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月のアイドル~大気圏突入!  作者: 加農式
13話.海に映る、その流れ星は
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真の敵、侵入す

「おーい?」


 再びイクミに声をかけられ、カガは我にかえった。


「な、なにか来るとは何ですか?」

「さあ。わかんないけど赤十字マークが付いた船だよ」

「ああ、それでヤツら撃ってこねぇのか。射線上に赤十字がいるから!」


 カイナガも思考能力を取り戻した。


「トパーズ。確認できますか?」

「八時方向15度から、救急艇らしき船舶が急接近中デス」


 思わず視線を送ってしまうが、全周ディスプレイの左舷側は、前後とも外部カメラを失い、暗転しているから目視はできない。

 だが、想像はできる。

 宙域の救急艇は救急車というよりドクターヘリ、むしろレスキューヘリに近い使われ方をする。いつも一刻を争う現場で救命活動を行っているから、アクロバティックな操船はお手のものだ。いきなり出現して急接近──なくはない。


「とにかく、赤十字マークが近くにいる間は、A・リンカーンだって簡単には撃てないでしょう。とりあえず安心か──」

「該当船舶データベース確認。機体番号MC098A、マリウス市籍の救急艇デス」


 つかの間の安心だった。全員に緊張が走る。


「どこのだって?」

「マリウス市です。接舷許可を求めていマス」

「絶対ダメ! 入れさせないで!」


 モモカが早くもシートベルトを外し、ジタバタと浮きでた。

 月の船が地球周回軌道に来ているだけでも不自然なのに、マリウスの、しかも救急艇である。どう考えても、マリウス市民病院の関係で来た船、つまりモモカの追手に違いない。


「どうするよ、接舷許可だとよ?」

「拒否したいところですが、A・リンカーンが攻撃待機しているのは、その救急艇が近いからでしょう。まして接舷してしまえば、撃ってこれません」

「けどよ、接舷しといて入るなとは言えねぇぞ」

「とりあえず玄関先まで入れて、そこで丁重に対応すれば良いのではないでしょうか。いちおう医療関係者なのでしょう? 武装して押し込み強盗を働くとは思えません」

「ダメ! カガせんちょは知らないだろうけど、あいつらキチガイなんだから!」

「じゃあ追い返すか? 今度は撃たれちまうぞ?」

「……っぐ」


 ミサキがパンと手を打った。


「要するにモモカちゃんに接触させなきゃいいんでしょ? それなら客室に籠城しておけばいいんじゃないかしら?」

「ああ! そういうことなら、あたしたちが付いといてやるよっ!」


 イクミが腕まくりの仕草をする。


「お願いできますか? A・リンカーンは離れつつあります。射程圏外に出てしまえば諦めるでしょう。それまでの間、しばらくのことです」

「入り口はオレたちが守る。客室はイクミさんたちが守る。だから後ろの方に隠れてりゃいい。それでどうだ、モモカ?」

「……わかった……」

「よし、行こう!」


 モモカの頭をポンと叩いて、イクミが先に立つ。さらに後ろをミサキに挟まれたモモカは、しぶしぶと客室に上がっていった。


「トパーズ。救急艇に接舷許可を出してください」

「了解しまシタ」


 カガは気持ちを切り替えるため、軽くふっと息をつき、操縦席に寄っていく。


「さて、と。彼女たちの前では軽く言いましたが、なにが起こるかわかりません。全てのオプションを想定しておいてください」

「わかってる。最悪の状況もアリなんだろ?」

「ありえます。月面の救急艇がここに来てるんです。たいへんな異常事態ですよ。どうやって来たとか、テクニカルなことは置いておくとしても、なぜ来たかは明白でしょう」

「モモカ狙いだわな」

「はい。おそらく準備万端でしょう。一筋縄ではいかないはずです。だから、あらかじめ分業しておきましょう。わたしはモモカさん──乗客の生命を優先します。カイナガはトパーズ──船を優先してください」


 カイナガが心の底から嫌そうな顔をする。


「恐ろしいこと言うなよ……」

「もちろん、万が一の話です。そう簡単に実現させるつもりはありませんよ、本物のキャプテン・カイナガ誕生なんて、ね」

「──次それ言ったら、カガ船長でもぶっ殺すからな……」

「はいはい」


 ダンッ……っ!


「MC098Aと接舷しまシタ」

「っと。けっこう乱暴に来ましたね……。トパース、左舷エアロック開放準備。なにかあったら、通信か船内放送で報せてください。カイナガはわたしの後ろでバックアップです」


 ヘッドセットをつかみ、エアロックに向かう。


「コクピットに残ってなくていいのか?」

「それよりハッタリ要員が必要ですよ。一人より二人の方がいいでしょう?」

「わかった。後ろでオレがにらんどく。船長じゃ優男すぎるからな」

「アハハ、なんと言い返せばいいでしょう。まあ怖い顔を期待しておきますよ。それと、必要性を感じたら、いつでも戻れるようにポジションとってくださいね。前へ出すぎないように」

「みなまで言うな。了解だ船長」


 カイナガは歯をむき出しにして怖い顔の練習をした。

 エアロックは、すでに救急艇側が開放され、トパーズ側の小窓にIDカードが押しつけられている。近すぎて“マリウス市民病院(小児科)DRショウハ”までしか読めない。

 カガが接続筒内に呼びかける。


「こちらに乗船するのは、どなたですか」

《この通り医者だよ。心配しなくても一人だけさ》


 問題ないだろうと判断してハッチを開放する。開ききるのさえ待てない様子で、仰々しい宇宙服が入ってきた。


「やあやあ!」


 どういうつもりか、船内なのにヘルメットまで装着し、完全気密している。ズカズカ入り込もうとするところに、カガが身体を入れて通路をふさいだ。

 ぶつかりそうな距離でにらみ合う。

 根負けしたのか、宇宙服が口火を切った。


「ああ、挨拶がまだだったね。乗船許可を感謝する。私はドクター・ショウハラ。マリウス市民病院で和光桃香(・・・・)の主治医をしている者だよ」

「はじめまして、ドクター・ショウハラ。私は船長のカガ、こっちは操縦士のカイナガ。なお、誤解があるようですが、許可したのは接舷です。ご乗船を希望されるなら、その前に用件を伺いましょう」

「なるほど……ね。まあ、聞くまでもないと思うが、ウチのじゃじゃ馬がお邪魔しているはずだ。きっと迷惑をかけているだろうから、引き取りに来たのさ」

「お気遣いいただき誠に恐れ入ります。しかし迷惑と思っておりませんし、残念ながらモモカさんはお会いになりたくないそうですよ」

「まあ、逃げ出したんだもんねぇ。予想はしていたよ。だが、こちらにも事情があるんだ。それを知らずに庇い立てしないでくれないかなぁ?」

「ご事情はわかりかねますが、いまは本船の乗客です。お客さまのご希望に沿うのが弊社の努めですので、ご遠慮願えますか?」


 カガは慇懃無礼な言葉で、バチバチと火花を散らす。


「おや? 接舷させてくれたんだから、少しは話を聞いてくれるものと思っていたんだが……まったく、そのつもりがないらしい」

「それには諸般の事情がありまして、しばらく接舷したまま留まっていただきます。その間、お茶もお出しできませんが、立ち話くらいならお付き合いしますよ」

「まぁ……素直に返ってくるとは思わなかったがねぇ」


 シュシュ


「わざわざ救急艇まで仕立ててマリウスから飛んでくるとは、よっぽどモモカが大事らしいな」


 カイナガが後ろから口を出した。


「そりゃあ当院の患者だからね。退院許可も出してないのに、あちこち勝手に動き回られちゃ困るさ」

「モモカさんに健康上の問題があるとは思えません。本船でも元気にされてますから、どうぞご心配なく」


 ショウハラは、これは驚いたと言わんばかりの表情で小馬鹿にする。


「アハハハ。元気、だと? なにもわかってないじゃないか!」


 シュシュ


「なにがおかしい。どうせ、こっちの手にあるんだ。おとなしく帰んな」

「ヒィーヒッヒッヒ! まるで人質でもとったみたいな物言いだねぇ。アレの生命は私が握ってるんだよ?」


 シュシュシュ


「おい、あんた! さっきから何してる!」

「気付くのが遅いよ」ニチァと笑って、後ろ手にしていたネブライザーを見せた。「これ、なんだと思う?」

「なにって……喘息とかの患者が使う噴霧器だろ」

「中身の話さ。これはA・H3N2」カイナガの鼻先に向けて、シュっと出した。「──ウイルスだよ」


 驚愕したカイナガが「うっ」と口を押さえて後退する。

 カガはネブライザーを奪おうと、逆に踏み出した。


「それを渡しなさい!」

「いまさら取り上げても仕方ないさ。もう船内に撒いてしまった」

「(ふざけんな! この殺人野郎!)」


 カイナガが口をふさいだまま、くぐもった声を上げる。


「なぁに、お前たちなら死なないさ。たぶん……だがね。潜伏期間は数日だ。発病する前に病院へ行くといい。フフフ、間に合うことを祈るよ」

「っく……この!」


 自分だけ宇宙服に守られたショウハラは、サディスティックにニヤニヤすると、天井を見て大声を上げた。


「それよりワ号! この船の中にいるんだろう? どこかで私の声を聞いてるんだろう? このままだとお前はウイルスで死んでしまうぞ! どこに隠れても通気口でつながってるはずだ。お前の身体に入ってしまうぞ! このウイルスにはフィルターも効かない。この船にいる限り逃げられんぞ!」


 A・H3N2──A型インフルエンザの亜型だ。わざと専門用語を使って患者を黙らせるのは、患者と同じ視点に立つ自信のない医者がよく使う手である。

 たかがインフルエンザ・ウイルスとはいえ、乾燥した宙域では感染が広がりやすく、危険性は地球上より高い。もちろん所持は御法度だが、ショウハラは地球からの旅行者が月で発病したとき、密かに収集し培養していた。

 ともあれ、カガやカイナガなら、高熱を出すくらいで済む可能性が高い。

 しかし、免疫力に乏しいモモカに限っては、本当に死にかねない。

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