第99話 「円卓会議」
「まさかこう来るとは・・・、困りましたねぇ。」
開口一番がそれだった。
リュートがサイロン達に連れ去られた後の記憶を何らかの方法で操作されて、記憶障害のようなものを起こして帰って来たことに
オルフェは頭を悩ませているようだった。
何がそんなに困るのか、アギトにはよくわかっていない。
確かにリュートが連れ去られた時の状況を聞くことが出来なくなってしまったが、こうして無事に何の問題もなく帰って来たのだからそれでいいじゃないか・・・と、そう思っていた。
まぁ・・・確かに何をされたのかわからない以上、なんだか気持ち悪いというか・・・不気味だという感覚は抜けないが。
「リュートの連れ去られた先がアビスグランドである可能性が高いのは確かですが、そこでの情報を得ることが出来ないのは非常に 残念なことです。
しかしそれ以上に困った状況になってしまいました。」
「何がそんなに困るんだよ!?」
唇を尖らせながら、自分達にもわかるように説明してもらうように促すアギト。
かくいう張本人であるリュートも気になって仕方がない、まさか自分の体を改造されたとかそういうことにはなっていないか!?
オルフェは執務室にある整然とされた机につきながら答える。
「どのような方法でリュートの記憶を操作したのかについては、わかりかねます。
レムとアビスでは技術面が異なり過ぎているのですよ。
どちらかといえばレムグランドは魔法に優れた技術を要していますが、アビスは元々マナの恩恵が乏しい世界になっている為に
魔法による技術よりも、マナに頼らない方法が発達しているんですよ。」
「それはわかったから!!それで困ることって何なんだよ!!リュートに深く関わることなのかっ!?」
急かすようにアギトが詰め寄って、オルフェはメガネの位置を直しながらリュートを見つめ・・・言葉を続ける。
「場合によっては・・・。
方法がわからない以上あくまで推測の域でしかありませんが・・・、恐らくリュートは一時的に記憶を抹消されたか。
あるいは何らかの暗示をかけられているか・・・、後者の方だと非常に面倒なことになります。
暗示の命令にもよりますが、それが継続する形の暗示だった場合・・・もしかしたらリュートはアビスに寝返るように仕組まれて
いる可能性も否定できません。
何事もなかったかのようにこうして戻って来て・・・、いざイフリートとの契約の場面に差し掛かった時にその武器をこちらに
向けるように命令されているかもしれない。
もしくは誰にも悟られることなく、ザナハ姫を暗殺しようとするのかもしれない・・・。
・・・あくまで憶測ですけどね?」
示唆するように言っているはずなのだが、その笑みはどこか面白がっているようにも見えた。
しかしリュートに至ってはオルフェの言葉を半分信じてしまっているようで、顔色が悪くなっている。
アギトはその様子を横目で見て、オルフェを睨みつけた。
「これは失礼、一応可能性として述べただけですから・・・そんなに気にする必要はありませんよ。
今の例だとやり方が回りくど過ぎますし、そもそもあの若君が付いていたことを考えるとそこまで深く考える必要はないと
思いますよ。
ラズロ医師の話でも、健康面に至っては何も問題ないそうですから・・・それまでは少しだけ様子見ということにしませんか?」
「そうじゃな・・・、何をされたかわからん以上わしらで調べるには、ここだと設備が充実しておらん。
首都にある研究所でならば精密検査を受けられるが・・・、そんな時間はないのじゃろう?」
不安は残る・・・、しかしオルフェがこう言うのだから本当に心配する必要はないのかもしれない。
ラズロ医師はまだオルフェと話があるのか、彼だけ残してアギト達は部屋を出た。
医師だけ残る・・・、今さっきこんな話をしたところで彼だけ残るというのはものすごく気になるところだった。
部屋を出たと見せかけて少しだけドアに耳を押しつけて聞き耳を立てたが、話の内容は本当にどうでもいいような内容だった。
その内容があまりにバカらしかったので、アギトはペッとドアに向かってツバを吐きかけるような仕草をしてその場から離れる。
「な〜〜にが大事な話がある、だ!!
レムグランドのミスコンのプロフィールって!!あいつらアホか!!」
「・・・異世界にもミスコンなんてあるんだね。」
苦笑しながらリュートは呆れた・・・とでも言うような口調で、アギトに賛成していた。
ガニ股で歩きながら、アギトは会議が始まるまでの間はお腹がすいたということもあり食堂へと向かっている。
「いつもすました顔してっけど、頭ん中ではきっとエロいことばっか考えてんだぜアレ!!
エロフェだ、エロフェ!!」
アギトが付けたあだ名に、リュートは吹き出しそうになった。
「こないだだってな、オレがオルフェに修行つけてもらおうと思って部屋に行った時なんだけどよ。
そこでメイドとちちくり合ってたんだぜ、信じられるか!?
オレ達が異世界に来る当日にだぜ!?メイドの背中を、あのいやらしい手つきでさぁ!!」
「あんた達・・・、サイテー・・・。」
アギトが大声でしゃべっている時、後ろの方から蔑むような声が聞こえてきて反射的にバッと後ろを振り向く。
そこには侮蔑の眼差しを向けたザナハが立っていた。
「女性陣がいない所では、いっつもそんな話ばっかしてんのね!?・・・いやらしいったらないわ!!」
そう言って、ザナハは何をそんなに怒っているのか・・・頬を膨らませて勢いよくアギト達から離れようと追い越していく。
「あ・・・いや違うんだよっ!?僕達じゃなくって、大佐がね・・・っ!?」
リュートは歩き去っていくザナハを追いかけるように手を差し述べながら弁解しようとするが、ザナハの耳には届かなかった。
ザナハに誤解されたままでも全く気にしてないのか、アギトは苦虫をかみつぶしたような顔で後を追おうとはしない。
「放っとけよ、別にいいじゃん。
それより早く食堂行こうぜ、腹減って死にそうだよ!!」
アギトのデリカシーのなさに、リュートはがっくりと肩を落とす。
自分達が「いやらしい」という誤解をどうにか解きたかったが、変に弁解するのもどうかと思い・・・諦めた。
3時間後、アギト達は時間にうるさいかもしれないオルフェに文句を言われないように10分前には会議室に到着していた。
というよりむしろ、みんな英気を養っていた為か修行の相手をしてもらえなかったというのもあり、自室でマナコントロールの修行
をするか、外で休憩中だったチェス達に武器の扱い方を見てもらうとか・・・そういったことしか出来なかったからだ。
修行以外に他にすることもなかったので、アギト達は早めの行動をすることになった。
会議室にはすでにミラが資料などを揃えて、段取りをしていた。
アギト達が到着した後には、オルフェ、ザナハ、ドルチェ・・・そして一番最後にジャックがやってきた。
全員が揃ったところで会議は始まる。
円卓のテーブルにそれぞれがついて、ミラは資料をみんなに配る。
しかしアギト達はこの世界の文字が読めないので、地図以外の資料は全く理解不能だった。
「では、火の精霊イフリートとの契約に備えてこれから私達がするべきことを話し合いたいと思います。」
そう言って、ミラはイフリートが存在するという火山地帯周辺の地図を見るように促すと、その土地の説明から入り現在の火山地帯の様子、周辺に点在する町や施設に関する説明、そしてこの洋館から火山地帯までの移動にかかる日数などを話した。
ここから火山地帯までは、馬車で移動しても約10日はかかるらしい。
アギト達はリ=ヴァースでの生活がある為、馬車移動には特に参加しなくてもいいことになった。
なぜなら、この洋館周辺には水のマナのレイラインが存在しているからアギト達は何度でも異世界間の行き来が可能だが、洋館から
火山地帯までの間にはレイラインが薄くなっているので行き来するのが困難らしい。
もし洋館から出発した時点で馬車移動に参加した場合には、アギト達はリ=ヴァースへ還る手段がなくなってしまうのだ。
しかし火山地帯周辺に入れば、そこには火のレイラインが多数存在するのでそこからだと参加が自由になる。
みんなが馬車移動している際は、自分達はレムグランドに来る必要がないのかとリュートが聞いてみたところ、リ=ヴァースで出来ないような修行をしたい場合、レムグランドに来ても構わないとミラが答えた。
洋館の兵士達はそのまま駐留させるので、彼らも戦闘のプロであることに変わりがないから武器全般の扱い方やマナコントロールを教わりたい場合は、それぞれの専門の兵士達に聞いて自主的に修行することをすすめる。
そしてここからが肝心な内容になってきた。
火山地帯では主に火属性の魔物が増えてくるので、その戦い方のレクチャーとなり・・・そしてイフリートとの面会に関する内容に
突入してくる。
「イフリートは火山口の一番奥に存在すると聞いています。
火山口の暑さは尋常ではありませんが、それはザナハ姫がいるから問題はありません。」
「なんで問題ないんだよ!?」と、アギト。
「あたしは水の精霊ウンディーネと契約済だからね、ウンディーネを召喚してその加護を受ければ熱気に負けることはないわ。
それに火山地帯の魔物の特性を考えるとあたしの属性が一番必要になってくるからね、殆どと言っていい程ウンディーネの力が
必要になるわ。」
「それなんですけど・・・、僕達はザナハがウンディーネと契約を交わすところを見てないから、アギトが一体どんな風に契約を
交わすのかとか・・・わからないんですか!?」
リュートが一応質問してみた、自分達の世界のゲームと同じような展開となるならば・・・イフリートと一戦交える可能性が高い。
「ウンディーネの場合は、その心を映す設問が契約に必要な試験だったみたいですよ。
そうでしたね、ザナハ姫?」
オルフェがザナハに視線をやり、それに答える。
「うん・・・、具体的には精神力を試されているような感じだったわ。
試験内容を詳しく話してはいけないことになっているから設問内容はここで言えないけど、かなり追いつめられるような内容で
・・・それでも信念を曲げない精神力を持っているのか、あたしの持つ気持ちに嘘偽りがないのか・・・そんな感じだった。
その設問に答えてウンディーネが認めたら、あたしの中に入って来て・・・あとはマナの結合を完成させるだけ。
あたしの場合は、クレハの滝で精神集中と禊を行なうことでマナの結合を完成させることができたの。」
「・・・ということだそうですが、まぁ・・・精霊にもよりますね。
ウンディーネは精霊の中でも非常に温厚で争いを好まない性質の為、こういった設問による試験内容だったのでしょう。
しかしイフリートは非常に好戦的で・・・、端的に言うとバカに近い。
頭で考えるよりも体で行動する性格で、力で屈伏させることを何より好みます。
・・・ここまで言えばもうわかりますよね?」
笑顔でさらりと言い放つ。
「・・・ようするに、イフリートとの戦いは避けられない・・・ってことだよな!?」
半目になりながらアギトは、ははは・・・と薄笑いを浮かべて「やっぱり・・・」と呟いた。
それが判明して・・・、ミラが話の続きに戻った。
「アギト君とリュート君、以前君達に渡した指輪は今も持っていますか?」
ミラに突然質問されて、アギト達は一瞬何のことか迷ったがすぐに思い出す。
指輪なんてそんなにたくさん持っているわけではないし、ミラからもらってすぐにアギトは紐を通してネックレスにしていた。
「あぁ持ってるぜ!!これのことだろ!?」
シャツの中から紐が通された指輪を取り出して見せてみると、ミラは頷き・・・説明する。
「大佐も指輪を持っていますので、私達が火山地帯に到着したらそこに新たに魔法陣を描きます。
その魔法陣には君達の世界のレイラインがまだ記憶されていませんが、指輪の力があれば君達はいつも通りに移動すれば自動的に
火山地帯の魔法陣へと移動出来るでしょう。
指輪同士はお互いに引き合いますから、君達が火山地帯へ来ること自体は何も問題はありません。・・・わかりましたか?」
「はい、つまり僕達がこの指輪をちゃんと持っていれば・・・いつもの場所で移動しても自然に大佐達のいる場所へ行くことが
出来るってことですよね?」
ゲームだったら「どこへ移動しますか?」という選択肢が登場するものだが、今回はそんな必要はないらしい。
とにかくアギト達は、オルフェ達が馬車移動で火山地帯に到着するまでの間は兵士しか残されていない洋館へ行くことしか出来ない。
しばらくはそこで適当に修行するしかないが、オルフェ達が到着したら次に移動する先は火山地帯ということになる。
そこから火山口へと入って行き、イフリートを呼び出して戦闘に勝利し、契約を交わす・・・という段取りだ。
「それからこれは火山地帯に出現する魔物のデータです。
レベルやステータス、特徴など・・・わかっている範囲のデータが載っていますが、アギト君達はこちらの世界の文字を読めない
んでしたよね!?」
アギト達はバツの悪い表情になる、読めない・・・というよりむしろ読む気がないと言った方が正しかったからだ。
そんな考えも見抜いてか、オルフェは小馬鹿にしたような口調で問題を解決させた。
「君達にこの世界の文字を覚えてもらおうというつもりは毛頭ありませんから安心してください。
その代わりといっては何ですが、私の部下に翻訳のエキスパートがいます。
彼が訳した資料を新たに作成しましょう、翻訳に必要な資料が欲しいのですが・・・文字の書かれた本か何かを持っていますか。
もしくは君達にスペルの早見表か何かを作っていただきたいのですが、すぐに作れそうですか?」
「それならオレが持ってきた雑誌がある!・・・今ジャックが持ってるはずだけど!?」
そう聞かれてジャックがすぐにその雑誌を高々と見せつけた・・・、いつも持ち歩いているのか?とアギトは呆れた顔になる。
「その雑誌だけじゃ翻訳の資料としては不足してるかもしれません・・・、僕が五十音順の表を作ります。
すぐに出来ますから大丈夫ですよ。」
「では会議が終了次第、リュート君にはその表を作成してもらって・・・部下に表の見方などを説明してあげてください。
それから翻訳された資料を改めて君達に渡しますから、それまでは待っていてください。
私達が馬車移動している間には完成させますので、修行の他に・・・敵に関する資料に目を通すことをお勧めします。」
「オッケーわかった!そんじゃそういう方向で、よろしく!!」
資料に関する問題もとりあえずは解決した・・・、その後は細かい打ち合わせ、アギト達がリ=ヴァースで出来る簡単な修行方法やオルフェ達がいない間の洋館での過ごし方、火山地帯に到着してからの行動、そしてレムグランドに来る日程などを決めた。
およそ2時間に渡る会議に疲れを見せながらも、リュートは五十音順の早見表の作成、そしてミラに紹介してもらった翻訳のエキスパート・・・。
「チェスじゃん・・・。」
ぶっちゃけ彼は肉体労働専門だと思っていた。
しかし見た目のチャラ夫ぶりとは裏腹に、結構頭脳明晰らしい。
特に言語に関してはその才能を発揮しているらしく、龍神族の言語や古代語の翻訳まで出来るそうだ。
だがチェス曰く・・・翻訳に関する知識などは全てオルフェに教わったらしい。
「なんだよ・・・、だったらわざわざチェスに頼まなくたってオルフェが訳そうと思えば訳せたんじゃん!!あのおっさん!!」
「結局のところ・・・、面倒臭かったんだね・・・。」
アギト達はわいわいと騒ぎながらも、何とかチェスに日本語の読み方や書き方をマスターしてもらった。
気がつけばすでに夜の10時になっていて、アギト達は部屋に戻って休むことにした。
明日は連休のラスト一日・・・、イフリートとの契約に関する打ち合わせも一通り済ませたことで、恐らく明日は更なる修行の追い込みになるだろうと想像した。