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【長編・完結済】ツインスピカ  作者: 遠堂 沙弥
異世界アビスグランド編 1
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第102話 「脱出」

 体中が痛い・・・。

ここしばらく不機嫌だったせいか、いつもに比べたら結構殴られたような気がする・・・。

アギトは自分の部屋に常備させていた包帯が、もうすぐなくなろうとしていた。

とりあえず応急処置程度には手当をしているが殆ど間に合っていない状態だった。

さすがに刃物で切りつけられたりはしていないが、全身打ち身や青アザは序の口で・・・一番ヤバかったのが頭部をかなり頑丈な

灰皿で殴られたことだった。

さすがに出血して自分の部屋に何とか逃げ込んだ時に、激痛を必死で我慢してクローゼットの中に隠してあった消毒液で傷口を拭き取り、ガーゼで傷口を押さえ・・・包帯でぐるぐる巻きにしておいた。

それから疲労と空腹のダブルパンチでアギトは意識を失うように、いつの間にか眠っていたのだ。

ふと目が覚めて時計を見ると、金曜はとっくに過ぎていて今は土曜日になったばかりの・・・深夜の2時過ぎだった。

相変わらずリビングでは母親とその愛人がバカ騒ぎしている。

近所の人達もよく我慢するなぁ・・・と、アギトは呆れながら仰向けになって寝転んでいた。

・・・にしても、今回は滞在期間が随分と長い気がする。

以前なら3日も経たない内に、すぐまたどこかへと消えて行ったのに・・・。

もしかしたらお金が尽きたのか・・・、それともストレス発散に自分を使う為に滞在しているだけか・・・。

どちらにしてもアギトにとっては、いい迷惑でしかない。


「あ〜あ・・・、本当なら今日はもうレムグランドに行って・・・イヤミったらしい陰険メガネがいないから自由気ままに修行出来

 たはずなのに・・・。

 なんでこうなるかなぁ・・・。

 そんなことよりも・・・リュートのやつ、大丈夫だったかな。

 あいつ殴られ慣れてないはずだから、きっとすげぇ痛かっただろうな・・・。

 それに加えてめちゃくちゃお人好しなところがあるから、母ちゃんに関わろうとしなけりゃいいけど・・・。」


それだけが一番気がかりなことだった。

自分は限界寸前にまで痛めつけられているにも関わらず、アギトはリュートの心配・・・、リュートへの謝罪・・・、リュートへの弁解の言葉をずっと考えていたのである。

母親が戻ってからアギトは、ろくなものを口にしていない・・・。

食べたものといったら母親達が残した残飯のようなもの位だ。

風呂にも・・・長い間入っていない、入ろうと思っても体中が痛くて切り傷の辺りはきっと、お湯がしみて痛いはずだろう。

この5日間はとても人間の生活と呼べるようなことは何一つとしてなかった・・・。

いつになったら出て行ってくれるんだろう・・・!?

そんなことばかりを思っては、また幸せな想像をして気を紛らわせる。


(今週はレムグランドに行けそうにねぇし・・・、来週にはいきなり火山口に移動ってことになるなぁ・・・。

 今度こそカメラ持って行かないとな、あ・・・でもかなり暑い場所って言ってたから機械類は壊れるかもしんねぇな。

 カメラは諦めるか・・・。

 にしても遂にオレが精霊と契約することになるんだよなぁ・・・!!

 その前にイフリートと戦わないといけないから、それがまた大変だろうけど・・・。)


寝返りを打とうとして横になったら、右腕のアザに体重がかかって激痛が走る。

すぐにまたさっきと同じ体勢で寝直して痛みを堪えていたら・・・、窓の方からコンコンという音が聞こえた。

ベランダには窓に当たって音を立てるようなものは何も置いていなかったはずだけど!?と思いながら、アギトは体を起こす。

本当は無視したかったが、何度も音が聞こえてくるので無視出来なかった。

窓の方に目をやると月明かりでカーテンに何かの影が映し出される。

自分と同じ位の大きさがある・・・翼の生えた、鳥・・・!?

一瞬その影を見た瞬間、悪魔!?と思って後ずさりしかけた。

しかしここは現実世界・・・、悪魔とかそういった非現実的なものは存在しない世界である。

それじゃこの影は一体何なのか!?

途端に好奇心に駆られたアギトは、痛む体を押して窓の方へと近付いて行く。

すると窓を1枚隔てた向こうから声がした。

聞き覚えのある・・・、とても安心する声が・・・!


「アギト・・・、僕だよ・・・リュートだよ。

 ここを開けて!今すぐここから助け出してあげるから!!」


アギトは慌てて窓の鍵を開けて、勢い良く開け放つ。

目の前にはどういうわけか半袖のシャツとスウェットの短パンをはいたリュートが、青い翼の生えたリュートが立っていた。

夢かと思う、・・・無理もない。

絶句したままアギトは驚いたような、安心したような・・・複雑な表情のまま立ちすくんでいる。

しかし目の前に立っているリュートは、アギトに対して呑気に考え込んでいる暇を与えてはくれなかった。


「アギト・・・早く僕に掴まって!!

 シルフが言うには、今の僕の魔力じゃ長時間この翼を生やしておくのには限界があるんだって!

 急がないと翼がなくなって飛べなくなってしまうから・・・、さぁ!!」


そう急かすリュートに、アギトはなぜか後ろに下がって・・・部屋の中に戻って行く。


「何してるんだよ!!

 今の内なんだから・・・、早く・・・アギトっ!!」


しかしアギトの顔からは笑みが消えていて・・・、苦しそうな表情を浮かべてリュートを見据える。

リュートはわけがわからず差し伸べた手のやり場に困っていた、しかし引っ込めるつもりは勿論ない。

必死に自分を救い出そうとするリュートに向かって、アギトは信じられないことを言い出した。


「悪い・・・、行けねぇんだオレ・・・。

 オレがいなくなったら母ちゃん何するかわかんねぇし・・・、今ここを出て行くわけには・・・。

 ごめんな、せっかく来てくれたのに・・・。」


アギトの言葉の意味が理解出来なかった。

リュートは幻聴でも聞こえたのかと思って、今アギトの口から出た言葉が信じられなかった。

反論するような口調でリュートが説得する。


「何言ってるんだよ!?

 こんな所にいたら何されるかわかんないんだよ!?現に・・・そんな包帯だらけで・・・っ!! 

 全身傷だらけじゃないか・・・、一体どれだけ暴力を振るわれたんだよ!!

 あんな人の側にいる必要なんてないよ!!自分の子供にこんなこと・・・、ひどすぎる!!

 こんなの・・・母親のすることじゃないよ!!」


リュートの言ってる言葉は正しい・・・、正しいんだろう。

しかしアギトは何を思ったのかムキになって反論した。

両手を強く握りしめて・・・頭の中は真っ白のまま、自分が何を言っているのか本当はよくわかっていないかもしれないが・・・。


「それでもあの人はオレの母ちゃんなんだよっ!!

 たった一人の・・・、血の繋がった母親なんだ・・・っ。

 お前にはわかんねぇよっっ!!」


言って・・・後悔する。

自分なんかの為に、こんな所まで心配して救いに来てくれた親友に向かって・・・怒鳴りつけるなんて・・・。

しかもわけのわからないことまで口走って・・・。

吐き捨てた言葉を元に戻せないまま、アギトはリュートの顔を見るのが怖くなった。

怖くて下を見つめたまま、気まずい空気が流れる。

リュートは何も言ってこない・・・、言い返して来ない。

やはり怒っているのか・・・?

それとも悲しんでいるのか・・・?

それを知るのが怖かった。

その時・・・。


ドンドンドン・・・ッッ!!


アギトの部屋のドアを乱暴に叩きつける音がして、アギトはびくんっと恐怖で体がすくむ。


「アギトーーっ!!

 あんたさっきから誰としゃべってんだよ、そこに誰かいるんじゃないだろうねっ!!?

 ここ開けなさいよ、開けろコラァっ!!」


そう叫んで、今度は足で蹴っているような凄まじい音へと変わって・・・今にもドアが壊れそうだった。

ドアの方に目をやって、アギトはいよいよどうしたらいいのかわからなくなってしまっている。

怯えるアギトの腕を掴み、リュートは有無も言わさずアギトを無理矢理抱き抱えるようにしてベランダから飛び上がった。

ばさばさと大きな翼が羽ばたく音が聞こえて、アギトは声を上げる。

じたばたと暴れられて、リュートは浮き上がるのに精一杯になっていてそこから遠くへ飛び立つことが出来ずにいた。


「アギト・・・っ、暴れないで!!このままじゃ・・・っ!!」


そう叫んだ途端だった・・・、急に翼が制御不能になってみるみる落下していくのがわかった。

廃工場から飛び降りるような速さではなかったが、しかし確実に高度が下がって行って・・・もはや飛ぶことは敵わなくなっていた。


「うわああぁぁぁぁーーーーーーっっ!!」


二人は悲鳴を上げてゆっくりと落ちて行った。

だんだん落ちる速度が速くなっていって、胃がひっくり返るような嫌な感覚が襲ってくる。

真っ逆さまに落ちて行った時・・・、アギトのベランダから母親が落ちて行く二人を目にして・・・怒りに満ちた表情になっていたのが最後に目に映った。


運よく下は木々がクッションになっていて、枝葉であちこち切ったが・・・地面に激突することだけは避けられた。

一応オルフェやジャックから教わっていた受け身を体に覚えさせていたから、何とか大怪我することはなかった。

しかしそれでも受け身を取った部分は痛かった。

よろよろと起き上がり、「いたたた・・・」と声に出しながら二人はお互いの顔を見合わせた。

リュートは精一杯笑顔を作る。

正直・・・、アギトに言われた言葉にショックを受けていないわけではない。

しかしこんな所で拗ねていても始まらない、今ツライのはアギトの方なのだ。

そんな時に自分が拗ねたり、泣いたり、怒ったりしていたら・・・余計にアギトを不安にさせるだけだとわかっている。

アギトが教えてくれた笑顔・・・、それを今度は自分が返そう。


「マンションから飛び降りて無事なのって・・・、僕達位じゃないかなぁ!?」


呑気にそう言ってみる、ほんの少しでもアギトの心を和ませることさえ出来れば上々だ。

アギトは戸惑った顔をしていたが・・・、リュートがあまりに満面に笑みを浮かべるものだから思わずつられて笑顔が出る。


「廃工場から何回も飛び降りてる位だもんな・・・。

 そう考えたらオレ達って、飛び降りる回数ハンパねぇんじゃねぇか!?」


ようやく二人に笑顔が戻った。

事態はそれ程好転しているわけではないが、それでも・・・アギトにまた会えた。・・・リュートにまた会えた。

二人にとっては・・・それが一番嬉しかった。


「アギト!!」


笑顔が硬直する・・・。

声がした方へすぐさま振り向くと、そこにはアギトの母親が急いで追いかけてきたのか・・・息を切らしながらこちらを睨みつけている。

二人はすぐに起き上がり・・・、母親から距離を取るように後ずさりする。


「あんた・・・、あの高さから落ちて・・・なんで怪我ひとつしてないのよ!?」


二人を見て驚くように、頭の先から足の先まで目を走らせて・・・眉根を寄せる。

その疑問はもっともだろう、アギトの部屋はマンション30階程の高さはある・・・。

そこから落ちて無事で済むはずがない。

母親は驚いてから・・・、蔑むような眼差しへと変わり・・・またも信じられない言葉を放つ。


「ぬか喜びさせんじゃないわよ・・・、あんたが事故って死んでくれれば保険金が入ったかもしれないって思ったのにさぁ!!

 笑いがこぼれるのを必死でこらえてここまで走って来たあたしの努力、どうしてくれんのよっ!!このガキ!!」


この期に及んでこの母親は一体何を口走っているんだ・・・、怒りが込み上がって来るリュートだったがアギトのことが気にかかりちらりと見る。

アギトは石のように固まったまま・・・、口元はこぼれそうな声を押し殺すようにつぐませて、瞳孔は開き・・・やはりショックの色は隠せないようだった。

当然だ・・・、実の母親の言葉なのだから・・・。

土壇場でアギトが咄嗟に口にした言葉を思い出し、アギトはもしかしたら・・・母親を求めていたのかもしれないと推察した。

母親からの愛情・・・、温もり・・・、優しさ・・・、包容・・・。

それは恐らくアギトがずっと長年の間求め続けた母親の愛情を、信じたかったからかもしれない。

しかし・・・それは無残にも、最も残酷な形で裏切られることになった・・・。

アギトの母親は・・・、実の息子であるアギトの死すらいとわない・・・悪魔のような女だった。

そう思うとリュートは余計に込み上がって来る怒りを抑えられなくなる。

もう我慢の限界だ・・・、アギトが何と言おうともう許せない!!

リュートは母親の元へと歩み寄って、怒りをあらわにする。

母親は自分に近付いてくる生意気な子供を睨みつけ、右手を力一杯握り締めていつでも殴りつけられるように準備をしているようだ。

しかし今のリュートは素人の攻撃なんて、余裕で回避する自信があった。

ジャックからの地獄の特訓で、リュートは俊敏さや回避力を高める訓練を積み重ねてきたのだ。

正面から向き合って、リュートは思いの丈をぶつけた。


「アギトが何と言おうと・・・、僕はあなたがアギトの母親だなんて認めない!!

 あなたみたいな酷い母親に僕の親友は任せられないから、アギトは僕が連れて行きます!!」


「自分が何言ってんのかわかってんのかっ!?

 お前みたいなクソガキに何が出来るって言うのよ、馬鹿なこと口にするのも大概にしろよクソガキっ!!」


そう叫んで、母親が右手を振りかぶった時・・・リュートはすでに避ける姿勢に入っていた。

しかし・・・!!

突然母親とリュートの間にアギトが割りこんで来て、リュートの盾になっていた。

それでも構わず母親は振り上げた拳を、割り込んできたアギトに向かって殴りつけようとした!!


ガッ・・・!!


リュートは割りこんできたアギトを掴んで、再びどけようとしたが・・・遅かった。

どけようとした瞬間・・・、母親の拳はアギトの顔面の数センチ手前で止まっていた。

力を込めた拳はその勢いがおさまらず・・・ぷるぷると震えている。

拳を制止したのは、その拳を押さえたもうひとつの手だった。


「やれやれ・・・、彼の品の無さはどうやら母親譲りだったようですね。これで納得がいきましたよ。」


妙に落ち着いた口調だが、どこかイヤミったらしい言い回し・・・。

背筋が凍る程に聞き慣れた声に、アギトとリュートは完全に幻を見ていると思っていた。

目の前に現れたのは、母親の振り上げられた拳を片手で制止して・・・余裕の笑みを浮かべているオルフェの姿だった。

カジュアルなスーツを着こなして、どこからどう見てもトップクラスの企業に勤めるエリートのような格好だ。


「・・・なっ!?・・・オルフェ!?なんでっ!!?」


驚くのは当然の反応だろう。

しかし今はそこで驚いている場合ではないらしい。

母親は掴まれた手を振りほどくと、相当強く掴まれたのか・・・片手でさすりながらオルフェを睨みつけた。


「何なのよあんたはっ!?このガキ共の親か何か!?」


オルフェを前にしても・・・母親の威勢は変わらない。

完全に喧嘩を売っている状態で、ガンを飛ばすがオルフェは全く意に介さない様子で氷のように冷たい眼差しで見据える。


「そうですね・・・、さしずめ私はこの子達の師匠・・・と言ったところでしょうか!?」


さしずめじゃない・・・、完全に師匠と弟子の関係だろうが!とアギトは心の中でつっこんだ。

オルフェの言葉に片目をぴくりと痙攣させると、母親はアギトの方に向き直ってけたたましく吠える。


「アギト!!

 あんた、あたしがあれだけ面倒臭いクラブだの習い事だのはするなって、あれ程言ってあったでしょうが!!

 何を習いに行ってるか知らないけど、勝手なことしてただですむと思ってんのかっ!?」


びくつくアギトの前に立ち塞がるように、オルフェはにっこりと嘘の作り笑いを浮かべたまま母親に向かって詰め寄った。


「アギトの両親が育児放棄しているせいで、私も被害をこうむっているんですけどね。

 なんなら・・・私の所属する軍に事のあらましを説明して、事態を徹底的に洗っても構いませんか?

 法律によれば自治体で解決できない問題は、軍を通すことで改めて調査を開始できることになっているのですが。」


オルフェの言葉には妙な説得力があった、言われたこと全てが真実であると錯覚してしまう位の説得力が・・・。

そう・・・、勿論今言った言葉はハッタリに違いなかった。

もしかしたらレムグランドにはそういう法律があるのかもしれないが、そもそもここは地球、日本、東京・・・。

オルフェが日本の法律を知っているはずがない、・・・知っているとは思えない。

それでもこれだけ堂々と豪語されてしまってはオルフェの正体を知らない人物ならば、信じてしまうのは仕方がないだろう。

その証拠に、アギトの母親は今の言葉に真実味を感じてしまって・・・さっきまでの威勢がなくなっている。

母親はあちこちに顔が利く権力を持っているが、さすがに軍にまでは手が行き届いていないのだろう。

悔しそうな・・・怒りを押し殺したような表情で、・・・ついにはオルフェに屈伏してしまった。


「勝手にしろっ!!

 その代わりもう二度とあたしの前に顔を出すんじゃないよ、わかった!?

 二度とあんたがいるマンションに帰ってくるもんか!!

 今すぐ出て行ってやるよ!!」


そう捨て台詞を吐くと、母親は行き場のない怒りを木々やマンションの壁やらポストやらに思いきりぶつけながら去って行った。

多分、今すぐマンションに戻って荷物をまとめて出て行くつもりなのだろうとリュートは思った。

怒りをぶつける音がしなくなってから・・・、ようやく安心感が出てきて腰が抜けたようにその場に座り込んでしまう。


「助かった〜〜っ!!」


へなへなと芝生の上に座り込んで、リュートが声を洩らした。

するとオルフェの後ろの方からもう一人が声をかけてきた。


「随分大変な目に遭っていたみたいじゃないかリュート、大丈夫か!?」


その声は・・・っ!!


「ジャックさん!?・・・どうしてっ!!」


アギトもリュートも目を丸くして・・・、そもそもどうしてオルフェやジャックがこのリ=ヴァースにいるのか疑問に思えてならなかった。

座り込んだ二人の元へオルフェとジャックが並んで立って、簡単に説明してくれた。


「勿論レイラインでここまで来たんですよ。

 洋館の地下にある魔法陣は何度も君達を移動させてきましたからね、魔法陣がここのレイラインを記憶しているのです。

 私の属性はレム、そしてジャックの属性はアビスのものなので異世界間移動が可能なんですよ。

 まぁ・・・、君達を探し当てるのに一番苦労したんですけどね。」


「探し回っていた時にオルフェが空を飛ぶお前の姿を見つけてな・・・、オレ達はお前の後を追ったってわけだ!」


ジャックからそう言われ、シルフの言葉を思い出す。

精霊の鱗粉はマナ指数の低い人間の目から姿を見えなくするが、マナ指数の高い人間の目には見えてしまう・・・と。

それで納得がいった。

どうやってここまで来たのか・・・という疑問に関してのみ。


「なぁ・・・、確かみんな今は火山口に向けて馬車を走らせてる所じゃないのか!?

 もう到着したってわけじゃないんだよな!?・・・今、洋館から来た・・・みたいなこと言ってたし。」


アギトの質問に、オルフェとジャックは互いに目で合図するように視線を合わせていた。

そしてすぐさま二人に重要なことを告げる。


「二人とも、大変そうなところで申し訳ありませんが今すぐ私達と共にレムグランドへ向かってください。

 事は一刻を争うのです。」


さっきまでの笑みから一変、オルフェの顔から切羽詰まったような表情が現われて・・・そう言った。

二人は急な展開に戸惑いながら、聞き返す。


「なんかあったのか!?」


二人は、今ここで言うべきかどうか迷っているようだった。

しかしここで言及を避けたとしても、アギトとリュートを納得させることにはならないかもしれないと思い・・・話すことにした。


「実は・・・、私達が火山口へ出発しようと馬車を走らせた時・・・訃報が届いたのです。」


訃報・・・、そう聞いて二人は一瞬ひやりとした。

どきんっと心臓が跳ね上がるような感覚と共に、嫌な汗が流れ落ちる。

誰かが死んだ・・・、一体誰が・・・!?

神妙な面持ちになったジャックが、言葉の続きを引き取った。


「龍神族の族長のパイロン氏が・・・、亡くなったんだよ。

 あの若君サイロンの父親であり、初代神子の時代からずっと存命だったが・・・。」


「詳しい話はレムグランドに着いてからしますが、パイロン氏が亡くなったことにより3国間の均衡が破られようとしているの

 です。

 今・・・、洋館にはアビスから大量に出現した魔物が押し寄せて・・・殆ど戦場の状態です。

 私達は救援を聞きつけて、火山口へ向かう予定を変更してすぐに洋館へと戻りました。

 一部の魔物は排除しましたが、そこにルイドが現われて・・・君達二人を連れて来るように命じたんです。

 君達が来る予定となっていたのはヴォルトデイの夕刻、しかし時間になっても君達が現れないことに不審を感じて急きょ・・・

 私とジャックとで迎えに来たんですよ。」


二人は息を飲んだ・・・。

ざっと説明されて、理解するのに精一杯の状態となる。

龍神族の族長が亡くなったというのはわかったとして・・・、なぜそこにアビスから急に魔物が大量に押し寄せるのか!?

どうしてルイドがレムグランドに現われて、自分達を連れて来るように命じているのか!?

わけのわからないことだらけだった。

アギトとリュートは互いに見つめあって、頷く。

考えていることは一緒だった。

とにかくこんな所でちんたらと話を聞いている場合ではないこと、そしてすぐにでも廃工場に向かわなければいけないこと。

うだうだ考えていても、結局はレムグランドへ行かなければいけないことはすぐに理解出来た。


「わかりました・・・、とにかくレイラインのある廃工場へ行きましょう!」


全身怪我を負っていたアギトをジャックが背負い、4人は急いで廃工場へと向かった。

本当ならアギトの傷を癒してやりたいところだったが、リュートは翼を使用した時の疲労がまだ回復しておらず魔法を唱えることが

出来なかったのだ。

続けざまに魔法を使えるように・・・、もっと修行をする必要があると感じたリュートはそれを課題とした。

深夜だがまだ街を行き交う人間はたくさんいて、金髪の長身とガタイの大きい二人は非常に目立った。

加えて深夜に走り抜ける小学生の姿も相当目立った。

どうか警察に見つかりませんようにと祈りながら、運よく出会うことなく廃工場へ無事に到着し・・・いつものように屋上へと上って行く。

オルフェとジャックは呆れた顔で、「いつもここから飛び降りてレムに来ているのか?」と苦笑していた。

場所を変えたくても、ここのようにマナの力場のあるレイラインがうまく見つからない二人は頬を膨らませる。

そんな冗談も交えつつ・・・、無事に移動できるかどうか心配なのか・・・オルフェ達は後から行くと言い出した。

先にアギト達が無事に移動してから、後を追うようにオルフェ達もレムグランドへと移動した。


 

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