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第8話 自己紹介?


 夏が訪れず、三度の冬が過ぎた。

 天上の星々は落命し、大地は荒廃する。

 土に足をつけた命が総て消え去った頃、角笛の音が世界に響き渡った。


 終焉の音色を耳にしながら、彼は泉の中で来訪者を出迎えた。


「やはり、来たか…………」


 泉から顔だけを出して、予期していた来訪者を見る。

 来訪者である眼帯をした隻眼の男は、深々と彼に頭を垂れた。


「ええ。最後に助言をと」

「変わらんよ、黄昏の時は来た。神々の時代は終わる。我々も運命には抗えない」


 彼はこの終わりを予期していた。

 終末の時、封じられた脅威は悉く解放され、最終戦争が始まる。

 その結末も予期しており、それを目の前の男には何度も伝えた。


「果たして、本当にそうでしょうか?」


 隻眼の男は不敵に笑う。この男はいつも、そうだ。

 予想通りの結末を歩んでいるのにも拘らず、次こそは必ずと、何度も諦めはしなかった。

 無駄というのに、彼の知識を得るため瞳を差し出し、来るべき混沌に備えた。

 だが、やはり総ては徒労に終わる。

 

「諦めないのは勝手だがな、結末は同じだ。お前はあの魔狼に喰われる。最後は皆、紅蓮に包まれて消え去る運命だ」

「ならば、その運命。今度こそ変えてみましょう」

「成功例が乏しいくせに、信頼も糞もねぇな」

「おやおや、叔父上。素が出ていますよ」


 己の死を宣告された身でありながら、甥である男は愉快に笑う。

 普段は神々の主神だと崇められ、厳かに振る舞っている男は、悪戯を思い付く子供のような顔をする。


「全てはこの時のために。必ずや勝利を掴んでみましょう。その暁には貴方の知恵を無償で提供し、新たな世界の創造に役立ってもらいましょうか」

「無償労働か。悪徳だな」

「不可能を可能にしたのだ。奇跡の報酬としては、安いものでしょう」


 そうやって笑った男は、ついぞ己の運命を変えられなかった。

 ──神々の最終戦争(ラグナロク)

 主神は悪名高き魔狼に喰い殺され、無残に果てる。男の仇は、彼の息子が執った。

 命が消える。全能名高き神も討ち死に、最も勇気ある者も相打ちだ。

 敵も味方も、諸共運命に殴殺され、最後は彼の予言通り、炎の巨人が全て焼き尽くす。


 やはり、結末は変えられなかった。

 悲観はしない。予期していた結末ゆえに落胆もない。

 泉の中から一歩も動けない彼は、遠い昔に受け入れた最後を待った。


 ❖ ❖


「───という訳で、彼が最後の《七星(しちせい)の使徒》、ヨツバ・フロウくんといいます。皆、仲良くしなさいね」

「────」

『…………』


 渇いた笑みに説明したオリヴィエに対し、周囲の反応は無言だった。

 七者と一匹がいる場所は、彼が同居する屋敷の居間。中央の円卓を囲むように、四つのソファが並べている。

 一つはオリヴィエ、扶郎。その対面は眼つきが悪い男と妖艶な女性が座っており、扶郎たちから見て、左がカリストを抱えた儚げな幼女。右が不格好な中年男。

 そして、座るスペースが余っているのに、離れた場所から警戒した眼差しで白髪の少女が様子を伺っている。

 完全に歓迎の空気でないと諦めたオリヴィエは眉間に皺を作り、大きな溜息をついた。


「大体、ヨツバくんが使っているのにシドナイがお風呂に入ったからこんなことになったんでしょう。ほら、裸をみんなに見られたからヨツバくんこんなに落ち込んでるじゃない」

「────」


 消沈して押し黙っている扶郎をオリヴィエが心配そうに見ると、妖艶な女性が「あらあら」と豊満な胸を強調するように腕を組んだ。


「そうね、オリヴィエちゃんの言うとおりね。ごめんね、フロウちゃん。

私はシドナイ。分かっているとは思うけどアナタと同じ《七つの使徒》よ」

「どうも、四葉扶郎です」


 まだ落ち込んでいるが、声をかけられたので挨拶をする扶郎。

 そんな彼を紫紺の瞳で見つめながらシドナイは蠱惑的に笑った。


「まだ傷ついているなら、私が慰めてあげようかしら? お詫びもかねて。すぐに裸を見られるくらいなこと平気してあげるわよ」

「は──い、そこまで。ヨツバくんは純情なんだからいかがわしい目で見ないように。ほら、彼、見るからに困っているじゃない」


 戸惑っている扶郎をオリヴィエが庇うと、シドナイはふふふと笑った。


「あらあらあら、オリヴィエちゃん、やきもち?」

「ち─が─い─ま─すっ! 私は自分が住む場所の風紀を保つことと、無垢な少年を危ない者から守っているだけで─す! 

それと、ミーミル。貴方も勘違いとはいえヨツバくんを痛めたのだから、謝りなさい」

「ちっ」


 ミーミルと呼ばれた眼つきの悪い男は面倒そうに舌打ちをしたあと、扶郎に顔を向けた。

 視線だけで相手を殺しそうな物騒な眼光に扶郎が慄いていると、彼は溜息共に呟く。


「悪ったな」

「全然誠意が感じられない。それで謝っているつもり? あと睨まない」


 態度が気に入らなかったオリヴィエが文句を言うと、扶郎を見た時とは比べ物にもならない視線をミーミルは彼女にぶつけた。


「なんで、てめぇが言うんだよ。あと睨んでねぇよ。睨むというのは今みてぇな状態だよ。分かったか、糞呆け聖騎士」

「分かりません。あと私の称号を勝手に貶めないでほしいわ」

「じゃあ、糞真面目呆け塵世話やき自称風紀委員長だ。あほ」

「なに、適当な悪口を並べて、て最後だけ単純な悪口じゃない!」

「オリヴィエさん、落ち着いて! 俺はもういいし、貴女も少し冷静になってください」


 見かねた扶郎がオリヴィエを止める。

 どうやら、オリヴィエとミーミルは仲が悪いようだ。彼女が言っていた問題児の一人はミーミル。そして、この状況を愉快そうに妖艶に笑っているシドナイかもしれない・

 

「えっと、ミーミルさん。フロウです。よろしく」

「あぁ、はいはいどうも」


 扶郎の挨拶にミーミルは適当に手を振って反応すると、もう話は終わったと言わんばかりに明後日の方向へ顔を向けた。

 再びオリヴィエが注意をしようとしたが、その前に動いたものがいた。


「では、次は(それがし)か。扶郎殿、某はキョウシガと言うす。以後、お見知りおきを」

「あっ、こちらこそ」


毳毳(けばけば)しい身なりの男であったが、見た目に似合わず丁寧な挨拶に扶郎は驚きながら頭を下げた。


「で、そこにいる小さな嬢ちゃんがレウケ。あっちにいる嬢ちゃんがマスリという名前す」

「ち、ちょっと、なんで勝手に教えてるのよ!」


 白髪の少女、マスリは自分の名前を教えられたのが気に喰わず、キョウシガに向かって怒鳴る。当のキョウシガは心外そうに肩を竦めた。


「どうせお二人とも、上手く挨拶できんしょう。礼のため、後程己でしてほしいとこですが、今はサラリとでも扶郎殿にお二人の名前を知ってもらうのが先決す」

「くぅ────ふん!」


 図星だったのか、マスリは苦虫を噛んだ顔を浮かべたあと、扶郎を一瞥してからそっぽを向いた。

 困った顔を浮かべた扶郎は、マスリとまとめて紹介された幼い少女、レウケに向ける。

 はっきりと姿を見たのは今が初めてで、肩まで伸びた桃色の髪に人形のように可愛い容姿だった。

 扶郎の視線に気づいたレウケは慌てて抱えていたカリストに顔を埋める。


「レウケは恥ずかしがり屋さんなんだと~」

「そうか。よろしくね、レウケちゃん」


 一応挨拶をしたが、レウケは見えない顔を少し首肯しただけだった。

 彼女に顔を埋められているカシストが恥ずかしが屋だと言ったが、これは最早深刻な人見知りのレベルである。

 尤も、扶郎がいた施設でも似たような子はいた為、苦労はするだろうが其処まで悲観的にもならなかった。


「全員顔合わせは済んだな。じゃあ、解散っと」


 そうやって、立ち上がったのはミーミル。彼は居間から立ち去ろうとする。


「ちょっと、何処にいくのよ?」

「部屋だよ部屋。話は終わっただろが」

 

 席を外したミーミルをオリヴィエが呼び止めると、彼は鬱陶しそうな顔で振り向く。


「別に同じ場所にいるのを教会から強いられていようが、つるめとは言われてねぇ」

「貴方、またそんなことを……」

「俺らは願いを対価に召喚されたが、肝心の平和にする役目を別にしなくてもいいつんなら無理に付き合う必要もないだろ。七者揃おうが今まで通り、好き勝手にすればいい。

 他の奴に干渉したい奴はすればいいさ。だぁが、干渉されたくない奴に無理やり絡む糞は迷惑意外何者でもないだろ、聖騎士」

「…………」

「教会に報告する為の近況は面倒だから教えてやる。話は以上だ。そこ新入りも、このことをよく覚えておけよ」


 最後に扶郎を見た後、今度こそミーミルは居間から姿を消した。彼に続いて、周りに何も言わずマスリが退室する。

 次にレウケがいきなり立ち上がった後、オリヴィエと扶郎に頭を下げ、ぬいぐるみのように抱いたままのカリストもつれ、逃げるように出て行った。


「と~」


 出ていた先でカリストの声を聞くと、今度はシドナイが立ち上がる。


「私も用事があるから、行くわね。帰りは多分夜には?」

「具体的に何処へ行くか聞きたいけど、曖昧な返事が返ってきそうだから止めるわ」


 疲れた色を見せるオリヴィエをくすくす笑いながら、シドナイは扶郎を見た。


「ミーミルちゃんはあぁ、言ってたけど。私は仲良くしても良いから。何時でも話しかけてね。じゃあ、ね」

「あ、はい。いってらっしゃい」

「うん。いって、きます」


 艶やかに微笑んだ後、しんなりとした足取りでシドナイが退室する。

 残ったのは、扶郎とオリヴィエ。そして、キョウシガの三人。静かになった居間で、オリヴィエは今日何度目かの溜息をついた。


「ここはヨツバくんの歓迎会開くべきとこじゃないの。なのに皆、好き勝手動いて」

「歓迎会って、オリヴィエさん。別にそんなことをしなくていいよ」

「かかか、オリヴィエ嬢はいつも周りを気配りますなぁ。立派す」

「まとめられていないから立派じゃないですよ………。癪だけど、ミーミルの言っていることも分かるわ」


 額に手をやって項垂れたオリヴィエが亜麻色の髪をたらし、ぽそりと呟く。


「例えば私が騎士団は各々の目的は数あれ、最低限同じ指針を持ったものが集められた。

けど、《七星の使徒》は違う。資質だけで集められた。それで親しくなるのは難しいのは分かる」

「オリヴィエさん……」

「でも、親しくしないか、するかなら。した方がずっと益があるわ。本当に平和を担うことができるのとだと星具に選ばれたのなら全員悪党じゃない。なら、分かり合えるはずよ」

「気苦労すると解っていながら、オリヴィエ嬢は芯がぶれませんな。流石、聖騎士す」

「聖騎士とか関係なく、協調性を求める人間なら誰だって同じ答えに行きつくはずよ」

「成程成程。ならば、その答えに少しでも近づけるよう某も助力しようす」


 キョウシガがそういうと、意外だったのか少し驚いたように彼を見た。


「珍しいですね。のらりくらりとやり過ごしてきた貴方がそんなことを言うなんて」

「なに、某も住居は居心地の良いのが好ましいだけですぞ。扶郎殿でようやく揃ったのだ。丁度良い機会。差し詰め、先手は扶郎殿の歓迎会といったところすか」

「えっと、そこまで気にしなくてもいいですよ」


 歓迎会はありがたいが、無理にすることないと扶郎は断ろうとする。

 だが、それに待ったとっと、キョウシガが手のひらを彼に向けた。


「これは某らのためでもある。それに宴の席ならば、費用を割って酒が飲めるというもの」

「それが本音じゃないでしょうね」

「本音ですとも。そして、某らの絆を深める。それも本音す」


 呆れた顔のオリヴィエに「かかか」とキョウシガが笑う。

 砕けた部分があるが、それによって気安い空気を纏う人だなと、扶郎は感心した。


「さて、宴の準備は某がしよう」

「あら、私も手伝いますよ?」

「いやいや。普段から面倒な者共に気を回してくれるオリヴィエ嬢は、扶郎殿を連れて街案内をしてほしい。今日ぐらいは面倒なことは某がしよう」

「う──ん。……なら、お言葉に甘えてお願いするわ」


 唇に人差し指を当てながら考えた後、オリヴィエはキョウシガの提案に乗ることにした。

 

「では、ヨツバくん。私は貴方に街を案内するわ」

「いいんですか? 僕もキョウシガさんを手伝って、オリヴィエさんは昨日大変だったしゆっくりしてもいいですよ」


 最早、歓迎会の流れは変えられないと悟った扶郎は、彼女にそう提案した。

 オリヴィエは昨日早朝から害魔を退治し、最後には街まで報告にまで行っている。

 普段どれだけ仕事量をこなしているか分からないが、せめて彼女が少しでも体を休めないかと、扶郎はそう考えて口にしたのだ。


「大変だったのは君もでしょう? それにゆっくりするとしても、どうせ散歩するから君を街まで案内するのとあまり変わらないわ」


 昨日も言っていたが、彼女が散歩が趣味なのは本当らしい。

 これ以上遠慮すると、逆に失礼かと感じ始めた扶郎は彼女の提案を受けることにする。

 オリヴィエのような綺麗な女性と二人だけで街を出歩くと思うと照れ臭かったが、ここは彼女の親切に甘え、更にけして邪な考えはしないとも誓う。


「では、お願いします」

「ええ、行きましょう」


 そうして二人はキョウシガに見送られて、街へと出かけた。


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