第114話 「国王絶対主義」
アギトの問いかけに、ザナハは深刻そうな表情を浮かべながら・・・答えようとする。
『マナ天秤を動かした神子は、命を落とす』
アギトはそう予測した。
今までザナハを始め、オルフェ達がずっとアギトとリュートにひた隠しにしてきた理由を・・・推測したのだ。
最初に二人がレムグランドへ訪れた時、悪の片棒を担ぐつもりはないとハッキリと主張してきた。
そんなアギト達に言えるはずもないだろう、旅の終着点はザナハの死によって完結するなんて・・・。
二人がまだ未熟な子供だから・・・、異世界についてまだ何も知らないから・・・、真実を知った時に受け止められないかもしれないから・・・。
理由は色々あるだろう、それらを総合した結果・・・アギトはこの答えを導き出したのだった。
もっともアギトによれば、アニメやゲームではよくあるパターン・・・とのことらしいが。
しかしリュートはやはり納得がいかないのが本音だ。
そんなことをアギトに言っても仕方がないのはわかっているが、もしこの推測が正しいと言われたら・・・。
ハラハラとした気持ちで、ザナハの言葉に耳を傾ける。
「・・・確かに、あんたの言う通りよ。
今までの神子達はみんな・・・、あたしも話しに聞いただけだけど。
何人かは精霊との契約に失敗して命を落とすか、アビス人の攻撃によって命を落とすか・・・。
マナ天秤を動かした時点でマナの全てを使いきって命を落とすか・・・、そうやって歴代の神子達はみんな自分の世界を守る為に
散っていったの。」
その言葉を聞いて、アギトは大きな溜め息をついた。
推測として口に出したが、それが的中してほしいと思っていたわけではないと・・・今の態度で窺える。
リュートも目の前が真っ暗になっていた。
しかしザナハは言葉を付け足すように、急き込んで続きを話した。
「でも・・・、オルフェやミラから聞いたの!
あたしは初代神子と同じ888のマナ指数の持ち主で、体内にマナの宝殊・・・つまりアンフィニを宿しているから命を落とす
ことはないかもしれないって。
アンフィニは無限のマナを指すの・・・、つまりマナ天秤を動かした位じゃマナは尽きないってことなのよ。
だから・・・、あんた達はそんなことを気にする必要は全然ないんだから!!
この話はこれでおしまいよ、後でオルフェにも聞いてみるといいわ。」
まるで必死に言い繕うように、ザナハはこの話題を早く終わらせようと務めているようだった。
しかしアギトはそんなことでは騙されない、リュートもそれはちゃんとわかっていた。
アンフィニを宿しているから助かると決まったわけではないのだ、それはザナハ自身も気付いているのかどうか・・・それは
別として、いま確かに『〜かもしれない』と、曖昧な表現になっていた。
それは推測の域を脱していないのと変わりはない、『〜かもしれない』では駄目なのだから。
確実に生き残るという方法を聞かない限り、アギト達は決して引き下がらない・・・という強い気持ちがあった。
ザナハが必死で締めくくろうとしたが、それでもアギト達の瞳の奥には納得のいかない色が現われていたのでザナハは困っている状態だ。
「僕達・・・、まだこの世界の仕組みとかハッキリと理解しているわけじゃないんだけど・・・。
このレムグランドのマナが満ち足りているんだったら、何もそんな必死になってマナ天秤を動かすっていう、命の保証のない危険 な旅をする必要なんて、これっぽっちもないんじゃないのかな・・・!?
ルイド達と対面していた時に聞かされたこともそうだけど・・・、国民全員の命がかかっているって・・・それって国王一人が
悪いことになるじゃないか。
どうして誰一人として国王に盾突こうって考えないわけ!?
僕達が異世界の人間だからってだけじゃないと思う、誰が見ても・・・誰が聞いても・・・レムグランドの国王に非があるじゃな
いか。
どうせ協力するなら・・・、国王を何とかする方に・・・僕は協力するよ。」
「よく言ったリュート!!オレもそっちに大賛成だな!!
大体自分から敵を増やしてんのに、かばってやる義理なんて何もねぇじゃんか・・・なぁ!?」
拍手しながら喜び勇むアギトに、ザナハは頭に血が昇ったように顔を真っ赤にして大声を張り上げた。
「あんた達は何もわかってないわよっっ!!」
その怒声に驚いて、二人はピタッ・・・と硬直する。
「そんなことが出来るなら・・・、とっくにしてるわっ!?
でもこのレムグランドでは国王政権が全てなの・・・、国王が天子なのよ!!
アシュレイ兄様だって、オルフェだって・・・そんなことはわかってる・・・わかってるのよ!!
国王がどれだけ非道だろうと、暴君だろうと祖国を守る為に忠誠を誓った人間は、国王にその命を捧げる忠臣となるの。
助言は出来ても逆らうことは出来ない・・・、この国は・・・そういう国なの・・・っ。」
両手をぎゅっと握りしめて・・・ザナハは悔しそうに吐露した。
ザナハの言葉を聞いて、その思いの全てを理解出来たわけではなかった。
確かにアギト達には国王に忠誠を誓うことがどういうことなのか、どれ程重いものなのか・・・想像も出来ない。
そもそも国王政権そのものにどれだけの絶対的権力が存在するのか・・・、それすらわかっていない状態だ。
しかし・・・、あのオルフェが国王に逆らわないという現実を考えると少しはイメージしやすくなる。
それだけ国王の存在が絶対なのか・・・と、二人は押し黙った。
アギトに至っては黙りながら心のどこかで下剋上を想像している、国王絶対主義なんか全く意に介していない心境のようだが。
「それなら・・・、ザナハはこのままマナ天秤を動かして世界の均衡が崩れても構わないって、そう言うの!?
他に方法はないのかな・・・、これじゃ・・・ザナハが一番ツライだけじゃないか・・・。」
「あたしは全然構わないの・・・、あたしの存在で国民全員の命が助かるのなら・・・安いものだって思ってる。
そんなことよりも、世界の均衡自体を考えたら・・・やっぱりこのままじゃいけないこと位、わかってるわ。」
ザナハの気落ちした台詞に、アギトは椅子の背もたれにもたれながら後ろにのけ反って・・・かなり危ない姿勢を取る。
「なのに、ルイドのヤローには全く聞く耳皆無だったじゃんか!?
確かにアイツのやり方は気に食わねぇけどさ・・・、一理ある部分もあったし・・・全部が全部間違ってるわけでもなかった。
それでもオルフェがマナ天秤を動かすこと自体に賛成してんのが・・・、納得いかねぇんだよなぁ〜!
オルフェならさぁ・・・、セコイ裏ワザとか使ってどうにか一番都合の良い方法編み出してそうじゃん!?」
「セコくて悪かったですねぇ・・・。」
突然後ろの方からイヤミたっぷりの声が聞こえてきて、アギトは驚く余り椅子ごと後ろに勢い良く倒れてしまった。
ひっくり返って逆さまになったままの視線で、目の前に立つ軍服に目を走らせる。
真っ直ぐな姿勢で立ったオルフェが、アギトを一瞬だけ見下ろすとすぐさま正面に向き直ってコホンっと咳払いした。
「遅くなってすみませんでした。
国王軍は森での警備に不慣れのようで、少々指揮を執るのに手間取りましてね。
ところで・・・、随分と面白い話題から口論になっているようですねぇ・・・。
私も途中ですが参加させてもらってもよろしいですか?」
「よく言うぜ・・・、誰のせいで話しがこじれてると思ってんだよ!?」
逆さまのままアギトが毒を吐く。
しかしオルフェはどこから聞こえたのか・・・という、わざとらしい仕草をしながら笑顔でしらばっくれる。
「誰のせいなんでしょうかねぇ・・・?
まぁそんなことより、早速お願いがあるのですが聞いてもらえますか!?」
苦虫をかみつぶしたような表情に早変わりして、アギトは椅子を立てて座り直すと再び小さくつっこむ。
「くそ・・・、いきなり独壇場の話題転換じゃねぇか・・・。」
ぶつぶつと文句を言いながら、アギトは目の前に出されていたクッキーに手を伸ばしてボロボロとこぼしながら乱暴にかぶりつく。
オルフェは空いている席に座ると、手早くメイドがお茶を出して・・・礼を言いながら一口含んだ。
「あの・・・、お願いって!?」と、リュート。
「実は開戦した・・・ということで、ますます時間が差し迫っていましてね。
これ以上日にちをずらすわけにはいかないので、我々は今日の昼にでも火山地帯へ向けて出発することに決定したんですよ。」
紅茶をガブ飲みして、ぷはぁ〜っと大きく息を吐きながら・・・アギトはつまらなさそうに割って入る。
「なんだよ・・・、それじゃ当初の計画と変わんないじゃん!?
オルフェ達が馬車で火山地帯へ行ってる間、オレ達は洋館で修行&勉強会だろ?
そんで来週になったらオレ達は、魔法陣で火山地帯に直行便・・・って手筈だったじゃん?」
両手を組んで顎を置きながら、オルフェは冷たい視線でアギトの言葉を訂正した。
「それが変更になったから改めてお願いしたい・・・と言ったんですよ。
魔物や・・・ヘタしたらアビス人が攻め込んでくるかもしれないこの洋館に、君達二人を残しておくのは余りに危険です。
そこで君達二人も私達と同じように、馬車で火山地帯まで向かってもらおうと考えたんですよ。
移動中には基礎知識の復習や、新たに出現する魔物の対処法の伝授など・・・主に知識面や精神面を鍛えて行きます。
そして途中に必ず魔物が出現しますからその時には戦闘の修行をして、更なるレベルアップを計ってもらう。
イフリートの元へ到着する頃には・・・そうですね、せめてレベル50位にはなってもらいたいと思っています。」
オルフェの言葉に、二人は硬直する。
「え・・・、レベル50?
僕の場合・・・果てしなく不利なんですけど?
こないだレベルアップしたのはかなり前のチューパン戦で、今レベル20になったばかりなんですけど?」
「大丈夫ですよ、火山地帯の魔物は強い上に経験値もかなり高めになっていますから。
死にさえしなければレベル50なんてすぐですよ、ちなみに知識を高める修行でも微量ながら経験値は蓄積されていくんです。
私やジャックが教えた、マナ制御の体操があったでしょう?
あれも実は微量ですがちゃんと経験値が蓄積されています、サボらずにきちんと毎日こなしていれば五日で一つはレベルアップ
出来る位の計算にはなりますよ。」
それを聞いて安心しているのはアギトだけだった。
レベル40を超えているアギトの方を、羨ましそうな・・・恨めしそうな眼差しで見つめるリュート。
「そんじゃあさ・・・今の話だとオレ達はこのまましばらくの間は、レムグランドに長期滞在しなけりゃいけなくなるってことだ
よなぁ・・!?
こんな時にこんなこと言うのも何だけどさぁ・・・、オレ達の学校の勉強は一体誰が責任取ってくれるわけ!?
義務教育をパスしないとオレ達・・・、社会に貢献出来ない大人に成長しちゃうんだけど?」
珍しくアギトがマトモで真面目なことを言っている・・・と感心したかったが、これは単に学校を不登校してしまう責任をオルフェ
になすりつけようとしているだけだと・・・、リュートはしばらくしてから気付く。
しかしオルフェはアギトの浅知恵をお見通しだったのか、いつもの作り笑いを浮かべながら・・・にべもなく言い放った。
「大丈夫ですよぉ〜、人生の本当の勉強というものは社会に出てから本格化するものなんですから!
学校というのは単に協調性や基礎知識、道徳などを学ぶ為だけの・・・人間が生きて行くのに必要最低限な知識を学ぶ所です。
君達は非常に運が良いんですよ?恐らくのほほんとした君達の世界では体験することのない本格的な戦場に出て、そこで本当の
意味での協調性や人道を学んでいくことが出来るんですから・・・、いやぁ〜羨ましい!」
何だか無理矢理言いくるめられているような気がする・・・と、二人はわかってはいるのだが・・・それをうまく言葉で返すことが出来ずにいた。
無言イコール納得と取られてしまい、結局続け様にレムグランドに残ることを余儀なくされてしまった二人だった。