第119話 「ずっと欲しかったモノ」
馬車が火山地帯に近付くにつれて、魔物の種類がどんどん火属性のものに変わっていった。
まだ洋館がある辺りの地域では、レベルが1〜10程度の魔物を基本とした弱い種類ばかりだったのだが・・・二日、三日馬車を走らせて行くとだんだん魔物の基本レベルが30〜50まで一気に上昇していた。
種類も火トカゲのサラマンダー、炎を吐くフレイムバット、オタオタ火属性バージョンのオタレドなど・・・。
魔物の基本属性が火に統一されてきた辺りから察するに、すでにこの地域は火山地帯に突入したと見ていいだろう。
アギト達は3度の食事の度にパーティーの配列をローテーション感覚にして、どんな状況でも対応出来るようにと・・・まずは仲間との連携を第一に考えた戦闘訓練を行なった。
オルフェ、ジャック、ミラは戦闘のプロ・・・ということもあり、仲間の連携を考えた行動を瞬時に判断することが出来ているが、
やはりアギト、リュート、ザナハに関してはダメ出しの連発だった。
アギトは独断行動が目立ち過ぎる点を特に注意されていた、一応回りの状況に目を配ったりしているが敵が接近して来た途端に自分から飛び込んで行くクセがあって、結局他の仲間のペースを乱してしまう・・・というのが弱点となっている。
リュートの場合は、回りに気を配り過ぎてなかなか行動を起こせずにいたこと。
優柔不断な性格が災いしているせいか、頭で考え込み過ぎてチャンスを逃しやすく・・・また遠距離タイプに体が慣れ過ぎてしまったせいか、いざ敵に接近されてしまった時には対応が遅れてしまう・・・という点で、ジャックに厳しく注意されていた。
ザナハは、敵との間合いを詰め過ぎてしまうクセがなかなか直らなかったようだ。
元々は接近戦主体の格闘術を学んでいたのだが、今は回復・補助魔法に専念するように指示されている為なかなかその位置関係を体に慣れさせるのに苦労しているらしい。
味方が敵に囲まれていたら、つい加勢に行ってしまい自分も敵から攻撃を受けてしまう・・・など。
敵との距離が近かったら勿論呪文の詠唱を邪魔されやすくなってしまい、味方の回復が遅れてしまうのだ。
そんな中、ドルチェだけが3人の欠点を補うように色々立ち回るのだが、一人でそれを補うにはやはり限界があった。
傀儡師の弱点は装備変更に時間がかかり過ぎてしまうところにある。
これまでの期間でその時間は大幅に短縮出来ているのだが、それでも秒単位とまではいかなかった。
洋館を出発してから今日で四日目・・・、夜も更けてきたので一行は岩陰で野宿することになった。
一面野原で見渡しが良い場所では夜中に魔物に襲われやすい・・・という点があった為、少しでも敵から死角が作れるように岩陰の側にしたのだ。
そうするとこちら側からも死角が出来てしまう・・・勿論それに備えて、その対処もすでにされている。
レムグランドの首都で育てられてた馬車の馬は、魔物の気配にものすごく敏感だったので魔物の気配に全く気付かない・・・ということはなかった。
アギト達が拾い集めてきた枯れ枝に火を付けて、簡易的な食事を終えると全員で反省会をする。
「これまでパーティー戦闘をあまりしてこなかったのが、仇になりましたね。」
オルフェの開口一番がこれだった。
アギト、リュート、ザナハはがっくりと肩を落として落ち込んでいる。
ちらりと横目で見てみたら、ジャックやミラまでもが悩ましい表情で押し黙っていた。
そんなにひどかったのだろうか?と思いながら、3人は黙ったまま・・・続きの言葉を聞きたくない思いで待った。
「3人共・・・これまで指摘されたことをきちんと意識して、戦闘に活かす努力はしてきたのですか?」
そう言われても・・・、それが結果として現われていなかったら何もしていないのと同じだと・・・、それが分かっているだけに3人は口をつぐんだまま黙りこくっていた。
アギトでさえも、やはり自分の頭の中で思い描いているような戦闘が出来ていなかったことを十分理解している為に、反論する気持ちになれずにいるようだ。
仲間の動きと、敵の動作をよく観察して取るべき行動を即座に実行させる。
言葉だけなら簡単に聞こえるが、それを実際の戦闘で実行しようと思うと・・・恐ろしく難しかった。
アギトは心の中で、ゲームの時は両方の状況を見て判断するのはそんなに難しいことじゃなかったのに・・・と思っていた。
しかし考えてみれば、テレビゲームだったら画面の中だけを見渡すのは簡単なことだ。
それだけ視界は広くなく、いざという時はメニュー画面を開いて作戦を練り直す余裕だってある。
だが実際にはそうはいかない。
見渡す視界の範囲は広大で、それこそ360度全てに神経を持っていかなければいけない。
前方の敵、後方の味方・・・だけに止まらず、敵が右側にいるかもしれない・・・背後を取られているかもしれない。
味方は常に後ろにいるとは限らない、もしかしたら反対方向で敵の攻撃を受けているのかもしれない。
そう考えたらキリがなく、イライラしてくる。
後ろに目が付いているわけでもないのに、そんなの把握出来るわけがないじゃないか・・・と言い返したくなる。
しかしその言葉だけは決して口に出してはいけないと、ぐっと奥の方にしまいこんだ。
「お前達の場合は、目に頼り過ぎているんだよ。
全身のマナを微量に開放させて、相手のマナを感じ取るんだ・・・。
全員がそれを出来ないと相手に自分の位置を知らせることは出来ないし、知ることも出来なくなる。
お前達はマナの開放まではある程度出来るようになっているんだから、それを常に・・・自在に出来るようになることだ。」
ジャックがヒントをくれた。
アギト達は魔法を発動させる時や、攻撃をする時、そして防御する時にだけマナを開放させていた。
それ以外は恐らく気が緩んでいる・・・と思われても仕方がないが、普段の状態の時はマナを閉じていたのが事実だ。
ジャックが答えを教えたことに、オルフェは溜め息交じりで諌めた。
「ジャック・・・、あなたも甘いですね。
こういうのは自分達で気付けるようにならないと、修行にならないじゃありませんか・・・。」
「そうは言っても、結構難しいんだぜ?・・・全身のマナの開放を微調整しながら戦闘するのって。」
斧を研ぎながらジャックが唇を尖らせて、静かに反抗した。
確かにジャックの言う通りだと・・・アギトやリュートは思った、ザナハはどうかわからないが二人は魔法を使えるようになる為に、マナの開放・・・つまりコントロールに一番苦労したようなものだ。
今でも各部位へマナを凝縮させるのに、ものすごく神経を使っている。
敵を攻撃する時には、体内のマナを武器に宿らせて攻撃の威力を増加させる・・・とか。
防御の際には、敵の攻撃が当たる箇所へとマナを集中的に集めることで肉体の防御力を上げる・・・とか。
それだけを修得するのに何日、何週間とかかったのだ。
「口で言ってすぐに出来るようなら、誰も苦労はしません。
今教わったことを意識して戦闘しようと思っても、そう簡単にはいかないはずですからね。
これからの課題として励めば、結局は自分で学び取ったことになるのですから良いではありませんか・・・大佐。」
ミラがジャックの味方をしたことに、オルフェは肩を竦めてそれ以上の追及はしなかった。
これで今日の反省会は終わり・・・という空気に変わって、3人の顔からようやく緊張が取れる。
ごろんっと仰向けに寝そべったアギトが、夜空を見つめながらふと気になることを口にした。
「そういえばさぁ・・・、火山口に到着するまでの間にルイド達から邪魔が入ったりするのかな・・・?やっぱり・・・。」
アギトの疑問に全員が真剣に考える。
至極、マトモな疑問だったからだ。
「どこで・・・という推測はしかねますが、邪魔が入るのは確実でしょうね。
ルイド本人が正々堂々と宣言していましたから・・・、本当ならこれまでの道中で出会っていても不思議じゃありません。」
オルフェが考え込むような仕草をしながら、そう答えた。
「ルイドの奴、言ってたな・・・。
契約の旅の邪魔をするのはルイド含む4軍団だけだって・・・、ということはそれぞれの軍団長が待ち構えていると考えた方が
無難・・・か!?」
斧の手入れが終わったのか、ジャックは斧をしまい込むとカップ一杯に注いだ水を一気に飲み干してから、そう呟く。
その言葉に同意するように頷きながら、ミラも武器の手入れを済ませてようやく腰を落ち着けたようにリラックスした姿勢で話す。
「そう考えた方が良さそうですね、その場合にはこちらも全力で向かって行かなければ・・・。
私達はこんな所で倒されるわけにはいきません。
いざという時は、私達を踏み台にしてでも・・・君達にはその先へ進んでもらわなければいけなくなります。
・・・いいですね?」
冗談でも何でもない・・・、真剣な面持ちでミラがそう言うと3人の顔に再び緊張の色が走る。
その時、アギトは思った。
ミラはザナハの師だ・・・、死ぬ覚悟を持ち合わせていたとしても不思議じゃない・・・と。
ふと、ちらりとザナハの方を横目で見て・・・目が合ってしまう。
しかしザナハの目には、以前までの暗いイメージはなく・・・言わなくてもわかっているという、真っ直ぐな瞳がそこにはあった。
「ミラ、私達は・・・誰一人欠けることなく、ここにいる全員でマナ天秤の間に辿り着くのよ!?
私達だっていつまでも足手まといになんかならないし、ちゃんと敵とマトモに戦えるように努力していくつもり!!
仲間の屍を乗り越えてまで使命を全うしようだなんて・・・、私・・・思わないようにするから。
だから・・・、みんなの力で乗り越えられるように・・・これからも指導をお願いしたいの!!・・・ダメかな?」
ミラ達の目が点になった。
アギト達にはその意味がわからない・・・、むしろ今ザナハが言った言葉はアギトやリュートにとってはとても共感を覚えるものがあり、何より正しいと思えた言葉だからだ。
恐らくミラ達にとっては、目的を成し遂げる為には如何なる犠牲も厭わない・・・という考えの下で行動しているからだろう。
それが軍人の考え方であり、恐らくこの世界での常識なのかもしれない。
しかしアギトやリュートにとっては、仲間を足蹴にしてまで成し遂げるような目的なんかこの世にあってはいけないと・・・、そう思っていた。
甘いと言われても構わない、それで覚悟が足りないと言われても仕方がない。
今こうして、同じ時を過ごしている仲間を失うことの方が・・・よっぽど考えられないことなのだから。
ザナハの言葉に同意の笑みを浮かべる二人の様子を見て、オルフェが何を悟ったのか知る由もないが満足そうに微笑んだ。
「ザナハ姫もそういう考え方をするようになりましたか・・・、それもいいでしょう。」
「・・・大佐っ!?」と、ミラは振り向き様・・・批判的な視線をオルフェに向ける。
「むしろ仲間を見捨てず先に進むことの方がよっぽど困難な道ですよ、・・・仲間をあっさり見捨てるよりずっと、ね?
自分の目的の為に修行をするより、誰かを守る為に修行をする方がずっと効率が良いと、私はそう思います。
まぁもっとも・・・私自身としては、到底マネ出来ないことですが・・・。
ここはひとつその信念の下に、旅をしていこうではありませんか。」
「お、珍しいなオルフェ!?
それはそれでお前の信念に反する行為になるが、それでもいいのか!?」
ジャックがからかうような口調でそう言うと、オルフェは完全な作り笑いを浮かべながら「心外ですね」と反論している。
ミラはミラで、それ以上何も追及するつもりがないのか・・・それに従った。
「あれ・・・どうしたのアギト?
なんだかものすごく嬉しそうだけど・・・?」
リュートが小声でアギトに訊ねた、するとアギトは笑顔のまま振り向いて耳打ちするように答える。
「だって・・・、嬉しいじゃん!?
こないだまでみんな、目的の為には手段を選ばない!って感じだったのがさぁ・・・今こうしてここにいる仲間のことを
第一として行動することに・・・、あのオルフェまでが賛成してるんだぜ!?
こんな嬉しいことってないだろ・・・!!」
その言葉を聞いたリュートは、確かにそうだと思いながら・・・なんだか自分も嬉しくなってきていた。
考えてみればアギトの言うように、オルフェもミラもザナハも・・・レムグランドの救済の為ならば、自分達の命すら厭わない覚悟を持って今まで旅してきたようなものである。
みんなどこか割り切っていて、正直ついていけないところも多々あったのが事実だ。
しかしさっきのザナハの言葉で、みんなの気持ちがひとつになったような手応えが確かにあった。
もしこれが以前のままだったら・・・、甘いだの平和ボケしているだのと批判の嵐だっただろう。
「オレさぁ・・・、ずっとこういうのが夢だったんだよなぁ〜・・・。」
「・・・え?」
アギトの独り言のような言葉に、リュートは思わず聞き返す。
「勿論お前とずっと笑って過ごしていくのも、オレにとっては一番の夢だったんだけどさ・・・。
ホラ・・・お前もよく知ってっだろ?
オレが冒険ファンタジー系のゲームが大好きなの・・・。」
「うん・・・、アギトよく話してくれてたもんね。」
リュートは言葉少なく、アギトの話を優先的に聞いていた。
「お前だからよくわかってくれる・・・ってのもあるかもしんねぇけど。
オレ達ってさ、普通の奴等に比べたら友達が極端に少ない方じゃん?
だからさ・・・こういう仲間、とか。
そういうのにずっと憧れてたんだよ・・・、どんなにツライ時も・・・苦しくて挫けそうな時も・・・お互いに助け合って、
困難を乗り越えて行く・・・、そんな仲間との友情。
信頼とか、絆とか、・・・協調性のないオレが言うのもオカシイけどさ、ずっとそんな仲間が欲しかったんだ。」
アギトの言いたいことは、よくわかる・・・痛い位に。
孤独だった時間が長い程・・・、そういった他人との絆が無性に欲しくてたまらなくなる。
現実世界では、求めても求めても・・・どんなに求めて欲しても・・・決して届かなかった。
いや、自分自身が心を閉ざしていたせいも・・・確かにある。
それでも矛盾した心は、ずっと共に生きてくれる仲間を欲していた。
「うん・・・、そうだね。
僕達は・・・ずっと欲しがってたもんね。
大佐や、ミラ中尉や、ジャックさんや・・・ザナハや、ドルチェみたいな・・・心から信頼出来る仲間が。」
噛みしめるように・・・、心に深く刻みこむように・・・、リュートはしっかりと言葉を紡いだ。
そしてゆっくりとアギトの方を振り向くと、柔らかく微笑むように・・・安心させるような口調で、リュートは言葉を続ける。
「僕達はようやく・・・、やっと得られたんだね。
大切な仲間をさ、そしてこれからもずっと一緒にいられるように・・・修行、頑張ろう!?」
リュートの言葉に、ほっとしたのか・・・アギトもニカッと微笑むとリュートの背中をバンッと叩いて返事をした。
「あったり前だ!!
なんたってオレ達は正義の使者、光と闇の戦士だかんな!!」
リュートは痛む背中を我慢しながら、苦笑いを浮かべた。
自分でも恥ずかしさの余り穴があったら入りたくなるような言葉でも、アギトなら真っ直ぐに受け取ってくれる。
馬鹿にしたり、嘲笑ったりなんかしない・・・、きちんと心で受け止めて・・・心で返してくれる。
リュートにはそれが嬉しかった・・・、そんなアギトの気持ちが何より一番大切だった。