第103話 「軍団長、集結!」
時を遡ること、一週間前・・・。
ちょうどアギト達がレムグランドの首都を出発した頃・・・ベアトリーチェより与えられた前線基地にある城では、ある行動が
為されていた。
謁見の間を思わせる大広間には、城の主であるルイドの他に4軍団の軍団長が揃っていた。
常にルイドの側に控えている側近であり、ルイドの妹にして闇の神子であるジョゼの教育係を務める女性・・・、
閃光の軍団長・ブレア。
ルイドにその剣を捧げ・・・騎士道を貫く鉄の意志を持った武人、鋼鉄の軍団長・ヴァルバロッサ。
自らの研究の為にルイドに加担する魔術の天才にして錬金術師でもある、魔道の軍団長・ゲダック。
己の魔力で人間のみならず魔物すら自在に操り・・・更に魔物を召喚する術を得意とする、魔獣の軍団長・フィアナ。
ルイドが彼らを集結させたのは他でもない。
軍団長達も一斉に呼び出されたのが初めてだとでも言うように、少し緊張気味になりながら横一列に並んで整列していた。
正面には玉座と言わんばかりに置かれているイスに座りながら、ルイドが一同を見渡す。
その威圧感、そして視線を前に全員微動だにせず主が言葉を切り出すのを・・・ただ待っていた。
そしてようやくルイドが沈黙を破って、口を開く。
「皆、忙しい中よく集まってくれた。
全員周知の通りだとは思うが、ようやくこの時代に戦士と神子が揃って姿を現した。
闇の神子であるジョゼ、そして光の神子であるザナハ・・・。
異世界から現われたとされる闇の戦士の名はリュート、そして光の戦士の名はアギトと言う。
これまでも何度か戦士や神子が現れたが、光と闇の全てが揃うことは未だかつてなかった。
これは好機なのだ・・・!
今こそオレがずっと構想していた計画を始動させる時が訪れた。
それを今・・・お前達に話そうと思う。」
ルイドの言葉を聞き、全員が息を飲んで目を瞠った。
今までずっとルイドに付き従ってきたが、これまで誰一人としてルイドの心の内を・・・思考を、見たことも聞いたこともなかったからだ。
常にルイドは自分一人で軍団長達の先頭に立って、指揮していた。
全て自分一人で抱え込み、その思いも・・・苦労も・・・感情すら何ひとつ語ってこなかった。
だからこそわかる・・・、遂にこの時が訪れたんだと・・・。
しかし、ルイドの言葉を聞いて歓喜する者の気持ちを無視するかのように、ルイドは言葉を付け加えた。
「だが・・・この話を聞いて、もし万が一・・・オレに従う気が失せたと思ったならば、引き止めはしない。
去りたい者は去っても構わない、その場合は誰一人として・・・去った者を責めることはこのオレが許さない。
それだけ・・・今から話す計画は常軌を逸している。
強制はしないから、安心するがいい。」
意外な言葉だった。
指導者ならばその計画に加担させるように話を持ちかけるのが本来の姿だ、しかしルイドはそれをしなかった。
むしろ自分のやり方が気に食わなければ参加しなくてもいい・・・、去っても文句は言わないとまで宣言したのだ。
フィアナとゲダックはただ黙ってルイドの話を聞いていたが、ヴァルバロッサだけは怒り心頭の表情になっており・・・血管が浮き上がる程に顔を赤くして怒っている様子だった。
一歩前に出ると、ヴァルバロッサはルイドに進言した。
「他の者はどうかだか知らん・・・、しかし我が主よ・・・!
この私を侮辱することは決して許せぬ!!」
そう叫ぶと、ヴァルバロッサは腰に携えていた大剣を勢いよく抜き取るとザクッと足元の床に突き刺して更に怒号を上げた。
「私は!!
お前のことを唯一絶対の主と認め、我が命より重いこの剣にかけて永遠に忠誠を誓うと宣言したはずだ!!
それを・・・っ、たかだか常軌を逸した計画ごときでその鉄の意志が折れると思っているのか!?」
それを聞いたルイドは満足そうに微笑むと、先程の言葉を訂正した。
「お前の鉄の意志は決して折れぬか・・・、よく言ってくれた。
ではさっきの言葉・・・、お前にとっての失言であったと認めて撤回しよう。」
自分の意志を伝えたことで満足したのか、ヴァルバロッサは再び後退して列に戻った。
一瞬沈黙が流れて、それからルイドは計画の一部始終を全員に言って聞かせた。
ルイドはこの場に闇の神子であるジョゼを参加させなかった、もしこの計画をまだ幼い彼女が聞いたならば・・・恐らく自分達が
貫こうとしている正義に疑問を持ち始めるのかもしれないという懸念から、あらかじめ外しておいたのだ。
そしてその計画を4軍団長達に聞かせ、その懸念は彼らの中にも当てはまっているのが容易にうかがえる。
ある者は逸脱した計画に言葉を失い・・・、またある者はその途方もない計画に恐ろしさよりも好奇心が勝っている者など・・・
反応は様々であった。
全て話し終えたルイドは、一同を見渡した。
最後まで聞いて自分の計画に賛同できない者が現れるのを待っているのだ。
しかし・・・、誰一人として去る者はいなかった。
4人は微動だにしなかったが、微かに目線だけチラチラと自分以外の誰が去るのか目を瞠っている様子だった。
そしてその沈黙を破るかのように、ずっと黙ったままだったフィアナがぼそりと呟く。
「あたしは別に構わないわ・・・、その計画が実行されたとしてもあたしの目的には何の支障もないから・・・。」
その言葉に後押しされたかのように、今度はゲダックが自分の考えを告げる。
「わしも問題ない。
むしろ・・・、その計画に興味があるのう。もしその計画が本当に実行可能というのならば、今までわしが研究してきた成果が
全て覆されることになる・・・!
そうなれば再び別の探究心に目覚めて、研究意欲が湧いてくるというものじゃ。」
満足そうに微笑みながらそう話すゲダックに対して、ヴァルバロッサは我慢出来ずに声を張り上げて注意した。
「お前達のその言葉・・・、どう聞いても己の目的しか語っていないようにしか聞こえんぞっ!?
それでも軍団長か!?
お前達に主君に対する忠誠心というものはないのかっ!?」
嘆かわしいとも、腹立たしいとも取れる口調でそう言葉を浴びせるヴァルバロッサに対して・・・この中で唯一彼と同等の忠誠心
を持ち合わせているブレアが、意外にも静かな口調で反論した。
「ヴァル・・・、お前こそルイド様のご意志を履き違えているわよ!?
私達は個々が持つその能力を高く買われ、この前線基地の軍団長として招かれた人材・・・。
軍団長に選ばれた者達の・・・過去や目的には一切関せず、そして互いに干渉しないのがルールとなっている。
どちらがルイド様の意志に反しているのか・・・、よく考えることね。」
そう指摘するブレアに、ヴァルバロッサは「ぐっ・・・」と言葉をつぐんで押し黙った。
再び全員がルイドに向き直り、誰一人として去る者はいないと・・・態度で示す。
それを察したルイドは、微かに口の端で笑みを作ると再び言葉を続けた。
「全員オレについて来るということで・・・、いいな!?
それでは、早速計画を実行に移す。
実は先程得た情報で、サイロンがある依頼を引き受けて闇の戦士であるリュートをこのアビスグランドの首都へ連れて行こうと
している。
オレは彼らを追って首都へ行き、そこでリュートにマーキングをしておく。
そうすれば闇の戦士は、ジョゼが精霊と契約を交わす際にいつでもこちらへ誘導させることが可能になるからな。」
一旦そこで言葉を切った時、すかさずブレアが必死な面持ちで一歩前に出るとルイドに進言した。
「ルイド様、その際には必ずガードをお連れ下さい!」
わかっている・・・という表情で見つめると、ブレアはその視線の意味を察して・・・頬を赤らめながら静かに後退した。
「ヴァルバロッサ・・・、オレのガードとしてついて来てくれ。」
「承知した!」
勇んで返答する。その顔には、主君の側近であることを自覚するような・・・誇った表情が映し出されていた。
「それから・・・、オレが首都へ行っている間に最も重要な任務をブレアとゲダックに任せたい。」
そう指名されて、二人は同時に一歩前に出る。
ルイドはイスから立ち上がりブレアに向かってゆっくりと歩んで行くと、小さな箱を取り出してそれを彼女に渡す。
それは正方形の白い箱で、装飾も何もなく・・・それ程重くもなかった。
手の平サイズの箱を手にして、ブレアは不思議そうな目でその小箱を眺めて・・・そしてルイドに視線を送った。
「お前達はその小箱を持って、龍神族の族長であるパイロンに確実に手渡してもらいたい。
元・闇の戦士のルイドからだと言えば、話は通るはずだ。
次元の歪みで静養しているパイロンに会うにはかなり手間取ることと思う、従者の者が何と言おうと・・・その小箱は確実に
パイロン自身に手渡すんだ。
その任務が成功すれば・・・、計画の第一段階は終了したことになる・・・。」
かなり重要な役目だと聞かされたブレアは、途端にその小箱が重要文化財か何かのように感じて丁重に扱い始める。
ゲダックはその小箱を見て、まるでものすごく珍しい物を見るような視線で話しだした。
「それはまさか・・・、メモリーボックスではないか!?」
その言葉にブレアは怪訝な表情を浮かべるだけだったが、ルイドはふっ・・・と笑みを浮かべてゲダックを称賛する。
「さすがは魔法科学の権威・・・、この箱について知っているとはな・・・。
そう・・・、これはただの箱ではない。
映像や声などを一時的に記録させることが出来る・・・、非常に珍しい古代の遺産だ。」
具体的に何なのか・・・いまいち実感の持てないブレアだったが、とにかく貴重品であることが発覚して大切そうに保管した。
しかしゲダックは任務のことよりも、箱の中身が気になるようでブレアの手に収められた箱を物欲しそうに見つめている。
そんな二人を他所に、自分だけ何も命じられていないことに不満を感じたフィアナがルイドを問いただす。
「ねぇルイド、あたしも首都へ行ってもいいかしら?
闇の戦士というのに、興味があるの。」
そう進言するフィアナに、ルイドの顔から笑みが消え・・・冷たい視線で言い放った。
「お前はブレア達の任務が終了してから働いてもらうことになる。
それまではここで待機だ、・・・しっかり魔力を温存しておくんだぞ!?」
そう言われ、頬を膨らませながらフィアナがグチを言う。
「ここで待機・・・って、まさかジョゼの面倒を見てろっていうの!?
あたしイヤよ、子供の面倒を見るのはキライなの!」
「フィアナ・・・、あまり我が儘を言うものではないぞ!?」と、諌めるヴァルバロッサ。
「うっさい、でくのぼう。」
「でく・・・っ!?」
深く傷ついた様子のヴァルバロッサに、ブレアは呆れた表情になっている。
しかしルイドはそのやり取りを無視して、再び玉座の方へと戻ると全員に向き直って声を張る。
「これより計画を実行させる!!
ヴァルはオレと共に首都クリムゾンパレスへと向かう。
その間、ブレアとゲダックは龍神族の里へ向かい族長パイロンと面会するんだ。
フィアナは、ヴァルに飛行タイプの魔物を召喚してくれ。
では全員・・・、行動開始だ。
号令と共に、皆それぞれの任務についた。
足早に広間を出て行くブレアとゲダック、ルイドは広間から外のベランダへ進んで行くと背中からコウモリのような枯れた翼を生やして飛び立つ準備をする。
フィアナが宙に自分よりも大きな魔法陣を描いて、そこから怪鳥を召喚した。
大男が二人は乗れそうな大きな怪鳥の背中にヴァルバロッサが乗り込むと、ルイドの後を追うように怪鳥もひと鳴きすると一緒に
飛び立っていった。
2人が見えなくなるまで見送ると、フィアナは他に誰もいないことを確認してから・・・再び魔法陣でもう一匹、今度はさっきよりも小柄な怪鳥を召喚するとその背に乗って・・・ルイドにバレない程度の距離を取って尾行した。
ルイド達がクリムゾンパレスに到着してから、アビスグランドの女王であるベアトリーチェに計画の一部を話し・・・協力を要請した。
ディアヴォロの簡易的な封印を行なった後、闇の戦士にマーキングを施すように・・・。
今頃はブレア達の方も龍神族の里で族長との面会を取り付けている頃合いだろうと、ルイドは推察した。
ここまでは・・・、全てルイドの計画通りに進んでいた・・・。