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余命0日 ルートb
丁度1年前、余命は1年だと言われた。
つまり、今日が命日になるはずだ。
余命宣告なんて前後するものだけれど、今日という日は特別だ。
昨日までは、どんどん死に近付いている。と考えながら生きていた。
もし明日からも生きているのなら、どれだけ死に抗えるのだろう。そう考えが切り替わる。
もしかしたらこんなことを考えている間にも、容態が急変して死に至るかもしれない。
10秒先の未来すら分からない。
それでもまだ、私は生きている。
数秒先の未来を危ぶんでいると、病室の扉が開かれた。
大丈夫かい?
そう声をかけながら入室してきた彼は、椅子を引いて私の隣に座った。
大丈夫……ではないのでしょうけど、つらくも何ともないわよ。
そう言葉を返すと、彼は複雑そうな顔をした。そして私に問いかける。
何かしたいことはある?
いいえ。これから死にゆく人間が何をしたところで、どうしようも無いわ。
私は返事をし、続けて言葉を紡ぐ。
先のあるあなたのことを考えたほうが、よほど建設的だと思うわ。何か、私にしてほしいことはある?
想定外だったのであろう質問をされた彼は、迷いながらも望みを口にした。
頭を……、撫でて欲しい。
ふふふ。本当は甘えん坊なところは、いつまでも変わらないわね。
望みを承諾すると、彼は私のお腹に顔を埋めた。
右手を伸ばして彼の頭に添える。
力は僅かながらも残っているが、病のせいで感覚は全く無い。触れているのだと、目で確認するしかなかった。
本当に、これが最後かもしれないんだな。
ええ。
彼の言葉を短く肯定しながら、右手をぎこちなく動かして頭を撫でる。
このままずっと、時間が止まればいいのに。
ええ。
彼を不安にさせないために、返事も欠かさなかった。
いろいろあったよなーー、初めて会った時からーーーー。
ええ。
私はまだ大丈夫だと、右手を動かし続けて応える。
いままでーー嬉しーー、ーーってーーーーたよ。
ええ。
彼の言葉は、私の中に全て届いている。
ーーーーなぁ、もうーーーーーー、ーーぐすっーーーー。
ええ。
感覚は無いけれど、意識はずっと彼を感じていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。
ええ。
大丈夫だよ。私はまだ、大丈夫。
いつまでも、いつまでも、彼の言葉に返事をした。
いつまでも、いつまでも、彼の頭を撫で続けた。
いつまでも、いつまでも…………。