第115話 「3つの疑問」
いつも話し合いをする時に集まる会議室で、アギトとリュートは聞きたいことを整理して質問攻めをした。
まずザナハと最初に議論した内容、『マナ天秤を動かしたら、神子は死ぬ』という内容について。
オルフェに聞いたところによるとやはり同じ答えだった。
「アンフィニとは、ほぼ無尽蔵といってもいい程の膨大なマナ質量を有しています。
正確に測ることは今の技術力では不可能ですが、当時でも類稀なものとして貴重視されていました。
初代神子の場合は、その能力でディアヴォロを封印することに成功しています。
その方法まではわかりかねますが、上位精霊3体と契約を交わすことが出来たのは歴史上探してもアウラしかいません。
そしてそのアウラと同等の能力を・・・、ザナハ姫は秘めている。
マナ天秤を動かす程度ならば、命を落とすまでには至らないでしょう。
過去にマナ天秤を動かしてきた神子達とはそこが決定的に異なります、ザナハ姫以前の神子達はマナ指数が800台というだけ
で特に珍しいものではありませんでした。
確かに800台というだけでも統計学的に言えば希少ですが、アンフィニには至らない・・・という意味です。
その為マナ天秤の間まで辿り着けずに力尽きたという神子も多数いますが、マナ天秤を実際に動かしてきた神子達はその負荷に
耐えきれずに命を落としてきたことは事実です。
しかしアンフィニだけは、その限りではありません。
こればかりは今までの神子を参照するまでもないと言えます。それだけアンフィニは特別だということなのです。
ザナハ姫がマナ天秤を動かした場合ですが、せいぜい極端に体内のマナ濃度が減少してしばらく不調という状態には陥ることに
なるでしょうが、徐々に回復していくものなので心配には及びませんよ。
・・・マナ天秤を動かした後の副作用に関してですが、これでご理解いただけたでしょうか?」
アギトとリュートは何度もオルフェに、ザナハの命の保証について問うた。
それだけ重大な事柄だからだ。
何度問いただしても結果は同じ、とりあえず二人はこれで満足することにした。
そしてもうひとつの疑問・・・、レムグランドに住む国民が誰一人として国王に逆らわない事実・・・。
これもやはり最初にザナハが言ったことと、大差ない。
よって国王に関して現時点では後回しすることにした、誰も逆らえないということは首都に行ったところでアギト達に出来ることは
恐らく何もないだろうと思ったからだ。
何より・・・、あの国王に関わるのがどうも苦手だった。
それから次の疑問だが、これは聞いてもいいのかどうか正直かなり迷ったものだった。
そもそもオルフェに聞いて答えてくれるかどうか、かなり怪しかった。
『ドルチェとフィアナについて』
なぜ二人は鏡に映したように、姿形がそっくりなのか?
20年前に死んだとされるフィアナが、なぜ生きているのか?
ドルチェの正体は?
なぜ生きていたのか・・・というのは、オルフェに聞いても答えは出ないかもしれないと推測する。
初めてフィアナが姿を現した時・・・誰よりも驚いていたのがオルフェだった為である。
もし知っていたのならあそこまで驚いたりはしなかっただろう。
しかし、これからも苦楽を共にする仲間であるドルチェに関しては・・・少しでも知っておきたいのが本音だった。
詮索するのはあまり好ましくないが、隠し事をされるのも気分がいいものではない。
なので、今ここで聞こうかどうか迷っていたのである。
・・・だが、ドルチェとフィアナに関して聞こうと口を開きかけたら・・・珍しくオルフェの方から切り出してきた。
「多分二人とも聞きたそうにしているので、先に言っておきますね?
ルイドと共に現れたあの少女が・・・本当に私の妹なのかどうか、それは私にもわかりかねます。
むしろ・・・、そうでないことを願いますが。
しかし能力的な部分から見ても、私の妹と酷似する面は確かにあります。
外見や性格だけではない・・・。
魔力の糸をはわせて魔物や人間を操る、傀儡師としての能力・・・。
魔物召喚の技術は恐らくアビスで習得したものかもしれませんが、あまりに妹の能力に酷似しているので私も驚いています。」
腕を組みながら、誰とも視線を合わせることなく淡々とそう告げた。
全員が黙りこむ・・・、これ以上言及するのもどうかと・・・思い始めたからだ。
以前オルフェに言われた言葉・・・、『誰にでも言いたくないことの一つや二つはある』
それはアギトにだって、リュートにだって・・・ザナハにだってあることだ。
なのにオルフェにばかり問いただすのもどうかと、そう考えたら言葉が出てこなくなる。
しかし今回のオルフェは珍しく自分から話題を切り出してくる、それだけ彼も本気で・・・対等に接してくれているということなのだろう。
「私の思慮の無さが原因で、自分の妹を死に追いやってしまいました。
私は今まで妹の死を負い目に感じて、研究に没頭することで無理矢理にでも妹の存在を忘れようとしていたのかもしれません。
しかしここに来てようやく、そのツケが回ってきたんでしょうね。
それからドルチェに関して・・・ですが、すみませんが彼女に関しては国家機密事項なのでお話出来ないようになっています。
ですが・・・、いつか話そうとは思っています。
恐らくその日は近い内に来るでしょうが、それまでは・・・胸にしまっておいてください。」
誰も反論はしなかった。
いつも自分の過去について自分から語ろうとはしてこなかったオルフェが、妹に関して少しでも話してくれたのはかなり大きな進展だったからである。
細かい内容まで説明しなかったにしろ、それでも自分が妹を死なせてしまったというツライ事実を語ってくれただけでも十分だった。
それに・・・、例えドルチェの正体が何者であっても今まで通り・・・仲間であることに何も変わりはしない。
そして最後に・・・、リュートが聞いた。
「大佐・・・、結局僕達は・・・アビスや龍神族を敵に回してでも、マナ天秤を動かす旅はやめないんですね?」
それが一番の問題だった。
例え国王命令だったとしても、世界の均衡を崩してまで果たすような使命でないことは全員重々承知している。
国民全員を人質に取られているからとか・・・、それで済まされる問題でもない。
オルフェは一息ついて、質問に答えた。
「今は・・・、私達を信じて下さい・・・それ位しか言えません。
君達はレムグランドに住む国民全員の命を救う為に、マナ天秤の間がある場所まで辿り着くことだけを考えておいてください。
これに関しては君達だけに背負わせるわけにはいかない・・・、私達大人の出る幕です。
国王陛下に逆らうことは出来ませんが、だからといって国王が私達の旅を四六時中見張っている・・・というわけでもありません。
部下の殆どもこの洋館に置いて行きますし、マナ天秤の間へは恐らく限られたメンバーでしか向かいません。
中尉やジャックが国王のスパイ・・・というなら、話は別ですけどね。」
その言葉を聞いて、全員の顔に笑みがこぼれる。
「それは有り得ねぇな・・・、もしそうだとしたら・・・反則モンだぜ。」
そう言いながらもほんの少しだけスパイだった場合を想像してみたが、あまりに凄惨なイメージだったのですぐにやめたアギト。
このメンバーの誰かがスパイだったなんて言うなら、もう誰も信じられなくなってしまう。
疑心暗鬼になったら心が病んでくる・・・、オルフェもイヤなことをさらりと言うものだと今になって憎らしく感じて来る。
そんなアギトを他所に、ザナハは不安げな口調で聞いた。
「それじゃ・・・、私達はこのまま旅を続けるべきだと・・・それでいいのね?
でもアビス人や魔物の侵攻はどうするの!?国王軍だけで迎え撃つには・・・あまりにもっ!」
「それはザナハ姫が心配することではありませんよ、ご自分の国の兵士の力が信じられませんか?
ましてやお兄様のお力を過少するので?」
「そんな風に思ってないけど・・・、今はアビス人だけじゃなくて龍神族まで敵に回っているから・・・。」
ザナハの不安を拭うように笑顔を浮かべると、心配ない・・・と言葉を添える。
「あくまでレムに侵攻してくるのはアビス人と、その魔物だけだと私は推測しています。
今までマナ天秤が幾度となくレム側に傾けられていた時期でも、龍神族は殆ど介してこなかったのが事実です。
今回アビスに乗ってきたのも、族長の死と・・・アンフィニを宿す姫の存在があったことに大きく要因します。
そうでもなければ傾いて来る前に、警告なり何なりあってもおかしくありませんでしたからね。
特に龍神族の元老院は保守的な思想の持ち主が殆どですから、果敢に戦闘に参加するという結論は出ないはずです。
協力するのは道を開くことだけ・・・、侵攻はアビスで勝手にしてくれ・・・と考えた方が無難でしょう。
それに・・・特に今の時期は族長の喪中とあって里は完全に閉鎖状態です。
葬儀の最中に他国の戦争に手を貸そうなんて馬鹿は、龍神族の中にはいないと思いますよ。」
馬鹿で思いだしたが、龍神族のとある馬鹿ならもしかしたらやりかねない・・・と思ったが、仮にも自分の父親の葬儀・・・。
それを放ったらかして他所をフラフラうろつく程、そこまで末期ではないはずだ。
オルフェの言葉に、アギト達は信じる他なかった。
全面的に丸投げするつもりもないが、仲間として・・・信頼するという思いから信じようと思ったのだ。
「わかった・・・、オレはオルフェを信じるぜ。
弟子が師匠を信じられないで絆を深め合うことなんて出来ないもんな!・・・って、自分で言ってサブッ!!」
ぶるっ・・・と、急に寒気が走ったような仕草をして照れ隠しした。
かくいうオルフェも、まさか問題児のアギトからそんな言葉が出てくるとは思っていなかったせいか・・・硬直していた。
「どんな作戦があるのか、今は聞かないでおきますね。
僕もアギトの言うように自分の仲間を信じてますから、だからみんなで最も最良だと言える行動をしていきましょう。」
「ありがとうございます、そう言ってもらえて私もおおよそ話した甲斐があったというものです。」
「おおよそかいっ!!」
いつものノリが戻ってきたアギト達は、ようやく緊張感から解放されたように・・・和んだ。
ただ一人・・・ザナハの笑顔だけは、どこか硬かった。