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月のアイドル~大気圏突入!  作者: 加農式
2話.文部科学省事務次官、安藤勝之進
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ミラージュ

 モモカは客室に引きこもった。


 とはいえ、客室には船内カメラが付いているため、コクピットからでも何となく様子がわかる。どうやら、与えられた1枚のシーツをどう使えば効果的に露出が減るか試行錯誤しているらしい。

 一般的な不審者のイメージなら、スパイ活動なり破壊工作なりを始めるのがスジというものだが、それどころではないのだろう。とりあえず密航者としては害のない範囲の企てだ。しばらく好きにやらせておけばいい。


 ただし「いま現在、まさに密航されている」という最大の問題に変化はない。

 コリンズなど月面上の基地や月周回軌道に引き返すという選択肢は、物理的に難しくなってしまった。いまさら宇宙に投げ捨てるというのも気が進まない。

 けっきょくL1のどこかまで乗せていくしかないということか。

 パイロット席で仰向けになったままのカイナガが、さらに首だけ傾けて聞く。


「つっても、どこまで連れてくんだよ船長」

「ISS-8に行かせるのは危険な気がします」

「まぁ、地球行きの道を開いちまうかもしれないもんなぁ……」


 それは避けたい。いくら本人の希望とはいえ、月生まれ月育ちが、万が一にも地球に降りたら、どうなるかは明白だ。

 もちろん、地球行きの船に乗るのはそう簡単ではないだろう。しかし事実として、この船に密航したという実績がある。もう一度、何らかの手段が成功したら地球に行けてしまうかもしれない。


「ぞっとします」

「そんなの寝覚めが悪すぎるぜ」


 人道的なことを言う。だからこそ、いまは貨客船パイロットなのか。


「とりあえずよぉ……」


 と、提案しかけたところで、ポーン・ポーン・ポーンとトパーズの警告音が鳴る。


「船籍不明船が接近中デス。五時方向25度に光学で確認」


 時計の文字盤で五時にあたる右後方、かつ仰角25度。カガは振り返り、カイナガは不精にも仰向けのまま視線だけで探す。


「見えない」

「ステルスタイプ。識別信号ナシ」

「距離は?」

「およそ2千メートル」

「はぁ!? 2万じゃなくて2千!?」


 さすがのカイナガも飛び起きて目をこらす。

 宙域航路で2千は異常な超接近だ。距離感がつかめない宇宙空間でも、あると知って真剣に探せば見つけることができる──あれか。星明りをバックに、黒く抜けた三角形。そこに星空を遮る『何か』がいる。


「シート戻してください。警戒態勢」

「了解! あれはマズそうだぜ!」

「データベースを検索中デス」


 何のデータベースを調べているか確認するまでもない。発信義務のある識別信号を出さず、反射しやすい太陽電池を外壁に使わず、それどころか熱を吸収してしまう黒塗り。構造的に有利な円筒形を捨て、三角形に整えられているのは電波系ステルスのためだ。そんな船が距離2千まで接近しているなら用件は一つ。


「パイレーツ『ミラージュ』と特徴が一致していマス」

「やっぱそうだわな!」

「接触軌道デス」

「だろうな!」

「回避行動は可能ですか?」

「どうかな!」


 事実上もう間に合わないと言っているのだ。実際たしかに接近されすぎた。基本的にイオンスラスターしかない鈍足の貨客船で、はじめからヤル気満々戦闘モードのパイレーツ船を振り切れるわけがない。だとすれば、無理に逃げ回って推進剤を使い果たし、自力で動けなくなるというのは悪手だ。カイナガはスラスターを動かそうともせず、振り返ってカガをただ見つめた。


「わかりました。待機してください」カガが追認する。


 ポーン・ポーン・ポーン、再び警告音が鳴る。回避不能か。


「どうしたの!?」


 客室からモモカが降りてくる。シーツをバスタオルのように巻いてから、余った部分を帯のようにしばるという選択をしたようだ。肩と太ももは丸見えだが、無重力空間での動きやすさという点では悪くないし、ちょっとミニドレスのようでかわいい──が、それどころではない。


「招待してねぇ客、二号が来た!」

「二号?」

「一号はモモカ、二号はパイレーツ!」

「まったく次から次へ、困ったことですよ……」


 スペースパイレーツ。直訳で宇宙海賊だが、実態は私掠船もしくは別動軍隊というべき部隊で、バックに国家が控えているとされる。宇宙に出てくるくらいだから、それぞれの国ではエリート層の子弟ということも珍しくなく、すべてが無法者の集団というわけでもない。

 しかし、主な目的は物資の略奪であり、誉められた仕事ではない。圧倒的に物資が不足している月周辺の世界で、自分で作るより他人が作ったものを盗ったほうがコストが安いという、自分勝手な考えが行動原理になっている。たいていは無人の貨物機を狙い、低リスクで掠め取るのがセオリーだから、有人船を狙ってくることは滅多にない。今回はたまたま行動宙域が重なってしまったのだろう。


「悪い人たちじゃん!」

「密航者に言われたくないが……まあピンチだわな」

「何とかして!」

「何とかっつってもなー」


 カイナガは早くも諦めムードを出している。


「……いや、打つ手はありますよ」

「なによ船長?」

「ファランクス展開してください」

「えっ……アレをマジで使うのか!?」

「使えるものは使いましょう」

「……本気だな……了解。ファランクス展開」


 なんとなく強そうな名前にモモカの期待が高まった。使うかどうか迷うくらいの秘密兵器らしい。

 そもそも、古代地中海地方で重装歩兵に使われた密集陣形がファランクスだ。盾でお互いを守る歩兵の一群が、一斉に長い槍を突き出して敵にあたる戦法で、地域大国のギリシャなどで多用された。守りは固く攻撃力も十分なため、野戦において無類の強さを発揮したという。


 その名を継ぐものだ。トパーズの上部に設置されたファランクス基部が回転を始め、船体を通じて重い振動音が伝わってくる。全周ディスプレイにもファランクス本体が姿を表した。


 表れたるは一本槍。


 本来のファランクスは、多数の槍でハリネズミのように武装するから強いのだ。


「なに……これ?」

「ファランクスだ」

「予算の関係上、トパーズには一本だけ装備されている」

「あのさ、これって」

「うん?」

「タケヤリってやつじゃないの?」


 的確な表現だった。

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