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月のアイドル~大気圏突入!  作者: 加農式
2話.文部科学省事務次官、安藤勝之進
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送電レーザー網

 近付いてくる黒い三角形の端で、パパっと青い光が明滅する。減速噴射を繰り返して、こちらにアプローチしているのだ。


「距離1千6百、接近速度は毎秒20mデス」

「おぃおぃ早ぇな、そっから止められるつもりかよ」

「可能だというなら侮れない相手ですね」


 最終的に毎秒2mまで落とせるとしても、それは接舷というより衝突に近い。承知で突っ込んでくるのは、カミカゼ野郎か、もしくは十分な自信があるかだ。


「そんな人たちを相手に、タケヤリで大丈夫なの?」

「タケヤリでもな」カイナガは、ファランクスをファランクスと呼ぶのを諦めた。「結局キャプチャされなきゃ大丈夫だ」

「どういうことよ」

「モモカ、手をグー」


 素直に従う。


「グーのまま、これを止めてみな」


 手近にあったドリンクのボトルを放り投げる。フワフワと飛ぶボトルにモモカも反応よく付いていくが、当然のことながらグーの手では止められない。パンチングになって、むしろ遠くに離れるだけだ。


「つまり?」

「作用と反作用だ。タケヤリで突っついてる限り、敵はトパースに着けらんねぇ」

「要は乗り込まれるのが危険なわけですから、接舷されなければ平気です」

「なるほど理屈はわかったわ。けど……本当にできるの?」

「なめんなよ? イッポンで防ぎきってみせらぁ!」

「任せます。ただ、それでは逃げるだけなので、いつか捕まるかもしれません。もう一つ手を打っておきましょう。トパーズ、遭難信号発信。全方位、全周波数」


 プロトコルに沿って国際遭難信号を打ち始める。


「メーデー、メーデー、メーデー。こちらJS1213C『トパーズ』号。月-L1軌道上にてパイレーツ『ミラージュ』と思われる船籍不明船に襲撃されつつあり。メーデー、トパーズ、オーバー」

「そのまま応答あるまで、船内無音で繰り返してください」


 遭難信号は外部発信のみに切り替わり、コクピットは静かになる。船内を無音にしたのは、いよいよ接近してきたパイレーツに集中する環境を整えたいからだ。つかの間の静寂。カイナガが口を開く。


「あのさ船長、遭難信号は当然の対応だとは思うが……」

「なにか?」

「……アイツの勤務時間って何時までだっけ?」

「!」


 ここは、まだコリンズ基地の管制宙域だ。もし応答するとなれば──


「あいよぉ!」


 ──最悪だ。こんな時に限って即答。そして緊張感のかけらもない声。密航者を抱え、パイレーツに襲われている最中に、ロディの相手までする羽目になるとは……。サウンドオンリーの緊急回線だから顔を見ないで済む点だけが救いだった。


「どうだった? ボクの発進技術スゲーでしょぉ?」

「まずは、話を聞いてください」

「なんだよ、つれないなぁカガちゃ~ん」

「黙って聞け!」

「……おぅ」


 それほど恐縮しているとは思えない。


「いいですか……。遭難信号の通り、現在パイレーツに襲われています」

「いや、レーダーのプロットではトパーズしか見えないよ?」

「後方1千、いやもう8百メートルほどに付けられています」


 通信回線の隙間にねじ込んでカメラ映像を転送する。粗い画像1枚だが、これだけ近ければ十分にわかるはずだ。


「んー……って、ミラージュ!? こいつのステルスじゃムリぃ」


 コリンズ基地の観測機器では確認できないステルス船だという意味だろう。


「しかし見ての通りです。救援を要請します」

「裏側にいるって話だったんだけどなぁ」


 その情報はすでに外れている。ここは月の表側だ。


「近くに救援可能な船はいませんか?」

「ちょっと待ってて。探すからさぁ」


 いちいちイラつかせる男だと、ため息をついた瞬間。


「おい! 船長! カガ!」カイナガが叫ぶ。

「どうしました?」

「つ、つつつ突っ込んでくる!」

「え、なんで!」

「船籍不明船、接近速度は毎秒10mデス」


 時速換算で36kmだ。あえて減速しきらず、ぶつけてくるということか。このくらいで沈みはしないが、ファランクス一本では支えきれない。


「面舵150度! 正面装甲で受け止めて!」

「ラジャー!」

「つかまって!」モモカに手を伸ばし抱きとめる。


 ポーン・ポーン・ポーン、ポーン・ポーン・ポーン。もはや警告音は止まらない。カガにしがみついたモモカがもぞもぞとする。すぐにぶつかると思ったのに意外と時間があったため、男の胸に抱かれ続けて困っている。

 しかし、それより回頭は間に合うか。ギリギリか。構造的に弱い舷側を、まだパイレーツ船に向けている。脇腹に当てられるとマズい。推力の高い化学スラスターも遠慮なくすべて使う。それでも、60tの船体はゆっくりとしか回らない。あと10秒……。5秒、4、3、2……


「いちおう調べてみたけどさぁ」


 ド・ドゥーン!!


 衝突音が二重になったのは、正面装甲と少しズレたからだ。トパーズは少し回転しながら船尾方向へ加速される。反動で飛ばされそうになるモモカを、カガが船長席に抑えつけた。しばらく船体の動揺が続く。カイナガを見ると額に止血テープを貼ろうとしている。最後まで操船しようとして打ち付けたのだろうが、処置は早く傷も浅そうだ。


「お~い、すごい音したけど大丈夫かぁ」

「うるせぇ! 黙れ!」カイナガが怒鳴る。

「なんだよ、オレのせいじゃないだろぉ?」


 こいつの! こういうところが!

 だが、冷静にならなければならない。


「トパーズ、パイレーツ船の状況報告」

「船籍不明船は再び接近中。接近速度は毎秒3メートルデス」


 一度ぶつかっているだけに相対速度は落ちた。しかし、また当ててくるようだ。ただの当り屋か。一体どういうつもりだ。


「カイナガ、次はファランクスで受け止めてください。正面装甲が保つか心配です」

「任せろ! 止めてみせるぜ」

「ロディ、救援はどうなりそうですか」

「一番近い銀河パトロールでも1時間くらいかなって」


 もちろん銀河パトロールなんて組織はない。このバカは放っておこう。いずれにしろ当面は自力でなんとかするしかないようだ。ディスプレイには、再びパイレーツ船が大写しになっている。


「もっかい来るぞ! 備えろー」

「防御姿勢とってください」


 ダンっ!


 ファランクスで受けた。棒で叩いたような振動が来て、パイレーツ船とはいったん距離が空く。しかし、出力全開で押してきているのか、すぐに再接近してくる。

 ダンっ……ダンっ……と衝突が繰り返される。

 カイナガはスラスターを操作してパイレーツ船を正面に置き、ひたすらファランクスでかわす。剣術でいえば、受太刀を繰り返しながら、次第に後退しているようなものだ。しかし、これでは負けもしないが勝ちもしない。パイレーツ船としては時間稼ぎをしても仕方ないはず。あまりのしつこさを不思議に思った時、ピ・ピピピ・ピ・ピピピという聞き慣れない音が鳴りはじめた。警報のように思える。


「トパーズ、これは?」

「後方にある『3S送電レーザー網』への接近情報デス」


 カガの顔色が変わり、思わず後ろを振り返る。


「……しまった! そういうことか!」

「あーっと、そりゃやべぇ」


 二人のクルーは、パイレーツ船の意図をやっと理解した。


 3S(スペース・ソーラー・システム)とは、月周回衛星による広域発電システムのことだ。太陽光で衛星のセラミック発振体を励起し、高出力のYAG(ヤグ)レーザーとして送信している。つまり、後ろにあるのは公共の送電レーザー網、地上の電気でいえば高圧送電線にあたる。当然のことながら、接触すれば無事で済まない。

 そういうものを背後に押し付けるために、しつこく衝突を繰り返してきたのだ。結果的に、前門のパイレーツ、後門の高出力レーザーという、逃げ場のない状況になってしまった。


「回避してパイレーツの裏へ……回れませんか?」

「悪りぃ、手遅れだわ」

「ちっく……いや残念です。せめて送電レーザーへの接触を回避してください」

「完全敗北の予感だな……」


 見るからに意気消沈したカイナガが、しぶしぶとイオンスラスターを点火する。これ以上、後ろに押されないためだ。しかし、あいかわらず前からはパイレーツ船が押し込んでくる。

 こうして、両者が押し合うかたちになったところを、パイレーツ船のキャプチャアームで捉えられた。つまり、まんまと接舷されてしまったのである。

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