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第9話 「深淵の大地」

 暗雲立ちこめる黒い空、夜空にはまるで生き物のようにうごめく積乱雲が空全体を覆っており、時折稲妻の光がほとばしる。

 夜だからではなく、雷雲があるせいだけではない。

 この世界は、太陽の陽光が差し込まぬ暗黒の世界。


 『アビスグランド』、年中稲妻を孕んだ暗雲と光を拒絶したかのように、昼夜を問わず闇に覆われた世界『深淵の大地』と云われる由縁である。


 薄暗くそびえたつ石で建造された、重く冷たいイメージを思わせる城。

 夜空の暗雲が、その城の不気味さを更に際立たせるようだった。

 城内にいてもうっすらと霧が立ち込めたような視界の中、コツコツコツっと慌てて駆ける靴音が、城中に響き渡る。

 その足音は迷わずに真っ直ぐとこの城の大広間、玉座のある謁見の間と思わせる程に大きく開けた空間へと向かっていた。

 見張りも誰もおらず、まるで城の中には誰もいないような、そんな不気味な静寂だけがこの城を支配しているかのようだ。


 見張りの立っていない大広間への大きな扉を、ゴゴゴゴッと鈍い音を立てて開け放った。

 玉座らしき場所に、黒いマントを羽織った長髪の男が立っていて振り返る。

 大きな扉を開け放った靴音の主は、二十代前半位の女性だった。

 派手なウェーブがかかったオレンジ色の髪、キリッと冷たい印象を抱かせる緑色の瞳、更に雰囲気がキツく見えるブルーのアイシャドウ、唇には攻撃的な真っ赤なルージュが塗られていて、そしてその唇には焦りが混じっている。

 その女性が入ってきた理由をまるでとうに知っていたかのように、男はゆっくりと向き直ってほのかな笑みを浮かべていた。


 その男の顔は病人のように蒼白で、苦労を重ねてきたように思わせる目元には、くっきりと深いシワが刻まれていた。

 左頬には鋭い剣で斬りつけられたような、深い十字傷の痕がある。

 憂いを帯びた青い瞳に、少々クセ毛でピンピンと外側にハネた青い髪が、無造作に腰の辺りまで伸びきっていた。


 この男の名は、『ルイド』。

 ここアビスグランドで、闇の軍勢を束ねる指導者としてこの城に君臨している。

 と言っても、アビスグランドの国王というワケではない。

 ルイドとは別に、首都にはれっきとした王が健在だ。

 その王がルイドの実力を認め、この城と軍隊を与えたのだ。

 ルイドは軍を4つに分断し、それぞれに信頼する者を軍団長として置いている。

 その軍団を1つにまとめあげたのが、このルイドだった。


 そんなルイドがいつもいるこの大広間に、慌てて駆け付けたこの女性こそが4つの軍団の内の1つ。

『閃光の軍団』の軍団長である、『ブレア』という名の女性だ。

 彼女は何かの計測器を手に持って、落ち着きのない表情で報告しに来ていた。


「ルイド様っ、たった今レムグランドにて『闇の波導』を感知いたしました!! これをご覧下さいっ!」


 そう言うと先程、手に持っていた計測器をルイドの側へと(無礼にならないよう慎重に恭しく)

 差し出した。

 その計測器には『闇属性、マナ指数八百八十五、確定』という文字が浮かび上がっている。

 機械のディスプレイとは違う、くねくねと細長い紐のようなものが文字を真似て計測器の画面の中で動いているような、そんな不可思議な計測器だった。

 ルイドはそれを見て、ふっとほくそ笑んで、それから細長い窓から稲光のする夜空を仰いだ。


「やはり来たか」


 そう一言呟いたのがブレアにも聞こえて、小さく「は?」と声を洩らす。


「いや、こちらの話だ。気にするな」


 短い一言で会話が進む。

 ブレアはルイドから下がって距離を取り、敬礼するようにひざまずくとルイドに許可を求めた。


「この闇の波導は、間違いなく『闇の戦士』のものでございます!! 何の手違いか、戦士は敵国であるレムグランドに降り立った模様です。よって、私にレムグランドへ渡る許可を頂きたく参上いたしました」


 仰々しくそう言うと、ブレアは頭を下げたままルイドの返答を待った。

 しかし、いつまでたっても返答が返って来ない。

 すぐにでも『闇の戦士』を迎えに行かなくては、敵国で何をされるかわからない!!

 最悪、見つかり次第処刑されることだっておおいにあり得るからだ。

 ブレアは待ち切れず、言葉を付け加えた。


「なにとぞ許可を!! レムグランドへ渡るには、中立国である龍神族の助けがなくては不可能っ!!

 ルイド様は龍神族の若様と懇意にされておられる、ルイド様のたっての願いとあらば龍神族から力を借りることも可能なはずでございますっ!!」


 そう言ってもう一度、深々と頭を下げるブレア。

 すると、外見よりずっと若々しい声がブレアに語りかける。


「いや、お前には引き続きジョゼの教育係を任せる。お前がわざわざレムグランドへ行くまでもない」


 たったそれだけ言うと、ルイドは疲労しきったように玉座に座り込んだ。

 ルイドの意外な言葉に、ブレアは無礼を承知で声を荒らげる。


「しかしルイド様っ! 一刻も早く『闇の戦士』をこちら側に引き込まねば、奴らに何をされるかわかったものではありません!! アビスグランドには、『闇の戦士』が必要なのです。失礼ながらルイド様は、もうその資格を失ってしまわれた」


 苦痛に顔を歪めて、ブレアは自分の言葉を蔑んだ。

 自分が絶対的に崇拝する主のことを、辱める言葉を、発した自分自身が呪わしい!!

 自らの忠誠に反する行為だと、ブレアは言葉を発した後に後悔した。

 しかし、ルイドはそのことには全く気にも留めていない様子で、優しくブレアに微笑んだ。


「誰も行かない、とは言っていないだろう? レムグランドへは、俺が行く。」


「……っ!!!」


 それを聞いてブレアは、ばっと顔を上げてルイドを見つめる。

 その瞳には焦りと不安、そんな感情が読み取れた。

 そして慌てて、さっきのルイドの言葉に反対の意を示す。


「それは絶対になりません!! ルイド様が自らレムグランドへ渡るなどっ、せめて私をっ!! 誰かガードをお連れ下さい!!」


 自分が、と言いたかったが先刻『ジョゼの教育係』を任されたばかりだ。

 任務を放棄するわけにはいかない、そう思って言い直した。


「せめて軍団長の中から、一人か二人だけでも」


 そう言いかけるが、ルイドは言葉を遮った。


「いや、俺一人で十分だ」


 断固として、これだけは譲れないとでも言うようにルイドは言葉を曲げなかった。

 その思いを察したのか、ブレアはそれ以上は反論せず少しだけ、わずかに瞳を潤ませて小さく囁くように訴えかける。


「ルイド様、ご自分のお体をもっとご自愛くださいっ!! ルイド様のお体は、もうっ!!」


 そう言いかけたが、それ以上は無意味だと、無駄だと察して言葉にはしなかった。

 ルイドはブレアが何を言いたかったのか、全て承知の上か、黒いマントを翻すとそのマントの内側、背中から骨ばったコウモリの羽根のようなものがメキメキと音を立てて、まるで急激な成長を遂げているかのようにルイドの背中で、バサッと一振りし冷たい風が舞う。


 今すぐに向かう、これ以上語り合うことは何もないとでも言うように。

 ブレアはちくちくと痛む胸を主に知られまいと、表情を硬くして真っ赤な唇をきゅっと引き締める。


「お気を付けて、行ってらっしゃいませ」


 表情とは裏腹に、その言葉には憂いの感情しか込められていなかった。


 ルイドが広間にある窓を開いて、テラスへと歩いて行った。

 ここから飛び立っていくつもりらしい。

 ルイドを最後まで見送ろうと、ブレアもテラスへ歩み寄った瞬間、広間の扉の方から幼い小さな声がした。


「ルイド兄様、どこかへ出かけるの?」


 そうルイドに語りかけたのは、年の頃十三歳位のぽや〜っとした眼差しで見つめる黒い瞳と黒いストレートロングの髪をした少女だった。


「ジョゼ、少し出掛けるがすぐに帰る。心配はするな。ブレアの言うことをよく聞くんだぞ、いいな?」


 慈愛に満ちた微笑を浮かべて、妹・ジョゼにそう言うとまたバサリと大きく羽ばたかせる。

 今度の羽ばたきは次第に勢いを増して、ルイドの体を宙に浮かび上がらせた。

 そのまま、暗雲の立ち込める雲の方には近づかないように極力低く、ルイドは飛び去った。


 飛び去って行ってしまった兄を、テラスからぼんやりとした眼差しで見送るジョゼ。

 ブレアは心配そうにその姿を最後まで見送ると、ジョゼの背中に向かって『冷えるから中に入りなさい』と言うように促すと、テラスへ続く窓をぴしゃりと閉めた。


 なぜ供の一人も付けずに、たった一人で敵国へ行ってしまったのか、ブレアにはわからない。

 そもそもルイドは普段からあまり口数の多い方ではないし、誰にも何も悩みを打ち明けたり弱みを言うことなど決してない。

 指導者だから弱みを見せてはならないのだと、そう思っていた。

 だが彼には本当の意味で部下を信頼してくれているのだろうか? と、疑問に思うこともある。

 しかし、鉄の心でブレアは決してルイドを疑わなかった。


 ルイドに間違いなどあり得ない。


 彼は我々のマナを捧げた主であり、指導者であり、かつては『闇の戦士』だった者だ。

 その彼が、祖国を裏切るようなことは決してない、それに彼の体はもう。


 最後まで言おうと思うが、心がそれを認めたくないのか、最後まで言わせるのを拒絶するかのように

 言葉はいつも、ここで途切れる。

 考えないようにする。


 自分が信じた主を信じよう。

 それがブレアの忠誠心であり、ほのかな愛でもあった。


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