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第8話 「小さな台風の目の中で」

 黒い風に体の全てが、まるで風に弄ばれているかのように翻弄される。

 ザナハは必死になって、『闇』のマナを暴走させているリュートの方へ近付こうとしていた。

 しかしリュートを中心に風が渦を巻いているせいで、その中心に自分を持っていくことがなかなか出来なかった。


 せめてほんの少しだけでも、風の勢いがおさまってくれれば手が届くのにっ!


 ザナハはどうにかならないか、思いきり声を張り上げてリュートに呼びかけた。

 もし、リュートの精神的な乱れを取り除いて、平静を保たせることが出来たなら、風の勢いを緩めることだけなら可能かもしれない!

 彼がマナのコントロールの方法さえ掴めばっ!!


「ねぇ、あたしの声が聞こえるっ!!? 聞こえたら返事をしてっっ!!」


 大声を張り上げて呼び掛けるが返事はない。

 焦る気持ちを必死でこらえてもう一度、いや、何度でも呼びかけてみる。


「聞こえないのっ!!? 返事をしてちょうだい!! 目を開けてこっち見なさいよっっ!!!」


 両手の平を口元に持って行って、張り上げた声が少しでも大きく相手に届くようにお腹から、喉から精一杯、力を込めて叫ぶ、もはや悲鳴にも近かった。


 ザナハがリュートに呼びかけようとしている様子を見たオルフェは、風が声の振動を邪魔しているのだと思った。

 ミラも、固唾を飲んで見守る他ない。

 こちら側から何かしようと思っても、今や黒い風はリュートを囲って風の防御壁のような役割を果たしているように見えた。

 物を投げつけようが、魔法を放とうが、銃弾でさえも。

 風の防御壁の前では成す術もないと察したのだ。

 その時、オルフェは渦を巻く風の性質を利用するしか方法はないとザナハに伝えようとした。

 ザナハに聞こえるように、オルフェも声を張り上げる。


「ザナハ姫、聞こえますかっ!!?」


 と、オルフェの声に反応したのか、ザナハが風に翻弄されて逆さまになりながらこっちを振り向く。

 その表情は、「このクソ忙しい時に一体なに!?」 と言いたげな顔だった。

 それには全く介せずオルフェは、とりあえず自分の声が届いていることだけ理解して言葉を続けた。


「渦を巻く風は内側から外側へ向かって、螺旋状に風が発生しています!! ある一定の間隔で、内側から吹く風と、外側に吹く風との境界線があるはずです!! 風の軌道を読むことさえ出来れば、螺旋状の内側へと近付くことが出来るはず!!」


 そう説明をしたものの、そんな芸当は現実に出来そうにないとミラは思った。

 確かに風の軌道に抗わずにいたら、外側に吹き飛ばされるだけだ。

 しかし、なぜかザナハ姫は(今の所は)強風によって外に放り出されることなく、延々と風の流れに乗ったままだった。

 怪訝に感じているミラに気づき、オルフェが補足する。


「ザナハ姫は風に翻弄されてるように見えて、実はああやってもがく毎に螺旋状の境界線を無意識に超えているんですよ。だから今も風の周回軌道に乗ったまま、外に放り出されて壁に激突しないで済んでいます」


 それでは『小さな台風の目』にいるリュートに近付くことも、今なら可能になる?

 微かに成功率が高まったと、安心したのも束の間。

 ザナハの表情は、オルフェの言った言葉の意味が難しくて全く理解出来ていなかったのか。

 半ギレ状態の眼差しで、ザナハがオルフェにガンをたれていた。


「……」


 オルフェの笑顔が、少し固まった。


「すみません。何度もお教えしたんですが、どうにも物理学は苦手だったようでして」


 ミラがバツの悪い顔になる。

 それを聞いてようやく把握したオルフェが、すっと息を整えると再びザナハに向かって叫んだ。


「ザナハ姫ーーっ!! とにかく何とかして頑張ってくださーーいっ!!」


 オルフェがヤケになってしまった。

 理論的な攻略法が通じないと悟った今、ここはザナハの野性的直感で乗り切ってもらうしかないと踏んだのだ。


 オルフェの言ってたことは全然意味がわからない上に、半分位しか聞き取ることが出来なかったので、ザナハはとりあえず無視することに決めていた。

 とにもかくにも、状況は全く好転していない。

 ザナハはリュートの正面に来た時に絶叫を上げるよう心掛けると、ジッとタイミングを見計らった。


 今だっ!!


「くぉらぁあーーっっ!! 返事しなさいっつってんでしょうが、このスカターーン!!」


 真正面のタイミングでようやくリュートに届いたのか、ぎゅっと目をつぶっていたリュートがやっと目を開いてこちらを見た。

 ザナハの姿を見てか、一瞬だけ風の勢いが少しおさまったように感じた。

 そのタイミングを逃すザナハではない。

 その一瞬を突いて、ザナハは力強く一気に風の周回軌道に逆らってリュートのいる『渦の中心』に

 ようやく辿り着いた。


 第一関門突破、野生的直感の勝利である。


 ザナハは、アギトの右手を掴んでいる方の、リュートの左手に手を添えて、リュートの顔に自分の顔を近付ける。

 そうすることで、相手のマナを感知しやすくなるからだ。

 手を触れられただけでも、体中が熱くなるというのにその美少女は自分のすぐ目の前に顔を持ってきていた、恥ずかしさで耐えられない。

 しかし、そんなことで照れている場合ではない!

 そう自分に言い聞かせると、リュートは照れくさいのを必死でこらえて、ザナハに助けを求める。

 自分でもどういう神経をしているんだと、自分で自分が情けなくなる。

 親友が、自分のせいでこんなヒドイ目に遭っているというのに、自分は美少女に顔を近付けられて喜んでいるなんて、なんて薄情で、なんて不謹慎なんだろうと。


「お願いっ、アギトを助けてくださいっ!! 僕、何をしたかわからないけど、きっと僕のせいでこんなことにっ!!」


 半べそをかきながら、必死で助けを請うリュートの態度を見てザナハは添えた手に思い切り力を込める!!


「いっ、いだだだだっ!!」


 骨がみしみしと軋む音を確かに感じて、左手の血管の血が止まったと本気で思った。


「男がメソメソするんじゃないわよっ!!」


 だがしかし、今流れているこの涙は明らかに左手の激痛からだなんて恐ろしくて言えなかった。


「しっかりなさいよっ!! あんたそれでも男なの!? 闇の戦士が聞いて呆れるわね!!」


 今でこそ風の勢いはおさまりつつあったが、リュートの左手から発せられているドス黒くて不気味な闇は、未だに衰えることなく溢れ出ている。

 にも関わらず、リュートはザナハに説教されていた。


「でも、この黒いモノをっ。一体どうしたらいいのか!! こうしてる間にもアギトがっ!!」


 アギトの方に目をやると、もう瞳は閉じていて完全に失神している状態になっていた。


 自分のせいで。


 そう思うと、また瞳が潤んでくる。

 しかしちらりと目の前のザナハに目をやって、こっちを睨みつけているのがわかるとリュートは必死で涙をこらえた。


「大丈夫、大丈夫だから!! あたしに任せて、今あんたの暴走したマナをあたしが止めてあげるから!!」


 その言葉にはさっきとはまるで違った、とても優しさに満ちた声色に変わっていた。

 まるで小さな子供をあやす、母親のように。

 不思議と、そう言われると全てを委ねても後悔しないような、不思議な安心感が生まれた。

 さっきまでまるで自分の中にあった凶暴な衝動が自我を持って、暴れだして止められなかった猛獣がようやく落ち着きを取り戻し檻の中へ帰っていくような。

 心拍数が落ち付きを取り戻す。

 パニックで頭の中が真っ白だったのが、ようやく冴え渡ってくる。

 リュートの精神状態が落ち付きを取り戻したことで、『闇』のマナを感知しやすくなったザナハは、全神経をリュートの左手に重ねている両手に、そしてマナを捉えて離さないように意識をしっかりと保つよう努めた。


 やがてリュートを取り巻いていた風は完全に消えてなくなり、黒い渦もリュートの左手に収束していった。

 暴走によって溢れ出ていたマナが、リュートの元へと帰って行った証拠だった。

 風が止んだと同時にゆっくりと地面に降り立って、二人は深く息を吐いた、安心感からだ。

 もう一人のアギトは失神したままで、そのままリュートが手を放すとベタリと床に転がった。

 ザナハは神経をすり減らしたせいか、そのままアギトのように床に座り込んで肩で息をする。

 その額にはじわりと汗が滲んでおり、体力も消費したのか顔色が少し悪く見えた。

 その様子を見てリュートは、自分が巻き込んだせいで迷惑をかけてしまったと責任を感じて、とにかく謝った方がいいのかなと、もじもじとザナハに近寄って行く。


「あ、あの、さっきは、そのっ」


 うまく言葉が出てこない。

 ついさっき目と鼻の先にあった、美少女の顔が目に焼き付いて離れなかった。

 思い出すとまた照れくさくなってきたのか、リュートはまっすぐにザナハを見ることが出来ない。

 そんな様子を見てザナハは、天使の微笑みかのように優しく笑いかけてくれて立ち上がりリュートの方へと進み出た。


 ドバコォォッ!!


 ザナハの見事なアッパーがリュートの下あごを捉えて、そのまま抉られるようにリュートは鼻血を吹きだして宙を舞い、ぐしゃっと地面に崩れ落ちた。

 仰向けに倒れこんだリュートは、暴走したマナのせいでぐちゃぐちゃになった部屋の一室にある天井を見上げながら「なんで?」と、自嘲的な笑みを浮かべていた。


「だーかーらーっ!! もっとしゃきっとしなさいって言ってるでしょ!! あんた見てるとイライラしてくるっつーの!! 男なら男らしくびしっと決めなさいよっ!!」


 倒れこんだリュートに、びしぃっと人差し指を突き付けて仁王立ちになりながらザナハが豪語する。

 そんな彼女の姿を見て、ふとリュートは「あれ、どこかの誰かに似てる」と、すぐ横でぐったりと伸びているその誰かさんに目をやった。


 そんな二人のやり取りを見てオルフェとミラは、とりあえずは無事に事態をおさめることが出来たと

 、ほほえましく眺めていた。


「おやおや、早速尻に敷かれてしまいましたか」


 腕を組んで「はっはっはっ」と、全くの他人事とでも言うように無責任に乾いた笑いを洩らすオルフェ。


「姫、姫こそもっと女性らしく、慎ましやかにお願いしますと……あれ程っ!」


 がっくりと肩を落としたミラが、ぐちゃぐちゃになった部屋を一望して、今期の赤字を想定した。


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