エピローグ
いつの間にか、一部の界隈で神崎香奈の名前は総理大臣の名前より有名になっていた。
女子高生で内戦に巻き込まれて、何とか救出された。処刑動画はインターネットに配信されて、香奈の顔までインターネットでは上がっていた。狙撃の瞬間、そしてジナ・バトゥバラの名前まで割れていた。インスタグラムのアカウントが特定されたのだ。
日本に帰ってすぐ、腕の傷について詰問されそのまま精神科の閉鎖病棟に入った。自傷他害の恐れあり。PTSD。そんな風に診断されて、向精神薬と抗うつ薬を処方された。インターネットの使用は禁止。
開放病棟に入ってすぐ、インターネットを禁止された理由が分かった。「海外かぶれの馬鹿な女子高生がインドネシアで痛い目を見た」――そんな風潮が強かった。
なぜか、怒りより先に違和感が湧いた。詳しく調べてみて、右派のメディアは香奈を責め、左派は邦人救出を現地の軍に委ねた自衛隊を責めていた。やっぱりだ、と香奈は思う。どこかで悪意に対して敏感になった自分がいた。悪意というより、恣意的な知略だ。
両親と面会した時も、似たような感覚がした。心配していたというより、両親は香奈を恐れていた。自分の娘の行動で自分の名誉が傷つくことを恐れていた。
――どこか、わたしはずるくなった気がする。
香奈は大学進学の話をした。このまま「普通」に就職できるとは思えない。だから猶予期間として大学に行きたい。母親は香奈の顔を知られているからと散々渋ったが、国から社会復帰の資金が出ていたから、顔を変える整形手術を受けてなんとかすることになった。
整形手術は韓国で受けたい、と希望した。どうしてジナの夢物語に寄せたのか、自分でも分からない。香奈はどちらかというと地味な顔をしていたから、特徴を増やす方向で整形をした。細い一重から二重に、エラを削って、それから頬の脂肪を吸引して細面にした。
ジナが「面倒な事になる」と言った意味が、開放病棟に移ってからようやく分かった。日本人留学生を救出、難しい狙撃を成功させたジナ・バトゥバラとその分隊は英雄視されていた。転戦する、というより、内戦で失墜したインドネシア陸軍の名誉をかけた広告塔にされていた。インターネットの写真で見たジナはばっちり化粧していて、会ったときよりかなり若く見えた。
いつかジナと一緒に煙草を吸いたかった。駅前のたばこ屋で輸入品のガラム・シグネチャーがあったときは小躍りして喜んだ。父親に頼んでカートン単位で買ったガラムを、一日五本に限って吸っている。それでも、貰ったインドネシア国内版のガラム・シグネチャーは一本だけ取ってある。。
香奈は高校卒業後浪人して受験勉強の真っ最中だ。神崎家の家計では私立大学は難しい。もし行くことになったら、多額の奨学金を借りる必要がある。できるだけ親に迷惑をかけたくない――と言うより、借りを作りたくなかった。
赤本や過去問を解けるようなレベルではない。ひたすら高校時代の問題集と格闘していた。塾に通う程の金はない。自宅浪人だ。
スマートフォンが鳴動した。受験勉強を始めてからめっきり目が悪くなった。香奈は疲れた目を擦りながらスマートフォンを手に取る。
良い知らせだった。太平洋を越え、東シナ海を越え、セレベス海を越えた先の国からのメッセージだった。
(了)




