第110話 「死闘の結末」
アギトとリュートはクレハの滝で、あわやルイド達と一戦交えようとしていた。
人数でいえばアギト達が優勢だが、ルイドとフィアナの能力はいまだ計りきれていないのが事実。
加えてフィアナが魔力で操る体長15メートルはありそうな巨大イカ、クラーケンも戦力に数えられている。
話し合いが終わりルイドが腰の剣を抜くと・・・、それに反応するかのようにオルフェ達も武器を構えた。
しかしリュートはまだ迷っている。
割り切れていない・・・、理解しきれていない・・・。
本当ならもっと問いただしたかった。
オルフェ達に・・・、ルイド達に・・・。
お互い話しあえばきっと戦わずに済む方法だってあるに違いないのに、どうして剣を取ることしか出来ないんだろう。
リュートは心の中でそう強く思っていたが、この場の空気が口をつぐませる。
お互いから放たれる殺気・・・、それにすくんでしまっているのかもしれない。
リュートは・・・、戦闘態勢を取ることが出来なかった。
「リュート・・・、お前は辛かったら戦闘に参加しなくてもいいんだぞ!?」
ジャックが視線をルイドに向けたまま、そう言った。
心配そうに・・・、気を遣うように・・・。
しかしそんなわけにもいかないだろうとリュートは自分に言い聞かせる。
ザナハ達の力になると、・・・そう約束したのだから。
・・・守るって誓ったから!
あの時の思いを蘇らせたリュートは、迷いを断ち切ったかのように胸の奥で何かがたぎるような感覚を覚えた。
マナが自分の中に集約されていく・・・、強いマナを全身に感じ取ったリュートにもはや迷いはなかった。
とにかく今はルイド達を一刻も早く退けて、洋館に攻め入っている魔物を退治しなければいけない。
そうしなければ洋館に駐留していた多くの軍人が命を落とすことになるかもしれないから・・・!
ずっと先のことを考えるよりも、今は目の前のことに集中して一人でも多くの命を救うことを考えなければ!
先手を切ったのはクラーケンだった。
真っ白くて長い触手のような足をリュート達がいる場所の、中心めがけて叩きつけてきた。
巨体の割にかなり動きが早かったが、全員難なくその攻撃を回避する。
それが合図となり、ミラはフィアナに向けて発砲するがクラーケンの攻撃を回避した瞬間に別の魔物を召喚していたフィアナが
自分に向けられた攻撃を、その魔物を盾にすることで身を守った。
召喚された魔物は大きなハリネズミのようだったが、ミラの銃弾を受けてそのままぴくぴくと地面に倒れ伏してしまう。
続け様にオルフェが下級魔術ファイアーボールをルイドに向けて放った。
剣にマナを集約させてファイアーボールの3球共、その剣で薙ぎ払った瞬間・・・ジャックがルイドの懐にまで接近していたことに気付かず、腹ががら空きになっていた。
そのまま片手に持っていた短刀をルイドの脇腹めがけて突きたてようとするが、ルイドは後ろにのけ反るように体勢をわざと崩させることによって致命傷は避けた。
しかしジャックもその間合いを再び詰めて・・・更に踏み込みながら、腕のリーチ一杯にまで短刀を突きあげようとする。
「ジャック!!」
だがオルフェの合図は一歩遅かった。
ルイドに詰め寄ったジャックに向かって、クラーケンが口から水鉄砲のように水を吐きだしてジャックに浴びせる。
短い呻き声を上げながら、ジャックはその水圧に押されて木々の間まで吹き飛ばされてしまっていた。
ジャックの無事を確信しつつドルチェがくまのぬいぐるみ、ベア・ブックに魔力をはわせて魔神拳をフィアナめがけて放つ。
フィアナはさっきまで浮かべていた笑みから、憎しみのこもった顔つきに変わると自分が操るクラーケンの攻撃をドルチェに集中させようとした。
しかし、ジャック達の攻防の間にミラは上級魔法の詠唱を終えていて・・・それをクラーケンに放つ。
「・・・クレハの滝の水は、電気伝導率がとても高いんですよ。
水棲の魔物を召喚したのが運のツキです。」
不敵な笑みを浮かべてミラが放った魔法・・・、それは。
「サンダーブレーードっ!!」
クラーケンの頭上に雷で出来た剣が姿を現して、それが下降しクラーケンごとクレハの滝の湖に電気を走らせる。
全身に何万ボルトという電気が流れて、クラーケンはそのまま黒焦げになって倒れ伏した。
辺り一面にイカの焼けた香ばしい匂いが漂って、アギトのお腹が鳴ったのをリュートとザナハは聞き逃さなかった。
「・・・しゃあねぇだろ、ここしばらくロクなもん食ってなかったんだから。」
覇気のない声で、アギトは頬を赤らめながら反論する。
しかしザナハはそのことでアギトにイヤミや文句を言わず、どこか心配そうな口調で声をかけた。
「・・・何があったのかは知らないけど、しっかりしてよね。
あたし達には、あんた達二人が頼りなんだから・・・。」
それだけ言うと、ザナハは照れくさそうにそっぽを向くと呪文の詠唱に入った。
リュートはそれを確認すると、アギトに向かって檄を飛ばす。
「とにかく今はやるしかないよ・・・。
アギト・・・大佐達からどこまで聞いたのかは知らないけど、この戦闘が終わったら僕もきちんと話しを全部聞くつもりだから。
それまではみんなで協力し合って、ルイド達を倒そう!」
笑顔でそう言って、リュートは座り込んだままのアギトに手を差し伸べる。
どこか無気力だったアギトの顔に、やっと笑顔が現れた。
「おう、オレ達は光と闇の戦士だもんな!」
アギトは差し伸べられた手をぎゅっと掴むと、勢い良く立ちあがって戦闘に参加する。
しかし二人とも着のみ着のままでレムグランドに来たものだから、武器も何も持ってくる余裕がなかった。
お互い顔を見合せて、苦笑いを浮かべる。
二人の事態を他所に、ザナハの放ったスプラッシュがルイド達を襲う。
・・・と、その時だった。
洋館の方から今までとは違った爆撃音が響いてきて、その場にいた全員が何事かと・・・洋館がある方角に向かって視線を送る。
その間にスプラッシュがルイドを襲うが、短い呪文詠唱で現れた土属性の魔法グレイブにより地面から無数の突起物が現われて盾となる。
それで一旦お互いの攻撃がやんで、全員戦闘を中断して・・・遠くの気配に集中していた。
よく聞いてみたらその音は大砲の砲撃音によく似ていた、・・・もっともアギトとリュートは生で砲撃音を聞いたことがなかったがなんとなく映画で聞いたことがあるような・・・殆ど想像に近いがそんな気がしていた。
一時戦闘が止み、静かになったせいか戦車のキャタピラのような音も聞こえてくる。
ガガガガガ・・・ッと、大きな乗り物が音を立ててこちらに向かっている。
剣を下ろしたルイドが、興が覚めた・・・とでも言うように小さく溜め息を漏らす。
「・・・どうやら国王軍が到着したようだな。」
それだけ呟くと、ルイドは剣を鞘にしまってフィアナに視線で合図を送る。
不満そうだが仕方ないという風に、フィアナは指示に従った。
国王軍が来たからといって、なぜ戦闘を止めるのか・・・アギト達は首を傾げる。
マントを翻しながら敵であるオルフェ達に背を向けると、振り向き様に告げた。
「言ったはずだ・・・、オレは契約の旅の妨害しかしないと・・・。
つまりお前達とは戦うが、国王軍とやり合うつもりはないということだ。
・・・運が良かったな。」
「私達が相手であろうと、国王軍が相手であろうと・・・アビスにとっては同じ宿敵のはずですよ!?
なぜあなたはそうまでして契約の旅だけを妨害しようとするのです、・・・あなたの本当の目的は一体何なんですか!?」
オルフェが問い詰めるが、しかしルイドは曖昧に笑顔を作ると・・・そのまま答えることなく木々の間に消えて行った。
結局答えが聞けなかったオルフェは溜め息をつくと、右手に持っていた片刃の剣を光の収束と共に消し去ってメガネの位置を直す。
中途半端に戦闘が終わったことに、全員が拍子抜けしていた。
クラーケンの放った水鉄砲で吹き飛ばされていたジャックが、がさがさと木々の間から姿を現わして辺りを見回すとルイド達がいなくなっているのに気付いて、何があったのかわからずにきょとんとしている。
「とにかく・・・、全員無事で何よりでした。」
そう締めくくって、ミラが拳銃をホルスターにしまうと誰も怪我がないか見回す。
オルフェは相変わらず無傷であり、ドルチェもいつもの無表情な顔つきでこれといって変わりはなかった。
ジャックは見たところ全然平気そうだと判断し、改めて全員を見回すと洋館に戻るように促す。
しかしリュートはその場に立ち尽くしたままオルフェ達が歩いて来るのを確認してから、深刻な表情で言い放つ。
「大佐・・・、それにみんなも。
とりあえず洋館に戻って怪我人の手当てが終わったら、ちゃんと聞かせてくれますよね!?」
リュートの顔に疑心暗鬼のこもった表情を読み取って、オルフェが小さく頷く。
「勿論です、君達も最初の頃に比べて随分と覚悟というものが出来てきているようなので・・・そろそろ話してもいい頃合いだとは
思っていました。」
それだけ言葉を交わすと、全員誰一人言葉を交わすことなくぎくしゃくとした雰囲気のまま洋館に向かって歩き出す。
・・・と。
ぐぐぅ〜〜〜〜〜っ!!
全員に聞こえる位に大きな腹の虫が鳴ったアギトに向かって、白い目が向けられる。
慌ててお腹を抑えるが腹の虫はおさまることを知らず、まるで親鳥に餌をねだる雛のように鳴り響いた。
「だってっ!!仕方ねぇじゃんって言ったろ!?
ここ数日残飯しか食ってねぇんだから腹減って死にそうなんだってよ!!」
一人一人の顔に訴えかけるように事情を説明しようとするアギトを見て、みんながみんな・・・呆れたようなおかしいような。
それまでぎくしゃくとしていた空気から、馬鹿馬鹿しいような雰囲気に変わってみんなの顔に笑みがこぼれた。
「ったく・・・、あんたってホント食い気ばっかりなんだから!!」と、ザナハ。
「仕方無いですね・・・、それじゃ洋館に戻ったら手早く何か作りましょうか。」
「中尉・・・っ、それは私が引き受けましょう・・・そうしましょう!
この中で回復魔法が使える人間は重宝しますからね・・・、中尉とザナハ姫・・・それにリュートには兵士達の怪我の治癒を
お願いしますよ・・・、いいですねっ!?」
慌てふためいたようにオルフェがミラの好意を遮るように割って入って、それらしい理由を並べて危険を回避した。
当然、オルフェが何をそんなに慌てているのか理由がわからないアギトとリュート。
そんな二人に耳打ちするようにジャックが片手をかざしながら、ミラには聞こえないようにという仕草でひそひそと告げ口する。
「ミラの料理の腕はな・・・、ものすごくえげつないんだ・・・。
どんなにレシピ通りに仕上げようとしても出来た料理は全て瘴気という名の香りを放ち、スープ皿の中身はどぎつい謎の緑色の
物体が揺らめいているんだよ・・・!」
想像しただけで吐き気をもよおしそうになったが、しかし何でも完璧にこなしそうなミラからは信じられない事実だった。
ふと思い出したかのように、リュートは真っ青になりながら恐る恐る訊ねる。
「そういえば・・・、ずっと前に魔法薬を初めて作ってもらった時・・・あれってミラ中尉も手伝ってなかったっけ!?
確か大量に作る為に大佐一人じゃ大変だって言って・・・っ!?」
「あれってもうとっくにリュートの家族に飲ませちまってるぞっ!?・・・大丈夫なのか?」
急に恐ろしい想像が二人の頭の中をよぎっていった。
魔法薬と料理にどれ程の差があるかわからないが、どちらも調合する為の材料の分量の計り方など・・・レシピというものが存在するはずだ。
料理とは違うといっても、魔法薬ともなればその分量は一番重要なものになる。
半泣き状態でジャックを見つめる二人に、あっけらかんとした顔で答えた。
「あぁ・・・、魔法薬といったそういう類なら大丈夫なんじゃないのか!?
多分その時オルフェも一緒だったんだろ、変なことにならないようにあいつがちゃんと確認してるだろうさ。
てゆうか不思議と料理に関してのみ・・・今言った現象が起こるんだよ。」
なんだそりゃ・・・と、二人は苦笑した。
普通の世間話に突入していて忘れていたが、ここが・・・とてもさっきまで死と隣り合わせの戦場だったというのが嘘のようだった。
いつの間にかみんな和んで、洋館に向かっている。
それもこれも・・・全て計算でも何でもない、アギトのお腹の虫が空気を変えた。
自分じゃこうはいかなかっただろう・・・。
リュートはアギトの天然の才能に、心から羨ましいと思っていた。
それと同時に、お礼が言いたい位有り難かった。