残念だけど・・・、今はオルフェの言う通りにした方がいい・・・!」
口惜しそうにザナハがそう言うと、村人達に向かい合いながら後方に後ずさって・・・すでに御者が馬車の用意も済ませていて、そのまま全員馬車に乗り込むと村から一目散に走り去った。
一応追手が来ないか後方を気にしながら走り続け、誰も追ってくる気配がないことを確認してから御者に安全を知らせる。
ようやく一息つけるようになったアギト達は、リュートに温かい飲み物・・・ハーブティーを淹れて、説明を求めた。
外で一体何を見て、何を聞いたのか。
リュートはその全てを確認したわけではないが、とりあえずわかっていることだけを全てオルフェに話す。
そして何より、黒いローブを纏った男に異常なまでの殺意と恐怖を感じたことを。
「・・・あくまで憶測ですが、もしかしたらその男こそ・・・ディアヴォロの眷属かもしれませんね。」
「でも・・・、眷属って異形の姿をした化け物だって・・・前に言わなかったか?」
アギトが不思議そうな、そしてまだ眠そうな顔で聞き返す。
「憶測だと言ったでしょう。
詳しいことはレムグランドの文献には載っていませんでしたが、長い時間をかけた研究結果から様々な推測や憶測が
少しずつですが、明らかにされている部分も少なくありません。
それによればディアヴォロの眷属の中には、人間の姿をしたものもいるんですよ。
まぁ・・・明らかにされたといっても結局は、これまでの歴史の中から無理矢理こじつけた仮説の域を超えませんがね。」
「なんだよ・・・、結局は曖昧なだけじゃんか。」
納得のいかない様子でアギトがそうつっこむと、オルフェは肯定も否定もせず・・・ただリュートの様子を見入っていた。
「顔色が随分優れないようですね、大丈夫ですか?」
そう言いながらオルフェがリュートの額に触れて熱がないか、脈を見て異常がないか確認した。
「いえ・・・熱はありませんし、どこも怪我してません。
ただあの男の顔を思い出すと・・・、震えが止まらないんです。
変ですよね・・・、顔って言ってもハッキリ見たわけじゃなくて・・・口元しか見てないのに・・・。」
「でもお前・・・、マジで顔色悪いぜ!?
学校のプールで唇を紫にしてるどっかの男子生徒みたいだ・・・!」
アギトの例えを完全に無視して、オルフェは何かを考え込むようにソファにもたれると・・・視線を窓の外に向ける。
「とにかく・・・、リュートには悪いですが落ち着ける場所に出るまで我慢してください。
精霊の加護を受ける地域に入れば、少しはマシになるはずですから・・・。」
重苦しい雰囲気のまま、馬車はひたすら歩き続けた。
せっかくベッドにありつけたと思ったのに、まさかこんなことになるとは誰も想像していなかった。
アギトはリュートを気遣いながら、心配でとても寝る気になれない。
ちらりとオルフェの方に視線をやるが、黙ったまま・・・難しい顔をしながら窓の外を眺めているだけだった。