第16話 黄昏の先
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静寂に包まれた荒野に佇む、二つの人影。
ルーンを刻まれ翡翠に変色した右目で空を見上げる四葉扶郎。
その彼の隣には同じように空を見上げているミーミル。
「オリヴィエさん、大丈夫ですかね」
白銀の弓、揺光弓アルカイドを構えながら扶郎がぽつりと呟いた。
彼の瞳はルーンの施術により、青天より先の星の海を捉えている。
「他人の心配する前にてめぇの心配しやがれ。てめぇは黙って、俺が教えた害魔の核を狙う準備をしろ。過去の資料ではそいつを狙えば一撃で葬れるらしいからよ」
ミーミルは扶郎と違い空の青しか瞳に映していなかったが、遥か先に飛ばした使い魔が見る光景を脳内に映していた。
空の上に移動する害魔、『天より喰らいし物』。
姿が異なり同じ特徴が殆ど存在しない害魔でも持つ習性。生き物を襲う。そして活動範囲を広める『天より喰らいし物』は下の地上で生物が多い場所を目指して移動するのだ。
現状、目指しているのはミニヴィズの避難民。今は同じように『天より喰らいし物』から逃れた害魔と魔物の群れと鉢合わせしているので、標的に揺るぎはないだろう。
ミニヴィズの避難民を現在襲っている害魔と魔物に対しては、ミーミルの業理によって、オリヴィエを向かわせた。
ミーミルが周辺で生息する魔物や発生する害魔を知る限り、一騎当千の彼女は遅れをとることはないはずだ。辺境ながらミニヴィズにも自衛戦力があるため、大きな損害はミーミルの予想上被らない。
尤も幾らオリヴィエが害魔と魔物から避難民を守れたところで、一番の問題である『天より喰らいし物』をどうにかしなければ諸共果てることだ。
『天より喰らいし物』の撃退の為、扶郎はミーミルよりルーンを瞳に刻まれたが、それで必ず討伐できるわけではない。
扶郎の矢が生み出す矢は相手に遠方から感知できるほど熱量はない。ルーンで強化された矢も、試し撃ちで星の彼方まで届くと実証済みだ。狙いも星具の恩恵ゆえか寸分の誤差もなし。
問題は、扶郎の心にある。
幾ら見知らぬ住民のため命と体を張る覚悟があっても、実行する技術が伴っていても、四葉扶郎はこの世界に訪れてまだ2日目。
ミーミルが語った弱点を狙えばというが、それが簡単にできないからこそ苦難なのだ。
大勢を救う大役は、今まで命のやり取りをしてこなかった少年には荷が重すぎる。
そう危惧していたミーミルは、直前になっても平然といられる扶郎を奇妙な存在だと捉えた。
どれだけ図太いのか。
「ていうかよ、他人の心配をするなんざ随分と余裕じゃねぇか。チャンスは一度だけ、失敗したらそれで終わりだぜ」
『天より喰らいし物』の移動速度を考えれば、扶郎がルーンを刻まれた瞳で目視してから約3秒の猶予しかない。
撃てるタイミングは一度だけ。失敗すれば、返り討ちにあう。
その予め伝えたことを思い出すようにミーミルは煽った。ここで怖気つくようならすぐさま引き返すつもりだが、扶郎の視線は天を捉えたままだ。
「失敗することを考える前に成功するよう意識したほうが健全です」
「その通りだな」
「ミーミルさんこそ、いいのですか?」
軽く笑うミーミルに、今度は扶郎が尋ねる。
「僕一人でも害魔は狙えるし、ミーミルさんだけで安全な場所にいることもできるんじゃあ」
「馬鹿が」
「いたっ!」
がすっと、ミーミルは扶郎の左腿を蹴る。
痛みで一瞬、振り向いたが口論をするとき害魔がやってきたら目も当てられないので、扶郎はすぐ視線を戻す。
「なにすんですか?」
「てめぇが、さっき自分といったことと真逆なこと言ったからだろうが。俺の安全を気にするてぇことは、失敗することも考えてることじゃねぇか。この法螺吹きが」
「別にそんなわけじゃあないです」
「言い訳すんなよボケ。そんなてめぇだからこそ、最後まで俺が仕方なく付き添ってやんだよ。焚きつけた俺が最後まで助力せずほっとけば、あの聖騎士さま地の果てまで追ってきそうだ。
それは面倒だろうが」
乱暴な口ぶりだが、ミーミルは己の矜持の為にこの場に留まっていると言っているわけだ。
一末に扶郎の為も、僅かに入っているかもしれないが、それを尋ねても再び蹴られそうなので扶郎は微笑むだけに止める。
「安心しろ。お前がしくじった途端、俺だけ逃げる。俺だけなら移動も一瞬だからな」
言葉通り、ミーミルの足元には既に星具である鎖が円にして彼を取り囲んであり、いつでも己の業理によって移動が可能だった。
無情な言葉だったが、扶郎に残っていた負い目もそれでなくなる。
「それなら安心した。なら、気にせず弓を引ける」
「おう。精々、その星具で手に入れた借物の弓技で空の上の塵をぶち消せるよう祈っときな」
「祈るのは神様ではなく、オリヴィエさんにでしたっけ?」
「……おいおい、茶化した言葉を掘り返すたぁ、お前はあの聖騎士に気があるのかよ?」
「はぁ! そんなわけじゃあ!」
「余所見すんだボケ」
真っ赤になって振り向く扶郎ミーミルが小突く。
「……さっきから暴力を振るいすぎじゃあないですか?」
「お前が馬鹿なことをしてるからだろ? なんだ、やり返したいのか?」
「俺にもやられるばかりじゃあ、ないです」
扶郎の素が僅かに出た言葉を聞いて、ミーミルは愉快そうに笑った。
「その気概だ、新入り。つうか普段からそんな風に話せよ。変に畏まれたほうがうぜぇ」
「はいはい、これが終わってからそう──します」
「───来る」
予想していた時間通り、『天より喰らいし物』が見えぬ天の先より来訪する。
空中で待機していたミーミルの使い魔が総て消滅した瞬間、扶郎は星の海に宝石を見つける。
無数の六角錘を周囲に停滞された球体。事前に聞かされた通りの外見で、知らずに見つければ幾重に屈折した輝きに魅了されていただろう。
だが、あれは命を食らうだけの災害。
今日約束した誰かを。明日を楽しみにしていた誰かを壊すものだ。扶郎や家族、その命を無慈悲に襲ったあの地震と同じ災害。
──いや、同じではないか。
思わず、扶郎は笑った。
こうやって、待ち構えて消せる災害なんて、生温過ぎる!
引き絞った矢が天を昇った。
一条に過行く星芒の輝きは地上ではなく空に向かい、異形の宝石郡に向かう。
速度は音速の何倍をも超えていた。ルーンによって刻まれた腕力によって矢先は害魔へ揺れることなく進む。
害魔の周囲に停滞していた六角錘が矢に飛んでいく。最早、地上を襲った光では間に合わないのか、六角錘で迎撃を試みる。
だが、不壊の矢は堕ちない。飛来物を悉く貫通し、一切の減速をせず本体である球体を穿った。
硝子が砕かれた音が天に響いた。あるいは、無機質な害魔が叫んだ断末魔なのかもしれない。
衛星軌道上で砕かれた害魔の本体と共に六角錘も崩壊し、無数の煌めきを散らせる。
それは地上からでも確認でき、避難民の襲った害魔と魔物を駆除しつくしたオリヴィエは空を見上げて微笑み、彼女以外でその場で事情を知っているゾイヤは喝采を上げた。
やり遂げた扶郎は、その光景に魅入るより先に安堵し、彼の傍にいるミーミルが代わりに感想を漏らす。
「綺麗な花火だな。夜だったら、もっと見栄えが良かっただろうに」
残念そうに呟いたが、その顔は満足したように笑っていた。
❖ ❖
その後、ミニヴィズの避難民は無事町へ戻った。
皆が命の無事を祝い酒酌み交わす。酒を飲めぬものは明日の希望を夢見る。
戦場で突如として現れた亜麻色の戦乙女の姿を探す者は多かったが、気がつけば彼女の姿は何処にもなかった。
礼を言う暇のなかったと嘆く者もいれば、神秘的だと恍惚する者おり長い間、彼女のことは町の間で語り草になっていただろう。
「やはり、納得がいかない。一番の脅威であった『天より喰らいし物』をヨツバくんが倒したのに、組合すら報告しても駄目だなんて」
炎のように燃える夕焼け空の黄昏時、オリヴィエと合流した扶郎たちは既にミーミルの業理によってゼシュテンゼルに戻っていた。
周りを気にせず不満を漏らすオリヴィエに、ミーミルが呆れる。
「組合が『天より喰らいし物』を隠していたんだ、いきなり名乗り上げても面倒なことになるだけだろうが。証拠もないしな」
「くぅ! 証拠でもあればヨツバくんは一気に仮から5級、私と同じ4級や上の3級になったかもしれないのに!」
「オリヴィエさん、僕はもういいんで。階級は地道にあげます。そもそも、僕だけの力じゃないですしね」
我のことのように悔しがるオリヴィエを扶郎が宥める。
元々、扶郎は功績の為にやったのではないが、他人からそう言われると徐々に勿体ないことをしたのではと落ち込むかもしれないので、そろそろ止めてほしかった。
「うぅ、ヨツバくんは謙遜ですね。だから余計に悔しい」
「そんなに騒ぐなら、てめぇだけでもあの場に残って報酬でもたかれば良かっただろう。てめぇの活躍はあの場で誰もが見てたんだからよ」
「それとこれとは話が違うでしょう。一番の功労者であるヨツバくんを置いて、私だけ良い思いすることは気が引けますよ」
「てめぇも難儀な性格だな」
はぁ、ミーミルが溜息をしたところで三人は住居である屋敷に到着した。
「フロウ───」
補修された門を潜り、扉を開けるとカリストがふよふよと飛んできた。
「ただいま、カリスト」
「おかえりと。フロウ、オリヴィエに通信で聞いたけど大活躍だったみたいと」
「えぇ、ヨツバくんは大活躍をしましたよ」
扶郎ではなく、うんうんと満足そうオリヴィエが頷く。
「オリヴィエ、おかえりと。あとミーミルも。でも、ミーミルはもうフロウを虐めたら駄目と」
「おい、聖騎士。この精霊になんてほざいた?」
「わ、殴ろうとしないでくださいよ。殴り返しますよ。私は事実を言ったまでです」
飛んできた拳をひらりと避けられ、ミーミルは舌打をした。
そこでキョウシガがやってくる。
「御三方、お疲れす。事情はオリヴィエ嬢から諸々と」
「ただいま、」
「ただいま帰りました。えぇ、通信では語り切れないことがありましたとも」
「それは肴になりそうだ。ミーミルは珍しく助力を惜しまなかったそうで」
「成り行きでな」
意味深に微笑むキョウシガが気に入らなかったのか、不機嫌な顔でミーミルをそっぽ向く。
そんな彼を押し退けて、オリヴィエはずいとキョウシガに詰め寄った。
「それより、キョウシガ。ちゃんとフロウくんの歓迎会の準備はしてくれましたか? 今回のことも労いたいのですけど」
「それはご心配なく。準備は万事とどこおりなく」
「カリストも手伝ったと~」
「そうなの、ありがとう。カリスト」
微笑むオリヴィエだったが、傍のキョウシガはすぐに苦笑を浮かべた。
「尤も生憎と席にはシドナイ嬢だけで、他の二名は不参加ですかな」
「予想通りです。料理は持っていて、参加するものでやりましょう」
全員で参加したいが、問題の二名がこういった席にいるのが難しいと知っているオリヴィエは仕方ないそうな顔を浮かべる。
無理に席にいさして空気が悪くなるよりマシだ。いずれは共に卓を囲みたいが、今は扶郎の歓迎のためにも彼女は我慢した。
「えっと、キョウシガさん。それにカリストやオリヴィエさんも。お気遣いありがとうございます」
今から自分の歓迎会が開かれると思った扶郎が、始まる前から込み上げた恥じらいと感謝を声に出す。
「気にしなくていいわよ。というか、私は提案しただけですし」
「オリヴィエさんが提案しなければ、開かれなかったでしょう。だから、オリヴィエさんにもお礼を言うのは当然です」
「はぁ……、そう言われると照れますね」
「なに、乳繰り合ってるんだよ。発情期かてめぇ」
すこし頬を赤くしたオリヴィエだったが、ミーミルに睥睨されてむっと顔を顰める。
「また貴方はそうやって、下種なことを──」
「つうかよ、酒はどれだけある?」
「色々取り寄せましたが、参加するつもりすか?」
問われたキョウシガは少し驚いたように尋ねると、ミーミルは苦虫を噛んだように表情を歪めた。
「なんだ? 悪いのかよ」
「いえ、珍しいと思っただけす」
「あら? もしかしてミーミル、とうとうデレましたか?」
微笑むキョウシガのあとで、オリヴィエはにやにやと意地悪い顔を浮かべて、ミーミルに肘をぶつける。
「横暴で偏屈な貴方も純朴なヨツバくんと戦いを共にしたら、少しは会心を────て、なに業理で落とし穴を作ってるんですか! すぐ避けたからいいものの、何処に落とす気です!?」
「海」
「あぶない! よし、上等です。席を共にするならば今夜こそ貴方の腐った性根を叩き直しましょう!」
「と~。オリヴィエ、フロウの歓迎会って、忘れてそうだと~」
「あはは…………。オリヴィエさんは感情的だな」
冷めた態度のミーミルと対象に熱を上げるオリヴィエ。そんな二人に呆れて困っている扶郎とカリスト。キョウシガだけが満足そうに微笑んだ。
「かかか、今夜は楽しくなりそうす」
❖ ❖
総てが焼かれた世界。
最後の時、最後の瞬間、諦観した瞼を閉じかけた時、彼はあるものを見つけた。
何も残ってはしないと思っていたが、僅か命を見つけた。
手で数えるのに足りる命。
それでも、ないと思ったものだ。
総てが終わると、その後は無から世界が始まると彼が予想した運命を、甥は抗った。
なるほど────、お前は運命を変えたよ。
だから、思わず願った。
残した命たちが炎で焼かれないよう『遠くへ行きます』ようにと。
炎が包む。彼がいた泉も、彼の命ごと蒸発した。
そのとき、一つの世界が終焉を迎える。
けれど、彼が最後に願いにより残った命が、新たな世界を創始した。
というわけで、ミーミルがちゃんと仲間になりました。
彼は大抵何でもできるチートですが何でもできません。
まだ扶郎は知りませんが北欧神話の神ですけど、万能じゃありません。
よければ感想と評価をお願いします。今後の創作の励みになりますので。