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月のアイドル~大気圏突入!  作者: 加農式
2話.文部科学省事務次官、安藤勝之進
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絶対領域

「どうするよ……」

「どうしましょう……かね」

「どうしてくれんのよ!」


 敗北感に打ちひしがれている男二人に比べ、モモカは元気を保っていた。


「タケヤリ負けてんじゃん!」


 カイナガは返す言葉もない。オレに任せろなどと豪語しておいてこのざまだ。


「あっちは経験値を積んだプロの盗賊、こっちは駆け出しの商人Aだったなぁ」

「それにしても、これほどアッサリとは思いませんでした」

「もう救難船いらねぇ感じ?」

「こ、この負け犬! だいたい後ろにレーザーなんて見えないじゃない!」


 モモカが全周ディスプレイの後方を見ながら、片手を前に伸ばして「ビィーム」というジェスチャーをする。おそらくアニメかマンガの影響だ。


「レーザーは純粋な電磁波だぜ。真空中じゃ目に見えねぇよ」

「なんでよ、こうバキューンとか出るじゃん、光が」

「でねぇの本当は」

「じゃあ、どうやって当てるのよ!」

「見えなくても当たるんだよ!」


 モモカとカイナガの言い合いが続く。


「見えない攻撃ってことなの!?」

「そうだよ! 光ってるのが見えたときには当たってんの!」


 なぜかモモカがこだわり、レーザー砲の話になっている。宇宙戦闘の現実なんて、タケヤリでの突っつきあいだと体験したばかりだろうに。だが、見えない攻撃という言葉が、カガの心に引っかかった。

 見えない……光……いや違う、映像……で、あと一枚カードがあれば。


「つながりました!」


 突然出たカガの大声に、モモカとカイナガがビクッとする。


「まずモモカさん」

「はいっ」思わず良い返事。

「モモカさんの生命を優先します。上の客室はパイレーツ船が近接しているので」上を指差してから、右を指す。「隣のユーティリティに隠れていてください」


 有無を言わさぬ指示に釣られ、ユーティリティに泳いでいった。


 次にコリンズ基地を呼び出し、方針を伝える。

 ロディは「オッケーっ」と案の定ノリノリだ。

「カイナガは」と、こちらには耳打ちをする。

 やや嫌な顔をしたが、最終的には「了解、船長」と従った。

「お似合いの役ですよ」と笑いながら付け足す。

「トパーズ、聞いていた通りですがタイミングは私が出します。通信をキープしておいてください。私が離れたら、ファランクス経由の接触通信で、パイレーツ船に映像をつないで」

「承りまシタ」


 指示を出し終わったカガが、客室へ身体を蹴り出していく。作戦開始だ。


 *


 獲物であるトパーズからの通信依頼に対し、ミラージュ側に異存はなかった。完全に勝負がついているのだから、余裕を持って話を聞いてやるのも、勝者の醍醐味というものだ。しかし、映像回線に映し出された間抜け面には少し毒気を抜かれた。


「どーもー、トパーズ船長のロディですぅ。いやぁ高名なミラージュさんに狙われるなんて参りましたよぉ。もう降参するしかないって感じですぅ」


 なんだこいつは。


「いえね、実はいつかパイレーツとお手合わせ願いたいと思ってたんですけど、初戦がミラージュさんだなんて、もう反則ですよぉ。勝てるわけないじゃないですかぁ。ミスター・ビグドゥでしたよね。以後よろしくお願いしますねぇ!」


 これが船長だというのか。いくら貨客船といえども、これではダメだ。道理で全く手応えのない相手だったと、ミラージュ船長の"ビグディー"ビグドゥは思った。


「もう! 噂通りの立派なおヒゲ! さすが大パイレーツの船長さんで……」

「余計な話はせんで良い! そちらの用件を簡潔に申せ!」

「へぃ! これは失礼しましたぁ。実は、おこがましい話で恐縮なんですが、こっちの荷物はお好きなのを差し上げますから、そのかわりってことでしてね。こっちのイオンスラスターを止めたいので、そちらもストップしちゃもらえませんかってことなんですよぉ」

「ん? 何を考えている。逃げるつもりなら容赦せんぞ!」

「まっさか! そんな! もう完全降伏でお腹見せちゃってますよぉ。率直に言って命乞いですってばぁ。荷物はあげますから、帰りの燃料だけは残してくれませんかってことです。もうギリもギリなんでヤバいのなんの大変なんスから。まぁ差し出がましいようですが、ぶっちゃけそちらも助かるでしょ?」


 口調には頭を抱えるが、申し出の内容自体は合理的だ。もうキャプチャしているのに、お互いに推進剤を浪費しあう必要はない。それに、降伏して荷物を差し出すと言っている相手を、わざわざ死に追いやるのは信義に反する。何よりこいつとの話を早く打ち切りたいのだ。


「わかった、わかった、構わんぞ。そちらの用意ができていれば5秒後にスラスターを切る」

「さっすが太っ腹!助かりますぅ。では、いきますよ。5、4、3、2、1、はい切りましたぁ」

「うむ、こちらも切った。それでは貨物の引き渡しを……」

「ちょーっと待ったーっ!!」


 画面の外から何かが飛び出し、ロディに飛び蹴りを食らわせた。ロディは玉突きで逆方向の画面外に飛んでいく。その拍子にカメラにでも当たったのか、不自然なノイズが一瞬ザザッっと混じった。


「勝手なことをする前船長ロディはたったいまクビになったぜ! 今度はオレ! 新船長のカイナガが相手だ!」

「な……なな何を言っとる!?」

「おっと気をつけなよ!こいつが目に入らねぇのか!?」


 小脇に娘を抱えているようだ。

 ビグドゥは混乱した。なぜ自分が脅迫されているのだ。そもそもこの娘は誰だ。知り合いかなにかだったか?


「助けてぇ!」モモカに台本は与えられていない。演技ではなく本当の悲鳴だ。

「や、やめろ! ひどいことをするな!」

「もう遅せぇ!」


 スカートがわりに巻き付けていたシーツが、勢いよくまくりあげられる。真正面のカメラにより、すべてがミラージュ側のコクピットに生中継された。かわいそうなことにドアップだ。


「ひっ……あ……きゃぁぁああああ!!」


 モモカがあわてて両手で抑える。意外だったのは


「ぎゃぁあああああああ!!」


 と、ミラージュのコクピットでも雄叫びのような声があがったことだ。


 パイロット兼エンジニアであるカナダ系のマッズは、奪った資材でどんな部品でも作り出す男だ。ただ悲しいかな、典型的な理系オタクであり三次元の女性には免疫がなかった。のけぞった勢いで壁に頭をぶつけ昏倒した。


 斬込隊長兼コックである香港系のザムスは、奪った食材でどんな料理でも作り出す男だ。接舷したトパーズに突撃するため、ちょうど包丁を研いでいた。マッズの巻き添えを食って手先が狂い、飛んだ刃先が顔面に当たって昏倒した。


 船長でありイスラム系のビグドゥは、昏倒しなかったが強いショックを受けた。

 かつてイスラムといえば女性軽視とされたが、ヒジャブで包み他人に見せないなど、実は聖性を大事にする裏返しなのだ。真面目な奴ほど極端から極端へといわれる通り、彼が信じるイスラム教センガナ派は女性崇拝の新興宗教だった。スカートめくりなど許されない暴挙だ。さらに、倒れた部下を目の当たりにして、彼の瞳は怒りに燃える。


「許さんぞ貴様……!」

「ほぅ、許さなきゃどうする。こいつはオレの手元にあるんだぜ?」


 カイナガは「ほれほれ」とばかり、シーツの裾をヒラヒラとつまむ。ビグドゥは「ぐぬぬ」とにらみつける。モモカは泣きながらカイナガの頭を叩き続ける。お互いに身動きが取れない緊迫した時が流れていく──。


「ただいま。本当に船長をしているカガと申します」

「おぉ、おかえりー」


 唐突にカガがコクピットに戻ってきた。ヘルメット以外を脱ぐ時間がなかったため、オレンジ色の船外作業服を着たままだ。

 ますます混乱するビグドゥの頭はパンク寸前。

 もちろん考える余裕を与えるつもりはない。矢継ぎ早に短い指示を出す。


「トパーズ、ファランクスをパージ」

「了解、基部から切り離しマス」


 ガコンと音がして、ミラージュのキャプチャアームにはタケヤリ部分だけが残される。


「軌道再計算のうえイオンスラスター点火。宙域を離脱する」

「バ、バカめ! 逃がすものか!」


 トパーズがゆるゆると進路を変えていく。完全に船体が離れたため、両船をつなぐ映像回線は自動的に切れた。すぐに追いかけようとミラージュも動き出す……ように見えたが、イオンスラスターの青い灯火は一瞬だけ点いて、すぐに消えてしまった。

 噴射口の一つをよく見れば、カガが船外作業で取り付けた『キャップ』が付いている。ミラージュの直列式イオンスラスターは効率的でパワフルだが、1基を止めるだけで全基が停止してしまう。直列だからだ。機能を回復させるには、船外作業でどこかにある『キャップ』を見つけ、さらに解体修理をする必要がある。トパーズが逃げ切るだけの、十分な時間があるはすだ。

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