第109話 「真相」
いつもより数時間遅れてレムグランドへ到着したアギトとリュート・・・、しかしアギトは全身に怪我を負っていてジャックに背負われている状態だった。
洋館の地下にある魔法陣に現れた時、すぐに二人が気付いたのは上から聞こえてくる騒音や爆音だ。
時々その爆音によって地下の天井から砂がパラパラと落ちてくる・・・。
「な・・・っ、一体何がどうなっているんですか!?」
以前にも同じようなことがあった。
あの時は普通にレムグランドへやってきて、やはり上から騒音が聞こえてきて地下が揺れ・・・戦闘が行われているのかと本気で思っていた。
しかし今回は戦闘どころか・・・、まさに戦争が始まっているような状況にある。
事態を全くと言っていい程把握していない二人に、オルフェが再び簡単に説明し始めた。
「私も事態の全てを把握しているわけではありませんが、早い話が・・・アビスと龍神族が手を組んでレムに攻め入ってるんですよ。
2国ともレム側がこれ以上精霊との契約を交わせないように妨害しようとしています。
龍神族の力により、アビスからレムに魔物や兵士が侵攻してきてその対応に追われています。
最も・・・、この洋館がアビスから侵攻してくる入口に近いということもあって、まだ一般市民が生活している村や町にまで侵攻 されていないというのが唯一の救いですが・・・、いつまで持つか。
恐らく国王軍の救援部隊がまもなく到着するはず・・・、それまで何とか私達だけで相手をしなければいけない状況です。
・・・そんな時に、ルイドが現われて君達二人を連れて来るように命じました。
理由はわかりませんが・・・。」
ざっと説明されて、飲み込むのがやっとのリュートだが・・・第一印象としては不謹慎かもしれないが正直助かった・・・という思いがあった。
もしルイドが自分達を連れて来るように命じなかったら、オルフェやジャックが助けに来ることがなかったのかもしれないと思うとゾッとした。
考えようによっては、もしかしたらオルフェ達が自分達を呼び出さない内に敵を始末しようとしていたかもしれないからだ。
リュートはとりあえず考えるのは後回しにして、自分達がこれからどうしたらいいのか指示を仰ぐ。
「大佐・・・、僕達は何をすれば!?
今からルイドの元へ姿を見せに行くんでしょうか・・・?」
「彼が何を企んでいるのか・・・、全く予想が付きません。
そもそもこれらの事態は全てルイドの計算の内と考えた方が自然に思えてなりませんから・・・。
馬鹿正直にルイドの元へ君達を連れて行くのもどうかと・・・。」
「なんだよ・・・、オレ達を連れてくるように言われたからわざわざここまで来たんじゃなかったのかよ!?」
力の入らない声でアギトがジャックの背中から、オルフェに向かって反論する。
アギトのそんな姿を見てリュートは早く自分のMPが回復しないかと・・・、戦闘テロップを出してチェックしていた。
「それもあるがな、一番の理由はお前達の戦力も必要だと判断したから迎えに行った・・・ってのもあるんだよ。」
「え・・・?この洋館にいるのはみんな戦闘のプロばかりなんじゃないんですか!?
僕達二人が戦闘に参加して一気に戦況が早変わりするとは思えないんですけど・・・。」
そう疑問を投げかけた途端、上階から凄まじい轟音が響いて来て全員床に伏せて顔を見合わせる。
どうやらこれ以上は呑気におしゃべりをしている場合ではないと、そう判断した4人は魔法陣の部屋から出て上階へと向かう。
走りながらリュートがアギトに回復魔法をどうにかして早くかけてやりたいと提案するが、ザナハもミラもドルチェも全員戦闘に出ている為・・・今すぐには無理だと言われてしまう。
仕方なくリュートは回復魔法を使える人物に出会えるまでに、何とかMPが回復していないかどうか何度もチェックするしかなかった。
階段を駆け上がって一階の廊下に出て、回りの状況に息を飲む。
戦場という場面に出くわしたことはないが・・・、死と直面している緊迫感だけは痛い程にピリピリと肌で感じる。
殆どの軍人が手に剣や銃といった武器を構えて外にいる魔物と牽制し合っていた。
オルフェについて行きながら外に出ると、心臓がドクンっと跳ね上がる。
リュート達が今まで相手にしてきたような体の小さな、レベルの低い魔物とは比較出来ない程に強そうで・・・恐ろしい姿をした魔物がそこら中に溢れ返っていた。
洋館の2階の窓から2メートル以上はありそうな緑色の肌をしたオーガに向かって銃を放ち、足元では槍や剣で軍人が応戦している。
オーガだけではない、巨大なライオンのような姿をした魔物や、鱗に覆われた皮膚を持つニワトリのような魔物など・・・。
今まで見たことがないような魔物が大量に洋館に向かって押し寄せていたのだ。
リュートは瞬時にそれらのテロップを確認する。
そのどれもレベルが30〜40、そんなレベルの高い魔物がこれだけの数で襲ってきたら確かに軍人だけでは分が悪いだろう。
しかしこれだけの魔物・・・、数が多いならなおさらオルフェの攻撃魔法で片付けるのは簡単なはずでは?とリュートは思う。
それを察知したのか、オルフェはリュートが質問するよりも先に出来ない理由を述べた。
「こんな混戦した状態では敵味方のマーキングが困難です、ましてや木々に囲まれたこの土地に範囲の広い攻撃魔法を放ったら廃墟
と化してしまいます・・・。
自然保護団体に訴えられたくはありませんから、残念ですが私の広範囲攻撃魔法は当てに出来ません。」
「そう・・・、ですか。」
オルフェ達はひとまずザナハ達が戦っているであろう場所へと向かうようだった。
行く先々で出くわす苦戦中の軍人の加勢をしつつ、クレハの滝がある場所へと向かう。
リュートもある程度戦力に加わりたかったが、着のみ着のままここへ来たようなものだったので武器も何も持ってきていない。
それを理解してか、主だった戦闘はオルフェとジャックがこなしていて・・・自分の出る幕は全くと言っていい程に皆無だった。
この二人・・・わかってはいたが恐ろしく強かった。
魔法専門のオルフェだが腐っても軍人、いつも疑問に思う武器の取り出し方で剣が現れるとそれで敵の急所を的確に狙って殆ど一撃必殺のように倒していく。
ジャックもジャケットの内ポケットに忍ばせておいた短剣で器用に敵をなぎ倒していく。
巨大な武器専門に思えたが、ジャックはほぼ全ての武器を使いこなすようで・・・短剣のような小柄な武器でも確実に敵の息の根を止めて行った・・・アギトを背負いながら。
詳しくは聞いていないが、さすが先の大戦の英雄と称えられただけはあるとリュートは心の底から思った。
普通に歩いて1時間程はかかる距離も、襲いかかって来る魔物を倒しながら進むとなれば1時間以上はかかる。
しかし殆ど敵一体に対して5秒もかけていないので、普通に歩いて到着する時間とそう大差なかった。
目の前に大きな滝が姿を現して・・・、開けた場所へと出てくる。
広大な湖があり・・・そこには全員が揃っていた。
ザナハ、ミラ、ドルチェ・・・そしてルイド。
かなり距離を離した場所で対面するように、こう着状態にあった。
しかしお互いその手には武器を持っておらず、何かを待っているようにも見える・・・どう考えてもアギトとリュートのことだろうが。
小走りだった足が、クレハの滝に着いてこう着状態を目にした途端・・・ゆっくりとザナハ達の方へと歩いて行く。
到着したオルフェ達に気が付いたルイドが、不敵な笑みを浮かべてこちらを窺う。
当然ザナハ達も気付いてこちらを振り向くがジャックに背負われた状態で現れたアギトに、ザナハは顔色を変える。
ジャックが駆け寄って回復魔法をかけてやるように促すと、すかさずザナハがファーストエイドをかけてくれた。
それを見てとりあえずほっとしたリュートは、向かい合って見つめてくるルイドの方を睨みつける。
一体何を考えているのか・・・、どうしてこんなことをするのか・・・、だんだんと怒りが込み上がってきた。
「どうやら二人とも現れたようだな。」
左手で首筋に触れながら、ルイドが見下すような仕草をして語りかけてくる。
オルフェ、ジャック共にみんなの盾となり対峙した。
「そう睨むな・・・、オレはお前達に事の真相を話す為にこの場を設けたのだ・・・。」
「魔物を使って襲わせて、ですか?
そんなことをしなくても話し合いの場ならもっと簡単に作れたでしょう。」
静かな口調で・・・、しかし怒りのこもった声色でオルフェが言葉を返す。
その時、クレハの滝の中から突然巨大なイカの魔物が姿を現してすかさず戦闘態勢を取った。
しかし巨大なイカは滝の中から上半身を現しただけで・・・特に襲ってくる気配はない。
怪訝に思ったオルフェ達だが、それでも巨大イカがいつ襲って来ても大丈夫なように気を抜かずに構えたままでいた。
「そんなに緊張しなくても大丈夫よ・・・、このクラーケンはあたしの支配下にあるからね。」
ドルチェの声がした。
一斉に全員がドルチェの方へと目を向けるが、彼女は眉根を寄せた状態で・・・一言も発してはいない。
オルフェとドルチェだけが・・・、ルイドの方へと視線を釘付けにしたままである。
そんな二人の視線に、再び全員が向き直るとルイドの背後から一人の少女が姿を現す。
ツインテールの長い金髪、大きな瞳をした幼い少女。
ガーリースタイルに身を包んだドルチェそっくりの少女が、笑みを浮かべてルイドの側に立っていたのだ。
その姿があまりにもドルチェに似ているため、アギトとリュートは交互に二人を見比べながら混乱している。
しかしオルフェだけは・・・、珍しく感情を表した・・・驚愕した表情でルイドの側に立っている少女に目を瞠った。
「そんな・・・まさか・・・っ!」
オルフェが動揺している・・・、こんな姿を見るのは初めてだった。
一体あの少女とオルフェがどんな関係なのか、全く事態が把握できないアギトとリュートとザナハは説明を求める。
それに最初に答えたのは、ミラだった。
「彼女は・・・、大佐の実の妹の・・・フィアナです。
ガルフィアナキス・グリム。
約20年以上も前に・・・、彼女は亡くなったはず・・・っ!」
「あぁ・・・、間違いなく確認したから断言出来る!
あの時確かにフィアナは死んだ・・・、確実にオルフェが・・・。」
ジャックがそう言いかけてオルフェの方に視線を送り、そして続きの言葉を口にしなかった。
アギトとリュートの脳裏を駆け巡った言葉は・・・、「確実にオルフェが殺した」だった。
ごくん・・・と息を飲みながら、全員が固まったままでいると可笑しそうに高笑いをするフィアナがオルフェを指さしながら叫んだ。
「久し振りねお兄様、あたしが元気で残念だったかしら!?
そうよね・・・、あたしそっくりのお人形を作って可愛がる位ですもの・・・。
あたしよりずっと能力が劣っている人形を可愛がって何が楽しいのか理解出来ないけど・・・、虫唾が走るわ。」
憎しみを込めた口調で、ドルチェを睨みつける。
オルフェ達の間に殺気がこもった・・・、一体何がどうなっているのか全く理解出来ないアギト達はどうしたらいいのかわからない状態だった。
そこに救いの手を差し伸べるように、ルイドがフィアナの肩を掴んで制止する。
「フィアナ・・・、今はそんな事を話す為にここまで来たわけじゃないだろう。」
そう言われて頬を膨らませながらフィアナが反論する。
「何よ・・・、あたしをここに連れてきたのは魔物を召喚してレム人を襲わせる為だけ!?
あたしはずっとお兄様に会いたかったのにっ!!
会ってあたしの魔力の糸で支配して・・・っ、いたぶってなぶって殺してしまいたかったのにっ!!」
号泣に近い憎しみのこもった絶叫をルイドにぶつけるが、ルイドは全く怯むことなくフィアナを諌める。
そんなフィアナの言葉を聞いたオルフェは唇を噛み、苦痛に満ちた表情を一瞬だけ浮かべていた。
「話が少し逸れてしまったな。
フィアナとの話し合いは、また別の機会に設けてやるから安心しろ。
そんなことより・・・、戦士二人だけではなく首都から離れた洋館に住む者達も、現状が全く知らされていないようだと思い
わざわざ出向いて事情を説明しに来てやったのだ。
魔物の襲撃は余興だと思ってくれ・・・、これからもっと凄惨な事態へと発展していくのだからな・・・。」
ルイドは丁寧にも、本当に事のあらましを説明しだした。
まずはオルフェ達が知る龍神族の族長パイロンが亡くなったこと、それに伴い龍神族の里を実質治める元老院からの決定により龍神族がアビス側についたこと、ガルシア国王の反乱により完全に敵対関係になったこと、・・・これから先に展開されるザナハ達の精霊との契約の旅を妨害すること。
「事情を何も知らないまま旅を妨害されたら、フェアじゃないだろう!?
これから先レイラインからだけではなく龍神族が開いた道からも、魔物やアビス人がこのレムグランドへ侵攻していく。
お前達は契約の旅を中断して迎撃するか、それとも国民が襲われているのをわかっていながらそれを無視して契約の旅を続ける
のかは・・・お前達の自由だ。
だがこれだけは約束しておこう、オレが指揮する4軍団は契約の旅の妨害しかしない。
あくまでレムへの侵攻は、女王の意向だ。」
全員の表情に静かな怒りが宿る、ルイドに対しての敵意が膨らんで行くのがわかった。
その中、自分でも信じがたいことだが・・・心のどこかでルイドに対して本心から敵意をむき出しにするような思いになれなかったリュートが、そんな違和感を感じながらもルイドに向かって声を張り上げる。
「どうしてそうまでしてザナハの契約の旅を邪魔しようとするんだ!?
確かレムはマナ濃度が減少しているって理由でマナ天秤を動かそうと、世界を救済しようと旅をしているだけなのにっ!!」
リュートのまっすぐな反論に、誰も乗ってこなかった。
その沈黙に突然不安がよぎってリュートは仲間達を見回す、オルフェ、ザナハ、ミラ、ジャック、ドルチェ・・・アギトまでも視線を落として口ごもった様子だ。
「な・・・、何だよ!?
どうしてみんな黙ってるの、・・・何とか言ってよ!?僕達は正当な理由で旅をしているんでしょ!?」
小さく溜め息をもらしたオルフェが、メガネのブリッジに手を当てて・・・視線を落としながら答えた。
「すみません・・・、君が若君に連れ去られた時・・・ほんの少しだけアギトに、ある事情を説明したんです。
私達の本来の旅の目的を・・・。」
リュートは「え?」となる。
「マナ濃度は減少なんてしてないんだ・・・、むしろ・・・アビスに比べてずっとレムの方がマナに満ちている状態だ。
本当はレムよりアビスの方がマナが枯渇していて、均衡が崩れかけている状況にある。」
ジャックが説明する。
リュートは次々と今になって説明をし出す仲間達の顔を一人一人確認するように、眉根を寄せながら硬直した。
「それでもお父様・・・ううん、国王陛下はレムこそ至高の存在だと・・・全てのマナをレム側に満たそうとしているの。
長年の間、マナ指数が800台になる神子達を投入してはマナ天秤を動かしてきたわ・・・。
そして今はあたしの番・・・、あたしはアンフィニを宿しているから・・・今まで以上に天秤を動かすことが出来るだろうって
言って、大切な国民全員の命を人質に取って・・・あたしに契約の旅を成就させようとしているの。」
「そ・・・んなっ、・・・何だよそれ。」
リュートは絶句した。
次々と明かされる真実に絶句するしかなかった・・・、頭の中が真っ白になっていく。
ザナハの苦しそうな顔を見て・・・、余計に胸が痛くなってくる。
アギトは・・・?
アギトもそのことを聞いて、すでに知っていたのだろうか!?
思わずアギトの方に視線を送るが・・・、回復魔法で怪我は完全に治癒しているはずなのに上の空の状態だった。
しかし仲間達からの真実の言葉は、なおも続く・・・。
「そこで私達がガードとして、ザナハ姫の契約の旅を補助することになったんです。
失礼ですが運悪く光と闇・・・両方の戦士が旅の出立の日に現われて、ますます姫様はその小さな肩に残酷な使命を背負うことに
なりました。
全てはレムに住む国民全員の命を救う為・・・、例え世界の均衡が破られようとも姫様は光の神子になることを決意されたのです。
契約の旅を続けようとすれば当然、アビスだけではなくいつかは龍神族からもその命を狙われることになる。
アビス側は、これ以上マナ濃度を減少させないように・・・抵抗する為に光の神子の命を狙う。
そして龍神族は世界の均衡を保つ一族として、契約の旅を止めさせる為に・・・最悪命を狙うという手段を取るようになる。
姫様は他国から恨みを買うことを全て承知して・・・、ご自分の命をなげうつ覚悟でこうして旅を続けているんです。」
ミラは苦痛に顔を歪めながら・・・、ザナハの抱える苦しみを話した。
それでもリュートは一言一言を、ただ受け止めることしか出来ない・・・理解までには至らない。
眩暈までしてくる。
酸素が足りなくなったみたいに・・・、うまく頭の中で考えがまとまらなかった。
・・・それって、何?どういうこと?
つまりは・・・、このまま契約の旅を続けることは間違いだって言いたいのか!?
でも旅を続ければ世界の均衡が崩れる、しかし旅を続けなければ国王によって国民全員が殺される・・・?
どうして?
自分の国の人間なのに・・・、なぜ!?
最後にルイドが言葉を添えた。
「世界の均衡を保つ為にはマナ天秤を安定させなければならない。
そちらにどんな理由があろうと、義はオレ達にある。
出来る事なら・・・剣を交えることなく、旅を廃止してもらいたいがな・・・。
それでも旅を続けると言うならば、こちらとて容赦はしない・・・!」
そう言って、ルイドは腰に携えていた剣を鞘から抜き取り・・・構えた。
ルイドの顔に・・・、容赦はない。
その動きに合わせたように後ろに控えていたフィアナが片手で空を薙ぐと、今まで湖で大人しくしていたクラーケンという魔物が突然大きな水音を立てながらリュート達の方に向かって威圧する。
このまま・・・、レムとアビスはお互いに傷つけ合ってしまうのだろうか!?
ルイドはアビスを救う為に、レムを妨害しようとする。
ザナハは国民を救う為に、契約の旅を続けようとする。
どうして・・・、どうして守りたいのに戦わないといけないのだろう!?
・・・誰か教えて!
・・・誰か答えてっ!!