第111話 「忘れもの」
アギト達が洋館に到着すると、首都で見たことのある鎧を身に纏った兵士が数人入口の前で待ち伏せていた。
彼等はオルフェを目にして敬礼し、それから恐らくこの中で上官だと思われる一人が前に出て報告する。
「グリム大佐、我々はアシュレイ殿下のご命令により洋館近辺の警護の補充として参りました。
レイラインの前線は我々に任せて、神子姫様と共に一刻も早く救済の旅を全うするようにとのことです。」
「了解した、とりあえずここではここのやり方がある。
詳しい話はヒューゴス少尉に聞くように・・・、我々はこれから救済の旅に必要な準備に取り掛かる。
それと・・・、この森で戦車や軍艦は好ましくない。
早々に撤去するか森の外に待機させておくように。」
「はっ!」
びしっと敬礼をすると、オルフェはそのまま兵士の横を通り過ぎてアギト達を洋館の中へと招いた。
オルフェの指示に従って数人の鎧がチェスを探しに行き、残りの者はここまで木々をなぎ倒して侵入してきた戦車を森の外まで運転する為に中に乗り込んでいた。
一応馬車1台が通れる位の道は作られているが、さすがに戦車ともなれば道幅が狭くここまで来るには多少木々が邪魔になるだろう。
いくら自分達の援護に来てくれたとはいえ、何本か無残になぎ倒された木々を見ると素直に感謝する気持ちにはなれなかった。
アギト達は洋館に入り、事情を説明する為の会議室へ向かっていた。
一難去ったことによって安堵したせいか、どっと疲労が押し寄せてきて思わずあくびが出る。
「・・・そういえば今って深夜なんだよね、ここと向こうの時間帯はリンクしてるから。
僕達向こうからそのままこっちまで来たから殆ど寝てない状態なんだった・・・。」
「だな、なんか色々あり過ぎて急に眠気が襲ってきやがった・・・!」
・・・と、突然リュートが「あっ!」と短い悲鳴を上げてアギトは飛び上がる位驚いていた。
何事かと全員が振り返る、リュートは絶句したように固まって・・・それから問題を口にする。
「僕達がこっちに来る時、家族に怪しまれないようにする為の魔法薬を飲ませておくの・・・忘れてた!!」
続いてアギトも声を上げる。
今は土曜日の午前3時頃・・・、今家族は睡眠中でリュートがいなくなっていることにはまだ気付いていないはずだが、朝になって目が覚めれば大変なことになる・・・かもしれない。
「てゆうか・・・仕方無いっていえば仕方無いんだけどよ・・・。
まさかこのままレムグランドに行くことになるなんて、あの時は全く考えてもいなかったわけだし・・・。
でもそうだよな・・・、今すぐリ=ヴァースに戻って薬を飲ませてからまた戻る・・・ってするしかねぇのか!?」
二人の会話を聞いておおよそ把握したオルフェが、両手を後ろに組みながら提案してみる。
「フォルキスを服用するのに5日以上空ければ問題ないとは言いましたが、毎週飲ませる・・・というのは避けた方がいいかもしれ
ません。
強力な魔法薬ですから薬の効能を試す為に1年間の実験期間を設けましたが、それ以上は保証しかねます。
どうでしょう?ここはひとつ、暗示の内容を半永久的に継続する形に変更してみては?
この救済の旅だって1年で終わるとは限らないかもしれませんし・・・、今後何が起きるかわかりませんから。」
そう言われて、二人はお互いに顔を見合わせる。
確かにその方法を考えなかったわけではない、しかし半永久的に持続する・・・ということ自体に不安があったのは確かだった。
もし何らかの手違いで永久に自分達の存在を抹消されたら・・・、そう考えると恐ろしくて鳥肌が立つ。
「でも・・・、それじゃあどんな命令にしたらいいんですか?」
「そうですね・・・、例えば・・・。
アギトとリュート・・・本人と1日以上対面することがない場合に限り、存在を忘れることにする・・・というのは?
この時、肖像画など二人の姿が映し出された物体を目にしただけで、暗示が解けないようにするのがコツですが・・・。
それさえクリアすれば毎週フォルキスを服用させなくても、自動的に忘れるように設定しておくことが出来ますし。
何より君達自身も面倒臭くないでしょう。
そちらでの生活があるのは承知しているつもりですが、このまま戦争が本格化していけば二日半で還すわけにいかない場合もない
とは限りません・・・。
ましてや精霊との契約の旅が終盤に近づく程、君達には続けてこちらに居てもらうことを強制する可能性だってあるんです。」
オルフェの言うことはもっともだった。
しかしやはり長い間向こうをほったらかしにするわけにいかないのも事実である。
「今言った命令なら、手間取らなくて済みそうなんだよな・・・!?
まぁ・・・リュートの家族に何か副作用とかが出たら困るし・・・、どうするリュート!?」
「う〜ん・・・、写真とか・・・そういったものさえ目に触れさせないようにすれば、万が一ということはなくなると思う。
レムグランドでは戦争が始まってるわけだから・・・、いつも通りのサイクルになったり、数日レムにいることになったり・・・
その度に魔法薬で上書き修正するのは危険かもしれないよ。
学校のこととか色々気にしてたけど・・・、戦争っていうのがこんなにも酷い状況だったなんて・・・正直実感がなかったから。
早く戦争を終わらせる為には、それだけレムでやらなければいけないことがたくさんあるってことだ。
その為に僕達が必要だっていうなら・・・、数日こっちにいることを頭に入れておくべきだと思う。
ここは大佐の言う通り、魔法薬の必要な人達だけに今言った命令を刷り込ませて・・・不安材料を1つでも多く取り除こう。」
リュートの判断に、なぜか全員が黙って注目していた。
余りにみんなの視線が気になった為、慌てて全員の顔を見回して・・・戸惑いながらリュートが尋ねる。
「え?・・・え!?
な・・・なに!?僕、今何かヘンなこと言った!?」
「いや・・・、お前がこんなにも率先して自分から判断することなんてあんまりなかったからよぉ・・・。
悪気はないんだが・・・、何かお前じゃないみたいで驚いてな!?
ちょっと前のお前ならアギトに相談して、他人に言われた意見を優先してたろ・・・。」
ジャックが顎をしゃくりながら驚いたような、それでいてどこか嬉しいような・・・そんな複雑そうな表情を浮かべている。
そうだったかな?・・・そうかな?と、自信なさげに照れながらジャックの言葉を褒め言葉として受け取ったリュート。
「それだけリュート君も成長してるってことですよ。
体力面や戦闘能力だけではなく・・・、精神面や判断力がね。」
にっこりと微笑みながら、ミラがリュートを褒めた。
急にみんなが自分のことを褒め出すので、なんだか気恥ずかしくなってきてみんなの顔をマトモに見れなくなってしまっている。
「や・・・、やめてくださいよ!!僕なんてまだまだです!!
大体僕が何とかここまでついてこれたのも、みんなが一生懸命指導してくれたお陰なんですから・・・っ!
それにアギトが色々教えてくれたし・・・、僕なんか自分だけの力じゃここでやっていくことなんてとてもじゃないけど絶対に
出来やしなかったし・・・っ!!」
そう慌てて言い繕うと、背中をバンッと思いきり叩かれて前のめりに倒れそうになって踏ん張った。
アギトがツッコミのつもりで叩いたのかと思い後ろを振り向くと、・・・リュートの背中を叩いたのはザナハだった。
振り向き様に見えたザナハの顔は少し怒ったような顔をしていたが、視線が合うと肩を竦めたように笑顔になって声をかける。
「そういう卑屈なとこは相変わらずみたいだけど・・・、もっと自信持っていいんじゃない!?
間違いなくあんたは最初の頃とは全然変わったし、ものすごく成長したと思うわ!
・・・少しは男らしくなって、安心した!」
ニカッと、照れ笑いを浮かべながらリュートに向かって微笑みかけるザナハ。
心臓の鼓動が速くなるのを感じた、手の平からじんわりと汗が滲んで・・・ザナハから目を逸らせなかった。
そんなリュートの反応を怪訝に感じたアギトが、頭の上に?マークを浮かべながらリュートとザナハを交互に見つめる。
眉根を寄せて割って入ろうとしたアギトの頭をオルフェが片手で鷲掴みにすると、笑顔で締めくくった。
「では!褒めちぎり大会が終わったところで、私達は早速会議室へ行く前にリ=ヴァースで魔法薬の効能を試しに行くとしましょうか!
早くしないと、夜が明けてしまいますからね。」
両手でパンっと小気味よく音を鳴らして促すと、全員がそれに従った。
ここで一旦、ミラとザナハとドルチェは負傷した兵士の救護に当たる為にパーティーを離脱した。
リュートも手伝おうかと思ったが、オルフェから3人に任せておけば大丈夫だと言ってくれて、自分は家族に魔法薬で暗示をかけることだけを考えるようにした。
アギト、リュート、オルフェ、ジャックの4人はそのまま再び魔法陣のある地下室へと向かう。
ふと最初からずっと気になっていたことがあったので、今の内に聞いておこうと質問した。
「そういえばさぁ・・・、オルフェもジャックもその格好は一体何なんだよ!?
何でオレ達の世界の服装を着こなしてんの!?最初見た時、マジびびったんだからさぁ・・・!!」
「そう・・・僕も思いました。
大佐もジャックさんも、その格好なら向こうでも全然違和感ないですよ!!
・・・てゆうかものすごく似合ってます。」
オルフェはカジュアルなスーツ、そしてジャックはラフな格好をしている。
思えばよくこんな格好でさっきまでルイド達を相手にして戦っていたもんだと、ある意味そっちの方で感心していた。
「ほら、アギトがここに置いて行った本があったろ!?
あれを元にメイドに作ってもらってたんだよ、もしかしたらいつかオレ達の誰かがリ=ヴァースに行くことになるかもしれなく
なるって・・・、まさかこんなに早く行くことになるとは思ってもみなかったけどな。
一通り全員分一着ずつだけだけど、雑誌を元に作らせた衣装があるんだぜ!?
でもお前が確かあの本は男用だって言っていたのを思い出して、女性陣の分は殆どメイドの好みが入ってるけどな。」
それで納得がいった。
確かに以前、メイドからリ=ヴァースの服装を元に衣装を作りたいという要望があって、アギトは向こうの世界でたまたま見つけたメンズのファッション雑誌を買って持って来ていた。
なぜかそれがジャックのお気に入りになっていたが、ちゃんとメイドの手に渡って衣装作りが行なわれていたのだ。
「でもやはりこの格好じゃ動きづらい上に、防御力がそれ程高く作られていません。
もっと特殊な糸で織り込ませた生地でなければ・・・、正直戦闘には不向きですね。」
「そりゃそうだろ・・・、向こうじゃスーツ来て戦うような馬鹿いねぇよ。」
「アギト・・・、またズボンに火をつけられるよ!?」
そんな会話をしていると、あっという間に魔法陣のある部屋に到着した。
地下室全体に設置された魔法のランプが一斉に灯って、辺り一面を明るくさせる。
アギトとリュートは何の躊躇いもなく魔法陣の中央に立って、オルフェ達に向き直る。
「そういや二人はもうこっちには来ないんだよな!?
オレ達だけで済ませてくりゃいいんだろ?」
「はい、・・・そういえば魔法薬の量は足りているのですか?」と、オルフェが念の為訊ねる。
「大丈夫です、前回の連休の時に中尉から補充してもらいましたから・・・。」
みんなで首都に行っている時、ミラが気を利かせてヴィオセラス研究機関であらかじめフォルキスを調合してくれていたのだ。
首都にある研究所が本陣のようなものなので材料も豊富に揃っており、帰りにもらっていたものをちゃんとメイドが荷造りの時に入れてくれていたのだ。
魔法薬は今はリュートの家にある。
二人は魔法陣で再びリ=ヴァースへと還って行った。
もっとも・・・再びレムグランドへ戻って来てもイフリートのいる火山地帯へは、今回は行かないだろうと判断した。
馬車で何日もかかるような道程には特に参加しなくてもいいと、最初に聞いていたからというのもある。
それに今日を入れたらあと明日の日曜日しかレムグランドには滞在出来ない上、まさかいきなり今日から連日滞在・・・なんてことは言いださないだろうと思いたかった。
オルフェ達の予定は狂ったがその間、説明してもらわないといけないことはたくさんある。
それから・・・、現状をもっと把握する為に・・・。
契約の旅だけではなく、戦争に関しても・・・もっとよく考えて作戦を練らなければいけなくなった。
ふと・・・、リュートはオルフェの言葉を急に思い出す。
『救済の旅が1年で終わるとは限らない・・・』
1年では終わらないにしても・・・、数年かけたとして・・・救済の旅が終わったら・・・その先はどうするんだろう?
自分達は用済みになるんだろうか・・・!?
それとも救済の旅が終わることによって終戦したと考えて・・・、その事後処理に追われるのだろうか?
よく考えてみたら、ザナハ達の願いを聞いて・・・こうして精霊との契約の旅を始めているが、その先には何が自分達を待っているんだろうという疑問が、ふと頭の中をよぎる。
やっぱりもうすることがなくなったら、そのままハイさよなら・・・ってなるのか?
そう考えたら・・・、なんだかものすごくあっけなさ過ぎる。
アギトの場合、ヘタしたらこっちの世界で暮らす!・・・なんて言いかねない。
自分はどうするんだろう?・・・どうなるんだろう?
正直・・・、世界を救う旅が終わった途端にみんなと別れるなんて・・・考えたくなかった。
そのまま・・・ザナハと別れるなんて・・・、二度と会えなくなるなんて・・・思いたくなかった。