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第1話 始まりはずっと前から


「……………、………………………………。はい」


 長い沈黙の後、四葉扶郎は絞り出すように呟く。

 思い出した脳裏に駆ける光景に陰鬱な心持になる。

 事故にあった。

 あの時、自分は覚悟した。最後の瞬間、これが結末だと悟った。


「ならば、ここは天国ですか?」


 前後の記憶と純白だけが広がる空間に、扶郎は世界なのかと考える。

 仮に目の前の男が水先案内人なのだと紹介されれば、成程、怪しい雰囲気も様になっている。


「そう呼ぶ者もいる」


 男は扶郎の言葉を認め。


「あるいは地獄とも。ヴァルハラ、黄泉、冥界といった死後の世界。あるいは、異世界、ティルナノーグ、楽園。来訪者から様々な死後の世界や異世界だと称するしている。

 だが、先住者からはこう呼ばれているよ」


 そう男は続けた。


「我らが世界の名はアルケー。根源(こんげん)世界アルケー。改めて歓迎するよ、最後の使徒よ」

「根源世界アルケー?」


 義弟や義妹たちが読んでいる漫画や小説にでも出てくるような言葉に扶郎は眉を寄せる。

 それに最後の使徒とは?

 混乱する扶郎の前で男は話を続ける。


「色々と説明するが、まずは自己紹介だ。私の名はラーバイン・シュテルリート。ここ、シュテルリート教会の主である。君の名を聞こうか」

「四葉扶郎です」


 己の名前を告げると同時に、目の前の男、ラーバインの言葉でここが教会だと知った。

 彼の名前を聞いて、ラーベルトは満足したように頷く。


「四葉扶郎、良い響きだ。突然のことで驚くこともあり、これから覚えることが幾多もあるだろう。だが、君が知らぬことを全て説明すればキリがない。私は最低限の事だけ教えよう」

「ありがとうございます」

「ふふ、君は丁寧な若者だな」


 愉快そうな微笑みを浮かべながら、ラーベルトは説明を始める。


「この世界は無限広がる世界の始点であり、終着点。ゆえに根源世界。

 やって来る方法は二つ。この世界で新たに生まれるか、他の世界からの来訪だ。

 新たに生れるのは生命なら母体から産み落とされることが常識であり、他の世界から死ぬ方法は更に大きく分けて二つ、流れてくるか、呼ばれるかだ」


 淡々と言葉詰まりもなく説明をするラーベルト。

 まるで歌劇の語り部であるかのように、慣れた素振りであり芝居くさい。


「流れてくる者たちの大半が前の世界で命を落とした者たちだ。これが様々な者たちから死後の世界だと呼ばれる原因だな」


 それを聞いて扶郎は少し納得する。

 自分もあの状況から見知らぬ場所にこれば天国だと疑うだろう。

 ましてや、死後で辿り着く場所ならば猶更だ。


「次に呼ばれる場合。世界は無限にある別世界から交渉や一方的な略奪によって労働者を確保する。

 過去、戦乱を繰り返していた時代では英雄と呼ばれるもの、または英雄に成れる者たちが多く呼び寄せられた。さて、ここまで質問があるかね?」

「いえ──」


 首を横に振った扶郎を見て、ラーベルトは更に深く、愉快な笑みを浮かべる。


「君は実に物分かりの良い少年だな。こまでの話を聞いて常識外れの戯言だと、当たり散らす者も多いというのに。私が虚偽の言葉を吐いているなど、微塵にも思っていない様子だ」

「僕が何も知らないのは事実です。話を聞いて、それから考えた方がいいと思ってるだけです」


 それは本心であり、否定しても何も解決しないと解っているから聞いているのだ。

 何より、この目の前の男は見る限り怪しい。

 神父だというが、初対面で信用ならざる雰囲気を曝け出すのは如何なものか。

 扶郎は何方かといえば、お人よしで人を疑うことをあまりしないが、それでもこの男は自然と怪しいと思ってしまう。


「成程。総て鵜呑みする純朴ではないということか。では、話を戻そう」


 一瞬考えた素振りをして、気を取り直したようにラーベルト。

彼は再び芝居をするような様で語り始める。


「死後でここに流される場合、その場所は運任せだ。寿命によって薄くなった意識の持つ魂は新たな命として産まれるが、そうでない場合は様々だ。

 己が生きられる地であれば幸運。不運であれば流れ着いた瞬間に死に至る。

 例えば、大地の上でしか生きられぬ人間が深海に流れ着いた場合、そのまま溺死する」


 説明されて、扶郎は血の気が引いた。

 ラーベルトの話が本当ならば、死んだ後、更に死の経験を強制させられる。

 先程、扶郎が体験したばかりだが、二度と同じ思いはしたくない。


「では、君の場合は何か。君は死後、ここに流れ着いただろうが私という出迎えの者がいる時点で偶然ではなく、必然。呼ばれた側だと理解できるはずだ」


 それは理解できる。

 時間が経ち、扶郎が徐々に思い出してきた記憶の断片。確かに自分は何かに呼ばれた。

 より正確には、声ではなく、意志的なもの。

 言葉にするのは難しく、その瞬間は朧気で思い出すのも困難だが、呼ばれたと言われれば納得できる実感が残っていた。

 一瞬、間を置き、ラーベルトはその何かを告げる。


「君を呼び寄せたものは《七星(しちせい)星具(せいぐ)》と呼ばれる七つの神器。

星具に選定された者は()()()()()()死後、《七星の使徒(しと)》という英雄として召喚されるのだ」

「七星の、使徒──英雄?」


 何の冗談だろうか。

 今まで絵空事な話を半ば真実として聞き受けていた扶郎だが、自分が英雄として呼ばれる理由が分からない。

 扶郎は、只の学生だ。見た目も幼さが残る童顔。身長も平均より少し上程度。学力も運動も並。精々、施設育つゆえ、家事と小さな子供の世話が得意くらいだ。

 彼は戦後の日本に住み、戦争もない平和な時代を生きていた。

 よって特に変わった特技もない。実は周囲には教えていない特別な力がある、とそういうものもないのだ。

 なのに、死後の世界よりも英雄だと言われたほうが信じられなかった。


「何かの間違い、じゃないですか? 俺は只の学生ですよ?」

「間違いではない」


 思わず問うた言葉を、ラーベルトは否定─断言する。


「君は己が言う通り凡人のようだ。己が英雄に成りえるのか、そう思うのも自然だろう。

 実際、既に前世で伝説を生みだしたであろう存在も多い。今この世界にいる君より先に召喚された使徒たちの殆どがそうだ」


 先に召喚された者たち、という言葉が扶郎の耳に残った。

 他に同じ境遇の者がいるのかと疑問に思う。

 既に英雄と呼ばれるような存在たちが本当に呼ばれているのならば、自分が呼ばれたのはやはり間違いではないかとも考えた。


「尤もこちらの出方を見て、虚偽の情報を提示している可能性もあるがな。信用されないとは、聖職者としては悲しい話だ」

「はぁ…………」


 ならば担当を変えてみたらどうかと、率直に思った。

 扶郎には隠す情報がないが、胡散臭いこの男に身の上を話すのが拒まれる気持ちは理解できる。


「話がそれたな。先程説明したが、戦力として召喚されるものたちは既に力足る者。そして、素質がある者が選定される。

 総てそうではないが少なくとも神器、七星の星具に呼ばれし者は既に英雄である存在の他に、君の凡人でも英雄になれる資質があれば召喚されるのだ。過去にも同じようなケースは少なくない」


 英雄になれる資質。扶郎にはピンとこなかった。

 施設の手伝いをしていた扶郎は、幼い子供たちや学校の友人が好んだ、所謂、英雄(ヒーロー)が登場する娯楽にそこまで興味がない

 知っているが、そこまで詳しくなく、自分がそうなれると思っていても、喜びはせず、疑問しか感じないのだ。


「そして、ここに保管されていた最後の星具が消え去り、君がただ一人ここにいることが何よりも証拠。正真正銘、君は平和の世を作る礎、英雄として呼ばれたのだよ」

「…………」


 納得がいかなそうに扶郎が押し黙っていると、ラーベルトは深い笑みを浮かべた。


「それに、君に拒否権はない。対価は既に払われたのだからな」

「対価?」

「言ったではないか。願いを代償に召喚されると」


 ドクン。と心臓が高鳴る。

 警鐘のように収まらない鼓動を手で押さえるも、緩やかにはならない。

 尋常ではない扶郎をまるで愉しむように、ラーベルトは言った。


「星具は死ぬ直前の者が強い願った思いに応える。対象の願いを叶え、召喚するのが契約だ」

「つ、つまり……」

「喜びたまえ、君の願いは叶った!」


 ──その言葉を聞いて、扶郎はその場で項垂れる。




 ぽつり、と床に零れた。




「よかったぁ……っ!」


 絞り出した叫びに、ぽろぽろと、涙を流す。

 

 駆け抜ける記憶。重く、熱く。滴る赤い血に、幾つのも泣き声が聞こえた。

 願った。無事でいて欲しいと。壊れないでほしいと。

 そして、届いた光の先。あれは救助だろうか。

 今思えば、不自然だった。落ちてきた新たな瓦礫に既にあった瓦礫が一切崩れなかったのは、彼が壊れないでほしいと願ったからか。

 でも響いた声は全て聞き覚えがある。なら、みんな無事だったのか。

 最後に見たあの光景は、妄想ではなかったのだと。

 あれは夢ではなく、現実なのだと。

 

 そう思っていいのならば、自分は心から救われる。


「落ち着いたかね」


 声がかけられたのは、扶郎の嗚咽が収まって暫く経ってからだ。


「──はい。大丈夫です」


 涙を腕で拭い、顔を上げる。

 そして、心に灯った思いを燃やす。

 願いを叶えて貰ったのならば、代償を支払う必要があるだろう。

 《七星の星具》。平和のための英雄。

 興味がなかったが、幼い家族が憧れたヒーローのようなものかと思うと、少しだけ前向きになる。今こそ違っていたが、かつては自分も夢見た存在でもあった。

 自分は大した人間ではない。平凡な17歳の子供だ。

 それでも、選ばれたのだから。報酬は既に得たのだから。

 本来は何も得せずに全うするのが善行だ。ゆえに偽善であるかもしれない。

 けれど、少年は覚悟を決めた。


「俺、やります! 《七星の使徒》、平和のための英雄! 何ができるかまだ分からないけど、願いを叶えてもらったから──」


 その決意の言葉は。


「いや、別にかまわん。何もしなくてもいい」


 呆気ない言葉で一蹴された。


「精一杯努力して、え?」


 意気込んでいた扶郎の前で、ラーベルトは仏頂面で言った。


「今の時代、平和なのだよ。────ぶちゃけ、使命とか気にせず、好き勝手に生きればいいとも」


「ふわぁ!?」



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