第113話 「アギトの予想」
ばっっきぃぃぃーーーーっ!!
アギトとリュートを見るなり、魔法陣の前で二人が戻って来るのを待ち構えていたザナハがアギトめがけて鉄拳を放つ。
あまりに突然の出来事にリュートは唖然としていた。
ずざざざざぁーーっと、地下室の端まで殴り飛ばされたアギトのHPは何とか「ド根性」というスキルのお陰でギリギリ1を保つ。
鼻息荒くザナハは口をへの字にしながら、ぶっ倒れたアギトに向かってガンを飛ばしていた。
何をそんなに怒っているのかわけがわからないリュートが、少しびびりながらザナハに向かってなだめるように事情説明を求める。
「あ・・・あの、ザナハ?
アギトが何か気に障ることでもしたの・・・かな?」
ひきつった笑顔のまま腰が引けた状態で聞いて来るリュートに、キッ・・・と刺さるような視線を向けて吐き捨てる。
「あのねぇ・・・、あんたも何そんなヘラヘラしてんのよっ!?
アギトにいじめられたんなら、50倍にして返してやる位の気概を持ちなさいよねっ!!
向こうで何されたか知らないけど・・・、あんたのその・・・涙の跡!!真っ赤な鼻!!
リュートの顔を見れば誰だって泣かされたって、わかるわよ!?」
「なんでオレがリュートをいじめなきゃいけねぇんだよっ!!つか、いじめるわきゃねぇだろーが!!
ゴリラは霊長類の中でもチンパンジーの次に賢いって聞いたけど、お前の場合は退化してんじゃねぇのかこのゴリラ姫!!」
・・・やってしまった。
リュートはそっと両目を閉じて・・・、両手で耳を塞いで現実逃避する。
今この目を開けたら・・・、きっと世にも恐ろしい暴力的で残酷なシーンを目撃してしまうことだろう・・・と確信した。
全く・・・、どうしてこの二人はこんなにも喧嘩が絶えないんだろう。
アギトもアギトだが、ザナハもザナハである。
どちらも絶対に引かない我が強い性格のせいか・・・、火と水は相克関係にあると聞いたことがあるが、相性が悪いのはそこからも影響があるのではないだろうか?と、リュートは思う。
ともかく、ザナハはリュートがアギトにいじめられて泣いているんだと勘違いをしているようなので、まずはその誤解を解いた方がいいだろうと・・・、今頃になって仲裁に入ろうとする。
リュートは二人の方に向き直って声をかけようとしたが、そこには全身くそみそにリンチに遭ったアギトと・・・息を切らしながら全ての怒りを発散させたザナハの姿が・・・そこにはあった。
悲惨な状況にリュートは悲痛な顔になりながらアギトの側に駆け寄って、回復魔法をかけてやる。
ヒールウィンドでアギトの大怪我を治癒しながら、ザナハに説明した。
「ザナハ・・・、僕が泣いていたのはアギトにいじめられたからとかじゃないんだよ・・・誤解なんだ。
アギトがね・・・、これから先もずっと僕と一緒にいてくれるって約束したから・・・それに感動して泣いてただけで。」
それを聞いたザナハが、オーバーリアクションを取りながら後ずさりして驚愕する。
「あんた達・・・、まさか・・・ゲイ!?」
『違ーーーーーうっ!!』
ザナハの更なる誤解に対して、二人はものの見事に声をハモらせてつっこんだ。
「僕の言い方が悪かったんだねっ!?
ずっと一緒にいる・・・っていうのは、ずっと親友同士でいるって意味だよ!!」
「そうだ!!バーカバーカ!!」
ボキッ・・・と指を鳴らす仕草をするザナハに、アギトはサッと視線を冷たい石の床に落として逸らした。
はぁ〜っと大きく溜め息を漏らしながらリュートは、なおも回復魔法をかけ続ける。
1分位で完治させて、アギトが勢いよく起き上がると地下室全体を見渡してザナハに聞いた。
「あれ?
オルフェとかジャックはいないのか!?」
すっかりさっきまでの険悪なムードを忘れきったアギトは、何事もなかったかのように普通に話しかけてくるが、ザナハの方はまだ不信感の募っているような表情のままで答えた。
「レイライン以外からも魔物やアビス人が侵攻してくるっていう話があったから、オルフェ達は国王軍や洋館の兵士達を集めて
新たに迎撃タイプや籠城タイプとか・・・長期戦に備えたプログラムを組みこむ為の、作戦会議やら指揮やらで忙しくして
いるわ。
チェス達だけでは全員を指揮するには時間がかかるし、うまく連携が取れなかったらしくてね。
まぁ・・・、元々この洋館にいるオルフェ直属の軍人と首都の国王軍とでは、やり方とか・・・サバイバル的な知識が異なる
みたいだし思っていた以上に手間取ってるんですって。
・・・渋そうな表情で出て行ったわ。」
それはきっとオルフェのことだ・・・と、二人は暗黙に了解した。
しかしオルフェがいないとなると、それはそれで困ったことになる。
二人がレムグランドに戻ってきたら再び、聞かされていないことを話してもらうつもりでいたからだ。
アギトとリュートはお互いに顔を見合せて、困った・・・という表情になる。
そうなることがわかっていたザナハが、腰に両手を当てて仁王立ちするような姿勢になると・・・仕方ないという顔で口を開いた。
「・・・オルフェがいない間は、あたしが事のあらましを説明するわよ。
みんなが戻って来るまで何もしないよりはマシでしょ?
それに事情説明だけじゃなくて、あんた達にはやらなきゃいけないことが山のようにあるんだから・・・!
これから向かう火山地帯に生息する魔物の資料は、すでにチェスから預かってるそうだから。
まずはその地帯の魔物の特性を覚えたら対策を考えて・・・、その戦いをイメージトレーニングしなきゃいけないわよ!?」
急に二人のお姉さんのような立ち振る舞いになって、アギトは眉根を寄せてうざったそうな目つきになる。
そんなアギトの顔を見て、リュートはまたリンチに遭わないように・・・ザナハに見られないように片足でアギトの足を踏んだ。
ともかく、ザナハの言う通り・・・オルフェ達が戻らないならば仕方無いと割り切って、黙って従った。
3人は地下室から出て行って、いつも話し合いや会議をしている部屋へと向かう。
廊下を歩きながらふと、窓の外に目をやると外にはいつも以上に兵士がたくさん駐留していて魔物の襲撃に備えているようだった。
以前は一定の間隔で兵士が見張り程度に張っていただけだったが、今は3人一組になって行動することを基本としている。
いつ魔物に襲われてもすぐに対応出来るような組み合わせになっていた。
武器も、以前は支給された剣を装備しているだけだったが・・・何人かは剣の他にも銃や槍、屈強そうな兵士に至ってはジャックのように斧を武器として装備している者もいる。
そんな光景を目にしただけで、いつもの穏やかな雰囲気とは明らかに異なっているのが手に取るようにわかる。
アギトやリュートが知る洋館は・・・、軍人こそいるがみんな気さくでどこかゆったりとしている感じがしていた。
緊張感もそれ程なく、まぁいざという時はみんな機敏に対処するのだが・・・それ以外は実に穏やかな時間が流れているように
感じられたのだ。
しかしいつ魔物やアビス人が襲撃してくるかわからないこの緊張状態では、穏やかな空気ではいられないのは確かだろう。
そんな緊張感が、外を見ただけでわかってしまうのだ。
(やっぱり・・・、今は戦争中なんだな・・・。)
テレビや映画、ゲームの中ではよく戦争になったりしているが・・・実際に自分の目の前で実感することなんてなかったアギトは複雑な面持ちで外を眺めていた。
そして自分もこの戦いに身を投じることになるんだと・・・、そう思うと胃がムカムカしてくる。
緊張から・・・、恐怖から・・・。
口元にきゅっと力が入る、しっかりしなければ・・・!
アギトは、自分にそう言い聞かせた。
すると会議室にいつの間にか到着していて、3人はドアを開けて中に入って行く。
相変わらず清潔にされていて、会議室というよりは豪華な談話室といった内装だった。
メイドがあらかじめ茶菓子を用意していて、全員が席に着くとカップに紅茶を注いでくれる。
「さて・・・、何から話したらいいかしら・・・。」
話さなければいけないことはたくさんある・・・、アギトやリュートが知らないことはたくさんある・・・。
そのせいでザナハは一体どこから順を追って話したらいいのか、今現在頭の中で整理しているようだ。
するとアギトが突然真剣な表情になって、自分から話題を切り出してきた。
「なぁ・・・、ずっと前から聞こうと思ってやめてたことがあるんだけど・・・今聞くぜ?」
殆ど一方的に話を進めようとしている口調だったが、ザナハは一体何を聞くつもりでいるのか全く予想出来なかったようで素直に聞いていた。
「いいけど、何よ突然!?」
アギトは少しだけ間を置いてから・・・、それからゆっくりとザナハの方に向き直って・・・口を開いた。
「マナ天秤を動かすことが出来るのは、上位精霊と契約を果たした神子だけだって言ってたよな!?
つまりお前と・・・、闇の神子だけ・・・そういうことか?」
ザナハは怪訝な表情を浮かべながら、何を今更?という言葉をぐっと堪えて頷く。
「ぶっちゃけ・・・、マナ天秤を動かした神子は・・・命を落としたりするのか!?」
思いがけない言葉に、ザナハは瞳孔が開いたように愕然として・・・息をするのも忘れているように固まった。
リュートは、アギトが突然何を言い出すのかと殆ど立ちあがった状態でアギトに詰め寄った。
「アギト、いきなり何を言うんだよっ!?
マナ天秤を動かしたら神子が死ぬかもしれないなんて・・・、そんなこと・・・っ!!」
しかしアギトは全く笑顔もなく、静かな視線でリュートを見据えると・・・低いトーンで答えた。
リュートも本当はわかっていた・・・、アギトの言葉にザナハが絶句している時点で・・・。
「ホント・・・、異世界に関してテレビゲームがこんなにも役に立つとは思ってもいなかったぜ・・・。
つーか、やっぱこういうのってお約束になっちまうのかな!?
世界を救うには犠牲がつきもの・・・。
勇者とかだったら、魔王とか魔族を倒してしまえばそれでハッピーエンド・・・っていうパターンもありだけどさ。
大体神子とか・・・、聖女とか・・・そういった役回りのヤツって、大抵が犠牲にされたり生贄にされたりすんだよな・・・。
お前が何度も真実を語りたがらなかったとこを見て、もしかしたら・・・ってずっと思ってたんだ。
オレとしては、まぁ・・・殆どはそんなお約束な展開はお断りだから図星当てたくなかったのが本音だけど・・・。
前に神子と戦士が婚約するって話をした時・・・、救済の旅が終わった後に実際に結婚したかどうかは知らないって言ってたろ?
あれってさ・・・、マナ天秤を動かした神子が死んだから・・・結婚とか、それどころじゃなかったって意味じゃないのか?」
リュートはがくんっと・・・腰が抜けたように椅子に座り込んだ。
嘘だと言ってほしかった、全部たかがゲームの中だけの内容だって・・・、ゲームと現実は違うんだって。
ふとザナハの方に視線をやると、ザナハの表情は暗い・・・口をつぐんで何かを隠すように視線を落としている。
それは何・・・?
その態度は、アギトの言ってることが全部当たってるってことなの!?
リュートは信じたくなかった。
救済の旅を完了させれば・・・、ザナハは・・・死ぬ・・・!?