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【長編・完結済】ツインスピカ  作者: 遠堂 沙弥
序章~現代編 1~
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第1話−1 「青い髪と、瞳の少年」

10年以上前に投稿した作品の修正版です。

大昔の作品なので古臭さを感じると思われますが、どうぞよろしくお願いします。

 この世に、青い薔薇は存在しない。

 薔薇の花びらには、青い色素を含むことが出来ないからである。

 それと同様に、人間の体毛にも同じ事がいえる。

 人工的に染色しない限り……、この世に青い髪の人間は一人として存在しえない。

 ……絶対に。



 ――4月、冬の時代はとうに過ぎ、季節は春を迎えていた。

 ……新しい始まり、そう呼ぶに相応しい穏やかな朝日が顔を出す。

 コンクリートの街並みに春の代名詞――桜の花びらが咲き乱れ、風で舞い散ってはコンクリートに覆われた地面でフワフワと踊っていた。


 歩道では新入生や新入社員、真新しい制服に身を包んだ人々が、これからの『始まり』に心躍らせるような、そんな期待感や不安……、様々な思いを抱きながら歩いて行く。

 そんな中、一人ぽつんとうつむきながら歩く、一人の少年がいた。

 それ程体格がいいわけでもなく、どちらかといえば少々貧弱とも取れる痩躯な体つきであった。

 特別器量が良いともいえないが、目を背けたくなる程の不器量でもない。

 年の頃でいえば、十一~十二歳位、ちょうど小学校の高学年位の歳の……、そんなごく普通の少年だ。


 そんな『ごく普通の少年』を、回りは少し距離を作って歩いているようにも見える。

 まるで少年の周りには、彼を中心に丸く見えない壁があるかのように、人々はその見えない

 境界線を越えないように歩いているようにも見えた。

 端から見ると、それは実に滑稽に思える程だった。

 それだけの違和感があるからだ。

 その違和感に他の者がまた暗黙で応えるかのように、『少年との距離を取る』という行動が次々と感染しているみたいだった。

 中には、少年を奇異な目でチラリと見たり、ひそひそと耳打ちする者。

 果てには少年がまるで、この世に存在しえない『化け物』とでもいうように、畏怖が込められた眼差しで、侮蔑する者までいたのである。

 少年はというと、まるで空気のように、まるでいつもの日常とでもいうように(うつむいてはいるが)その視線を気にしていないかのように、普通に歩いていた。

 勿論、視線に気付いていないわけではない。

 それでも少年は、そのことに一切触れるでもなく、ただ……歩いていた。


 少年の向かう先は当然小学校、……今日は新学期の第1日目の登校だった。

 少年は機械のように、淡々と教室へと向かった。

 その姿はまるで『通学路を歩く』『上履きに履き替える』『教室へ向かう』『指定された席に着く』という命令を下された機械のように見える……。

 誰と会話するでもなく、誰と挨拶を交わすでもなく、淡々と、黙々と、少年は新学期の、新しい教室の、新しい自分の座席へと向かった。

 その『命令』の途中に、イレギュラーが起こる。


 少年の後ろの方から、乱暴に走ってくる足音が近付いて来たかと思うと……。


 ドンッッッ!!


 乱暴な足音が真後ろから来たと同時に、少年は一瞬息が止まりそうな位の衝撃を受けて廊下の壁まで突き飛ばされた。


「危ねぇだろうがっ!!」


 乱暴な足音で走ってきた張本人が少年に向かって、乱暴に吐いた。

 しかし、少年はもともと廊下の端を歩いていた。

 なのに、ぶつかった。


 ――そう、わざとだった。


 少年に向かってわざとタックルし、怒声を浴びせていたのは今学期から少年と同じ教室で教育を学ぶ、クラスメイトだった。

 外見は少年とは程遠かったが……。


 体格は小学生にしては少々大きく、身長が……というよりも横に大きかった。

 アメフト選手か、力士を思わせる位に。

 顔は体格と同じように、いかにも『ガキ大将』らしい傲慢と自信に溢れた顔だった。


 そのガキ大将の後ろには、これまたお馴染みの腰巾着二人組がコバンザメのようにくっついており、

 媚びるような、嘲笑のような、小学生にしてはイヤミな笑みを浮かべていた。

 突き飛ばされた少年は、自分には非がないのに、文句の一つも言わず、ただ黙って切った唇から滲み出る血を左手で拭うと、伏し目のまま――ガキ大将に目を合わせようともせずに、そのまま立ち上がろうとした。

 そんな態度が余計に癇に障ったのか、ガキ大将は奥歯を強く噛み締めると、憎しみを込めて怒鳴り散らした。


「ここはお前みたいなヤツの居場所じゃねぇんだよっ!! この……ッ、青髪の化け物がっ!!」


 『青髪』……という言葉に少し反応したのか、少年の顔に苦渋が現れる。

 しかしそれも、数秒とも経たずに……すぐいつもの無表情な顔に戻った。

 すれ違い様、腰巾着二人組が小声で――しかしハッキリと聞き取れる声で『青髪』と、なぶるような口調で少年に吐き捨てると、そのままガキ大将と共に教室へ入って行った。


 『ガキ大将と同じタイミングで教室に入るのは良くない』という命令が働いたのか、少年はガキ大将とは少しだけ間を置いてから、再び歩き出し、そして『指定された席に着く』という命令を何とか遂行することが出来た。




 ごく普通の少年の、ひとつだけ他人と異なるものがこれだった。

 『青い髪』である。

 少年にとってこの『青い髪』は、これ以上ない憎しみのひとつでもあった。

 この『青い髪』のせいで、今までどんな目に遭ってきたことか。

 今では数えることさえ億劫だった。


 『青い髪』で一番最初にイヤな思いをした、一番古い記憶は『夫婦喧嘩』だった。

 少年が覚えている限り、自分が小さい頃に覚えているのは、その頃毎日のように父と母が喧嘩をしている姿だった。

 今でこそ近所でもうらやむ程の仲睦まじい夫婦だが、昔は少年の『青い髪』が原因で父はよく母に向かって「誰の子だ!?」とか、「俺の子じゃない!!」など、離婚にまで発展する程の凄まじさだった。

 結局はDNA検査というものをして、少年が間違いなく正真正銘二人の子供だと証明されてからは、それまでの喧嘩が嘘のように両親の仲が修復されたのだ。

 そして、その醜い夫婦喧嘩を実の子供に見せたことで、我が子を傷つけてしまったと思った両親は、それからは深く深く……愛する我が子である青い髪の少年に、深い愛情を注いだのだった。


 少年にとって、家族は他ならない唯一の味方となったが、世間ではそうはいかなかった。

 やはり『青い髪』というものは、大きな誤解を様々な形で生み出した。

 最初は『子供のくせに髪を青く染めている』だった。

 次第に『髪を青く染める不良』となり、そしてその髪が地毛だとわかると遂には『化け物』など、いくつかの噂話が虚実となり、現在に至る……というわけだ。


 少年の回りでは、やはり『いじめ』だけはどうしても絶えなかった。

 『普通』の人間からしたらきっと気持ち悪いだろうし、不気味だし、何より『いじめ』の標的に近付こうなんて思う人間は、まずいないだろう。

 子供は純粋な上に残酷だから、思ったことはすぐに口にするし、親が気味悪がったら少年と遊んだらいけないと教えることだってあるだろう。


 ――実際そうだった。


 そんな少年にだって、最初は友達の一人でも欲しいと思う時期が確かにあった。

 だが、その心もすぐに折れた。


「そいつかみがあおくてふりょうだから、いっしょにあそんだらいけないんだってママがいってたよ!!」


 たった一言……、そのたった一言で幼稚園のクラス全員が少年と遊ばなくなった。


「だってきもちわるいんだもん」

「ママがいったから……」


 教室の中、たった一人で遊ぶ青い髪の男の子に「一緒に遊ぼう」と言い寄った先生ですら、その顔には苦痛が滲み出ていた。

 定かではないがきっと……多分その瞬間、少年の心はとても頑丈な扉によって閉ざされてしまったに違いない。

 何重にも何重にも、とても分厚い頑丈な扉のひとつひとつにとても複雑な鍵がかけられ、簡単には開かない。

 ……きっと、大砲で打ち抜いても1枚目の扉には傷一つ付けられない程の扉が何十枚と……。

 そして多分、もはや少年本人にも開けることは敵わないだろう。

 開け方すら忘れてしまったのかもしれない。

 それからの少年は、何が起こっても、何をされても、何も感じない『演技』とでも言おうか……、自分の存在や感覚を消すことを覚えた。


 いじめられても、傷つかない。

 殴られても、泣き叫ばない。


 最初は勿論、『我慢』から始まった。


 いじめられても、我慢だ……我慢。

 殴られても、我慢だ……我慢。


 悪口を言われても、叩かれても、蹴られても、持ち物が無くなっても、靴がゴミ箱に捨ててあっても、机の中に生ゴミが詰め込まれていても……、とにかく何をされても。


 我慢を繰り返していたら、ある事に気がついた。

 前までは殴られて痛かったら……泣いて「やめて」と叫んでいたが、ある時……ずっと我慢してて辛すぎて、泣き声も叫ぶこともノドの奥が痛くて声にならなかった時、自分でも何を思ったのかわからないが、自分が今『殴られている』という現実から目を背けた瞬間、相手が殴るのをやめた。

 まるでゴミを見るように一瞥すると、ただ一言……「くだらない」と漏らし、暴力が止んだことがあったのだ。


 少年自身、自分が何をしたのかその時は全くわからなかったが、どうやらいじめる側の人間というものは、自分が今いじめている人間が『反応』すると、いじめる側もそれに応えるように『反応』するようだ。


 ずっと我慢し続けていた少年が、ようやく導き出した答えだった。


 『無視』『無関心』『虚無』……言葉は色々あるのかもしれない、そのどれが今の少年に当てはまるのかわからない、それでも少年にわかったことは『自分の気配を、存在を完全に消す』ことにあったのだ。

 自分の存在を消してしまいさえすれば、痛みを感じなくて済む、嫌な思いをしなくて済む、相手の機嫌にもよるが少なくとも今までよりは暴行の数は減る、自分が無視することで相手も無視してくれる……、まさにいいことだらけだ。


 道徳的にはこの考えは歪んでいるのかもしれない、悲観的だと……。

 でもきっとそれは、理不尽な環境を生きていない……真っ直ぐで恵まれた環境で生きてきた『普通』の人間の感覚なんじゃないのか……と、逆に思う。


 そもそも『青い髪』を持って生まれてきた時点で、理不尽ではないか?


 まだたった12年しか生きていない少年にとって、取るべき行動は……残された処世術は、それしか残されていなかったのだ。

 だからこそ、廊下で何もしていないにも関わらず理不尽にぶつかってこられても、悪口雑言を浴びせられても、少年にとってはただの『日常』でしかなかったのである。

 そして同時に、ガキ大将含む回りの人達にとっても、『それ』はただの日常の風景の一部でしかなかったのだ……。


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感想も一言さえもらえれば、具体的でなくても嬉しいです。

よろしくお願いします。


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