第3話 ご近所さん
扶郎たちを乗せた路面電車のよう物は暫くすると賑やかな繁華街を抜けて、住宅区域に到着した。
休日なのか。あるいは常にそうなのか、見かける住人はそれなりいる。
石畳の道に、木組みや石作りの様々な家。総ての屋根が翠色で統一されているのは繁華街と同じで、とても穏やかな景色だ。
「次で降りると~」
「わかった」
言われた通り、扶郎は次の駅で降りようとする。
出る際に、カリストが持っていた小さなポシェットからカードを取り出し、出口付近に設置された機械に触れると「ピッ」と電子音がした。
あれが運賃の支払いになるのかと思いながら、扶郎は降りると頬が健やかな風で撫でられる。
静かで落ち着いた空気。天気もよく、日向を浴びながら惰眠を貪るには丁度よい。そんな細やかな欲望をしまって、扶郎はカリストの案内通りに道を歩き出した。
時間にして10分ほど歩けば、目的地に到着する。
「ここが扶郎たちのお家と~」
そこは周りにある他の家よりも、一際大きかった。
二階建ての屋敷で、豪邸と呼ぶには質素だが扶郎からすれば贅沢な場所である。
茶色の塀に囲まれた敷地内に外壁は白、やはり屋根は翆色。屋敷の奥にもまだまだ塀は続いており、もしかしたら大きな庭があるのかもしれない。
「立派な建物だね」
「随分前の使徒たちがどうせ住むなら住みやすい場所が良いって作ったものと~。昔からあるけど改築もしているから、住み心地は良いと~」
それは昔の先輩に感謝しなければならない。
最低限の生活を提供してくれるとラーベルトは言ったが、想像以上に待遇に扶郎は驚く。
「世間体的にいえば、ここは当てもない《流生者》に教会が提供している共同住宅になってると~」
「流生者?」
「前世の姿のまま、この世界に流れきた者たちのことを分かりやすくそう言っていると」
「そうなんだ」
「ちなみにこの世界で一生が終えると他の世界に行って、また戻ってくるとも言われてると~。そうやって繰り返すのが魂の循環と教会では言われてると~」
まるで仏教の輪廻転生だと、扶郎は心の中で感想を述べる。もしかしたら、このことを知る人間が輪廻転生を扶郎がいた世界で広めたのかもしれない。
前世の記憶が残っているかは知らないが、残っていたらあながち間違った考えでもないだろう。
「本当はフロウたちのことは流生者と同時に星具に召喚された《応召者》になるんだけど、召喚されたことは内緒だから、人に聞かれたら流生者ですと言ってほしいと」
「わかったよ」
しかし、さっきから内緒の話ならば何故人目につく外で話しているのだろうか。
幸いにも周りには人がいないので聞かれてないだろうが、のんびりと話すカリストがそのことを気にするとは思えない。
まぁ、疑われたらその時。
カリストが警戒しなければ、自分が警戒してフォローをすればいい。扶郎は致し方ないと思った。
「さて、これから皆にフロウのことを紹介したいんだけど……今は家にいないと思うと」
「そうなの?」
「オリヴィエだけはいつも出掛ける時に場所を教えてくれるけど、他のみんなは好き勝手に出かけていると。中には何日も帰ってこない者もいると~」
それは共同生活といえるのだろうか。
だが、意図せず見知らぬ相手と同じ屋根の下に住むことになり、更に生活の足並みを揃えなければならないのは難しいだろう。
扶郎と同じで、突如呼ばれた者たち。管理のため同じ場所に住むこと強いられているが、見知らぬ相手と顔を合わせるのが億劫なのも扶郎には理解できる。
──四葉扶郎は施設に住んでいた。
周りは血の繋がりのない赤の他人ばかり。
扶郎も施設にやってきた当初は置かれた環境に反発したものだ。
周囲の人間によって心は解きほぐされたが、だからと言って共同生活に馴染めない相手に「自分もできたのだからお前たちもそうしろ」とは思わなかった。
尤も、同じ屋根の下に住むのだから、仲良くできるに越したことはない。
「まぁ、カリストが教会に行くときは誰もいなかったけど、もしかしたら帰って来てるかもしれないと~。いた紹介して、いなかったらお部屋に案内すると~」
「わかった」
応じて、屋敷の門に近づこうとした。
だが、扶郎たちよりも先に別の誰が門に近づいた。
腰が曲がった老婆だ。見た目は人間だが、額に二つの角が生えている。
「もしかして、あのお婆さんが同じ使徒?」
「違うと。あのお婆さんはご近所のオガお婆さんと~。オガお婆さんどうしたと~?」
カリストは扶郎の腕から飛んで離れ、オガお婆さんにパタパタと近づく。
「おぉ、カリストかい。丁度よかった。いま、家にオリヴィエはいるかい?」
「オリヴィエ? オリヴィエならお仕事で今はいないと~」
「あぁ、なってこったい!」
オリヴィエが不在だと教えると、オガお婆さんは嘆き叫ぶ。
「あの、どうかしたのですか?」
尋常でない雰囲気を察した扶郎は声をかけた。
扶郎に気づいたオガお婆さんは彼を見て、少し訝しむ。
「あんは誰だい?」
「僕はこの家に今日から住まわせて貰う、四葉扶郎といいます」
「あぁ、となると流生者の。若いのに可哀そうに…………。あたしゃあ、近所に住む鬼族のオガ・オーガンさ」
「オガさん。何か慌てているようだけど、何かあったのですか?」
「実はうちで預かっている孫の一人が風邪をひいてねぇ」
事情を聴くとオガお婆さんは暗い顔して説明をする。
風邪という症状が、扶郎と知るものと同一であれば問題ではあるがここまで血相を変えるほどの事態なのか不思議に思った。
「まぁ、寝たら治るだろうけど、熱で苦しむ顔見て心配だったんだろうね。もう一鬼の孫、風邪を引いている子の姉がね、風邪に効く即効性の薬草を南の森に取りに行ったのさ」
「と~!? 南の森って、街はずれの森かと~!?」
白目を向いて驚愕するカリスト。南の森とは子供が一人で行くには危険な場所らしい。
「たいへんと! すぐ連れて帰ると~!」
「そう思ったけど、私のこの腰じゃあ、あの子の足に追いつけない。近所の駐屯所に行ったけど見回りに行っているようでいなかった。
別の駐屯所や街の方まで行って助けを求めるのは時間が掛り過ぎる。仮に行ったところであの子が森に行った確証がなければ真面に相手をしてくれないかもしれない。
だから、信用もできて腕もある傭兵のオリヴィエに助けを求めようとしたんだけど」
「傭兵?」
「危ないこと専門の何でも屋さんと~。大体の者たちは街にある組合から仕事を紹介してもらってるけど、こうやって個人で依頼されることもあると~」
傭兵に関して扶郎が疑問を浮かべると、カリストが説明した。
扶郎は実際に見たことがないが、幼い家族たちが読む漫画などで出てくるので、違和感なく受け入れる。
「大した報酬はでないけどね」
「オリヴィエなら依頼とか関係なしで探してくれると~」
「どのみち、いなければ同じだよ。く! あたしがもう少し分かれば自分で行くのに!」
煮え切れない思いを発露するように、オガお婆さんは塀に拳を叩きつけた。
瞬間、拳が叩きつかれた場所が爆弾でも破裂したかのように粉砕される。
「!?」
「もしもあの子に何があったらあの子の妹やあの子両親たちに何ていいのか!」
叫びながら、ガンガンと塀に拳を叩きつけるオガお婆さん。その度に塀が破壊される。
突然の破壊行為に扶郎は言葉を失い、カリストはあわあわと慌てた。
「落ち着くと~! 家が壊れると~! というか壊れてると~!」
「畜生! だいだい、あの餓鬼は取りに行くなって言ったのに取りに行きやがって! 書置きしたらいいと思ってるのか! 帰ってきたらあたしがぶっ殺してやるよ!」
「と~!? 鬼族は気性が荒いて乱暴ものだと言われてるけど、それはお年寄りさんになっても同じと! 止めると! このままだと家が崩壊すると!」
カリストが静止を呼びかけるも、オガお婆さんは血走った目をして破壊行為を続ける。
このまま屋敷まで被害が及ぶのかと扶郎が恐れたが、突然、「う!?」と呻いたオガお婆さんがその場で蹲る。
「あたたた~。腰が。腰があああああああああああああぁぁぁぁぁぁっ!」
「無理するからと。あと五月蠅いと」
絶叫するオガお婆さんにカリストは歎息する。
「うぅ、すまないねぇ。情けないところ見せて」
「い、いえ」
謝れたが、この破壊された塀はどうするのだろうか。
全壊されてないが、門の付近は瓦礫の山であり、その門も地面に倒れて門として機能をしていない。
孫が心配で震える老婆に損害賠償を求めることを、扶郎にはできなかった。
「あの、よければ僕が連れて帰りましょうか?」
代わり助力をする提案を口する。
「と~!?」
「なんだて?」
驚く二人を前に、扶郎は困った顔で言った。
「でも、流石に森の中を一人で探すのは難しいと思うので、お婆さんは別の誰かにも助けを求めて下さい。もちろん、僕が早く見つけられたら良いですけど」
「いいのかい?」
「勿論。勝手に出かけた子供を連れて帰るのは慣れていますし、困っているなら助け合いするは当然でしょう」
「はぁ~。大した若者だね。この家に住むのはオリヴィエ以外偏屈だったりどうしようもない連中ばかりだと思っていたけど、あんたは違うようだ。じゃあ、お願いできるかい?」
「任してください」
オリヴィエ以外の使徒はご近所にどれだけ悪評を流布しているのだと思いながら、扶郎は快く引き受けた。
すると、心配そうな顔でカリストは扶郎の近くに飛んでくる。
「フロウ、大丈夫だと?」
「大丈夫だよ。森で迷った迷子の捜索はやったことあるし、深く入らなければ二次災害にはならないはずさ」
扶郎はそう言ったが、本来ならば慣れない森に素人が捜索することはご法度だろう。
しかし、今は緊急事態だと言い聞かせ、自身が迷う危険性も回避するのも念に置く。
「でも、俺だけでは森の場所も森にいった子の顔も解らないから、カリストも一緒に来てくれるかい?」
「それはいいけど、本当にフロウは大丈夫と~? 森には危険な生き物がいると~。最悪、命の危険もあると~?」
もしかして、熊や猪だろうか?
そこまで野生動物が跋扈する森林なのかと扶郎が危惧していると、カリストは覚悟を決めたように頷く。
「でも、フロウがやる気ならばカリストも力を貸すと。人を簡単に食べちゃう魔物とかモンスターが出るかもしれないけど、最悪逃げたらいいと!」
「…………」
魔物やモンスターという言葉に、扶郎は血の気が引いた。
ここは鬼とか牛の頭の人間などいる世界。当然、そんないても不思議ではない。もしかしらたら、人を襲う意味では熊や猪も同じだが、聞いた響き的にそちらの方が危険度は高いようい感じる。
安請け合いをしてしまったかと、顔色を悪くしながらチラリと扶郎はオガお婆さんを見た。
「いやぁ。しかし、今日ばっか相手に命の危険を顧みず動けるなんて、最近みない益荒男だねださあね。もしも、やっぱり止めたと言うならこの手で縊り殺すてしまうが、あんたはそんことなさそうだ」
にこにこと褒めながらこちらの内心でも見抜いているような言葉に、扶郎は背筋を凍らした。
どのみち、そのような危険な場所に子供がいると考えれば扶郎の気が引ける。
ならば、やることは変わらないだろう。
「それじゃあ、早速行ってきます」
危ないと解ったら全力で逃げようと肝に銘じ、扶郎たちは南の森へ向かうのであった。
次は戦闘。