表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【長編・完結済】ツインスピカ  作者: 遠堂 沙弥
異世界アビスグランド編 1
100/302

第98話 「犠牲ということ」

 洋館に到着するとすぐさまアギトは馬車から飛び降りるように出て行くと、入口の前に立っていた兵士のことすら無視して急いでリュートが寝ている部屋へと走って行ってしまった。

その光景を遠い目で見ていたオルフェは、まるで他人事のように「友情って素晴らしいものですねぇ」と呟いていたが、それを横で聞いていたミラとザナハは白い目を向けていた。

リュートがいる部屋は恐らく自分達の私室だろうと思い、アギトは勢い余ってバターーン!と乱暴にドアを開けた。

何者かが飛び込んで来たことで、中にいた軍医と看護をしているメイドが驚いて振り向く。


「こらっ!!まだ眠っておるのにやかましくするでない!!」


かなり老けた軍医がよろよろとした声でアギトに注意する。

しかしアギトの目線は軍医やメイドではなく、ベッドで横になっているリュートに釘付けになっていた。

一応軍医の注意が聞こえていたのか・・・アギトはゆっくりとドアを閉めると、足音を極力立てないように静かに歩み寄る。

ベッドの側まで来ると、そこには静かに寝息を立てるリュートの姿があった。

顔色もいい、怪我をしている様子もない・・・。

心配そうに見つめるアギトに、軍医の老人が側に立って安心させるように声をかけた。


「何も心配することはないぞ、この通り静かに眠っているだけじゃ。

 わしらには体内のマナの流れを視ることは出来んが、龍神族の若君の話によれば・・・この子のマナの流れは正常らしい。」


ほっとしたのか・・・、アギトは腰が抜けたようによろめいて・・・後ろに立っていたメイドがアギトを支えて、イスにかけさせた。

イスに座ったアギトが大きく・・・深く溜め息をついたかと思うと、やっと・・・笑みがこぼれた。


「なんだよ・・・、心配させやがって!!」


そんな姿に、軍医もメイドも微笑みながら・・・再びリュートの様子を窺っていた。

・・・と、ようやくオルフェ達が部屋にやってきた。

アギトの時のようなことはせず、落ち着いた様子で静かにドアをノックすると・・・ゆっくりとドアを開けて部屋に入って来た。

オルフェの姿を見て、軍医とメイドは突然かしこまったように背筋を伸ばして一礼する。


「ラズロ医師、リュートの容体はどうですか?」


そう聞きながらオルフェはこつこつとベッドの側まで歩いて来る、その後ろからミラ、ザナハ、ジャックもまた心配そうについて来ていた。


「この子にも言ったが、彼はこの通り静かに眠っておるよ。

 一応眠ったままでも出来る検査は一通りしたが、全く問題なかった。

 体内のマナも正常だと若君が言っておったので・・・、まず心配はいらないはずじゃ。」


静かな目でリュートを見つめ、何も問題がないならと・・・オルフェはそれ以上何も言うことなく踵を返した。

後ろに控えていたミラにオルフェが、少し声のトーンを落として任務を命じる。


「中尉、私達はこれから火の精霊イフリートとの契約に向けて作戦会議をします。

 精霊のいる土地周辺の地図、資料、及び必要物資の手配を一任しますよ!?

 資料が全て揃い次第、会議室にて打ち合わせをします。

 その際には私と中尉を含めて、アギト、リュート、ザナハ姫、ジャック、ドルチェも会議に参加すること。いいですね!?」


「了解しました。」


ミラが右手で敬礼すると、オルフェはそのまま目の前を通り過ぎて部屋を出て行ってしまった。


「それでは私はこれから仕事に戻りますので、3時間後に会議室に集合してください。」


「おいおい、3時間で全ての資料を揃えるっていうのか!?・・・そりゃ無茶ってモンだろ、帰ったばかりで疲れているのに。」


ジャックが呆れた顔で心配するが、ミラは柔らかく微笑み返すと一礼してから部屋を出て行った。

はぁ〜っと溜め息をついて・・・再びリュートの方へと視線を戻すと、呟くように声を洩らした。


「全く・・・、ここのモンは仕事熱心な連中ばかりで肩が凝るな・・・。

 さてと、リュートが無事なのはわかったし・・・どうするかな。

 アギト・・・お前はもう少しここにいるのか?・・・って、そうか。ここはお前達の部屋でもあったな。

 そんじゃオレは眠たそうな会議が始まるまで、その辺ブラブラしてくるよ。」


アギト・・・、そしてザナハに視線を移したジャックは、二人が自分の言葉に反応していないことに気付く。

ジャックの言葉が耳に届かない位、二人はリュートのことが心配なのか・・・ただじっと、横たわるリュートを見つめていた。

軍医の老人ラズロがジャックの心配に気付き・・・目線で「大丈夫だ」と訴えて、そっと微笑む。

口の端に笑みを作って、ジャックは静かに部屋から出て行った。

そして部屋に残ったアギトとザナハに、軍医が声をかける。


「さて・・・、会議とやらが始まるまでずっとここで看ているつもりかの!?

 さっきから言っておるが、この子はぐっすり眠っているだけなんだからもう心配せんでもええというのに。

 どうにも心配症なようだな、お前達は。」


軍医の言葉に、今まで押し黙っていたアギトが口を開く。

その声には張りがなく・・・、絞り出すかのようなか細さで・・・自分の気持ちを吐露するかのように話しだした。


「オレのせいだから・・・。

 オレが何も知らずにいたせいで、いっつもリュートがその尻ぬぐいをしてるんだ・・・。

 こいつイヤなことをイヤだってハッキリ言わない性格だろ?

 そんでいっつも苦労ばっかりして、背負わなくていいモンを一人で背負って、結局最後には押しつぶされそうになってんだよ。

 今回のことだって、いくらすでに約束していたことだからって・・・自分を犠牲にする必要なんかねぇのにさ。

 すんなり自分が犠牲になる方ばっかり選びやがって・・・っ!

 それに・・・オレはオレで、リュートが犠牲になるのをただ黙って見ているしか出来ない無力な自分で・・・ホント腹立つ。

 何の為にあんだけ死ぬ思いのするような修行をしてきたか、わかりゃしねぇよ・・・。

 結局、本当に守りたいモンも守れねぇで・・・何が戦士だよっ!!」


落ち込んだように肩を落として・・・、床に目を落として言葉を吐き捨てるように・・・悔しい思いを打ち明けた。

それを黙って聞いていたザナハは耳が痛かった。

アギトは本当にリュートのことを、こんなにも思っている。


親友だから・・・、仲間だから・・・、大切だから・・・。


ザナハにも大切なものがある、守りたいものがある。

その為ならば、どんなに自分を犠牲にしてもいとわない覚悟も出来ている。

しかし・・・、自分が大切に思っている人が・・・自分のこともこれだけ大切に思ってくれていたとしたら・・・?

今のアギトのように、自らを責めるのだろうか?

きっと・・・、自分自身を犠牲にすることで守りたいものを守れたとしたら・・・自分はそれで満足かもしれない。

では残されたものは一体どうするというのだろう?


犠牲を選んだ自分を恨むだろうか、憎むだろうか。

それとも・・・守られる無力さを責めるだろうか?

自分にもっと力があれば・・・、守られるだけではない・・・支え合っていけるような強さを求めるのだろうか?


犠牲を選ぶことは、ただの自己満足でしかないのだろうか。

本当に守るということは・・・、その人の笑顔すら守ることではないか?

自分のことを大切に思ってくれている人ならば・・・、自分が犠牲になっていなくなった時・・・残された者の笑顔はどうなるのだろう。


悲しみに暮れるだろうか・・・?

それとも、犠牲となった自分の気持ちを汲んで強く生きてくれるだろうか・・・?


わからない・・・、ザナハは大切に思うもの達に対して決して見返りを求めてきたわけではなかったから・・・。

自分がどれだけ愛しても・・・、自分を愛してくれるものがいるのだろうか?

兄と慕ってきた者にすら突き放された自分だ・・・、そんな自分が守りたいものの為に犠牲となったとして・・・きっと何も問題

などないだろう。



虚ろな眼差しでぼんやりとしていたザナハの耳に、再び声が届く。

自嘲気味に自分の気持ちを吐露したアギトに対して、軍医が諭すような口調で言葉を投げかけていた。

それは・・・ザナハに向けて言っているようにも聞こえた。


「犠牲・・・か。

 確かに世の中には、何かを犠牲にすることで大きなものを得られることがある。

 何があったのかは知らんがな、そんなに自分を責めることはないと・・・わしは思うがの。

 お前さんはこの子が自分の為に犠牲になったと、そう思っているかもしれんが・・・それはお前さんの捉え方じゃろう!?

 この子は自分の選んだ道を『犠牲』としてではなく、数ある選択肢のひとつとして選んだ結果ではないのか?

 確かに捉え方は人それぞれじゃ、それを決めるのは他人ではなく自分・・・。

 聞くが、この子が若君について行ったことを・・・自分から犠牲になると、そう言ったわけではなかろうが!?

 むしろお前さんの為だと・・・、この子にとってはその選択肢が最も最善だと思えることを選んだのではないのか?」


そう聞かれ・・・、アギトは押し黙る。

代わりというわけではないかもしれないが、ザナハが呟くように答えた。


「そういえば・・・、リュートはこんなことを言ってたわ。

 自分に出来るコトをするんだ・・・って、あの時は確かに龍玉の力が必要だったし・・・あの馬鹿が持ちかけてきた取引の内容を

 聞いても・・・リュートはその時点でとっくに答えを決めていた。

 リュートはいつも・・・、アギト。

 あんたのことを最優先に考えて・・・、そしてその為に自分が出来るコトを選択してきたのよ。

 その行動の中に・・・犠牲とか、自分と引き換えにだとか・・・そんな考え方はしてなかった。

 そんな風に思ったら、あんたが絶対に許さないって・・・リュートにはわかってたのね。」


「信じる・・・と一口に言っても、それは時に難しいことだったりするものじゃ。

 リュートはお前さんを信じたからこそ、前に進んだのではないか?

 もし自分の身に何か起こったとしても・・・、お前さんならばきっと・・・自分を救ってくれると。

 そう信じたからこそその先に闇が広がっていたとしても、さらにその先にある可能性を求めて進んで行った・・・。

 回りからすればそれは無謀に見えたり、自分を犠牲にしているように見えたりする・・・。

 だが前に進んで行く仲間のことを信じてやるのもまた、残った者の役割になるのではないかな?」


軍医がそう言って、胸の奥につかえていたわだかまりがとれかけた時・・・。


「そうだよ・・・、僕は別に犠牲になろうだなんて・・・思ってないよ。」


「・・・リュートっ!?」


声が聞こえてすぐさま顔を上げると、目の前にリュートが上半身を起こしかけながらこちらに微笑みかけていた。

アギトはイスから立ち上がってリュートに手を差し伸べた。


「そんなに心配しなくたって大丈夫だってば・・・、ぐっすり眠れて逆に心地いい位なんだから・・・。」


「でもお前・・・っ、サイロン達に何をされたのかわからないのに・・・っ!!」


「そうよ!!どこか痛いところとか、不快に感じるところはない!?

 すぐに回復魔法で癒すから!!」


二人はリュートに詰め寄るように迫って、かえってリュートは戸惑った。


「だぁーーーもう!!お前さん達、もう少し落ち着けというに!!」


アギトとザナハを押しのけるようにして、軍医が割って入ってリュートの顔をじっと見た。


「痛いところはないな?頭痛は?腹痛は?乗り物酔いしたような感覚はないな?」


そう質問攻めをして、リュートの目の前に指を立てて数えさせる。

リュートの目線にも注意を配って観察し、どこも異常がないことを確認するとリュートの背中をバンっと叩いて診断結果を叫ぶ。


「ほい、正常じゃ!!どこも異常はないし後遺症も何もない!!健康そのものじゃ!!

 ほれほれ、メイドさんがここの片づけをするからお前さん達、邪魔!!

 庭にでも出て、かけっこでも鬼ごっこでも好きに遊んでこい!!」


まるで邪魔者を追い払うかのように軍医は急かしながら、部屋から3人を追い出そうとする。

リュートはわけがわからず部屋から追い出されそうになって目が点になっている。


「なんだよじいさん!!せっかくの感動の再会だってのに!!」


グチるアギトに、リュートがうろたえたまま口を挟む。


「アギト・・・、感動の再会って!?」


「はぁ!?お前まだ寝呆けてんのか!?サイロン達に連れ去られて空飛んで行っただろ!?

 あれから三日も経って、お前が意識を失ったまま洋館に帰って来たっていうからオレ達急いで戻ってきたんじゃねぇか!!」


アギトの説明に首を傾げながら、リュートは眉根を寄せて疑問に思っている様子だ。


「三日・・・?

 僕、サイロンさん達について行って・・・それから、・・・あれ?」


リュートの態度を不審に思った軍医が目ざとく感づいて、リュートの元へと小走りに駆け寄ってくる。


「お前さん・・・、最後に覚えていることはなんじゃ!?」


軍医の奇妙な質問にザナハが怪訝な表情で見つめたが、この展開をどこかで見たことのあるアギトは瞳孔が開いたように目を瞬いた。


「えっと・・・、ドラゴン化したサイロンさんに乗って飛んで行ったけど・・・。

 そこから記憶が途切れてて・・・気が付いたらこのベッドでアギト達の話し声が聞こえてきたんですけど。

 まるで途切れた記憶の部分は、日記のページを破り取ったみたいに・・・何も覚えていないというか・・・。」


確信した表情で、アギトは軍医に目配せして告げた。


「じいさん・・・、これってひょっとしなくても・・・記憶喪失とか、記憶障害とかじゃねぇのか!?」


「はぁーーっ!?記憶障害っ!?

 なによ・・・、それじゃリュートは・・・サイロン達に連れられた場所の、アビスグランドに関することを何も覚えてないって

 言うの!?」


「すぐに大佐に報告せんといかんな・・・、恐らく向こうで記憶を操作する技術か魔法か・・・何かは知らんが、とにかく何らかの

 方法でリュートの記憶を操作して情報が漏れることを防いだんだろう・・・。」


「あの〜・・・、だから・・・僕にもわかるように説明してほしいんですけど〜・・・!?」


だがしかし、リュートの疑問に答えてくれる者は誰一人としていなかった。

その場にいた者の全員が肩をがっくりと落として、絶句していた。

自分に一体何が起こったのかわけがわからないリュートは、戸惑いながらも・・・今までの自分とは違う感覚になっていることに

今頃気が付く。

窓の外に目をやって、木々の葉が揺れていないことを確認して・・・首を傾げる。

風は吹いていない・・・、なのにまるで風が吹きこんでくるような感覚が・・・体の中でしているように感じる。

これは一体何なのだろう!?

しかし・・・わからないことを悩んだところで、今は答えが出ないと・・・そう思ったのか。

特に気にするような感覚でもなかったのでリュートは気にしないようにした、きっと気のせいだろう・・・と。

目の前のアギトやザナハ達が、とにかく今すぐオルフェに報告した方がいいかもしれないとか・・・そういった内容の会話をしている。

結局軍医と一緒にオルフェの私室へと向かうことになり、メイドだけを部屋に残してリュート達は部屋を出て行った。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ